20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:女の敵、強姦魔 作者:佐々木 三郎

第14回   後日談
 後日談

 長谷川冴子と矢野健は『通い夫会』に召喚された。裁判官は矢野モニカ、香川京子、谷和子。検察官は松崎敬子、弁護人は駒込直美であった。

「検察官冒頭陳述を始めてください」「被告人らは共同して通い夫会の会員を増やさないとの会則に違反した罪により鞭打ち20回を求刑します」「弁護人陳述をどうぞ」「被告人長谷川冴子は会則の存在を知り得なかった、また被告人矢野健は心神耗弱状態にあったので情状酌量されるべきと思慮します」「事案に鑑み被告人本人の訊問を求めます」「どうぞ」
「貴女は被告人矢野健が通い夫であることを知っていましたか」「知っていました」「では『通い夫会』の存在もしっていたのですね」「異議あり。誘導尋問です」「異議を却下します。証人は質問に答えてください」「知りませんでした」「知ったのは」「召喚を受けた時です」「その時までは知らなかったのですか」「はい」裁判長モニカが訊問を停止させる。「確認します。はいとは知っていたという意味ですか」「いいえ、知りませんでした」「被告人のはいといいえの使い方はおかしい」(ここでしばし休廷)

「モニカ、質問自体を肯定するときがはい、否定するときがいいえ」と香川京子が説明する。「Can’t you understand ?」「Yes , I can.」「モニカ貴女わからないときかれて、ええわかりますと答えたのよ」「いいえ、わかりますでないとおかしいが」と谷和子に指摘される。「そうか先ず質問を否定か肯定するのか」と大声をたてる。「それから意見を言う」「そういうこと。わかりましたか」「はい、わかりました」

訊問再開と思いきや。傍聴人が次々とやって来る。モニカの父母、天龍組天野夫妻までも。「かな、みんなでお客様に椅子をお出ししなさい」「はあい」子供たちも入廷してくる。矢野は立ち上がる。「慌てないでゆっくり運べ。ゆっくりゆっくり、そうそう」母親たちも退席をして傍聴席をつくる。

落ち着いたところで尋問が再開される。「証人は貴女の子の父が誰であるか証明できますか」「父が認知しています」「法律上の親子と生物的親子は別問題です。つまり当時あなたは処女でしたか」「異議あり。被告人に対する侮辱です。父子関係と処女と無関係です」「異議を却下します。母が処女であれば父の特定が容易です。交渉相手の男が父であることの可能性は高いと言えます」「貴女は初夜に出血はありましたか」「昼過ぎでしたが少し出血しました」「貴女はそれ以前に養父と関係持ったとのうわさがありますね」「異議あり。検察官の憶測にすぎず被告人の名誉を傷つけています」「異議を認めます」「只今の疑いを晴らすべく天野龍太郎氏を証人に申請します」「申請を認めます。尋問時間は15分とします」

天野龍太郎は宣誓する。「証人は被告人長谷川冴子と関係を持ちましたか」「自分の娘と関係、犬畜生じゃあるまいて」「おっしゃるとおりです。ほかにございましたら」関係の有無をと言い出すモニカを谷和子が制した。「冴子は五つから俺たち夫婦の娘として育てて来た。頭も気立てもいい自慢の娘だい。器量も観てのとおり並み以上なのには男に縁がないのは義理親がこんな家業をしているからと不憫でならねえ」「ほんとうちの人の言うとおりだよ」「検察官反対尋問は」「ありません」「証人のお話は当裁判所も心にいれておきましょう。ありがとうございました」

矢野健への検察官尋問。「証人は長谷川冴子の生んだ子を貴男の子と思いますか」「思います」「何故ですか」「俺の子だから」「何故そう言えるのですか」「父親だから」「何時そう思いましたか」「冴子が身ごもった時」「訊問終わります」
つづいて弁護人の反対尋問。「世間では男は自分の子か確かめる方法がないと申しますが」「確かめる必要があるのか」「どうして必要がないのですか」「愛する女が身ごもったら自分の子に決まっているだろう」「尋問終わります」「裁判所も御聞きします。相手の浮気は考えませんでしたか」「浮気するような女を愛することはない」「信じているのですね」「どこが悪い」「愛することは信じることなのですか」「そう言えないこともない」「判決まで休廷」

