温泉巡り和子子創り
一方、矢野の方はKKM問題をどう解決するかに腐心していた。しかしこういう悩みは願ってもやってくるものではない。やはり縁であろう。和子、京子、そしてモニカとは結ばれる定めであったに違いない。矢野自身女が嫌いな方ではないがもてるとは思っていない。不思議なことに女が欲しいと思うときは女が逃げてゆく。仕事に追われているときに女が近づいてくる。 当面の課題は名古屋、四国、ハンブルグへの移動を可能にすることである。当事者である4人が1っか所に集まれば移動しなくて済むが現実性は0に近い。となれば先に妊娠した方と結婚し子が生まれたら離婚してもう一方と結婚する。同じくこが生まれたら離婚する。この両親ははっきりしている。重婚にも当たらない。さらにモニカとの結婚があるがそれはその時のこととする。
矢野は胃潰瘍を理由に3日間の休暇を取った。香川京子が妊娠した言ってきたのだ。軽井沢のペンションで落ち合う。「もう三月生理がないので病院に行ってきたの」「男か女か」「もうじきわかるわ」「ならこれに署名しろ」婚姻届を広げる。「でもいいの。あなた」「心配するな、こどもが生まれたら離婚してやる」「どうして」「未婚の子では可哀想だろう」京子が笑う。「どうして離婚なの」
矢野は京子が教職を続けるには香川京子の籍に矢野が入り、離婚すれば対外的には気づかれないと説明する。「じゃあ私が教職を辞めたら」「そのままでいい」婚姻によって新たな戸籍がつくられる。今は二人とも親の戸籍にあるから生まれてくる子は入るべき籍がない。二人の戸籍をつくっておけば生まれた子は二人の子として入籍される。ということを京子に説明した。「私が貴男の籍に入るのは」「同じことだ。ただし香川姓は名乗れない」
しばらく京子は考え込んだ。「どちらの姓を名乗るかは明日決めることにしてともかく署名しろ」「はいわかりました」と京子は署名した。「これからふたりだけの結婚式だ」「うれしいわ」「では踊っていただけますか奥様」 矢野が京子の手を取る。京子は矢野の肩に顔を乗せて幸せをかみしめる。おなかに二人の子がいる。生まれてきたら家を建て一緒に暮らすの。『黄昏の灯はほのかにともりて穂高は茜よ 暮れゆくは白馬岳か。暮れゆけば浅間もみえず 歌かなし 佐久の草笛』「あのね私今、貴方がすごく欲しいの」「お腹の子に障るだろう」「これから過度のセックスはいけないんだって」「では静かに上品に致すか」「あい 我が殿 愛してたもれ」「それとな、子が生まれるまでは俺と一緒に暮らしてくれ」「生まれたら離婚」「お前次第。郷里に帰るか新天地でお前の才能を花開かすか。教師だけが職業であるまい。外語学校でも外資会社でも」
香川京子は初産と言うこともあって郷里で産むことにした。となると次は谷和子だ。年休、代休をつかいまくって名古屋にいつく。もう会社などどうでもいいのだがこれから金はいくらでも必要だ。新しい仕事に就くまで会社を利用しない手はない。それよりも時間がない。
次は和子だ。子創りお産にいい温泉を巡る。「こんなにお湯につかったらどびてしまうわ」和子はあきれ顔で言った。「可愛い女の子を授かるまで頑張るのだ。家買ってやるから」「私と結婚するの」「結婚する」子が生まれたら離婚するとは言えなかった。「ともかくな頑張るのだ」「もう私くたくた」矢野は預金を全額引き出して温泉巡りに精励した。想いは天に通じたのか和子が身ごもった。矢野の態度は急にやさしくなる。「そない気つかわんでもええよ」「別に気つかってない」「ならええけど。会社ええの」「別の仕事さがす」「ほうな無理せんで」「こぎれいな家買ってやる、女の子を生むのだぞ」「わかった」和子のこういうところがたまらなく可愛い。
