20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:合唱物語 作者:佐々木 三郎

第11回   ベルリンの壁  私が彼をものにした
ベルリンの壁

翌日ベルリンへ向かう飛行機にモニカがいた。信じられない。にっこりと矢野を後部座席に誘う。「あの娘よ」と杉本温子が指さす。女とは不思議なものである。追いかけると逃げる、逃げると追いかけてくる。青い目の金髪娘に矢野は吸い寄せられる。人目も気にせずモニカの横に座る。「Guten morugenお早うタケシ。昨日はよく眠れた」なにしろ60時間ぶりの睡眠であった。「父が無粋の段、すまなかったと申しておりました」機は離陸し始める。モニカの首筋から耳に掛けて若草のような匂いが漂う。が、矢野はこのドイツ乙女の目的はなどと疑わない。 

機内が静かになる。エルベ川上空だ。この国は米ソの思惑で東西に二分されているのだ。終戦から20年で戦後は終わったと繁栄を驀進する日本、同じ運命を辿っていたら名古屋辺りで別の国になっていても不思議ではない。人々は悲しげに地上をみている。引き裂かれた家族を思って。シュミット先生が「私の家族はこの真下に住んでいる」とつぶやいた。子供の頃この川で泳いだとも。彼は東京でドイツ人学校の音楽教師をしている。合唱団の音楽顧問でもあるのでこの旅行に同行していた。「先生、すぐいっしょになりますよ」と矢野は言って自分を恥じた。彼は静かに首を振った。「どうしたのタケシ」「俺は無責任なことを言ってしまった」「私たちもそうなることを願っているわ」「共に戦った味方に」「そんなに自分を責めないで」モニカが矢野をやさしく抱いた。

かつての首都ベルリンも壁で東西に分断されている。見上げると銃を肩にかけた監視兵がにらんでいる。この壁を越えようとしてどれだけの命が失われたことであろう。捧げられた花束の前で矢野は黙祷を捧げた。モニカは矢野を見守る。我々ドイツ人は戦争で亡くなった日本人に祈りを捧げることができようかと自問する。やがてモニカは日本人が戦争を憎み、敵兵といえども手厚く葬る日本文化を知ることになるのだが武士道と頭で理解していたに過ぎなかった。

8年ごとに開かれる世界合唱祭の会場は7万人を収容するシュタットハーレ市民ホールだ。ベルリン市ホールとでも言おうか。東京メンネルは埋め尽くされた市民から拍手で迎えられる。極東の島国からやってきた合唱団だ。常任指揮者の荒木が現れると会場は静まる。一流役者はここでも登場するだけで観衆を魅了するのであろう。その手が振り下ろされると会場を揺るがす男声合唱が会場を覆う。

Grüß gott mit herzen klang heile deutschen wort und sang !

その迫力に圧倒された聴衆は息をのむ。ややあってヤーパンJapanと立ち上がって叫ぶ。

興奮が静まるのを待っていたこの様に美しい和服の女性によって筝が奏でられる。再び静寂が訪れる。日本音階はしじまの中で優雅に響き渡る。

人恋ふは悲しきものと  平城山(ならやま)に
   もとほり来つつ  たえ難(がた)かりき  古(いにし)へも夫(つま)に恋ひつつ
     越へしとふ  平城山の路に  涙おとしぬ 

男声合唱が歌いだすと会場は涙ぐむ人も少なくなかった。名曲は普遍性を持って人の心を揺するのであろうか。

メンネルの演奏が終わると聴衆は拍手を止めなかった。7万人の拍手は鳴りやまない。矢野は世界各国の合唱を聴きたかったがまたまたテレビ局が東京メンネルを録画するということで会場を離れることになった。ノルウェーの少女合唱はウィーン少年に勝るとも思われた。10年後には美しい女になっていることであろう。「ベルリンには若者がいない、年寄りばかりだ」矢野は美少女たちと引き離された恨みをこう表現した。録画中は「銭儲け旅費稼ぎ」との掛け声に精一杯笑顔で歌う。録画がテレビで放映されたのは翌日の事であったが矢野たちを有名にした。ベルリン市役所でも国賓並みの歓迎を受ける。しかし歌手タレントの巡業もかくありなむ。華やかな舞台を降りると裏方に変身だ。和子か京子を連れてきていたらこの強行凶行日程に堪えられたであろうか。

