録音チップ
バギオに着くと塩崎真知子を訪ねる。山田清美も同席させる。チップには闇の権力者たちの会話が録音されていた。『これを書き取って日本語にすれば良いいのですね。でも2,3時間はありそうね』面倒なことを持ち込みましたが。『いいんですよ、お役に立てるか老体に鞭打って頑張りましょう。清美さんと手分けしてできるだけ早く日本文をお見せできるようにしましょう』。何卒、なにとぞ、お願い致しますと坂本は頭を下げた。 録音会話を書き取った英文と日本文を坂本は食い入るように読み耽る。A4にして5枚だが声もかけるのが憚られる。全文を印刷するには数日を要するであろう。塩崎夫人と清美も寝食を忘れて翻訳に取り組んでいる。ユキは公務をおっぽり出してきた。坂本の世話はユキにしかできない。茶を入れ、灰皿を代えるだけだがユキ以外は坂本の部屋に入れない。 クリスチ―ンはセヴァスチャンの案内でバギオを楽しんで帰っていった。「卒業式にはきっと来てね。」「ああ、必ずゆく」。坂本の会話はそれだけであった。「まるで別人みたい。」「日本人はとくにあのセールは一つのことに集中するとあんな風になる」「ユキさんは?アサワ」「国会議員なんでしょ。」「でもその前にアサワなんだ。」ユキはクリスチーンに何も訊かなかったが3000ペソを彼女に与えた。本妻が妾にお手当てを与える感覚か。 【録音会話】 1明治維新 2日清日露戦争 3太平洋戦争 4戦後体制 5日本崩壊への道
印刷された会話は200ページにも及んだ。以下順に紹介していこう。それは次のような会話で始まっていた。
帝王挨拶、開会の辞 今日の勉強会は日本がテーマであったな。日本は我々にとって重要な国である。ここ150年良く尽くしてくれたがあと200年は頑張ってもらいたい。我々の支配体制はほぼ固まったと言えるが、まだ十分ではない。この民族は予想できない行動にでることがある。我々は不測の事態にも迅速にかつ適切に対応できる体制を完成させることが重要だ。諸君の研鑽に大きな期待を寄せるものである。
只今の帝王のお言葉を受けて過去150年の日本支配を振り返り、今後の課題を摘出してゆきたい。具体的戦略戦術は日本担当に一任するが、各担当にも参考になるだろう。今や一国の出来事が世界中に影響を与えるようになってきている。それは我々にとって好都合である反面各国の支配が簡単でなくなるということでもある。各担当は従来以上に連絡を密にして我々の支配体制をより強固なものにしていただきたい。
では日本担当の私が日本支配の概略をレジメにそって2時間ほど説明いたします。質疑応答は説明の後に3時間を予定しております。冒頭、日本文化文明について申し上げます。これを念頭に入れていだだけると私の説明が解り易いと思うのです。 世界の文明を大別しますと西欧文明とイスラム文明、これにラテン、チャイナ、ヒンドゥー、アフリカ、東方正教会、仏教、そして日本が続きます。言い換えますと日本だけが唯一独自の文明をもっているということです。したがって我々は既成概念を一度どかしておいて事実をあるがままに見ないと日本を理解することはできないでしょう。
1明治維新 明治維新はクーデターとも革命ともいえますが、中央政権=江戸幕府を地方政権=50あまりの半独立国(藩)が打ち倒したので私は革命と理解しています。中央政権は絶対的なものではなく地方政権との力関係は最盛時でも8:2であったと報告されております。注目すべきはこの小さな島国が250年間鎖国していたことです。つまりこの国は世界諸国と没交渉でも政治経済が成り立っていたということですな。 1868年新政権は政権樹立を発しますが中央集権の絶対王政が確立するには20年必要でした。その障害は予算でした。政府収入は年貢米から税金に改めましたが公務員の人件費が大きかったのです。当然、行革に取り組みます。旧藩主の財産を没収しますが公務員削減も行います。公務員は武士サムライと呼ばれた身分階級の人間です。 彼らの多くは地位と収入を失って不満を新政府にぶつけます。これが西南戦争となります。我々の日本支配の基礎が固まります。どういうことかと申しますと我々は戦争の必要性を政府に説得したのです。反乱を鎮圧すれば中央政権が確立する。ロシアの南下に脅えていた日本政府は説得に応じます。これで日清日露戦争への布石は整ったといえます。
