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作品名:合唱物語 作者:佐々木 三郎

第13回   山のあなたのÜber den Bergen
山のあなたの

ミュンヘンは札幌市と姉妹都市で有名だ。多くの大学研究所があるせいか街の通りもベルリンのようないかついイメージはなくどこか洗練されている。ミュンヘン大学の卒業生にはX線で有名なレントゲンがいるそうだ。タクシーもアルプスの少女ハイジのような民族衣装の女性運転手もいた。ここからウィーンまで車で一走りという。Statt strasse もシュッタット、シュトラッセではなくスタット、ストラッセと聞こえる。一口にドイツ語と言っても北と南では大きな訛りの違いがある。乙女はここではメドゥヘン、北ではメッチェンだ。

矢野はモニカとこの旅行で初めて合唱無しの旅を楽しんでいた。モニカはウインドウショッピングを楽しむ。気の利いた展示のショルダーバッグをのぞき込む。矢野はモニカの手を引いて店に入る。ショルダーバッグをモニカの肩に掛ける。店員がよくお似合いですよと笑顔を浮かべる。新婚さんと観て押し付けるようなことはしない。日本人客もよく来るそうだ。値段を見てモニカはためらったが矢野がトラベラーズチェックを切る。彼女にはバッグをプレゼントするのはいずこの世界でも効果的らしい。手順前後だがこれでただ乗りではないぞ。

市役所前で老夫婦がモニカを抱きしめる。近づくとモニカの両親だった。ハンブルグからどうして。その時、正午を告げる鐘が鳴りわたり時計台の人形が踊り出した。通りの人々が見上げる。モニカが呼び寄せたか両親が押し掛けてきたか、いずれにせよ覚悟しなくてはなるまい。仮祝言は報告済みと考えなくてはなるまい。和子、京子にモニカが加われば問題はさらに複雑になってくる。ここは先手を打ってこの国で結婚証明だけでも取得しておくか。日本のように簡単に入籍とはならないと聞いているが。
 近くのレストランに入る。「モニカ素敵なバッグね。タケシに買ってもらったの」母親が話を切り出す。「ママ昨日私たち仮祝言をあげたの。いわば結婚のリハーサルね」「すると本番は日本になるの」「それはわからない。タケシも都合があるでしょうから」親とすれば娘の行く先を案じるのは当然である。手を尽くして矢野についての情報を集めていた。「まあ食事をとりながらゆっくり話をしよう」と父親が注文する。ビールで乾杯する。昔から酒類は緊張をほぐす。父親は短兵急な質問はしない。矢野をリラックスさせようとバイエルンの話をする。「モニカ今度はタケシとオペラに行ったらいい。これからの予定は」矢野が今度ドイツに来るのはいつかと聞いていることはわかったが明言を避ける。「これからみんなとアルペンの麓まで行こうとしています。ご一緒に行きませんか」と両親を誘う。「私たちもハネームーンでウィーンに行ったのよ」と母親が牽制する。「日本で式を挙げるとなるとご両親にもお越しいただいて日本を案内しますよ」「新婚旅行の邪魔をすることになるわ」「新婚旅行はウィーン、ローマ、マドリッド、パリ、ロンドンと回るつもりですから御心配には及びません」と矢野が言うと両親の顔がゆるむ。

アルプス山脈の麓には湖がある。二人の後を見守るように両親がつづく。あと5日休暇がとれていたならアルプスを越えローマ、パリ、ロンドンと観光を楽しむことができたのだが矢野は明日帰国しなければならない。モニカは矢野の一時でも長くモニカといたいという気持は痛いほどわかる、でもわたしも同じよと心の中で叫んでいた。「今度は二人でアルプスを越えよう」「ええ、でも誰がために鐘は鳴るはいやよ」「俺たちの子が帰りを待っている」「私の父母の下で」「子は可愛いが新婚旅行には邪魔だ」「それはそうね」

モニカの話は両親を喜ばす。「彼、タケシは、ローレライはどこだと車掌に怒鳴るのよ」「彼女は病気で休んでいます」「俺は彼女に逢う為に日本からやって来た、すでにライン川は夕日に染まっているではないか」「そのとおりですが彼女の従姉がヘールの傍にいますよ。こちらの方が彼女より美しいと私は思います」「そうかい。じゃあそんなに飛付くほどではないのか」車掌はやれやれと去ってゆく。これも受けたのだが十九の春では母親が笑い転げる。「焼いた子豚も踊りだすか」父親も腹を抱える。矢野は飲み食いに専念する。娘を奪われた親の気持ちを察してのことだ。 


山のあなたの空遠く で有名なカールブッセは本国ではあまり有名でないようだ。上田敏の名翻訳は原詩をはるかに超える二次創作と言えよう。ムソルグスキーの「展覧会の絵」の原曲はあまり有名でないのと似ていようか。

      Über den Bergen
                Karl Busse

Über den Bergen weit zu wandern      

Sagen die Leute, wohnt das Glück.      

Ach, und ich ging im Schwarme der andern, 

kam mit verweinten Augen zurück.

Über den Bergen weti weti drüben,

Sagen die Leute, wohnt das Glück.

矢野は『幸福はお前の(花芯)中にある』とモニカに言いたかったがそれだけの度胸はなかった。谷和子、香川京子を忘れることができるわけはない。後ろ髪を引かれる思いで帰国の途に就く。ミュンヘンからフランクフルトに飛び、羽田行きに乗り換える。途中帰国組はトップの上村を含め5人だ。上村のように会社の要職にあるものは別格だが残りは入社3年以内だから転職という選択肢もあった。
しかし終戦後25年を経過した昭和55年の日本は高度成長期にあり終身雇用が定着していたから転職は簡単ではなかった。退職金と年金受給は大きな魅力であった。帰国組の若者はそれぞれの思いがあったであろう。この旅はわずか10間日本を離れただけではあったが彼らの心に忘れられぬ印象を与えたはずだ。

矢野は自らまいた種とはいえ、東京、名古屋、四国、ハンブルグを股にかけて行動しなければならなくなった。しかし行動範囲を広げるとは何かを積極的に考えているのだ。何もしなければ悩むこともない。何かをしようとするから悩むのだ。
一に合唱、二にKK+M、三に仕事に変わりはない、二の比重が増えたがまた楽しからずや。世界は広い。行って見たいなよその国だ。機は再び日付変更線を超えて日本上空を下降してゆく。眼下に街の灯が広がるがとてもきれいではない。時間がドイツより数倍早く渦巻いているように感じられた。


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