さてその次はモニカである。商社に勤める大学の同級生に頼んで電話の専用線(本社、工場、海外支店間を結ぶ借り切りの電話回線)を使わしてもらう。ブリュッセルからハンブルグの料金だけで済む。東京ブリュッセル間はキセルすることになる。商社は24時間勤務であるから真夜中にハンブルグに電話する。現地は夕方「まあタケシ」モニカの懐かしい声。「俺たちの子はできたか」同級生が驚く。「ええ、もう三月末。予定日は来年の初め、一月七日」「でかした。毎日だいたいこの時間に電話するから」「うれしい」「卒業したら日本に来い。案内してやる」「行く行く」「結婚は日本でするか」「日本でもいい」「どっちがいいのだ」「どっちでもいい」「まあお母さんとよく相談しておけ」「わかりました」「ではまた電話する」 同級生が「込入っているようだな」と言った。「また電話させてくれ。今度は寿司奢るから」「ならこれから行こう」東京は深夜にやっている店がある。商社の社員は常連なのであろう。商社はニューヨーク、ブリュッセルと専用線で結んでいる。ブリュッセルの事務所につなぎハンブルグの電話番号をダイヤルすればいい。東京ブリュッセル間はいわばキセルだ。もっとも専用線は定期と似て使っても使わなくても定額だ。なにしろ商社の通信費は年間57億、商社マンは一人で3回線を使う。ブリュッセルーハンブルグ間の通話料など塵みたいなものである。しかし矢野とっては高額である。
寿司屋には同期の同期つまり彼の同僚もいた。「こいつも婚姻届の保証人だ。依存あるまい」「ござりませぬ。ささめされよ」同期は生ビールを一飲みして「詳しく話してもらおうか」とすごむ。「されば武士の情け、他言無用に願いたい」「心得た、有体に申せ」矢野は和子、京子との関係を匿名で語った。「すると子が生まれると離婚して別の女との婚姻届を、しかも我々の保証で」「それはそれ窮地にあらば猟師も撃たず」「お前が窮鳥か。自分から飛び込んでおいて。しらけ鳥何んと鳴く」「それはそのとおりであるがまさかの友は真の友」二人は生ビールを追加する。握りずしを頬張りながら「ほかには」と追及を緩めない。 矢野は観念する。相手は世界の戦場を駆け巡る商社マンだ。「そのまさかとはハンブルグの乙女ですか」と同期の同僚。「恥ずかしながら」「乙女であったのを、お前が女にしたのだな」「そのように認識いたしております」二人は顔を見合わせて「今の話を総合してみると第3、4弾の蓋然性は非常に高い。これは寿司屋ではすまされまい」「5億程の商談を持ってきてもらいたいな」「5億?」「商社のマージンは1%が相場、数をこなさないとやっていけない」 矢野は同級生の顔をみつめる。学生時代は鷹揚なかであったが今は戦場を飛び回る戦士の顔だ。矢野のようにメーカーに勤める者は外部との接触は少ない。この二人は常に戦地にある企業戦士なのだ。「この恩義に報いるべく必ずやご期待に応えよう」「よくぞ申した」
矢野は新しい仕事探していることも話した。「こんないい会社を辞めるのか」「仕事は面白いし働く環境は申し分ないが馬鹿な上司に仕える気はない」「それはいずこも同じだろう」「会社と雇用契約を結んだのだから会社に忠誠を尽くすのは当然だがバカ殿に胡麻をすることはできない」「それはお前が社長になるまでなくならないぞ」「だろうな。今国際的問題を抱えているから金が必要なのだ。年に1度はハンブルグに飛ばなくてはならない」「いっそ商社はどうだ」「子づくりに励めないだろう。子は多いほどいい」「種を蒔いて育てるか。多角農業だな」「しかしロマンがあるじゃないですか。我々も応援しますよ」「ありがとうございます。今はご厚情に甘えさせていただきます」「なんのなんの、今日の酒は美味い。人生すてたものじゃないと思いましたよ、なあ磯松」「そうだな」
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