録画撮りが終わると東京メンネルは男声合唱団ベルリンリーダータフェルの招待を受ける。野外ステージはベルリン市民に覆いつくされている。新聞テレビの力は大きいのだろう。日独男声合唱が青空にこだますと市民は熱狂した。欧米で演奏すると聴衆の反応は敏感でプロでも怖いそうだ。反面やりがいがあるというものだ。 ドイツ民謡では聴衆も立ち上がって歌う。ドイツ民族の一面を感じる。
演奏後夕闇が迫る。時計は9時を指している。夏至とはいえ緯度が高いと日は長い。ベルリンターフェルに食事に招かれる。ターフェル会館は団員の奥さんたちがへそくりを出し合って建設したそうだ。食事も奥さんたちの手作りだ。「どうしてお前たちは奥さんに愛されるのだ」矢野のストレートな質問に食事の手が止まる。「それは非常に難しい質問である。お前もドイツ娘と結婚したらわかるであろう」モニカが笑いながら見つめる。「彼女は結婚相手にどうか、ローレライの従姉かも知れないぞ」「というと」「お前は彼女のとりこになって日本に帰れなくなるであろう」「ローレライの従姉なら本望だ。人間至る処青山あり」
Ich weiss nicht was soll es bedeuten と矢野が歌いだすとたちまち全員合唱となる。隣り合わせの肩を組んでローレライのメルヘンの世界にひたると国境もなくなる。「ところでタケシ、お前は完ぺきにドイツ語で歌うのに話すのは下手ね」と隣の老婆。「それはドイツ語と日本語とは異なるところがあるからです。もし同じであるならば私は奥さん以上に上手くしゃべるでしょう」

矢野のブロークンドイチェは受けた。「どうしてあいつは目立ちたがるのだ」とケンちゃんが顔をしかめる、「生まれつきでしょ」と杉本温子。「奥さん、私が10年早く生まれていたなら奥さんに求婚していたでしょう」「そうね。私が10年遅く(30年だろう)生まれていたならそれを受けたでしょうね」


私が彼をものにした

この男は酒がまわると自制心がなくなる。もっとも素面でもその気はある。モニカの手を取って「地位も要らない。名誉も要らぬ、お前と一緒に暮らせるならば」と目をみつめる。それがドイツ語に翻訳されると歓声に包まれる。モニカは顔を真っ赤にしながら矢野の手を握り返す。このセリフは矢野の十八番だ。「お前が奪われたら俺は米ソであろうが乗り込んで奪い返す」これも受けた。新しいレパートリーとなろう。

その夜モニカは矢野を公然と拉致する。団体行動で抜け駆けは許されないが強制連行されたのだから誰も文句は言えまい。モニカがとったホテルは学生とは思えない高級なものだ。同室の森尾が「来客があるなら私は別の部屋に移りますよ」と矢野を冷やかしたが今頃彼女をひきいれていることだろう。「きれいな夕焼けだな」午後9時に陽が没する。二人は黄昏迫る公園を歩きながらこれから起こることを予期していた。

バスタブに身を沈め両足を伸ばすと疲れがとれる。モニカがシャワーを使うと白い裸身がローレライに見えてくる。矢野の視線を感じてかモニカが振り返る。あっと息を飲む。矢野の息子は天上を指している。モニカは指を広げて長さを測る。今度は直に息子を掴み太さを実測する。これが私の中に入ってくるのかしらという顔である。矢野は先に浴室を出て冷たい白ワインを飲む。すでに全身戦闘態勢に入っているが敵からの攻撃まだはない。モニカがバスタオルをまとって出てきた。「ねえタケシ、私思うのだけどあれが私の中に突撃してきたら痛くないかしら」「それはやってみないと何とも言えないな」「私医学書を読んだけど最初は出血を伴うこともあると書いてあったわ、なんだか少し怖い」「最初は誰でもそうなんですって、こまっちゃうな、デイトに誘われて。初夜の床ベッド。うむ、個人差があるから一概には言えないが、まあ案ずるより産むが易しだろう」「そうかもね。お産に比べるとどうということもないか」