そもそも反政府の革命はもっと激しい内戦に発展すべきでありました。政府軍の兵力は反政府軍の勢力をはるかに上回っていました。政治力指導力では反政府軍が上回っていましたから実力伯仲、長期戦が予想されました。ところが予期せぬことが起こりました。政府が政権を放棄したのです。我々の理解できない行動でした。ワンサイドとなった戦は短期間で終結します。 これによって我々の売上収益とも大幅減となりました。しかし豚の子は大きく育ててから食えという例えがあります。西南戦争では反乱軍の兵士は死を恐れず果敢に戦いました。これをつぶさに観察した結果『日本民族には優れた指導者の下では死を恐れない習性がある』ことを発見したのです。 優れた指導者とは西郷隆盛です。このような人物を軍のトップに据えれば兵の士気は上がります。(どよめき、神風の声あり)適当な人物が見当たらなかったので天皇陛下に軍服を着せました。その効果は大きく、富国強兵が国是となりました。また軍事費は国家予算の半分を占めるようになりました。
質問、革命で兵力の上回る政府が政権を放棄した理由は? 回答 いい質問です。この民族は我々が理解できない点が多々ありますから、話の区切りごとに質問を受け付けることにしましょう。政府のリーダーは戦が長引くほど英仏の売り上げに貢献することを察知したのですね。下手すれば共倒れ、日本は欧米の食い物になると考えたのです。 質問:彼、徳川慶喜が得たものは? 回答 ありません。最高権力の座と先祖伝来の全財産を失いました。彼にはそれよりも日本を守ることがずっと大切でした。このような思考はこの民族特有のものです。公私を問わず国、家族、他人のために己を犠牲にするのはこの民族の特質であり、我々の政策決定にも大きな要素となっています。 2日清日露戦争 日清戦争(1894−95) こうして日本は富国強兵を国是に欧米化を進めて行きます。極東の島国が欧米化を推し進めるのは理解しづらいのですが、それは被植民地化への恐怖だけでなく、異文化への憧れも大きな要因とされています。後ほど質疑応答の時間で討議しますが、この民族は我々にとって理解しづらく御しづらい民族です。しかし民族の特質を知ればある意味で支配が容易であるとも言えましょう。
ロシア南下は日本人に恐怖を与えました。世界中で欧米を除いてほとんどの地域が植民地になっていましたからこれは理解できますね。朝鮮半島を防波堤にすべきとの提案に日本政府は乗ってきました。朝鮮半島を配下においてきた清国の利権を荒らすことになりますから両国の衝突は時間の問題です。眠れる獅子と文明開化をひた走る山羊とでは勢いが違います。強兵の成果は存分に発揮されました。 これで日本は台湾を手に入れます。さらに5億テールの賠償金を得ます。戦争の味を憶えたのです。ところが首相の大久保利通は4億テールを清に返還しようとしました。これは見逃せません。彼は日本近代化の元勲であり富国強兵を推進する切れる男でしたが消えてもらいました。
日露戦争(1904−05) 次はロシアです。当時の日本はマイナー、ロシアはメジャー、戦わば日本は雨天コールドに持ち込むしかありませんでした。日本に資金的援助はしてもどこまで善戦するかというのが大方の見方でしたが、予想を裏切って初回に大量得点をします。和平の条件はできました。ポーツマツ条約は外交史に残る成功をおさめますが、日本国民は納得しません。この戦勝収支はトントン、赤字かも知れないと考えたのです。理解し難い国民です。
これで日本は一等国入りを果たします。明治維新からわずか36年です。メジャー入りです。極東の島国がこれだけ短期間で欧米化を推し進めたこと自体驚異であり欧米に少なからぬ脅威を抱かせました。 この島国は生肉を食って野獣の本能に目覚めます。軍国主義へ走り出します。我々のメリットは日本の貢献度が大きくなってゆくと確信できたこと、および、共産主義の拡散を防いだということ、でしょうか。
