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作品名:女の敵、強姦魔 作者:佐々木 三郎

第37回   関本滝本優勝す
関本滝本優勝す

関本精児と滝本幸次はドイツを中心にピアノを勉強していた。モニカの両親の家に下宿しているので心強かった。片っ端からコンクールに参加して行った。その都度順位を上げて入賞することが状態となったが優勝には届かなかった。ある日二人はライプチッヒ音楽院を訪ねた。滝廉太郎の足跡をたどるためだ。ところが職員はそんな日本人を知らないとすげなかった。たまたま居合わせた老教授が廉太郎滝かと声を掛けてくれた。彼は二人をホールに誘った。そして彼の作品を演奏してみろと言った。関本精児は荒城の月を弾いた。ホールに学生教授が集まって来た。滝本幸次は花を演奏した。老教授は拍手しながらもっと弾けと言った。「我々は彼の作品を現在これしか憶えていません」「君たちは彼の全作品を演奏すべきと思うがね」「次の機会までに全作品を練習しておきます」「よろしい、では君たちの好きな曲をそれぞれ弾いてみなさい」関本はベートーベンを、滝はメンデルスゾーンを弾いた。「うむ、悪くない。君たちここで勉強するかね」「いえ、結構です」「どうしてかね」関本が、授業料が払えないからと答えた。教授は笑って「それは私がなんとかしよう、滝廉太郎を調べるには都合がいいのではないかな」と言った。「有難いことです」と二人は教授に抱き付いた。「1901年に日本から来た留学生の話は聞いていたがこれ程素晴らしいとは知らなかったよ。僕も研究してみる。そうだ君たち私と共同で研究しよう」「それは願ってもないことです。教授お礼に別の作曲家のに作品を演奏します」と関本が雪の降る町を弾く。滝が歌う。「おう、ショパンだね。だが日本の音楽だ」今度は滝が椰子の実を弾く。滝が歌った。今度は会場から感じ入ったという拍手が起こった。「日本音階はどんなものか聞かせてもらえるかな」関本がレミソラドレと弾く。「5音階、ファとシがない」「ちょっと待ってください」と関本がレシラソミレと弾いて見せる。「おうなんと、上行と下行が異なる」滝が歌う。「君が代は千代に八千代に」八千代の部分を繰り返す。ホールが熱気を帯びる。「他には」ミファラシレミと関本が弾く。「さくらさくら弥生の空は」と滝が歌い、観にゆかんむの部分を強調した。「日本に西洋音階が伝わったのは」「19世紀末です」「すると滝廉太郎はたちまちのうちに西洋音楽を理解したのか」「大変な苦労があったと思いますよ。日本人にとって第4音と第7音は奇異に感じられますから」教授は考え込んだ。「我々は日本の音楽を知らない、いや日本を知らない。しかるに日本人はドイツ音楽を理解している」と叫んだ。拍手がわく。「我々も日本音楽を研究すべきである」「そうだ、そのとおりだ」とホールを揺るがすシュプレヒコールが起こった。「その後の滝は」「2年後亡くなりました。23歳でした」「彼はシューベルトよりも若かくして亡くなったのか。もう少し生きておられたら」と教授は涙を浮かべた。「彼の父君は音楽家だったのか」「いいえ、侍でした」「おお。サムライ、武士道」