モニカは白ワインを飲み干してバスタオルを脱ぎ捨てる。戦闘開始だ。遮二無二突進してくるモニカは初陣なのだろう。双方の経験の差は歴然としていた。矢野は落ち着いて応戦する。「しばし待たれよ乙女娘よ。なれは19にして処女であろう」「そうよ、それで」「処女を失うと二度と処女には戻れない」「当り前」「親の許しを得ているのか」モニカはその熱き唇を矢野の唇を重ねる。この期に及んで何をごたごたと言う態度だ。片手は矢野の肩に、片手は精子製造所からその放出口までを撫でまわす。同じ乙女なれど京子、和子とはだいぶ違う。ここは体勢を立て直すべきだ。
時間稼ぎに歌う。「ここはお国の何千里 離れて遠き欧州の 赤い夕陽にてらされて」窓の外は夜のとばりがおり始めていた。うっとりするモニカ。時は今、敵はドイツ乙女、かかれー。攻勢に転じた矢野はモニカの耳から首を攻撃する。モニカの喘ぎが男の闘争本能を掻きたてるあ。勝って来るぞと勇ましく進んで国を出たからにゃ、、。矢野の侵攻は乳房にも及ぶ。「ああもうだめ、許して」「許さない無条件降伏あるのみ」「私濡れてきたわ」「正常な反応だ、これから総攻撃を開始する」「お願い来て」矢野はモニカの恥毛が黄金色であることに気づく。長い金髪からして不思議ではないが感動を覚える。女は衣服を着けているときは隠したがるが脱げば見せびらかすのか。
敵はこのスキを逃さない。やにわにモニカが矢野の息子をつかんで子宮に押し当てた。予期せぬ反撃に日本軍は作戦変更を余儀なくさせられる。「これなのね、さあ中に入って」どうも勝手が違う。矢野が敵門を開いて突入するとモニカは少し顔をゆがめたが内部は愛液に満ちていて決戦の時を告げていた。矢野の全身にも快感が走る。モニカの花芯が締め付けてくる。なんのこれしきたかがローレライの従妹。それゆけ兵、日本男児!「皇国の存亡この一戦に在り、全員奮励努力せよ」守も攻めるも鐵の、軍艦マーチが鳴りわたる。

それからの激戦はつづいたが詳細は割愛しよう。矢野もよく憶えていないのだ。総力戦であったから砲弾も撃ち尽くして不覚にも眠りに落ちた。モニカも矢野の胸に顔を埋めて眠ったがスタミナが違う。矢野が目を覚ましたのは2時間後だ。「よせよ、くすぐったい」「ふふふ、貴男は私のものね」モニカは矢野の胸に私の男と書いていたのだ。矢野はモニカの股を広げて俺の女と書いた。「看ろ、この夥しい出血。お前は降伏したのだ」モニカは慌てて浴室に駆け込む。矢野もこれにつづいて戦果を挙げた日本刀の血を洗い落とす。京子も和子も初めてなのに反応した。我が太刀の為せる業だ。三度目の正直、いや三連続となれば切れ味が実証されたといっても過言ではない。ほんにこの男はおめでたい男だ。

モニカは処女喪失を気にする風もなく、むしろ勝ち誇った顔をしている。後日矢野は聴かされるのだがモニカは戦闘を次のように報告していた。「ママ、私はタケシを征服した」「それで戦果は」「彼は砲弾を撃ち果たして降伏したの」「モニカお前は私の自慢の娘だよ。で妊娠の可能性は」「明日あたりから排卵日だからあと二日攻めれば成功すると思うの」「成功を祈るわ」「ありがとうママ」妙な母娘だ。日本の感覚は世界では通用しないことが多い。
ここでも矢野はことがあまりに簡単に成就したことに思いを馳せなかった。ことがことだけに無理からぬが普通の男なら話が上手過ぎると思うはずだ。香川京子のとき同様矢野は目の前のことしか見ていなかった。矢野らしい。結果的に矢野にもモニカにも幸いするのだがモニカと両親の意図を詮索して何になろう。しかし一般的に日本人は危機意識が薄い。危機管理もできない。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 13996