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作品名:合唱物語 作者:佐々木 三郎

第19回   駒込直美
駒込直美

都庁を出ると問題は解決したので昼飯を食って帰ると島崎社長に電話を入れる。「先生、都の発注は(取り消されませんか)?」感のいい娘だ。「公害課から建設課に連絡がいくだろう。運搬品目を追加すれば足りる」「建設課に挨拶しなくてもいいのですか」香川はそれには答えず直美に「昼おごってやるから俺のことは秘密にしろ」「じゃあ鰻がいいな、でもステーキもいいかな」「早く好きな方にしろ」「じゃあステーキ」「うまいところあるか、案内しろ」「高いですよ」「美味ければいい」考えてみれば有楽町と丸の内は隣だ、東京駅が一番近い。直美は銀座方面に歩いてゆく。「銀座4丁目は水の上、金座1っ丁目は橋の下」「なんですかそれ」「いいから早くしろ腹減った」

こぎれいなステーキハウスにいると直美はうれしそうに笑った。注文すると「お肉の焼き方は」という。「こんがりと焼いてくれ」「こちらさまは」「レア」「肉の生焼きは恐いぞ」「当店の肉は大丈夫でございます」「大丈夫でなかったら火をかけるぞ。それからワインだ」「どれがよろしいですか」「注文の肉に合ったワインを持ってこい」「では、まかせてください。店の奢りです」「苦しゅうない」
駒込直美が窓の下の道行く人を見遣る。「ドイツはどうでした」「えかった」「何が一番」「いっぱいあったからな、牛、ハムソーセージもうたまらん」「そんなに美味しかった」「いたるところで牛が草を食んでいる。お前は何になるのか、ハムか、ソーセージか、それともステーキか」ワインがグラスできた。「これはおごりでございます。よろしかったらボトルで(を注文してください)」「少しひつこいな、赤ワイン持ってこい、店のおごりで」「かしこまりました」ここで牛の話に戻る。「でよ、もう」と返事してきた

直美が声を立てて笑った。「モウですか」「モウだ」「ポタージュスープでございます」「ワインのお代わり」「これからは有料です」「固いこと言うな、ボトル注文してやる」「本当ですか」ウエイトレスはおごりの追加と氷水につけたワインを運んでくる。「もういいかい」「まあだだよ」「じゃあスープでも飲んでいるか」「お客様、美味しいものには時間がかかります。このハムは私の奢りです」「そうかい、では遠慮なく」まだ客の少ない店内ではおかしさをこらえた笑いが広がる。「これはレアでございます」「俺のはまだか」「今しばらくお待ちください」「その生焼き少しくれ」「いいですよ」「いけるな、もう少しくれ」「半分上げますから、半分返してくださいね」「うーん、生煮えはおっかないがけっこういけるな」「レアが一番って言います」「誰が言った」「誰がって」「通の方はそう言いますね」「すると何かい、姉ちゃん、俺は通じゃないと言うのだな」「そんなことは」「気取るんじゃないよ、まったく」「お待たせしました、お客様のこんがりステーキでございます」「ほらよ、半分返してやる。バターも利息に半分付けてやる」「美味しい、いけますね」「ステーキは外の固さと中の柔らかさが得も言われぬハーモニーをかもしだす。ソースの味も相俟って極上の味覚を創りだす寸法だ」「料理と音楽は似ているのですか」「乙女は単純な旋律を好む。熟女は濃厚なハーモニーを好む。

香川がワインを空ける。こんどは男がやってきてボトルを開ける。店の奢り分の回収。「ボウルドーでございます。お味の方は」「美味い、牛もいいがソースが絶品だな」「私が焼きました。ワインと合うかと」「なるほど、白いバラ 赤いワインの ハーモニー」「お客さま それいただきます」と男はマジックインクでテーブルクロスに鮮やかに書き上げる。「まあ人生で幸せは美味いものを食うことだな」「なかなかの詩人ですね」


ドイツの話に夢中になり店を出たのは2時過ぎであった。「いいか俺と合ったこと内緒だぞ」「わかっています、ステーキで買収されましたから」と二人は別れた。香川がいい気分で事務所に帰ると「お客さんですよ」と奥さんが笑っている。駒込直美がいた。「おまえどうして」「時間がありますから何かお手伝いしましょうか」「部屋の掃除でもしろ」「はあい」

