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作品名:女の敵、強姦魔 作者:佐々木 三郎

第8回   冬薔薇ママ長谷川冴子
冬薔薇ママ長谷川冴子

下田剛三は8時きっかりに現れた。「これですべてを」と小切手を差し出す。銀行振出金額5000万円6枚額面3億。「承知いたしました」と矢野が胸のポケットにしまう。手を挙げるとママがやって来た。「いらっしゃいませ」と名刺を出す。無言でご名刺をと迫る。「四菱商事の専務さんだ」と矢野が紹介すると下田剛三も名刺を差し出す。「頂戴いたします。オールドパーでよろしいですか」「ああ、新しく下ろしてくれ。専務勘定は私の方で、私は急ぎの用がございますので失礼させて頂きます」矢野は一礼して立ち去る。勝負は短時間で決すべしというのが矢野の信条だ。

下田剛三は矢野を見送るとほっと安心したようにオールドパーを口に含む。敵ながらできるなと思った。「冬薔薇とは長谷川さんのことだね」「いえ、まあ父が名付けてくれました」冴子は真っ白のスーツを決めていた。「銀座に店は多いが落ち着いて格調のある店は少ないね」「恐れ入ります」「大事な客があるときは寄せてもらおうかな」「私バラの中でも冬のバラが好きです」「うむ、黒バラは恋の花だが白いバラには心が洗われるね」「専務さん詩人ですね」「学生時代フランス語をかじったのでね」「巷に雨の降るごとく我が心にも涙降る」「長谷川さんもフランス語やったの」「いえ恥かしいですわ」
「Il pleure dans mon coeur Comme il pleut sur la ville; Quelle est cette langueur Qui penetre mon coeur? 」「素敵、もっとつづけて」
「Les sanglots longs  Des violons  De l'automne  Blessent mon coeur  D'une langueur Monotone.秋の日の ヴィオロンの ため息の ひたぶるに 身にしみて うら悲し。」冴子はうっすらと涙をうかべ聴き入る。

矢野が男の話をよく聴けと言ったのはこれかと冴子は思った。下田剛三はすっかり気を良くしたようだ。「パリでセーヌ川にそって歩いているとしとしと雨が、思わずこの詩が口をついてね」「まあ」「お前は何故この詩を知っているのかと女子大生に声かけられてね」「吟遊詩人の感じがおありですもの」「それほどじゃないがしばらく歩きながら話した」「映画のシーンみたいですわ」「かの女日本文学を研究しているそうだ」
その時ママが呼ばれる。「ちょっと失礼します。お話のつづききかせてくださいね」と席を立つ。これを潮にホステスたちが少しずつ下田剛三囲んでゆく。「ママがあんなに真剣に話すの初めてじゃない」「ママ涙を浮かべてたわ」「おかしいじゃない、初めてのお客様でしょ」「そう、このママお手製のチーズのハム巻きめったに出さないものね」

これは矢野の演出であった。誉めそやされて育った男はお上手に弱い。半時間ほどで下田剛三は会計する。小ママが10万の請求を出す。「すみませんね、大勢の娘が席について」「いいんだ」ちらっと20万の領収書を見せながらカードになさいますかときく。カード決済が終わったところにママが飛んでくる。「もうお帰りですか。お話聴きたかったのに」「領収書です」「だめよ、矢野さんに叱られるわ」「いいんだ、いいんだ」ママだけが外まで見送る。「セーヌのつづき楽しみにしてます」
長谷川冴子は矢野健という男を考えた。天野龍太郎も惚れる男。演出通りにことが運ぶ。「お前たち馬鹿がしゃべると客は不快になる。黙っていろ」「客は自分の自慢がしたい、喋りたいのだ」聞き上手になれと猛特訓したのだ。新規客が話題にしやすいのは店の名前である。谷村新司では平凡だ。白いバラのイメージを作る。下田剛三の趣味経歴からヴェルレーヌ暗誦させた。一時間漬けの受験勉強は見事山が当たった。
次に男が知りたいのはママが独身か、つまりものになる可能性があるかどうかだ。この辺を小出しするのが水商売だろうが。最後に客は自分が他の客より大事にされていると思わせることだ。これは口先で何とでもなろう。お前らぶすが男からちょっと甘い言葉をかけられるとのぼせるのと同じ理屈だ。口は悪いが商売の的を得ている。また一時間でホステスをそれらしき恰好に持って行った。何よりも自分をインテリ風に仕立て上げたではないか。

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