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作品名:女の敵、強姦魔 作者:佐々木 三郎

第26回   秋の女よ
秋の女よ

  
香川健はデゥーク東郷を伴ってYBCを訪れた。鍋嶋常務は社長室に招き入れる。「社長の渡辺です」と紹介される。「渡辺でございます。この度はおせわになりました。営業利益も大きいのですが暴走族撲滅に一役買えましたことに感謝申し上げます。とかく商業主義、利益第一主義の今日、久しぶりに報道機関の社会的責任を果たせました」「株主総会の顔色を伺っている我々にも雇われママにも意地がありますからなあ」と寺嶋が相槌を打った。
香川はゆっくりと社長室を見渡す。一つの課以上のスペース。絨毯の敷き詰められた社長室は平社員には雲の上の存在であろう。しかしこれとてY社グループの譜代大名に過ぎない。「これで寺嶋常務との取引を完了できたと考えております。御社のお力添えに感謝申し上げます。本日は2点ほどお願いがあって参りました」「是非伺いたいですな。先生のお話は福をもたらしてくれますから」「一つは南の島に暴走族サーキットを開催させること、一つは強姦殺人事件の被害者を主人公とした映画を公開すること、でございます」

渡辺と寺嶋はほうっと言う顔をした。「詳しくお聞かせ願えますか」「暴走族を潰してゆくのは当面の課題ですが絶滅不可能でしょう」「ダニやゴキブリのように湧いてくる」「ええ、駆除できないものは大人しくさせるか、それなりの使い道を」「なるほど。南の島のお心当たりは」「素人考えですが、日本から近いこと騒音を気にしない国と条件に当てはまる島がございます。一度ご検討いただけませんか」「寺嶋さん面白いじゃないですか」「はあ、私もそう思います。早速スタッフを差し向けましょう」「若者に余る青春のエネルギーを発散させてやらないと可哀想だ。モーターカーメーカーも喜ぶのじゃないかないかな」寺嶋はそれを聴いて「先生、その島とは」と切り込む。香川は「フィリピンです」ときっぱり答える。寺嶋は「小野田少尉のおられたルバング島あたりですか」言いながら渡辺の顔色を観る。「悪くありませんが私はマリンドッケをお勧めします」「前向きで検討しますが先生の謝礼は」「お心次第です」

渡辺もなかなかの男だという顔をした。「先生、映画のほうは当社が制作を」「いえ、放映していただきたいのです。15分程度の短編でしかも台詞なしですからスポンサーもつかないでしょう。放映料をお支払いします。あわせてカンヌ映画祭への出品の道をつけていただきたいのです」「無声映画ですか。懐かしいですな」「しかし映画の原点は映像、頂門の一針」「そのとおりですな。先生できるだけ早く返事させていただきます」
香川が席を立とうとすると寺嶋が「昨日のスカイダイビングをさせた男たちは何者でしょうか。まあ、どうでもいいことですが」と鎌をかける。「さあ、私は寺嶋常務の差し金と思っておりましたが」「わかららぬうちが花ですかな」「月光仮面のおじさんかも」「知れませんな」

YBCを出て堀端を歩く。「東郷さん、連中は生きていようか」「病院の発表どおりでしょう」「ならいいのだが、佐藤オリエの気持ちを考えるとくたばっていてくれたらとも思う」「数日ではっきりするでしょう。内臓破裂、出血多量とか。警察には用済み、手間が省けるでしょう」「やはりね」東郷は(どうにもならぬことを悩む)矢野健のやさしさを感じた。

その日は手形決済も終り、打ち上げとなった。香川健事務所、浪漫建設、国際警備企画、乙女の祈りの職員に東郷の紹介もする目的もあった。何時しか30人を超えた居た。組織が膨張するときは活気がある。「こうして美味い酒が飲めるのも島崎社長のおかげです」「島崎社長ありがとう」「こうして中野さんに会えたのも駒込先生のおかげです」(しらー)「駒込先生ありがとう」中野良子だけが唱和する。
松崎敬子が立ち上がる。「今日は東郷さんの歓迎会でしょ。いちゃつくのは二人になってからにしなさい。では乾杯の音頭を香川先生にお願いします」「僭越ながら御指名により乾杯の音頭を、その前に東郷さんはかの大日本帝国海軍東郷司令長官のお孫さんに当たられるお方で」「先生若い衆も容れていいですかい」「いいとも、この座敷借切りだ。おい兄ちゃんずずうっと奥まで綺麗どころがそろっているだろう。茶髪、ここに座れ。であられるから売れ残りも流し目をするな。三歩下がって師の影を踏まずだ。それでは乾杯」「乾杯」しばらく飲んで食って盛り上がったところで「司会、主賓のお言葉はどうした」「はい、只今。それでは東郷元帥のお言葉をいただきます」(拍手)「東郷です。皆様とご一緒に仕事ができますことは幸せです。よろしくお願いします」「きゃー素敵。抱かれてみたい」「私も」「何の仕事」「国際警備企画の顧問ですって」「私出向させてもらおう」「私も」