島崎が目配せする。「天竜さんがお礼したいそうです」「私は浪漫建設の下請ですから」「最終処分場をやってもらいたいそうです」「いくらですか」「3千万」「着手1、申請書提出1、許可時1なら」「今夜あたりいいですか」「仕事をくれるなら、それと天竜の払いは」「私が保証しますよ」「ならば有難いことです」「都でだいぶ啖呵切ったそうですね」もう島崎の耳に、だがどうやって。「気の弱いので思うところの半分も話せません」「まあゆっくり聞かせていただきましょう」

奥さんの声がする。「香川さんお嬢さんが帰るそうですよ」「これから会社によって帰ります」「お前どうしてここを」「ふふ名刺」公害課長に出した名刺を憶えていたのか。「こんなにきれいに掃除してくれて今時見られない娘さんだよ」「そうかご苦労さん」「では失礼します」

駒込直美が帰ると「いい娘さんじゃない」と奥さんが冷やかす。「ステーキご馳走になったって」女に秘密は守れるか。これは強固な口封じを要するなと健は思った。別に秘密と言うほどではないが元の職場には知られたくないと思うのだ。とくに下村以下の下卑た連中には。

谷村が帰って来た。「香川さん、西本昇さんにあってくれませんか、どうも大学の先生は取っ付きにくい」「代替地はどこでしたか」「調布の300坪ですか、地図はこれです。写真はこの3枚です」「いいじゃないですか。住み替えなら税金は無しでいけますよね。通勤は遠くなるか」「大学はゆっくり出かけて遅く帰るそうです」「なら昇さん次第ですね。ご専門は」「基督教大学のドイツ文学とか」香川の頭にイメージが浮かぶ。「谷村さん、四谷の女子大生をナンパしにいきましょう」島崎はニヤニヤ笑っている。
香川は谷村の手を引く様に中央線に乗る。四ツ谷で降りて大学に踏み込む。「文学部はどこ」「突き当たって右です」「君専攻は」「ドイツ文学です」「だろうなシャルロッテという感じがしている。西本昇先生のご専門が知りたいのだ」「だったらゼミ生にきいたら」「紹介してくれないかな珈琲おごるよ」「ちょうどいい、彼女たちよ」「成功したらケーキをつけるよ」「この人西本先生のご専門が知りたいのですって、珈琲とケーキおごってくれるそうよ」「いいわ、どこで話す」「どこかないかな」「じゃあ私はバイトがあるから」「行ってしまうのか、残念だな、これ珈琲とケーキ代」「いいです」「契約は守られなくてはならない」

ゼミ生は香川が500円手渡したのを観ていた。講義の終わった教室で語りだした。「そうゲーテか。俺ドイツ語苦手、先生が一番興味をお持ちの部分を書き出して要約してくれないかな。明日までに800字程度にまとめて欲しい。それと先生の人となり。報酬は鰻でどうだ」「わかりました。ご連絡は」「ここに電話くれるかな」「まあ行政書士さん」「電話番号も控えてくれたかな。Also auf vieder sehenでは、また後ほど」「vieder sehenでは、また」


会社に戻ると「ナンパできなかったの」と奥さんがいう。「手付打ってきましたから明日以降取引ですよ」「まあ女子大生を」「敵は杉並に在り」「谷村さんは」「可愛い娘でしたよ。最初は合コン、その後個別取引になるでしょう」「で本論の方は」「西本昇先生を調布に連れてゆく算段ですね。買う気にさせる手立ては考慮中です」その日は天龍雲の御呼ばれがあったので話はそこまでとなった。


あくる日女子大生から電話があった。谷村と大学に行く。「ありがとう、よくまとまっているよ。これは鰻代」「まあこんなに」「ところで先生は家を新築なさると言われてなかったかな」「さあ」「君たち今度の日曜日ドライブしないか。合コン。ステーキおごるよ」「行く」「ただしだ、一役買ってもらいたい。ギャラは別途だす」「どんな役ですか」「日曜日までに脚本演出を考えておく。演技賞がでるかも知れないぞ」「楽しみ」

