20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:合唱物語 作者:佐々木 三郎

第18回   行政書士デビュー
行政書士デビュー

数日後香川は土建屋の社長に会っていた。浪漫建設の取引先らしい。島崎に話だけでも聞いてほしいと頼まれたのだ。建設工事に伴う廃材を元請から持ち帰るように言われた下請は許可品目にないものが含まれていたので孫請に押し付けたのである。この土建屋はこの違反で初めてとった東京都の工事の取消されるのをを心配しているのだ。
「下請業者が元請の廃棄物を収集運搬すれば違法です。しかし、死ぬの生きるのと騒ぐほどのことではありません。これを公害課にだしてください。あとはこちらで料理します。都の発注窓口はどこですか」「建設課です」「それなら心配ありません。まかせてください」土建屋ほっとしたが「先生指名停止になりませんか」と聞いてくる。「建設課は自分の首は締めませんよ」「そうですか、公害課はどうしたらよろしいか」「ごめんなさい、私がいたりませんでした。これからは気を付けますと言ってください」土建屋は島崎の顔を見て「先生何分よろしく」と頭を下げた。「ご心配なく、今日明日にかたをつけますから」土建屋の取集運搬品目を追加すれば済むことだが無許可品目の運搬の違反は違反、素直に謝る。都も悔い改め是正しようとする者にきつい処分はすまい。

東京都庁に向かう香川は3年前にここに来ている。当時の会社の建設業許可の更新であった。建設業が届から許可制に改正された翌年のことであった。建設業と言えば土木建築と思うがその種類は30種近くある。電気、通信、火災報知、機械等の設備工事据付なども建設業に該当する。
駒込直美が香川健(矢野)の部下として配属されてきた時、「当社はどうして建設業者なのですか」と質問した。「気にしなくていい、知っている者は1割もいない」「どうしてですか」「めったに問題にならない」「でも」「知りたいか」
健はこいつ見どころがあるなと思った。「あのビルの屋上にある機械だ」駒込直美はじっと遠くを見据える。その横顔は5年前の香川京子に似ていた。直美は美人ではないが、鬼も18番茶も出花といった匂うような色気がある。「あの機械の据え付けは簡単ではない」直美は黙ってうなづく。

香川健が都庁の階段で「矢野さん」 と声を掛けられたが気付かなかった。公害課との戦闘準備に入っていたからだ。腕を引かれて駒込直美に気づく。「許可更新か」「はい」もう3年経ったのか。建設課の受付を待つ人が廊下を2重3重に取り巻く様に長蛇の列をつくっていた。距離にして数百mになろう。「待っててくださいね」と直美は受付係に向かう。「機械器具据付です」と落ち着いた声で告げる。健は3年前の自分を見ている気がした。「許可更新なりましたらご連絡しますので取りに来てください」職員は申請書控えに受付印を押した。

直美は受付印を健に見せてにっこり笑った。健は目で応え公害課に向かった。ここも順番待ちが並んでいた。香川は構わず公害課の奥に進む。職員の配置図は頭に入れてある。課長席の前にたって「天竜組の代理人です」と周りに聞こえるように言った。あわてて係長が立ち上がる。「ああ違法業者の」香川健はさえぎるように「違法業者とは誰を指すのか」と怒鳴った。
勝負は最初の一撃で決まる。「あなたは」「すでに名乗った。質問に答えていただこう」「ですから違法な収集運搬を行った業者です」「質問の答えになっていない」「天龍組です」「ほう、天竜組は違法業者であると言われるか。あなたは公衆の面前でそう言った。これは名誉棄損に当たりますなたとえ事実であったとしても」「まあおかけください」係長は応接セットに香川をすすめる。香川は長いソファーの中央に腰を下ろすと駒込直美に座れと合図した。「あなたは」「係長の浜です」「私は天竜組の依頼を受けて許可の変更に上がりました」と名刺を差し出す。 
浜は名刺を見つめながら「代書屋さんですか」と言った。「浜さんはいつの生まれですか、明治時代5年に公布された大証人代言人代書人令は廃止されていますが」「失礼しました。行政書士さんでした」「ところで天龍組の違法性について説明願いたい」「浜さん奥で窺ったら」と課長が席を変えるようにと言った。

課長以上の管理職は実務には手を出さない。別室に通されると茶が出てきた。課長も加わっての話し合いとなった。「元請は大鹿、天龍は孫請けですか」「そうです」「下請が100として孫は数百、天龍は狙い撃ちされた」「筋が悪いので」と浜は汗を拭く。「筋がいいのはいないでしょう。取集運搬の許可品目を追加していただけるなら天龍を大人しくさせますよ」「どうやって」「それは企業秘密です。私もこれから行政と仲良くしないと食ってゆけませんから和議を結びたい」
課長が浜を見遣る。「品目を追加すれば違法性はなくなります」「戦争は労多くして成果は少ない」「はあ」「今度の戦争で亡くなった方々への慰霊碑に刻まれていました」香川健は「いつ追加していただけるかご返事いただきたい」とすごむ。課長が「できるだけ早くしてあげなさい。先生も行政の顔を立ててくれているのだから」と命じた。「私は産廃処理業、中でも中間処理最終処分を手掛けたいと思っています」と香川健が課長に言った。「でも都内では大変でしょう」「排出量が多いですから処分の需要はあるでしょう。我々に処理業の取得依頼もあるかと。中間処理、その前に再利用リサイクル技術が進歩すれば最終処分はなくなるでしょうが、それまでは埋立か海洋投棄で誤魔化すしかないでしょう」課長も係長も香川健を測りかねていた。「再利用リサイクルしないから廃棄物となるのです。江戸には廃棄物は無かったようですね。明治以降の大量生産が大量廃棄物を産み出しました。廃棄物を出さない製品づくりは企業、政治の責務ですが廃棄物処理コストが削減できますから採算面でもペイするのではないかと思います。それまでは行政も優良な処分場が欲しいのではありませんか」
こちらのペースになったとつづける。「経済成長も大切ですが自然破壊は取り返しがつきません。せめてここで自然破壊の拡大を防ぎたいのです」「先生は最終処分場をやられたのですか」「四国のある島で産廃処分が海を汚染し、生き物を殺しました。日本経済は産廃処理のつけで発展したのですな。国政の貧困を革新都政が矯正してくれるものと期待しています」「行政は後手を踏みがちだから」「それは政治、立法が先でしょう。骨のある政治家が欲しいですね。国民は政治と行政を混同しています」二人はほっとした顔になる「我々も行政の裁量権の範囲で都民のために努力しています」「その点は先輩行政書士から伺っております。我々は今後とも行政と協調して参りたいと思いますのでお手柔らかにお願いします」二人はほっとした表情を浮かべる。「それはこちらのセリフですよ。先生」


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 13995