二人は母校桐朋学園に滝廉太郎の作品、資料を送ってくれるよう依頼した。作品は母校で手配できたが資料は滝の母校芸大に多くある。事情を知った前橋響子が芸大に掛け合ってくれた。楽譜、資料が次々と日本から届いた。教授は大いに喜んだ。そして二人に滝廉太郎の成績を示した。「滝は音楽理論をどの学生よりも深く理解していたとある。残念なことだが彼がここで勉強したのは2か月だ、せめて2年いたならば」とその才能を惜しんだ。二人の演奏については「君たちの演奏技術は既に音楽家の域に達している。だが何か足りない」と評した。「この国では音楽は生活に溶け込んでいます。人生の一部なんですね」と関本精児がつぶやいた。教授はにっこり笑った。二人はアマの演奏を聴いてみた。ある男声合唱のピアノ伴奏の音は天上の響きがしていた。ピアニストは老人であった。伴奏しながら合唱を暖かく見守っている感じだ。演奏会が終わると二人は老ピアニストを訪ねた。彼は二人の日本人に驚いたが意図を知って「この日本人の曲を弾いてみなさい」とステージに誘った。帰りかけていた聴衆が見つめる。「うん、君たちの方が僕よりも曲をよく掴んでいる」「しかし同じピアノでも貴男のような美しい音は出ません」
合唱団員も取り囲む。「僕はいつもピアノに話しかけているけどね、今日も一緒にいい演奏をしようと」「ピアノに話しかける」と関本が叫んだ。会場が彼に注目した。老ピアニストは「もう一度弾いてごらん」とやさしく言った。関本はピアノに話しかけて弾き始める。「いいじゃないですか、とてもいい音だ。貴男も弾いてごらんなさい」滝もピアノに話しかけて弾き始める。合唱団も歌う。会場から拍手が巻き起こった。二人は老ピアニストに抱き付く。「今日のことは一生忘れません」老ピアニストは二人を抱きしめて「君たちは素晴らしい音楽家だ」と言った。二人は顔を埋める。周りから「ヴンダワァル」と声が上がる。二人は幸福感に包まれた。
二人はコンクールに参加した。関本はミュンヘン、滝はパリであった。奇しくも二人は同じ時刻にステージ立っていた。一礼してピアノに向かうと演奏をイメージした。その時吉永小百合が現れにっこりほほ笑んだ。二人には知る由もなかったが同じ時刻であった。一皮むけたというか肩の力がぬけたのか二人は満場一致で優勝した。だがその時は互いに知らなかった。二人はライプチッヒ音楽院に取って返し老教授と老ピアニストに報告した。二人の優勝は地元メディアが大きく取り上げた。ライプチヒ音楽院に学ぶ日本人が同時に国際コンクールで同時に優勝したこと、同じく70年前にどう音楽院で学んだ滝廉太郎を研究していること、さらに近々日本人作曲の作品を演奏することを報じていた。
演奏会は大成功であった。パンフレットには「日本に西洋音楽が伝わったのは70年前のことである。しかし日本人は瞬く間に西洋音楽を理解し自分たちのものにしていった。ドイツ人がどれだけ日本音楽を知っているかと思えばこれは驚異的なことである」との老教授の言葉が紹介されていた。演奏会の模様はテレビで放映されたのだが電波は国境を越えフランスででも受信されていたのである。その為かミュンヘンとパリから演奏会のオファーが来た。
日本人の作品だけという演奏会は珍しかった。しかも日本人の演奏である。同盟国だったということ、東洋人の演奏という物珍しさもあったがテレビ放映を観て生演奏を聴きたいと大勢の聴衆が会場を埋め尽くした。開演と同時に中田喜直の軍艦マーチが流れる。ピアノ曲に編曲されているが原曲の味を十分に伝えている。軍関係者は立上がって挙手した。演奏が終わると割れんばかりの拍手と歓声が起こった。演奏者は何度も会釈してこれに応えたが拍手はなかなかやまない。演奏者関本精児は思わず舞台裏に引き上げた。曲目解説には専守防衛が強調されていた。「武士道」と叫ぶ者さえいた。
会場が暗くなり聴衆が静まると滝本幸次が椰子の実を演奏する。今度は静まり返り旋律にひたる。やがて滝本の手が鍵盤から離れると我に返ったように拍手が起こった。「ブラームスの感じがするね」「でも間違いなく日本音楽だ」などとささやいている。続いて滝廉太郎、団伊玖磨、山田耕作、信時潔が演奏されていったが、最後はやはり荒城の月である。