日曜日調布駅で学生二人を拾い300坪の土地を見に行く。「あの土地に西本先生が新築するのはどうかな」「見晴らしがよくて広いですよね」「お子さまも大きくなられたしお父様と同居なさるならいいんじゃないか。北西の高い木を残して南東に菜園、花園。小さな生き物の放し飼い」「いいですねえ、でも杉並に比べると田舎」「田舎の方が先生に向いてるかも」「かもね」「そこで君たちは先生がこの土地を買う気にさせる役だ」「ええ?」「今から演技をつける」香川が一人二役を演じる。「先生にいい土地があるから観に行きましょうと誘いだす」「突然何を言い出す」「この前土地を購入したいとおっしゃていたでしょう」「君たちの魂胆は」「実は成功したらパーティー用ドレス買ってくれる約束」「どんな人が」「サラリーマン風ですが自由業の感じもする人です。まあこんな具合かな」二人は面白そうと思ったようだ。「やります、ギャラがパーティードレスなら」「私も」「ギャラじゃない、成功報酬だぞ。まああとはアドリブでやってもらっていいが強引な勧め方はよくない」

西本昇はゼミ生の勧誘に調布までやってきた。「悪くないな」「でしょう」「君たちを買収した人は」「彼です」「紹介してくれるかな」「貴男が私にこの土地を買わせようとなさる方ですか」「違います。貴男の父君西本元氏に買っていただきたい。貴男はこの土地を借りて家を新築していただきたいのです」「よくわかりませんが」「お父様はお孫さんと同居したいお考えですが今お住いの土地にも愛着がおありなのです。迷っておられます。同居の決断のきっかけが必要でないのでしょうか」「そのきっかけをつくるため父にこの土地を買わせ、私に家を建てるから貸してくれと言わさせるのですか」その方が税制上有利だとは言わなかった。いずれわかることだ。「そうです」「何のために」「仲介手数料を得る為です」

あまりに単刀直入な答弁に谷村はハラハラした。「この方6月にドイツに行ったそうですよ先生」「ほう何のため」「ローレライにあうために」ゼミ生は香川と車掌のやり取りを話した。「ほかに印象は」「たくさんありますが音楽が生活の中に溶け込んでいることですか」「具体的に話してください」香川はベルリンリーダータフェル会館が団員の奥さんたちのへそくりで建設されたこと、ボンの国会議長の接待を話した。「そうですか堅実な生活」「ドイツ人は青い鳥を探さないようですね」しばらく雑談がつづいた。「カールブッセは上田敏の名訳で有名になりましたか。でローレライの妹さんは」「彼女は大学を卒業したら、あるいは、ひょっとしたら夏休みにでも日本にくるでかもしれません」「鴎外のエリスのように。これは失礼立ち入ったことを。舞姫を思い出しましてね、ほかには」

香川健は今だと思った。「女と土地は縁であろうと思いました。求めよ、さらば与えられんではありませんね」「それは言い得て妙ですね」ゼミ生が「先生どういうことでしょうか」といった。「女も土地も数あれど同じものは世界中に二つとないとことでしょう。結ばれるべくして結ばれるということでしょうか」ゼミ生は驚いたように考えてから言った。「運命の赤い糸で結ばれる、先生私にも王子様が現れますか」「現れるでしょう」西本昇は大きく息をして父に話してみましょうと言った。ここは深追いしない方がいいと香川は思った。

香川と谷村はゼミ生をこの前のステーキハウスに連れてゆく。「今日の日当だから好きなものを食べなさい」「やったあ」谷村が新築のパースもどきのデッサンを取り出す。「私なりに描いたものです」素人とは思えない。「素敵ね」「君たち西本先生にこれを見せてくれないか。君たちもアイディア出して先生に勧めてもらいたい」「美味しそう。ここのステーキ一度食べてみたかったの」「人の為に尽くして金になるなら最高だろう」「ですね」「日本では不動産屋の評価は低いが欧米では弁護士と同等の扱いなのだ」「一生に一度の買い物を世話するのですね」「そうだよ、双方の為に専門的見地から検討して情報を提供する。結果として成約した時は報酬をいただく。契約ならないと徒労に終わる」
ゼミ生二人は顔を見合わせてうなずく。「お見合いみたいなものね。恋愛もいいけど親は子の幸せを願って縁談を勧めるから客観的にものを見ている」「私もそう思う。でも決心するには情熱がいるわね。恋愛は勢いで行けるけど」「見合いして会っているうちに人生の伴侶と思えるか判断するのだろう」

