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作品名:女の敵、強姦魔 作者:佐々木 三郎

第33回   遺産相続

遺産相続

香川健は声を荒げた。月次収支を見て「交通費が増えているのは何故かと訊いている。お前何か隠しているな」直美は震えた。どうして気づいたのだろうと思った。「隠し事は良くないな、裸にひんむいてやろうか」行政書士事務所らしからぬ会話である。直美は松崎敬子に救いを求めた。「さすが香川先生ね、直美私が焚き付けたことにしてあげる。でも他人の秘密って楽しいからと反撃に出るのよ」

二人は事務所の交際費を調べた。冬薔薇の領収証を見つけた。20万円といえば行政書士事務所には分不相応な出費である。コピーをとって冴子に迫る。「わかったわ、仕事の秘密は厳守だけど今回は特別よ。女の団結を示すための」その夜は鬼頭善之助の予約でブラジル在住日本人山之内和豊と訪れた。客はドイツ大使と香川健だけであった。山之内は子供の頃ブラジルに渡り、前人未到の地を開拓して一財産を築いたが半分は祖国日本に残したいというのが依頼内容であった。しかも関本精児に贈与もしくは相続させたいという。

運命のいたずらか。関本は山之内の妹の子であった。叔父と甥の関係だが未だあったことはないそうだ。この面会のお膳立てと財産管理が香川健の仕事となった。「遺言書作成3万、遺言執行代理人報酬100万円。贈与契約書作成10万でやらせていただきます。いずにせよ甥御さんが受けるかどうかですね」「ほやからあんさんに頼むんじゃ。成し遂げる男は少ない。これは手付」封筒の厚さ100万か「手付倍返しで済む話ではありませんがお預かりします。」
そこで香川が冬薔薇での飲食代を持ったのである。鬼頭は律儀な男だから幼馴染の接待を交際費で落とすような真似はしない。「まっこと、おおきに」「財団も選択肢に。今度土佐の鰹をご馳走してください」「おおなつかしいのう」と山之内がしみじみと言った。「今度の日曜日音大生を家に招待しますのでお二方も是非」鬼頭は健の意図を理解した。

日曜日は前橋響子の公開レッスンがあると聞いて近所の人が集まって来た。矢野オーケストラは腕を上げていた。今回の目玉はヴィヴァルディの四季である。ヴィオラとチェロは音楽教師が担当した。ソロは勿論前橋響子だ。演奏もさることながら子供たちの生き生きとした表情が素晴らしい。近所の子もオケに加わりたいと言うので数人を受け容れている。問題は楽器代、講師謝礼等の親の負担だ。和子京子モニカが相談して月千円とした。親は気を使って子供らのステージ衣装を寄付した。一軒当たり数万円の出費だが女は衣装には糸目を付けないようだ。音大生は自分の一番好きな曲を演奏した。
普段着の演奏は聴衆を心から楽しませた。関本精児のリスト愛の夢、吉永小百合のエリーゼの為に、滝本幸次の亜麻色の髪の乙女、いずれも自分が好きなだけにいい演奏である。どこで聞きつけたのかYBCが取材を申し込んできた。ギャラを払うというと前橋響子は快く応じた。「そうですね、関本さんは自分を打ち出していますからいい音楽家になるでしょう。吉永さんは自分が何が言いたいのかをつかめばあれだけの演奏技術がいっそう輝くでしょうね。滝本さんは既に自分の芸域を確立していますが魂の叫びが欲しいですね。でも三人ともいいものを持っているからこれからが楽しみです」

前橋響子は何も事情を知らないが三人を的確にとらえていると香川健は思った。今回の目的は山之内和豊を関本精児に引き合わすことだ。和豊は30年ぶりの帰国だ。当時の妹は生後間もなく日本に残されたのだ。和豊は幼い妹を憶えていない。戸籍簿によって二人の関係は確認されているが本人たちがどう感じるかは別の問題であろう。精児の方は叔父の存在自体を知っているかどうか、考えれば血縁とは不思議である。同一の祖は和豊の父母すなわち精児の祖父母である。遺伝子の量は全体としては同一の祖の半分と1/4を受け継いでいるから1/8は共通と言えよう。しかしどの部分をどのようにとなると評価は難しい。遺伝子が肉体的性格的にどう発現するかは全くの偶然である。我々は経験的に3親等は血が濃いと評価している。結婚が禁止されるのも経験的なものであろう。香川健はそんなことを考えながら二人を観察した。

