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作品名:女の敵、強姦魔 作者:佐々木 三郎

第30回   処刑「死の恐怖」撮影
処刑「死の恐怖」撮影

翌日、鬼頭善之助が香川の事務所を訪ねて来た。日本のフラッグカンパニーの専務が行政書士を訪ねることは有り得ないことである。考えてみれば四菱重工は道を挟んで向かいででもある。しかし香川こと矢野は鬼頭善之助の人間大きさに圧倒されるのであった。これは男の勝負だと深呼吸して立ち上がる。
個室の応接室に通すと「呼ぶまで誰も入れるな」と駒込直美に命じた。鬼頭善之助は「(関本征助捕獲)まっこと有難うございました」と一礼した。「(貴男との)勝負はこれからで御座います。処刑の変更をお願いしたいのです」「と言いますと」「死は 一瞬です。死の恐怖は死よりも恐ろしいと考えます」
鬼頭善之助は目を瞑って考えてから「貴男に委ねましょう」と言った。雇用と委任の違いは信頼にある。雇用は言われたことをやればいいが委任は本人の期待以上の成果を出さなくてはならない。始末とは殺せという人意味である。人を殺めることは矢野の主義に反するのであるが依頼目的=殺害を変えることは債務の本旨に従っていない。鬼頭は矢野の苦衷を察したかのように「綺麗なお嬢さんですな」と駒込直美の写真を見上げた。

矢野は柴田瞳にドキュメンタリー映画の作成を依頼する。「これは強姦の悲惨さ訴えることができるが被害者の名誉、一生を傷つけることにもなりかねない」柴田瞳は関元征助の撮影した写真とビデオをみつめてから「やるわ」と答えた。「注文をつけていいか」「どうぞ」「音楽は前橋響子のクロイチェルソナタ。関元征助に全被害者名を告白させるシーンを入れる。場所は岩の上だ。潮が満ちてくる。迫りくる死の恐怖は死そのものより恐ろしい」
柴田瞳はにっこり笑った。「面白いアイディアね。使わせてもらうわ。問題は編集場所ね、被害者の名誉を考えると」「うってつけの場所がある。一緒に来ないか」矢野は前橋響子を連れて関元のマンションに向かう。「こちら柴田瞳監督だ」響子が会釈した。「こちらは前橋響子、チャイコフスキーコンクール準優勝者だ」柴田瞳は「貴女の演奏、技術的には完璧だけど何か足りないのだな。ごめんなさい素人が」「いえ、自分でもそう思います。その何かがわかればいいのですが」「そこが芸のむずかしいところね」

矢野ヴィヴァルディ合奏団

マンションに入ると響子はヴァイオリンを見つけてケースを開く。「ちょっと弾いていてくれ」と柴田に書架と現像室を見せる。「たしか彼のスタッフがいるのだけど」「なに、関元が海外旅行に出ているので使っていると言えばいい。家賃を払えば大家も文句は言うまい」「そうね。ここなら泊まり込みもできる」
帰りに管理人に挨拶する。「前橋さんバイトしないか。うちの子に音楽を教えてくれたら3食昼寝付き月1万で」「いいですよ」と契約成立。柴田瞳はスタッフと打ち合わせがあると途中下車した。前橋響子は驚いた。30人ものこどもがわっと集まって来たのだ。矢野を取り囲んでわいわいがやがや。
モニカが驚いて出てくる。「前橋響子さんだ。こどもに音楽を教えて頂く」「そうですか。よろしくお願いします。みんな先生に挨拶しろ」「モニカさん、挨拶しましょう」「そうか、みんな挨拶しましょう。せーの」「おねがいしまあす」「グートゥ、御行儀よくするのだぞ」「あのう、全部矢野さんのお子さんですか」「ええ、あと4人おります」「まあ」響子は声がつづかない。
日本語は単数と複数の区別が明確でないからこどもに音楽をと言ってもまちがいではない。「あなた、パパとママが今日来ることになった。成田一緒にいってくれる」「参ります、愛しの妻奥様モニカ様」「タケシ、いい男だねえ」どうやら直美の母親に感化されたようだ。

 前橋響子はこどもたちにストラディバリを見せた。「きれい」こどもたちは目を輝かす。ストラディバリは力強くきらめく音で有名だが見た目にも美しい。ガルネリとなると芸術品だ。「弾かせてもらえますか」と矢野が頼んだ。
矢野は恐る恐る名器を見つめて意を決したように肩に載せた。顎で挟む。他の楽器には見られない持ち方だ。音階を弾いてこどもの頃の記憶を呼び戻す。ヴィヴァルディのヴァイオリンコンチェルト、イ短調の出足を弾いてみた。拙い演奏ではあるが地中海にきらめく太陽の音がする。
第1楽章を弾き終えると「おとうさん上手」とこどもたちが喜ぶ。矢野もうれしそうな顔をしている。「健、ブラームスを弾いてくれ」モニカの男言葉が出る。子守唄を弾くとこどもたちは北訛りのドイツ語で歌う。ドイツも北と南では父をファーテル、ファーターとそれぞれ発音する連邦国家なのだ。

素人は音楽を楽しむことができると前橋響子は思った。もの心ついた頃からコンクール優勝を目指して練習の日々であった。父母のぬくもりを感じたことはなかった。「さあ今度は前橋先生に弾いていただくからね」と矢野がストラディバリを手渡す。
前橋響子がヴァイオリンを構えて弓を弦につけようとした瞬間、拍手が起こった。こどもたちは何を感じたのであろう。矢野は、武原はんの地唄舞を一度だけ見たことがあったの。国立劇場の舞台に立っただけで観衆を惹きつけた。ゆっくりした舞はどの部分も絵になる。
前橋響子はにっこり笑ってモンティーのチャルダッシュを弾き始めた。こどもたちの目が輝く。速いパッセージでは身体を動かし踊りだす。世界各地を放浪するラマの音楽らしいがどこか東洋的であり垢抜けしている。「お父さんより上手どうして」「プロだから。みんなヴァイオリンを習うか」「は〜い」

思い立ったら実行するのが矢野流だ。「前橋先生、矢野ヴィヴァルディ合奏団の音楽監督もお願いします」「ええ?」「団員はこのこらです。モニカ、ここに野外ステージを造るぞ。屋根はドーム型、風船をふくらます」「ここだと観客は首が痛くなるぞタケシ」「じゃああっちにするか」
矢野は2万坪の敷地に4所帯共同住宅に住んでいる。さらに来客用に16戸前のマンションにも個室を持っている。その後、所帯主香川京子、谷和子、矢野モニカ、駒込直美、松崎敬子、長谷川冴子と相談したが、結局、芸大の美術部建築学科に設計を依頼した。
矢野ヴィヴァルディ合奏団は乳飲み子から10歳までの26名の楽団員であるから音楽教室の非常勤講師3名をバイトで雇った。ヴァイオリンは楽器を構えることも難しいが特に調弦が難しい。中にはバイトではなく専属の講師を希望する者まで出てくるのであった。

映画「死の恐怖」放映 へ


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