質問、大久保は何故4億テ―ルを返還しようとしたのか。 答 わかりません。このような民族は見たことがありません。 質問、日本国民はポーツマツ条約に納得しなかったのはなぜか。 答 難しい質問です。良く言えばお調子者、悪く言えば外交音痴。長い鎖国で世界の情勢に疎くなっていたのでしょう。
3太平洋戦争(1941−1945)
3.1満州国建国(1932) 日本が軍国主義に走ることは我々の支配下にいったということです。世界経済の波をもろに被るということです。鎖国時代とは違います。日本は貧困に喘ぐ農民を救済すべく1932年に満州国を建設します。土地を奪って国民を移住させる点で北アメリカと似ております。日本帝国主義は現地人から搾取するヨーロッパのコロニーとは大きく異なります。 日本の領土を拡大してゆくのが基本思想です。これはインフラ整備、教育に現れます。領土も領民も日本と同化させようとします。すでに台湾では既に実施されておりました。 これで日本はロシアの南下、共産主義の南下を防ぐことがでると考えておりました。明治政府樹立から64年で、北は樺太、南は台湾に加え朝鮮、満州を領土としたのですから大成功と申せましょう。ですからここらで一休みとなるのも無理からぬところですが、もう少し頑張ってもらうことにしました。我々は以前この極東の島国にあまり興味を持なかったのですがそこに大きな可能性を見い出したのです。
質問:領土も領民も日本と同化させようとする理由は何か。インフラ整備その他の投資を含めると植民地としてのメリットは半減するではないか。いや持出だろう。 回答:同化の理由はわかりません。我々の理解を超えているのです。ヒントは富という国強兵策か大東亜共栄圏という国論を二分する対立にあると思われます。前者は言葉通りですが、後者は日本を中心とする政治経済連合をアジアに打ち立てようとするものです。 投資も同様です。私の個人的推察では、織田信長(1534−1582)という男が持っていた世界征服の野望がベースにあるようです。これに日本が世界で一番という思想が結び付いたのでしょう。日本が世界を領土にすれば世界が丸く治まる、目出たしと。 質問:なんと傲慢な、いや、お目出度い。 回答:おっしゃるとおりです。この独善の押し付けが世界で通用すると思っているようです。 質問:明治以降の日本は欧米化をひた走ったではないかな。 回答:奈良時代は朝鮮に、平安以降は唐に、遣唐使廃止以降は鎖国へと方針を転換します。極端から極端に走りますが中心に戻ってゆきます。これを話しますと時間がいくらあっても足りません。 あとでじっくり議論しましょう。(面白そうだな)
3.2第一次世界大戦(1914−1918) 1914年から1918年の第一次世界大戦では欧米部門が大きな成果をあげましたが、日本部門にも成果がありました。日本は戦争の蜜を吸ったのです。先ほどのポーツマツ条約の不満を解消するのにも役立ちました。なにより大きいのが次の第二次世界大戦への日本参戦の環境が整ったことです。あとは誘導すればいいのです。
3.3満州事変(1931) これは日本参戦の第一段階です。同時に米国参戦の布石です。日本を国連から脱退させること、日中戦争拡大させること、が第二段階です。大切なのはドイツの開戦と時期を測ることです。
3.4日本開戦(1941) これは思ったより簡単でした。経済ブロックと三国同盟の破棄を迫ると真珠湾攻撃に走りました。この民族は攻めには強いが守りが弱いですね。それはともかく米国の第二次世界への参戦が可能になったわけです。米国部門への貢献は大きいですね。 戦線を拡大させて売り上げに貢献してもらうのが次の段階です。日本は4年間よく頑張ってくれました。米国も戦後政治的にも世界のトップに立つことができました。
質問、レイテ沖海戦で大和がレイテ湾突入していたら成果はさらに上がったのではないか。 回答:おっしゃるとおりです。ルーズベルトの要請で北進つまり日本へ帰還させました。マックアーサーを三度逃げ帰らす訳には行かない、日本占領後の任務、対ソ戦の戦略上彼は必要というのです。 質問、原爆投下は日本経営の支障になるとは考えなかったか。 回答 これも難しい質問ですが、米国の希望を認めました。むしろ米国担当に質問されては。
4戦後体制(1945−?)
