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作品名:女の敵、強姦魔 作者:佐々木 三郎

第31回   映画「死の恐怖」放映 大使館パーティー
映画「死の恐怖」放映

映画は関元征助に全被害者名を告白させるシーンで終わる。そのロケは太平洋の荒波が洗う岩場で行われた。潮が満ちるにつれ実際に関元は何度も波に去らわれた。迫りくる死の恐怖をカメラは鮮明にとらえていた。ついに関元征助は気を失ってしまった。腰に透明のビニールロープを巻き付け、波にさらわれる度クレーンで引き上げた。
釣り人も映画のロケと気に掛けなかったようだ。問題は関元の撮影したレイプ映像をそのまま使うこと、被害者名を実名で告白させることである。被害者全員の同意を得られるか。試写会に全員を招待した。柴田瞳の名は「秋の女よ」カンヌ映画祭の監督賞によって知れ渡っていた。「私は強姦に対する怒りに突き動かされてこの映画を製作しました。失われた時は戻りませんが女の敵、強姦魔撲滅にお役にたてばと願っております」と挨拶した。
つづいて前橋響子が現れた。映画の中で使われたベートーベンのクロイチェルソナタを弾き始める。その迫力は胸に迫る。被害者は忌まわしい出来事を洗い流してくれる気がした。

映画は三つのレイプシーンと回想シーンと『秋の女よ』の手法がとられていた。被害者はどのような気持ちで映画を見ているのであろうか。ラストシーンは自分の名前も出てくるが関元征助の死の恐怖におびえる姿に恨みが晴れる思いがした。映画が終わると沈黙が会場を支配した。再び柴田瞳と前橋響子が現れると拍手が沸き起こった。「是非公開してください」と叫ぶ被害者もいた。 
二人はビデオ版にサインして一人一人に手渡した。被害者も二人の手を握りしめた。二人の心は被害者たちに通じたのだ。魂の叫びは人の魂を揺り動かす。芸術とは魂の叫びなのだ。

映画の公開の前にテレビ版が放映された。映画の観客動員数が減ることが危惧されたが、映画の大画面を観ようと観客が集まる。すでに映画は斜陽産業になっていたがこの映画は空前のヒットとなり全国の映画館に配信された。YBCには再放送の依頼が殺到した。

矢野と柴田瞳はYBCに呼ばれた。渡辺社長、寺嶋常務、制作部長のほかにも柴田瞳を見ようと多くの社員が集まった。「監督、カンヌ映画祭ならびに今回の作品おめでとうございます。ラストシーンの撮影は大変だったでしょう」
「一番苦労したのは録音ですね。波音が高いでしょう。マイクの位置が大変でした」「監督にお聞きしたい者は手を挙げろ」若い社員が手を挙げた。「私は音楽を担当しておりますがあのクロイチェルソナタはすごかったですね」「そうなの。私前橋さんに真剣を突き付けられた感じだったわ。魂の叫び、彼女は音で表現してきた。私は映像で立ち向かったの」
 社長室に場所を変えた。「魂の叫びですか」渡辺がさも感じ入ったように言った。「我々もスポンサーの顔色を見ないで制作できればと思いますな」「寺嶋君それは全員同じだよ。しかし香川先生の企画力素晴らしいですなあ」「素人の思い付きですよ」「今回も海外メディアからオファーがありますが前回と同じで」「そうしてください」「ありがとうございます。監督、これは『秋の女よ』の海外分です、こちらは今回の著作権料です」と2億と3億の小切手がテーブルに置かれた。「そんなあ、前回過分にいただいておりますのに」

 その夜、矢野は柴田瞳と東郷を伴って冬薔薇に出かけた。鬼頭善之助の招きである。「この度は御意に反して勝手なことを致しました」「何の、まっこと見事で、期待以上の満足をさせてもろうたきに」「こちらは柴田監督」「それはそれは。カンヌ映画祭おめでとうございます。今回の映画も誠に見事でございました」「恐れ入ります」「こちら東郷元帥のお孫さんで」「おう東郷元帥、尊敬しちょります」「東郷です」