冴子が天野に抱き着く。「お父さんありがとう」「人様が見てるじゃねえか」「お前さん惚れ直したよ」「け、照れるじゃねえか」子供たちが矢野を取り囲む。「お父さん応援してるから」「ありがとう」「どうしてお母さんたちは父を攻撃するのだ」「ハンス大人になればわかる」

判決言渡しだ。「当裁判所は被告人らを有罪と認め鞭打ち10回の刑を申し渡す。ただし、3年間刑の執行を猶予する。なお、被告人らは当敷地内で謹慎することを命じる」判決は直ちに執行され被告人らは矢野の個室に収監された。

余韻が残る法廷ではモニカの父が「素晴らしい裁判だった」と絶賛した。「天野証言は心に響いた」「こちらは天龍組組長天野さん」「こちら私の父でハンブルグ市長してます」モニカの通訳で二人は握手する。「さあ親分、奥様、証人の日当として席を設けましたのでどうぞ」
 即席のテーブルにハムとソーセージが用意される。「親分、カンパイしょう」京子、和子、モニカ、直美、敬子がビールを注ぐ。「これはこれは判事さんに注いでいただくなど身に余る」「親分の証言に胸打たれまして」「あれで執行猶予がついたわね」「本当にありがとうございやした」「親分さんお手を挙げてくだしぇえ」「でも物足りないわね、かな健と冴子さん呼んできなさい」「ここで食事する、立食でええが」「そうしましょう」
矢野健と冴子が召喚されてきた。「被告人らは掛けなさい」「親分の証言がなかったら実刑やった」「親分恩に着ます」「さあ乾杯だ。あげよ いざ盃を 我が友に 幸あれ」ハンブルグ市長の歌声が響いた。「乾杯」「カンパーイ」

 矢野があらたまって「親分この子の名付け親なってくだせえ」と頭を下げる。「あっしが」と天野は声を詰まらせる。「冴子も喜びます」「お父さん」天野は堪え切れずに涙す。「どうして彼は泣くのか」「日本人は感動すると感極まって泣くのです」と香川京子が説明する。「男でも」「老若男女を問いません」「わかった。では何故感動したのか」「子の名前を付けることは名誉なことで信頼されるということは最上のよろこびなのです」「素晴らしい文化だ」 
 おかみさんが苛立つ。「お前さん。さっさとお引き受けするんだよ。名誉なことじゃないか」「大役じゃねえか」「それでも男かい。信介きとくれ」「親父さんお受けなさい。我々も考えます。じきに島崎社長も来られれます」「近頃涙もろくなってねえ。信介早く帰って来ておくれ。冴子みたいな嫁を探してあげるからさ」「本当ですかい。早く帰りてえ」「もっとも冴子みたいな娘は簡単にみつからないから今すぐにとはいかないよ」

白川虎治郎、島崎社長もやってきた。浪漫建設の社員、香川事務所の職員もつづいて来た。「駒込先生鉄板焼き始めますね」「お願い」「松崎先輩。私たち中を手伝います」「助かるわ」こちらのテーブルでは「白川さん俺名付け親へへへへ」「それはようござんした。先生次はあっしに、おう元気な子だ。奥さん次のお子早めにお願いしますよ。来年ぐらいのご予定ですかい」「まあ白お川さんしばらくお元気でした」「ご無沙汰しております、奥様もお変わりなく」「それが、孫ができたんでございますよ。お婆さんになったのですよ」

ハンスがやってきた。「お爺ちゃんハム食べたい」「咲も」「太郎も」「いいよ、さあ順番にとってあげよう」「ビールも」「よしそら」「ハンスは未成年者でしょ」「モニカ少しくらい」「お母さんここは日本です。未成年者の飲酒は法律で禁じられています」「ホイホイ」「お爺ちゃん、あげよいざ 盃を」「小さな声で」「我が友に幸あれ」「乾杯」「お婆ちゃんも歌って、咲、ブラームスが好き」「歌いましょう、みんなで一緒に」

