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作品名:合唱物語 作者:佐々木 三郎

第20回   自然との調和
自然との調和

公害対策の基本は「経済発展と自然との調和」である。日本の公害の歴史は経済発展を優先して自然破壊には目をつむってきたことだ。戦前は足尾銅山事件、日立鉱山事件が戦後はチッソ水俣、イタイイタイ病の水銀が有名だ。『何故こんなにひどくなるまで放置した』との内外の批判に国も重い腰を上げたかっこうだ。しかも自然との調和でお茶を濁している。日本民族は自然の恵み感謝して自然と共に生活してきたのである。20世紀の日本はご先祖ならびに子々孫々懺悔して謝るべきである。
わずか25年前には全国が焦土とかして破壊しつくされた日本は不死鳥の如く、トカゲの如く甦ったのである。国破れて山河在りと涙した日本人はエコノミックアニマルと変身し人の心を失っていったのである。これが米国(世界を支配しようとする闇の権力の手先)が描いた日本の戦後体制の枠組みから結果であることを矢野が知るのはずっとあとのことであった。
経済の自然破壊は人々に産廃は有害、産廃業者は悪という図式を叩きこんだ。しかし国も企業も優良な産廃処分場が欲しいのである。ここ数年のうちに自然との調和から自然保護に政策を転換してゆかねばならない。許可取得は難しくなったが今が矢野のビジネスチャンスでもある。不法投棄不法操業の処分業者は駆逐されてゆくはずだ。

香川は処分業の会社『クリーン大地』を設立した。有限会社は資本金300万円、社員(株主に当たる)一人でOKだ。これを天野龍太郎の息子慎太郎に500万で売りつけた。息子は親に似ず顔も良く性格も大人しいほうだ。「親父500万貸してくれ。天龍組から独立する。金は利子付けて返す」龍太郎は少しさびしそうに言った。「でお前何をやるのだ」「産廃処分場だ。天龍組の廃材も請けてやるぞ」

香川は天野慎太郎を連れて群馬県庁公害課を訪れた。挨拶もそこそこに「この処分業及び設置を許可していただけるか伺いたい」と応対に出た林係長に切り出した。課全体が東京から乗り込んできた行政書士に注目する。「町長の内諾は得てますから県のOKが出れば用地買収にかかります」林係長はほうと言う顔で「投資金額は幾ら位と」と訊いてきた。「20億」林は冗談をと言わんばかりに「クリーン大地さんは有限でしたね」と皮肉る。「資金などはどうにでもなりますよ。環境事業団にも話はしてありますから。我々はこれからの処分場のモデルを目指しています」

第1ラウンドはこちらが取ったと香川は思った。「本県では業の許可と設置許可を同時に下ろします」「結構です。片足では商売になりませんから」「周辺の同意は」「この3部落全員に説明して質疑応答を行いますので県も立ち会ってください。町は建設課長と環境課長が出席してくれます。議事録および建設賛同書に立会人として署名してくれるそうです」林は周辺1km以内の住民同意を求めようとしたのだが気勢をそがれてしまった。
これでKOとはいかないが判定勝ちは間違いないだろう。「しかし優良な処分場を確保しないと環境破壊は止まりませんね」と話を緩める。「国は自然との調和を謳っていますが」「群馬県はどうなんですか、条例で上乗せ規制を」「ええ、来年あたり公布施行となるでしょう」「ではその前に許可を取っておかないと。県と国に伺いを立てなくてはならん。国民の利便性などは考えないですからね」「我々は良質な処分場には協力しますよ」「なら大船に乗った気で進めます」

香川は産業廃棄物処理業許可申請書および処分場設置許可申請書を群馬県庁に郵送した。送り状には返信切手を同封して受付票と控えの返送を期待していた。「これで時間と金が節約できる」「持参しないで大丈夫ですか」と天野慎太郎が言った。「これから群馬県庁には足繁く通うことになりますよ。社長はどんと構えていてください」普通許可申請は持参して最敬礼するものである。林係長は担当者に締め上げろと指示したが「大人しく言うことを利くような玉でないが。しかし舐められるな」とも言った。 

産業廃棄物処分場説明会

林の予想は当たった。香川は町長と3部落長に事業施設の説明をしていた。それは3部落全体の説明会のリハーサルでもある。彼らは事前に説明を受けることで問題点をそれぞれの思惑で事前にさばいてくれるであろう。「操業を始めると従業員は何人位になるのかの」「順々に増やしていって100人位になるでしょう、町には法人住民税の人頭割が」香川が町長の顔をみながら言うと「固定資産税もな」と町長は笑った。「水源はどうなります」と下流部落長。「町が簡易水道を敷設する」と町長。「小学校の交通整理は」「整理員を増やさないかんのう」

説明会は小学校の体育館で行われた。有権者のほとんどが集まって来た。「町長選以上だ」と建設課長がささやいた。「只今から産業廃棄物処理について事業主体、有限会社クリーン大地代表取締役天野慎太郎が説明します」と香川が告げた。スクリ−ンに処分場予定地の航空写真が映される。会場の視線が集中する。いろんな思いが過るのであろう。天野慎太郎はゆっくりと立ち上がってマイクを握る。「天野慎太郎でございます。当社がこの地を選んだのは昔から上州の女性は働き者で器量よしと聞いているからです。他の候補地もございましたが上州の女性には及びませんでした」

これは受けたようで拍手がわいた。「お世辞と思われる方もおられるかも知れませんが私の本心であることは開業すればおわかりいただけるでしょう」「この写真は予定地の航空写真ですが完成すればこのような感じになります」完成予想図は住民の産廃廃棄物処分場の汚らしいイメージを変えたようだ。「次に処理工程を説明します。搬入された廃棄物はここで種類ごとに再利用できるものを選別します。更に種類ごとにここでそのまま再利用できないものを再生処理します。ここで商品となったものは倉庫に保管します。以上の工程で95%はリサイクルできると考えておりますが残りの5%、処理しきれなかったものは埋め立てます。以上で私の説明を終えますがご質問、ご意見がございましたら遠慮なく手を上げてください」