山之内和豊はすぐに関本精児を甥と認識した。妹の話は親から聞かされていたし成長してからの写真を観ているから情報量が多い。他方精児の方はどうか。母が叔父和豊のことをどれだけ伝えているか。演奏会の慰労を兼ねて食事が始まった。「若きピアニストの将来を祈念して乾杯しようか」「殿、山之内和豊殿は遠路のお越し、まず歓迎の意を評すべきかと心得まするが」「おお、そうであったな、そちの申す通りじゃ、さらば山之内殿ようこそ我が家にお越し下されました。若きピアニストの将来を祈念して乾杯」

食事は人を和ませる。「おう、讃岐うどんか。こちらは」鬼頭善之助が場を盛り上げる。「半田素麺にござります」「四国の味がするが素麺と言うには太いのう」「剣山の寒風に晒して作ると聞いております」「四国はええのう、わしらは土佐の生まれじゃきに」「あら四国勢が過半数ですね、私らは讃岐です」香川京子の相槌で生国の話になった。「手前の生国と発しますは、ドイツはハンブルクなればお見知りおき下され」「これはご丁寧なご挨拶、姉さんの髪は純毛でござるか」「ジュンモウ?」山之内和豊は金髪をみやった。

京子がモニカに髪を染めていないのか、カツラではないのかという意味だと説明する。「あたりきよ、生まれしかたよりこの色だい。ラインの歌姫とはあっしのことでござんす」「何ですモニカ、年上の客人に向かって。生まれた時からこの色でございますでしょ」「すみません、生まれた時からこの色でございます」「しかし見事ですなあ」「恐れ入ります、なじかはしらねど染める気にはなりませぬ」音大生は3人とも東京出身であった。
酒がまわるとさらに饒舌になる。「この酒はいけますな」「芳水です。モニカ一升ビンを持って来い」「心得た」「ほう、吉野川の水ですかな」「お気に召しましたら一本お持ち帰りください」「それはかたじけない。口当たりは柔らかいがしみますな」「いうたらいかんちや おらんくの池にゃ潮吹く魚が泳ぎよる」ヨサコーイヨサコーイと四国勢が歌いだす。「その歌聞いたことがあります。母が歌っておりました、そうだ母の旧姓も山之内でした」

舞台は整ってきた。「お母さんのお名前は」「豊子です」「私の妹も豊子と言いました」関本精児は山之内の顔を凝視する。「もしかして」山之内和豊の眼に涙が浮かぶ。「叔父さん。母の父母はブラジルに渡ったと聞いています」といって絶句した。やはり血は血を呼ぶのであろうか。血筋とは血統を言うのだろう。山之内和豊は肉親の情だけで甥関本精児が山之内一家が築き上げた財産の半分を託すだけの人間であるかを見極めかったのである。

南米ブラジルへの日本移民は現地人がしり込みするジャングルを切り開いていったのである。その覚悟は日本人の結束を強めていった。遠くの身内より近くの他人という意識が自然と生まれて行ったのだ。艱難辛苦の末に手にした財産を戦後の甘やかされた日本の若者に託してよいものかという思いは当然であろう。ましてや甥が同級生を手籠めにしたと聞き、不安を募らせていたのだ。思いあぐねて幼馴染の鬼頭善之助に相談したところ香川健を紹介されたという経緯だ。

音大生たちが帰った後、人物評価が始まる。「関本さんは一本気なところがある。こうと決めたら突き進むタイプね」「ああいうタイプに女は弱いわあ。ずんずん押されるとつい許してしまいそうになるわあ」「あら、それだけはやめてじゃなかった」「今は三人の話をしておる」「すみません」「滝本さんはむっつりスケベだけどじわじわ迫られると逃げられなくなるなあ」「私もそう思います」「直美、私は押し倒される方がいい。じわじわくるのは嫌い」「こういうことは冴子さんが詳しいのと違う」「私も皆さんと同じですが吉永さんどちらにも引かれて迷っているのね」「どっちかにしろ、日本人ははっきりしない」「はっきりできないから迷うんじゃない、モニカ人間は簡単に割り切れないよ」人間を科学的に分析してゆくと見えなかった部分が見えてくるが全体が見えるとは限ぎらない。また、はっきりさせないほうがいい場合もある。吉永小百合の煮え切らない態度は石川達三の蒼氓が浮かぶ。吉永小百合も拒むことが相手に悪いと思ったのかも知れない。香川健はそんことを考えながらずらかる機会を窺っていた。矛先がこちらに向けられる恐れがある。「客人に風呂を用意致せ。余は子たちと遊んでこようぞ」