鬼頭善之助は機嫌がいいらしくお国ことばが混じる。「ところで二人は」「さあ」と矢野は下を向く。二人はフィリピンの小さな島で土人の施しを受ける生活をしていた。「まあ日本にはおれんじゃろ」「失礼します」と長谷川冴子が和服で近づいた。「おう。ママ今日は一段と綺麗がや」「まあ、専務がお上手を。この人専務の前では緊張するようです」「この人ねえ?そうそう、これは些少ながらお礼の気持ちです」と5億の小切手。「身に余るお言葉とご褒美、謹んで頂戴仕りますきに」
冴子が笑った。矢野が上がっているのは他の同席者にもわかった。「今夜の酒は美味い。わしも若い愛人持とうかの。常務時代はイエスマンが可愛かったが今は頼りになる男が欲しい」「阪急の上田監督が同じことを言われてました」と柴田瞳が口を開いた。「そうですか。名監督にしても。海南のご出身でしたな」「3番の加藤は2軍を首になるところを上田監督が1軍に引き取ったようです」「それは面白い」「とにかくみんなと一緒に練習しないそうでした」
鬼頭善之助の眼が光った。「日本社会は共同が得意じゃきに」「単純労働は共同でいいのですが創作となると個性、才能が必要です」「まっこと。それを引き出すのが監督のお仕事」「私はまだ駆出しですが上田監督のお気持ちわかる
気がします。ここ一番何とかしてくれと思ったとき加藤は期待を裏切らなかったそうです」「う〜ん。私にもわかるな。結果が出せる男だ。社長は孤独だからな。取締役会は議決機関だが責任は社長に押し付ける」「雇われ社長でもですか」「香川先生らしい。オーナー社長などいますかな、株式会社の宿命でしょう」「上場企業では皆無に近いでしょうね」

大使館パーティー

その日は、前橋響子、柴田瞳、モニカと両親、鬼頭善之助、香川健、東郷平四郎も大使館パーティーに招待された。大使夫妻は入口で来賓を迎える。パーティーと言っても開会の辞などはない。「みんな乾杯しようぜ」とモニカが壇上に立つ。「それがしラインの歌姫ことモニカにて候。これなるは我が夫にて健矢野、我が父フンボルト、我が母マリオン、ヴァイオリニスト前橋、映画監督柴田瞳。次なるはイオツビシ重工の鬼頭ゼンノスケ、して東郷元帥の孫だ。わかったか」

モニカは会場を見渡す。「さあ歌うぞ俺について来い」大使が通訳する。「あげよいざ盃を。元気出して歌え、もう一度」「よし、次。我が友に」「いいぞ。さあちあれ」「みんな盃を持ったか。今度は全部通して歌ったら乾杯だ。いくぞお」全員で合唱、これが結構うけた。
調子に乗ったモニカは「各々方、大使の奢りだ。遠慮せずやってくれ」と盃を上げる。「モニカいい加減にしろ」と香川こと矢野がたしなめる。「いいじゃん」「亭主にその言種は、手打ちに致す。そこに直れ」「やってもらおうじゃない。さあ好きにして」大使館にはふさわしくない会話である(爆笑)。
モニカは黄金の髪を漉きはじめる。「なじかはしらねど」といい声を出す。日独後の斉唱が起こった。矢野も刀を櫓に見立てて漕ぐ手を休める。「入日に山々赤く映ゆる」で矢野は川面に沈みゆく船頭を演じる。「どうだ、参ったか」「お見苦しい場面を見せておりますが嫁の両親の面前では教育もままならず、心中お察しくだされ」(大拍手)「これは私がものにした夫だ」「なぬ、許せん、即刻離縁申し渡す」会場がシンとなる。
モニカ「私が貴男に惚れたのは ちょうど19の春でした 
    今更離縁と言うならば 元の19にしておくれ」
矢 野「元の19にするならば 庭の枯れ木を観てごらん 
    枯れ木に花が咲いたなら 焼いた子豚も踊りだす」

これを機に会場は大いに盛り上がった。次々とモニカの下を訪れる。柴田瞳、前橋響子は超有名。四菱重工は日本を代表する企業だ。人の流れはここに向かって来ては去ってゆく。大使はフンボルトとモニカの父の手を握る。フンボルトはシュバイツァーと握り返す。ふたりは幼馴染の悪友だったようだ。大使はひとりひとりと話をしていったが鬼頭善之助にはとくに敬意を持って接した。同盟国日本の、そしてゼロ戦の栄光はドイツ人にはしっかと記憶されているのだ。もはや戦後は終わったと自国の歴史を忘れ去るのとは大違いだ。

前橋響子が演台に立つと声が止む。チャイコフスキーコンクール準優勝者であることは知られていた。クロイチェルソナタの伴奏はハンブルグ市長夫人すなわちモニカの母マリオンが務める。柴田瞳の映画の為に何度も弾いた曲だ。芸術は魂の叫びと念じてベートーベンと対話する。見果てぬ夢に悩み苦しみながらも力強くさらに大きな夢を追い求めた作曲者との対話は響子を勇気づけた。順位など忘れた演奏は聴く者の心に入ってゆく。
歓声と拍手は鳴り止まなかった。今度は筝の前奏が始まり春の海が演奏される。のどかな瀬戸内海が広がる。自然とたわむれる日本人の心がいかんなく表現される。中野恵子は日本を代表する奏者である。若きヴァイオリニストを包み込む。海にきらめく春の日がやがて海に沈んでゆく光景が聴く者の目に浮かんでくる。大使館会場は演奏が終わっても春の海の中にいた。


                     第四部 完


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