 Guten Abend, gut' Nacht  Mit Rosen bedacht  Mit Naglein besteckt
 Schlupf unter die Deck' Morgen fruh, wenn Gott will Wirst du wieder geweckt
 Morgen fruh, wenn Gott will Wirst du wieder geweckt

冴子が「美しいお声、安らぎを感じます」英語で言うとお婆ちゃんは冴子の手をとった。冴子も一緒に歌う。矢野もモニカも加わる。日本語の歌詞も流れる。子守唄は人々を和ませる。これは世界共通、人類共通であろう。

父親が「日本人はブラームスを知っているのか」と驚く。「バッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツァルト、ベート−ベン、シューマンなどはたいていの日本人が知っています」と驚いたことに島崎社長がドイツ語で答えた。「市長のお孫さんは合いの子ですかい」と天野がきくと島崎が翻訳した。「日独合作だそうです」
モニカの声が響き渡る。「ごはんですよ−。こらあ、手を洗わんか、犬猫じゃねえだろうが」「モニカ男言葉はよくないわ」「いけねえ」父母が振り返る。

母が「私の娘は何故に叱られたのか」と島崎にきく。「日本では男と女とは言葉づかいが厳格に区別されます。お嬢さんは男言葉を使ったのです」「それがどうして良くないのですか」「理由は私にはわかりませんが、言葉づかいは非常に重要です。年齢、性別、身分等によっても区別されます」香川京子も話に加わる。「難しい質問ですね。島崎さんの言われた区別を英語ドイツ語で表現することは不可能でしょう。日本語の一人称は100近くあると言われています。例えば、私は男女年齢地位に関係なく使われますが、俺、僕は女が使うことは許されません」ハンブルグ市長は考え込む。「そうですね。言葉づかいから話し手の性別、年齢、地位などが容易に判断できます。言葉づかいを誤ると処罰されることもあります」

天野夫人は「言われてみれば日本人に当たり前のことが異人さんには不思議に感じるんだ」と言われた。「でも奥様あのお嬢さん子供にちときつ過ぎないかえ」「これがドイツ方式です。私の教育方針です」「モニカ年上に向かってそういう言い方はないでしょ。人生の経験を教えてくださっているのだから耳を傾けて参考にすべきや。方針にあわなければ採用しなくてもええ」「そうです
ね。ごめんなさい」「ついでに言っとくけど子供はいいことも悪いことも憶えて育ってゆくの。それを自分で善悪の判断できるようにするのが教育でしょう」谷和子は幼稚園の園長だけに説得が上手い。モニカの父母は日本文化の高さに感心した。これは貴族社会ではない、日本庶民の生活である。

一斗樽が運ばれてきた。「両親分、社長」「おう」三人の男の鏡割り。枡酒が振る舞われる。「国本社長、警備の者たちにも振る舞っては」「そうですね吉良専務。おめえらも交代で頂け、仕事中だか度超すんじゃねえぞ」「これは美味い、日本の酒は最高だ」「お父様たんと召し上がれ、ママ取ってあげようか。アネサンはどれがいい。親分はどれを好むか。兄さんたちもやってくれ」
矢野と冴子は大人しくみている。和子と京子が取り皿に持って二人に与える。「和子さん、京子さんありがとう」「お父さんどうして胡麻擦っているの」「かな、あやお前たちやさしいな。川の流れのようにこれもまた人生」「なにそれ」冴子が微笑む。

 松島のサーヨーオ 瑞巌寺ほどの コラサッサト 寺もないトエー
白川虎治郎が歌いだした。その美声に周囲は静まる。後ろには黒服の兄さんたちが『うーりゃやーどっと』と掛け声を入れる。どすが効いてすごい迫力だ。
アレワエート ソーっとーコラサッサト 大漁だエー
アレワエート ソーリャ コラサッサト 大漁だエー
前は海 サーヨー 後は山で(ハ コリャコリャ)小松原とエー

「こいつは参った」「いい声ねえ」「白川の親分、宮城のご出身とか」「めったに歌わないんですがね、よっぽど気分がええんでしょう」


                        

                         第一部完


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 14972