子たちは健を押し倒すとそのうえで飛び跳ねる。小さい子ほど登りたがる。なにしろ20数人の子が群がるのだから為す術もない。「大きい子は遠慮しなさい」「そうだ、父も若くない」「何をハンス」「父よ、無理するな」「さあ小さい順に並んで」かなとあやが整列させる。人物評価は中断された。「冴子さんお客様をお部屋に案内して。モニカ岩風呂沸かして。私たち晩の用意をするから。山之内さん五目寿司なんかどうかしら」「ええが久しぶりの田舎料理喜ぶじゃろう」「狐寿司も夜食にいいんじゃない」「稲荷寿司だろうが」「モニカ関西ではきつねというのよ」「刺身はイカに鮪でいいか」「私たち買出しに行ってきます」「そうお願い、直美さん子供たちに何か美味そうなものと明日はすき焼きにしようか」「おい、すき焼きなら日本酒が要るぞ」「モニカお客をダシにするんじゃないの」「ばれたか」「土佐鶴か何か美味そうなの3本はいるわね」

冴子は矢野健の部屋の隣の客室に客人を案内する。「風呂は屋上です。浴衣に着かえておくつろぎください」「これはいい眺めだ」「風通しもようございます」「東京にもまだ田園風景があったのか」屋上から声がする。「ハンスしっかり洗え、腰を入れろ。咲、太郎も頑張れ」どうやら風呂を磨いているようだ。モニカは水着で湯船を擦っている。警備員が手伝おうかと申し出た。がモニカに「お前の任務は警備だろう。持ち場を離れるな」と一喝された。「さあ湯を入れるぞ、みんな下れ」「ママ熱そう」「日本人は熱いのが好きなのだ、咲客人を案内しろ」大きな声なので鬼頭たちにも筒抜けだ。「お風呂がわきました」と可愛い声が呼びかける。「おーい、タケシ風呂がわいたぞ」「お前の声は一丁先から聞こえる」「早く来い」「なんだその恰好は」そこへ鬼頭達が入って来た。「ささ、これへ背中を流そうぞ」モニカは二人の背中に湯をぶっかける。「咲、鬼頭殿の背中を擦れ。ヘチマに石鹸をつけるのだ」ハンスが手を貸す。「さあ咲頑張れ」「はい、どうですか痛くないですか」「いや気持ちいい。咲ちゃんは幾つかな」「三歳です」「おりこうだねえ」

モニカは豪快に背中を流す。「山之内殿いかがか」「快適でござる」「さらば長旅の垢を流しそうらえ」「かたじけない」「なんの。貴殿はブラジルで名を上げた、すごいぞ」「奥さんはハンブルグのご出身か」「左様。いいところだぞ、遊びに来い」そこへ矢野健が入って来た。「ハンス、父の背中を流してやれ」男三人が湯船に浸かる。「ああいい湯だ、日本に戻った気になる」「入日を見るとほっとする」「モニカ、そこへ座れ、水着をとって髪を梳け」「恥かしい」「娘じゃあるまい」それはローレライを彷彿とさせた。「男が迷うのも無理はありませんな」「まっこと」なじかはらねど こころわびて...

その日はモニカの独断場であった。にぎやかな夕餉となった。さあ、客人生ビールをぐっといけ、樽を開けたばかりの生娘だ。五臓六腑に染み渡る。モニカ殿の妖艶な裸身はいい目の保養になった。左様か。まさにイムゾンネンシャインじゃ。にぎやかな夕餉となった。
逆光で裸身のシルエットが眩くみえたと鬼頭殿は言われたのじゃ、そうだ、直美も写真集を持って来い。嫌だ、恥かしい。発行しても100万刷とはいかないぞ。おお神田小町だな。日本の女は口説く気になる。これだけの女はそういまい。想いが遂げられたら思い残すことはない。そう言えば小柴監督の美しき裸像の思い出、私もアルバムつくろうかなと香川京子が言った。歳も若くはないけれど撮るなら今でしょ。冴子さんなんか美人だからお客様に配ったら喜ばれるわよ。みんなでアルバムつくろうか。賛成とモニカが手を挙げると全員がつづいた。山本さんの写真なんかの賞の候補に挙がっているそうよ。黒沢さんの報道写真も新聞で使われていた。本当、見たいな。あの頃はみんな若かった。


 女子供は奴隷に へ


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