二人は売り込みをかける。「ささ吉良社長おひとつ。ああ、わちきにもお流れくんなまし」「姐さん売れっ子かい」「歌奴と申します。社長秘書など必要でございません」「私、経理得意です」「貴男も私も買われた命 ここは地の果てアルジェリアー」「将を射んとすればですな」「島崎社長、あっしは東郷さんの馬ですかい」「そんなことはありません。時よ時節は変わろうとままよ 吉良の仁吉は男じゃないか」「そうですかい」

吉良信介は改まった顔をして「当社は外人部隊を海外に派遣する計画です。希望者を募ります、ここは地の果てアルジェリア カスバの女のうす情け」これは受けた。大山力也はカラオケをセットする。国本が「大山君と中野さんのために心をこめて歌います」とマイクを握る。「谷の清水 汲みおうて ふと手を握る 恥ずかしさ 思い出の ああ 夢のひと時」大山は水を汲む仕草をして中野良子の手を握る。これまたやんやの喝采。「力也やったのか」「まだです」「一人娘とやるときは親の許しを得にゃならぬ」「良子さんのお母様の許しは得ました。今度の休み僕の両親の許しを得てきます」「どう言って」「僕の選んだ女性を観てください」
香川健は立上がって「大山君ここに座りなさい」と指差す。「香川先生は終生を通じての恩人にあられます。香川先生ありがとうございます」「ほんとうね、愛のキューピット」「でもおじん」「いいの、感謝の気持ちが大切よ」

斉藤慶子が「私大山さん盗っちゃおうかしら」とからかう。「慶子に盗られるくらいなら 貴男殺していいですか」「いえいえ、それはなりませぬ」「松崎、司会は何している。今日は二人のお惚気会か」「申し訳ござりませぬ。私がいたらぬ故に。ここで主賓の東郷元帥のお声を聴かせていただきます」

東郷はマイクを持って一礼する。「 I left my heart in San Francisco 」と歌いだした。歌奴は飛び出して行って顔を東郷の胸に沈める。いい声だ、女を酔わせるものを持っている。「デゥーク東郷、私を奪って」と熱いまなざしで見上げる。これまた拍手喝采。「国本社長、芸能プロダクションを作るか」「いいですね」「おいちゃばつ1曲やれ」「俺だめっす」「そうか、では今日でお別れだな。吉良社長が目をかけていたのに残念だな」「期待してやしたがねえ」「歌います、歌いますよ。白樺青空南風 季節が都会ではわからないだろと 届いたおふくろの小さな包み」(合唱)「あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな」「いい声じゃねえか。一杯いけ。俺は吉良社長の兄貴分だぞ」「存じておりやす」「そうか、お前いい男だな。だがな、俺はちゃばつは嫌いだ。真っ赤か緑にしろ」「いいじゃない、可愛いじゃない」「ああいう年増には気を付けろ。気立てが良くて器量のいい娘を探してやっから、ちゃばつはやめろ」

松崎敬子が「先生飲み過ぎですよ」とたしなめる。「今日は吉良社長の奢りだ。どんどんやってくれ」「それはないでしょ。先生主催の歓迎会でしょうが」「仁吉、嫌とは言わせねえぞ。お前のお陰でピンからだ」「わかりやしたよ、全部持ちますよ」駒込直美は「ご馳走になります」と間髪入れずにすましている。「駒込先生まで」「香川を保護してあげるのよ。さあ先生かえりますよ、お客様に挨拶して」松崎敬子も支える。「俺は酔ってねえ」「はいはい、老兵は消え去るのみ。皆様お先に失礼します」「私も帰るけど歌奴みたいなふしだらするんじゃないよ」と松崎敬子が釘を刺した。


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