関本精児が前に立ってパンフレットの裏を示しながらツーザメン;一緒にと言った。出足を合図すると会場全体に春高楼のと歌声が流れる。ああ荒城の夜半の月と歌い終わるとすすり泣きがもれた。会場の静寂の中で涙する者も少なくなかった。やがて小さな拍手が少しずつ広まりいつまでもつづく。関本と滝本は深々とあたまをさげた。その時老紳士が二人ステージに登って来た。しかも花束を持っている。二人は駆け寄り抱き付いた。老紳士は二人を抱き寄せた。「私たちに日本音楽を教えてくれるかい」「先生」若者の頬に涙がつたう。
老ピアニストは一礼して椰子の実と言った。ピアノに向かうと静かに引き出した。何と美しい音だろう。演奏が終わっても会場は余韻に浸っている。老教授が「次は僕は信時潔」と言ったとき聴衆は気づいたように拍手したのであった。教授の演奏は宗教的響きがある。音楽は同じ曲でも奏者の味経験が現れる。それは教会で静かに祈る姿であった。メディアはこの演奏会を詳しく伝えたが末尾の聴衆の感想が注目された。「日本の西洋音楽は新しいが我々に追い付くのに時間はかかるまい。もなく日本車がすでに巷に溢れているように」「我々は西洋は東洋に勝ると考えて来たが改めねばならない。我々は日本を学ばなければならない、彼らが我々を学んだように」「日本人は礼儀正しく感情を表に出さないと聞いていたが感極まると涙する」「荒城の月を聴いて悲しいほど美しいという意味が解った」など。
ミュンヘン、パリ公演も成功裡に終わった。二人は言い知れぬ幸福に包まれていた。「滝本、汽車で帰ろう」「俺もそう思っていた」「ミュンヘン、ボンと来た道を辿ってみたい」「ローレライをもう一度みたいな」と話しているところに若い女が二人は入って来た。こちらの列車は自由席でも4人掛けで個室になっている。通路と座席がドアで仕切られている。二人女が入ってきた。「ご一緒に旅させてください」「どうぞ」「私たちミュンヘンに参ります」「そうですか」関本は無愛想に答える。「おい、ひまわりだ」「ゴッホかソフィアローレンか」両方だな」女たちはパリ公演のパンフレットを取り出した。「私たちこういう者ですが一連の日本音楽についてお話を伺いたい」と名刺を差し出した。ジャンヌ:フランス国営放送報道記者、マリオン:西独国営放送報道部記者とあった。「いいけど二つ条件がある」「なんでしょうか」「我々の空腹をみたすこと、それに我々の話の邪魔をしないこと」「わかりました。では第一点これはどうです」とサンドウィッチを示す。「君の片腕も食わしてもらいたい」「まあ」そこへ車掌がやってきた。「ねえ、大きなハムかソウセージをこの日本人に与えてください。さもないと私のこの腕を食うというの」「それはたいへんですな、腕が無いと映画に出演できなくなりますよ。私の昼飯を差し上げましょう」と車掌は取って返した。手提げ籠にパンとハムエッグ、片手にワインを下げて来た。「でも貴男のパンがなくなるわ」「そうでなければ私はキリスト」 
 滝本はボールペンをパンフレットに走らす。「これでどうだ」「親愛なるMessiah 汝我らを飢餓から救い給へり、か、いいじゃないか」「お前もサインしろ」「もちろん、空腹に不味い物なし、まず乾杯しよう」「美味い、香りもいい」「おいボルドーワインと書いてあるぞ」「高いかもな」「すみません、これは私のパンフレットです」「後で同じものをやるよ、邪魔するな」