しばらくして手が上がった、「今の話では廃棄物を処理して売るのですか」香川が答える。「そうです。来た時は産業廃棄物であったのを再生して売るのです」「出戻りを再婚せるようなものやな」「まあ年は食っていますがそれなりに役に立ちますから貰い手はあると思います」「どのように再生するか説明してくれますか」「こちらをみていただきましょう。鉄くず、金属くずは汚れ錆を落とすと文字通り金目のものですからいい値で売れます。柱などはいい机椅子なるから高値がつくかも。ついでに産廃の種類ですがこれ以外は持ち込めません」

別の質問が出た。「すると産廃処分場を設置しても問題はないということですか」「なら苦労はないのですが、どうしようもない奴は燃やしてしまうか埋めてしまうかになります。煙が出ないように高温でやかねばなりませんし、埋めたところの雨水が外に出ないようにしないといけません」「それで水処理施設が要るのですな」「そうです。敷地の回りはU字で囲います。これで雨水を受けてこちらの貯水池に溜めます。問題は埋立地の水です、これはこちらの小さい方の貯水池に溜めてさらに水処理します」

ここが正念場だ、と香川は説明をつづけた。「この埋立地は面積1万u容積20万立米、縦横50mかける200深さ平均20を予定しています。これに遮水シート貼ります。これで地下への浸透はまずないと考えています。さらに有孔管を敷設します。これで水を集めて貯水池に落とします。この貯水池は沈殿槽を3つ合わせたものです。第1沈殿槽のうわ水を第2沈殿槽に落とし、そのうわ水を第3沈殿槽に落とす。このうわ水を水処理施設で処理して放流する構造です」

同じ質問者が手を挙げた。「埋立地の浸透水もそれだけ処理したら雨水と変わらなくなるということですか」「それはどうでしょう、一度女になると元の19には戻らならないでしょう」(爆笑)「あんたは正直だ」「浸透水を限りなく自然の雨水に近づけることが業者の責務と心得ております」(拍手)「最後に地震、大雨対策聞かせてください」「自然の猛威に対してどこまで対策できるか。我々は第1沈殿槽を取水シートで覆い蛇籠を被せます。これで第1沈殿槽が地震で破壊されても沈殿物の流出は防げると考えております」「そこまでやっていただけるなら私は賛同します」「ありがとうございます」


これで説明会の峠は越したと香川健は思った。「町のごみ収集は家まで取りに来てくれない。町一番の器量よしも年には勝てず、町道までの上り下りが辛くてのう。クリーン大地さんで処分してもらえないかの」「それは姉さん御気の毒ですが当社には係わりのないことでござんす」「お兄さん、そういう言い方はないでしょ、私賛成しようと思ってたけど考え直すわ」「私も、いい男と思ったのに」「当社は嘘は申しません。できないものはできません」
会場が緊迫した。「あら言ってくれるじゃない。私たち女は賛成しませんよ」「家庭ごみは産廃ではありません。一般廃棄物ですから町の構えです」「環境課長どうなの」「そのとおりです」「どうして家庭ごみのほとんどが紙くずじゃない」「お言葉ですが生理用品などは当社ではお引き受けできません」「そりゃ月に一度は使うけどさ」「もう上がっているだろ」(野次がとぶ)「うるさいわね。女だけで相談しますので」「まあ奥さん、若いしを困らさずに話を聴いてやれや」


窮地に陥っても退く香川健ではない。「廃棄物とは使われなくなった物です。再利用、再生利用するなら廃棄物ではありません。するしないは人間の心がけと英知の問題です。戦後の日本人は大量消費に染まって『勿体無い』の心を忘れています。10年前はどうでした、20年前は」会場が静まる。
同じ『紙くずでも事業活動から生じるものは産業廃棄物で事業者が処理する、それ以外は一般廃棄物で市町村が処理することになっている』ことを説明した。「そうなの、環境課長」「そうです」「誰が決めたの」「お国です」「じゃあ仕方ないわね。お兄さん許してあげる」

その後も質疑はつづいた。昔のお嬢さん方を相手にするのは疲れる。矢野は『枯れ木に花が咲いたなら焼いた魚も泳ぎ出す』と言いたいのを我慢した。やっと応援演説が始まった。環境課長が「家庭ごみの処理費は一所帯当たり年間3万円となっております。皆様におかれましては紙ひとつも使えるものは再利用してごみを減らしていただきたいと存じます」と言うと会場は静かになった。町長がこれを引き取るように話した。「環境課長の話のように家庭ごみ処理費は町財政を圧迫しております。この処分場ができますと固定資産税住民税の増収が見込まれます。加えて雇用が創出されますので過疎化防止の一助になると考える次第です」これで出席者全員の賛同を得たのである。

群馬県は1年足らずで産廃処分場設置許可ならびに処分業許可を下した。全国で反対運動が広がるなか異例の早さである。「住民同意ではなく賛同とは恐れ入りました」と公害課長が笑った。処分場設置工事は香川の読んだ通り大鹿建設が請けた。支払は完成後10年払いという好条件だが大鹿の廃棄物を優先的受入れと大鹿からの天下り受け入れを承諾させられた。しかし香川健の狙いはここにあった。クリーン大地の収益は安定する上、天下りが大手の技術ノウハウを持ち込んでくれるはずだ。大鹿も処分先が確保できるので建設受注が有利になると踏んだようだ。天龍組の仕事も増えたことは言うまでもあるまい。


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