西本元は迷っていたが気持ちは息子夫婦と孫たちとの同居に傾いていた。最後の決断は香川が漏らした「この土地の所有者はどんな思いで買ったのでしょうね」であった。土地は何かをするために取得する。投機目的ではない。畑、庭園、敷地などそれぞれに思いがあったであろう。西本元はこの土地の買主であり一方では現住土地100坪の売主でもある。土地を売るのは抵抗があるが買替となると少し気持ちが違う。それを息子に吐露したそうだ。
契約成立後ゼミ生は報酬のパーティードレスに興奮した。「先生の新築祝いに見せてあげなさい」「最初は後ろめたいものがあったけど今は堂々とご褒美もらったといえるわ」「そうね、人の為に尽くしてご褒美もらうのは最高」


この間香川健は天龍組から産廃処分場の設置許可申請の依頼を受けていた。「先生この度は天龍組浮沈の急場を引き上げていただき、衷心より御礼申し上げます。これは些少ながら我らが志、お納めください」「組長、礼は島崎社長に言ってくれ。ひとつ注文がある。都と片を付けるに当たってこれから天龍組は上品にしっかり儲けるよう方針を変えると約束した。男の約束だ。俺の顔を焼くような真似はやめてもらいたい」「わかりやした」「では祝杯といきますか。その前に先生、お志いただいておきなさい」と島崎社長が言った。香川は志を押戴いて頭を下げた。
盃を飲み干すと「美味い」と香川は感に入る。「先生いけるくちで」「酒は好きなんだがすぐに酔う」「いい酒ですな」「そうでもない。女を襲いたくなる」「男ならだれでも」「やってみな、かい」「短兵直入にやるんですかい」「そう、直入にやりたいが、このバッジを付けている間は上品にしてなくちゃならない。ここがつらいところよ」「それはつらいですな」

酒と料理が矢野を楽しくさせる。「先生、産廃はどこも請けてくれませんでしたが」「金になる、上品にやるともっと儲かる」「住民の反対でどこも潰れてます」「きちんと話をつければ反対しないさ」「どうやって」「それは飯の種だからな、言えない」天野龍太郎は香川をいぶかしげに見た。「同意が大変とか」「同意なんか要らない」「え」「それより設備資金が両手いや両足いるな」「20億」「まあ、つけが利くところがあればぼちぼち払っていけばいい」

香川は委任状と着手金を受け取ったので計画を説明する。聞き手は天龍組組長天野龍太郎、二代目慎太郎、若頭矢吹譲治と島崎社長。香川はマスタープランを島崎社長には説明してある。それは天龍組の構想をはるかに上回るものであった。島崎はこれくらいでないと事業として成り立たないと思ったが改めて香川のスケールに驚いた。その概要はつぎのようなものであった。
敷地面積:5万u
埋立容積:3万㎥
処理施設:中間処理、埋立処理、水処 理
取扱品目;建設廃材、金属くず、ガラス陶磁器くず、廃プラスチック、木くず、紙くず、繊維くず、コンクリートがら他
基本方針
1処分場は町道から尾根までの間をいっぱいに取り。残置森林を半分以上残す。奉呈は30%だが将来に備えてのことだ。
2中間処理を主体に再利用、再生利用、リサイクルを図り、最終処分の埋立を極力減らす。
4貯水池は雨水池と処理水池とを別個に設ける。
5水処理施設は24時間監視体制をしく。
その他
業容の拡大と伴に現地雇用を増やしてゆき、過疎化対策に資する。

まず天野が口を開く。「先生、埋立が儲かると聞いてますが」「埋立はすぐにいっぱいになる、これからは再利用の時代になる。再利用はそのままでも売れる」「再利用リサイクル施設に金がかかりますな」「当たり前、商売道具だ」「20億もの金は」「大鹿建設にやらせたらある時払いの催促なし」「大手が乗ってきますか」「大手だから処分場が欲しい。自分では持てないから天龍組に頭を下げてくる」大手は処分場が欲しいが自ら産廃処分場を経営することは世間体が憚られるのだ。 


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