二人はパンにかじりつく。「しかし早く滝廉太郎の研究を終わらせたいな。俺たち日本音楽を演奏してゆかないか」「俺もそう思う、欧米人は日本を知らなすぎる。日本人が欧米に対する理解に比べると幼稚だな」珍しく滝本が声を大きくした。「やはり白人主義の名残か」「だろうな、サンサーンス、ラベル、ドゥビッシーの音色は素晴らしいが日本の作品も遜色ないと思う」「山田耕作など華麗にしてフランス人好みじゃないか」「そうだが俺は信時潔の渋さが好きだ」「日本音楽が知られるないとその良さも理解されない」「関本、和楽器との競演はどうだ」「春の海か、筝曲はやりやすいが日本音階と洋楽は水があうかな」そこで二人は一息入れた。
ジャンヌが恐る恐る言った。「私のパンフレット返して」「同じものをやるから話を邪魔するな。同じことを言う奴は馬鹿だよ」「これはどういう意味ですか」「ちっとは日本語を勉強しろ」「ヘール滝本、彼は何を怒っているのですか」「日本人が欧米のことを勉強しているのに欧米人は日本を知らなすぎるのはけしからんと怒っているのだ」「ジャンダルク、日本の文学作品を言って見ろ」「知りません」「それで記者が良く勤まるな、我々は英仏仏文学を10や20は挙げることができるぞ。源氏物語は世界最古の小説と言われる。ドン・キホーテ以上の作品だ」「まあ関本、それぐらいで勘弁してやれ、泣き出すぞ」
マリオンが「私も勉強していません」と言った。「勉強もしないで取材するとは無礼な女だ」「日本人は欧米に限らず異文化の優れた点は評価して取り入れて来た。君たち欧米人はどうかな」「確かに西洋文明が優れていると考えていますね。またオリエントは西洋に跪くべきと」「そこだよ、彼が怒こっているのは」「おい、マリオネット、全ての人間は再び兄弟となるとはどういうことだ。いつまで兄弟であったのだ」「昔のことでしょう」「何年前のことだと訊いている。はぐらかすな」「知りません」「調べろ、彼は星空の中に住んでいるに違いないとはどういうことだ。いるのかいないのか、存在するのかしないのか」「彼酔っているの」「君には質問に答える義務があると思うよ」「たぶん、いるでしょう」「多分とは何だ」「彼を見たことがないので」「ほう、見たこともない者を信じる、おめでたいのう」と関本は日本語で吐き捨てる様に言った。「彼なんて言ったの」
滝本はそのとおりだと思ったが若い娘にそれ程きつく当たることもあるまいと躊躇った。「でも大切なものは目に見えないのじゃありません」とジャンヌがいった。「私は星の王子様でないから見えない者は信じられないSeeig is believig」「ムッシュー、湯川博士の中間子は見えますか」「今は見えないが電子顕微鏡が発達すればその姿をとらえることができるようになるだろうね」「でも信じられている」「僕には難し過ぎる」「貴男正直ね、日本人は神という言葉があるから神は存在すると考える滝廉太郎ですか」「そういう考えもある、言霊信仰。日本には八百万の神々がおわすと言われるから多分そうなんだろう」「多分とは」「僕は神にあったことがないから」「神に会った日本人はいるのですか」「さあ、会ったという言葉を信じるしかないだろう」「言葉は目に見えますか」「文字にすれば」関本が「耳に聞こえれば十分だろう、それ以上何を求めるのだ。音楽も映像にするのか」「だって彼が見えない者は信じられないといったから」「さあそれよ、神が存在するか否かとの話をはぐらかすのが欧米流だ」「そうね。神の存在は永遠のテーマで私には答えられないわ」「最初からそう言え、可愛げが無い」「関本そこまで言わなくとも」「女は甘やかすとすぐ増長する。シラーも神は星空の天蓋に住んでいるに違いないと言うが住んでいるとは言わない。卑怯だ」滝本は苦笑した。「それはそうだが一食の恩義がある」「確かにこの一食は我々を餓死から救った。だが恩義は恩義。是非は是非。