日本の戦後体制は大人しい日本人を育てることでした。牙を抜き、羊のようにさせることです。それはこの民族の長所を殺いでゆけばいいのです。ひと世代ふた世代で骨抜きにできると考えました。具体策は日本の過去を否定すること、戦犯処刑、憲法改正、が目玉でした 問題なのは天皇の取り扱いでした。確かに明治政府は天皇に絶対権を持たせていますが実権は内閣が握っていました。いわば祭り上げられたもので象徴という決着で十分というのが我々日本担当部の見解でありました。米国から天皇処刑すべしとの強硬論もありましたが、日本国民がこのような体制を受け入れるか否かが重要であると諭しました。天皇陛下万歳は軍のやらせであるであることは、西南戦争での西郷隆盛と比較すれば明らかです。 この民族の根源的意識は家族にあると我々は考えました。この家族をばらばらにして個人主義をこの国に根付かせることこそ重要課題でした。家族、部族、社会、国家への帰属意識ならびに連帯感を打ち壊してゆけばいいのです。若者たちは我々の予想以上に反動的でありました。半世紀で個人主義が定着するとみたのです。 これほどの改革が抵抗なく受け入れた例は世界中でも珍しいでしょう。この民族は長い歴史を持っていますが過去を捨て去ることを躊躇いません。諸行無常との世界観は欧米思想では理解しがたい点です。
質問、天皇陛下万歳と西郷との相違はどこか。 回答 西郷という男に心底惚れるのと押し着せの天皇との相違でしょう。 質問 というと? 回答 現実に感じたものと強制されたものとの相違と言ってもいいでしょう。 質問、過去を捨て去ることに抵抗がないとは具体的に説明さ れたい。 回答 日本史上、四大改革といわれるものに@大化の改新A鎌倉幕府B明治維新Cこの戦後体制を挙げることができる。この民族は極端から極端へ揺れ動くが特徴です。しかし振動が収まってくると民族固有の位置で安定します。
5日本崩壊への道(1941年〜) 一億層玉砕を唱えた日本政府を我々は評価していました。しかし戦死者が600万人を越えた時点で正直、この民族が滅亡するのではないかと少しあわてました。滅亡させるのは簡単ですがこれほど優秀な民族を根絶やしにすることは得策でないと判断しました。したがって都市爆撃なかんずく原爆投下には躊躇いたしました。 我々は戦死者2000万人と踏んでいましたが逆にこれだけの人材を確保するにはと考えたとき、もう十分だと判断しました。この判断は正しかったと自負しております。戦後の復興、経済成長を例にあげるまでもないでしょう。日本の貢献度は英米に匹敵すると言っても過言でないでしょう。 我々の目標はこの民族を去勢して我々の忠実な僕とすることです。家族制度を打ち壊し個人主義を広める戦略は着実に成果を上げてきております。達成まであと少しのところにきております。
質問、最近戦後体制からの脱却などと言われているが。 回答 その点に多少の不安があります。先ほど申し上げましたが、この民族は極端から極端へ走る恐れがあります。いつ豹変するかわからぬから安心できません。ですので、男の生殖機能を低下させ生物的に去勢するのが上策と考えています。
以上で私からの説明を終わります。質疑応答、討論に入る前に一時間ほど休憩を取りたいと思います。そうですね、3時から再開しましょうか。
(闇の帝王拍手)素晴らしい説明だった、私はこれで失礼するが、諸君は大いに議論し大いに研鑽を深めてもらいたい。(一同起立してこれを見送る)
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