一食で真実をゆがめるのか」「是非は是非だが、男女の結合は互いを愛し尊敬することだろう」「未だ結合していない、こんな女を敬愛できるか」「結合して無くても女を歯に衣着せぬのは大人げないぞ」「大人げなくて結構、高慢な女にちやほやするのは下心があるからだろう」「誰が」「お前だ、ジャンヌモローのどこがいい」「私ジャンヌマリーです」「煩い、滝本に言っているのだ。おい待て、お前日本語がわかるのか、やばい」「少しだけ」「10%か20%か」「半分くらいかな」関本はジャンヌをにらむ。「半分は少しではない」「すみません、先程からお二人の関係を伺いたかったのですが」「永遠のライバルだ」「でも友達でもある」「ライバルでない友など意味はない」「滝本さん貴男は」「同じだな。彼がいたから私は優勝できた。ライバルは相手を育てる、磨く」「素晴らしいわ、私たちもライバルねジャン」「そうよマリ」「おい、ドイツに入るぞ」
パスポートを取り出す。関本はついでに音楽会のパンフレットを引き出してジャンヌに返す。「文がありません」「借りた時なかった、文句があるか」滝本は「うるわしのジャンヌ 汝我らを飢餓から救い給へり 滝本幸次」と書き込む「私も」とマリオンが関本にねだる。「美しきマリオン 汝我らを飢餓から救い給へり 関本精児」と書き込む。「国境と言っても景色は変わらないな」 
列車はドイツに入った。「お嬢さん腕は」と車掌が声を掛ける。「まだ食われてないわ、貴男のおかげよポール」「ポール美味かったよ、これは感謝の気持ちだ」と関本がパンフを手渡す。「おおジャポネ、何て書いてある」ジャンヌが翻訳する。「俺はMessiahか」「ポールすげえな」「お前は入国審査をしろ」「そうだったな、おうヘール関本荒城の月、へール滝本、名も知らぬ遠き島より流れよる椰子の実」とドイツ人車掌。「みなさん良い旅を」と軍艦マーチを歌いながら車掌たちは出て行った。

ミュンヘンで乗り換えだがマリオンが宿を提供するから明朝一番で発ったらと言う。彼女の叔父の家に泊めてくれるよう手配するからレストランに行こうと強引に連込む。演奏会の時は街に出る暇もなかった。「あれBMWじゃないか」「本社はここにあるのよ」「垢抜けしているな」「あの時計は有名です」「何故だ」「今に分るわ」人々が歩みを止め上を見上げる。鐘の音とともに人形が踊り出した。「童話の世界だな」「東京にも欲しいな」マリオンとジャンヌは関本と滝本を撮影する。「わしらも一緒に撮ってもらえるだろうか」と老夫婦がマリオンに頼む。「きいてみましょう」とマリオンが夫婦の依頼を伝えると関本と滝本は間に夫婦を挟んで撮影に応じた。「私たち貴男方の演奏聴かせてもらったわ。涙がでるほど感動しました」「有難うございます。お言葉を胸に一層研鑽して参ります」と関本が丁重に礼を述べた。ジャンが言った。「あの男は私にはつんけんするくせに」「日本人の特性かも」「変な人種ね」「ジャンそれより密着取材してみない。面白いものになると思うの」「そうするか、デスクに了解をとらなくちゃ」四人は木造のレストランに入った。まずはビールで乾杯。「ミュンヘンビールはサッポロに似ているな」「そういえば姉妹都市でなかったか」「そうだったな」
関本はテーブルを観て「あてはないのか」といった。「あて?」「あてなしで飲めるか」滝本が説明する。「日本人はビールを飲むときあてをつまむのだ。そうだなハムでもソーセージでもいい」「ステーキを注文しましたが」「焼きあがるまで間あてをつまむのだよ。だから少しでいい。うん、チーズかピーナッツないかな」「ワインは」「ステーキを食いながら飲むのじゃないの」「そうですね」「ムッシュー滝本は物静かね」「どういう意味」「フフまずかったかな」スープが出たが関本は、あては未だかとお冠。やっとでてきた巨大なフランクフルトソーセージ。「どうやって食うのだ」これを滝本が制して「君、インチカットそれとマヨネーズ」とにっこり言った。

関本はスープを勢いよく飲む。周りが振り返る。マリオンが腕を抑えながらたしなめる。「俺に指図するな、スープはススルものだろう」「でも音を立てるのマナーが悪いわ」「お前らもラーメン食ってみろ、すすらないと食った気がしないぞ。食事は美味そうに食うのが料理人への、料理に関係したものへの感謝だろうが」「ラウメンですか」「それにな野菜を食わないから脂肪の塊になるのだ」「そんなに太ってないわ」「料理の味がわからぬ奴は量で満足する、精々塩をかけるぐらいだ」「ソースがありますわ」「ソースの原料胡椒は」「輸入しています」「金は払っているか、略奪はしてないな。ルーブル博物館は盗品の展示場とも言われているぞ」「もうその辺にしておけ関本、食事がが不味くなる」「それもそうだな、蛮人に日本の食文化は理解できまい」あてが来て少し落ち着いた。氷に冷やされた赤ワインが出て来た。「うん、いけるな」「リーダーターフェルです」「フランスではナポレオン、最高級と言う意味」「ふん、老酒か、俺たちの話の邪魔をするなと言ったろう。どうして生意気な口をきく。日本の女、吉永は大人しい女だったな」滝本はどきっとした。小百合は処女でなかったが相手が関本であることは想像がついていたがやはりと思ったのだ。「日本人は指図されることを嫌がるのだ」「正しいことでも」「正しいことが善いとは限らない」

この会話はジャンヌだけでなく周りを驚かした。「食事は美味しく食べるのが料理した人への礼儀じゃないかな」「そうそう、滝本言ってやれ、毛唐女に」ステーキが出て来た。「フラウエン、スライスカット」と滝本が関本の文と指で示しながら言った。「ナイフを使うのは面倒くさくていけねえ」「このワインは高いのじゃないのか」「車掌のワインの方が美味かった」「ステーキよく火が通っているな」「見ろ、中までよく焼けている。時間がかかるはずだ」「ワインとよくあっている」「もう一本行くか」「そうだな」
そこへ音楽師がやってきた。さくらさくらとヴァイオリンが奏でバンドネオンが伴奏する。反応が無いので荒城の月を演奏する。「ひでえ音だな、ピアノないか」「そう言うな、辻音楽師じゃないか、彼の顔をつぶすのか」と滝本はピアノに向かう。音楽師を手招く。前奏を弾きながら顔で合図する。音楽師は旋律を奏でる。周囲の目が集まる。関本が二番から秋陣営のと歌いだした。周りは食事の手を休め聴き入る。ああ荒城の夜半の月と歌い終わっても客たちはただ余韻にひたっているようだった。
品のいい老婦人が近寄ってきて「素晴らしかったわ」と100マルクを差し出した。「私たちはまだプロとは言えません。これは彼らに」と関本が丁重に断る。音楽師はちゃっかり受け取ると二人に1マルクすつを与えた。関本がうれしそうに見つめる。滝本がさくらさくらを演奏する。関本が歌う。今度は拍手された。音楽師たちはギャラを受け取って回る。そして10マルクずつを二人に与えた。「過分な祝儀を賜り感謝します。我々にとって生まれて初めてのギャラですから一生大切にします。音楽師の為に歌いますので聴いてください」滝本のピアノに合わせて椰子の実を歌う。日本の音楽か。彼らはプロに違いないなどとささやかれる。マリオンが歌詞の意味を語る。曲が終わると歓声が起こった。二人は深々と一礼して席に戻る。「これは店の奢りです」とワインが開けられる。「滝本、何か感じたよ」「俺もだ」「中山晋平、成田為三、宮城道雄、は取り上げたいな」「日本作品の巡業と行くか」「いいねえ」

成人男女の結合 へ


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