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作品名:続 椰子の風に吹かれて 作者:佐々木 三郎

第7回   ダヴィッド対坂本
 ダヴィッド対坂本

 夕食抜きのバーナードは恨めしそうに陳がつくる中華料理を見ている。さあ、食べるよろしい豚肉使っていない。乾杯ビールある。紹興酒もある。ユダヤ人捕虜はバーナードには振り向きもしない。処分を恐れてか、本来そういう民族なのか。
 歩いた後の食事は美味いな。当然、私の料理だ。ホテルでもこれぐらい料理を出せ。だめ、儲からない。味分かる少ない。バーンード来い、これ食ってみろ。食堂に緊張が走る。スープは鶏がらだ、美味いか。
 カーシム大佐が近づいてくる。バーナードが直立する。お前は夕食なしの処分を受けている。だから俺の夕食を分け与えている、俺の夕食だ、大佐は、彼に食事を与えることを禁じたか、これは処分に違反するか。いえ、違反しません。なら、大佐も食え。イエスサー。

  安堵が食堂に広がる。しかし、甘い処分だな、俺なら一週間水だけ与える。死者がでれば業務上過失致死、日本では禁固刑だ。ユダヤの建築水準はあの程度だ。それは清子に対する牽制か。そうだ、それが分かるならもっと安全管理を徹底しろ。やり方が汚い。戦は勝ったものが正しい。ユダヤ商法に比べたら上品なものだ。
 そこへ棟梁がやってきた。セール元気か。おう、元気だ。まず、一杯、日本では駆けつけ3杯という。ビールか、タンドアイはないか。ない、食ってみろ陳の料理だ。これは美味い。紹興酒だ。これも美味い。なにね、メンデル先生から泳ぎの指導を頼まれた。で、とんできた。先生は偉いドクターだ。 棟梁生徒はここにいる全員だ。うん、泳ぎは3日で覚える。バーナードもか。ありゃだめだ、金槌、永久に覚えられない。爆笑。

 セール、家族にヴァイオリン持っててくるように手紙を書いた、どのように送ればいいか。メンデルに頼めばメールで送ってくれるだろう。カーシム大佐いいか。ああ。大佐の許可を取らないと夕食抜きにされるぞ。メンデルが手紙をデジカメに撮る。その手紙は大切にしまっておいて奥さんに見せろ。
 私は、清子に愛を告白するために日本に行きたい。あのなあ、メンデル、彼女はお前のものではない、俺とお前は対等な立場だ。バーナード、陳、カルロスを含め5倍の競争率だ。拙者も出馬致す、と常男。6倍になった。棟梁が清子の写真をみて叫ぶ。メンデル先生、心配ない。先生が一番男前だ。でも、俺も参加したい。
 長老がやってきてわしも会いに行きたい、と言った。と、捕虜たちも手を上げる。メンデルが立ち上がる。私は清子を愛している。誰にも渡すものか。殺されても彼女に会いに行く。一同沈黙する。ヘール坂本、私は日本に白神に行きたい。それは私の権限外だ、カーシム大佐に頼め。
 カーシムはダニロを呼ぶ。お前は今日のヒーローだ。お前も食え。陳、いいか。勿論。陳が料理を盛り付ける。慶応大学の佐藤教授に招かれている。東京だろ、白神は遠いぞ。

 ダヴィッドが横に来る。掛けて良いかな。おお、坂本が席を空けてやる。白熱しているな。ああ、恋敵 譲ればよかった 今の妻 という川柳があったな。どういう意味だ。日本の女は怖いということ。ダヴィッドが驚く。
 棟梁からマタギ、小熊物語のリクエスト。陳が声をかける、カルロス、バーナード出番だ。今や18番の芝居が始まる。今回はマタギにカルロス、母熊バーナード。カルロスの名演が光る。小熊を抱き上げるところでは観客の眼に涙。

 ミスター坂本、メンデルを日本に行かすのか、ダヴィッドが耳元で話す。惚れて通えば千里も一里というしな。それがしも父の国を見ておきたい、常男が割込んでくる。して、こちらは。ダヴィッド ベン グリオン、日本乗っ取りを目論む悪でござる。乗っ取り、それは不埒な。なかなかの悪ですでにアメリカ合衆国を乗っ取った。ほう、合衆国を。いかにして。戦争を起こして武器を売りつける。軍事費を高利で貸し付ける、担保にその国の国債を取る。株式、証券、商品相場を操作して莫大な利潤を上げる。昔ながらの手法を使っている。
 日本乗っ取りはその一環でござるな。左様、米国は落ち目にあれば甘みがないと合衆国国債を日本に売りつけた。返済時期になると円高に持ってゆく。円高とは。40年前は1ドル360円でござった。今や82円でがざる。左様か、円が高いとは日本が強くなったのかな。
 いや、さにあらず。円高にして日本の国力を削いでいるのでござるよ。というと。日本から借りるときは円安に返すときは円高にする。返済額は半分以下で済む。して如何程用立てたかの。600兆円とも、国家予算の100年分。そうれは膨大な額でござるな。しかも踏み倒すつもりでいる。何、借りておいて返さない、政府は何をしておる。米国が怖いのか。否、闇の黒幕と呼ばれるこの連中、でござる。国籍を問わず意に染まぬ者を抹殺することに何の躊躇いもない。抹殺された日本高官も少なからず、故にこれに触れるものなし。情なや、お国のために命を捧げた多くの兵士に何と申し訳を致すぞ。既に虫の息の日本国土を無差別に空爆、かつ広島長崎に原爆を投下したと聞く。さればなおのこと可及的速やかに連中を成敗致さねばなるまい。御意。

 成敗とは死刑に処すという意味かな。そうだダヴィッド。明白な証拠が必要だろう。そうだ。されど婿殿、状況からは罪状明らかなればまとめて処刑してしまえばよかろうに。まとめてとはユダヤ人すべてということですか、メンデルが叫ぶ。仕方あるまい、
人類の敵なれば、いずれ抹殺するしかあるまいのう。遅きに失しては戦況は更に悪くなろうぞ。先延ばしで好転するとはおもえぬが。常男は平然と言ってのける。
 これには捕虜たち闇の黒幕たちもドキッとしたようだ。単刀直入、直接的殺戮に弱いようだ。例えばで御座るが、この連中が清子殿を手篭めにして殺したとします、連中の犯行は明らかなれど実行した犯人を特定できない、あるいは共犯が立証できない場合全員を処罰できますかな。日本の婦女を犯し殺したる以上、特定、共犯なぞ何を生ぬるいことを、容疑者全員市中引き回しの上獄門晒し首、再発防止にはこれが一番でござるよ。平時ならば無罪の人間を巻き添えにこれを処するは忍びがたけれど戦時なれば致し方あるまい。躊躇うは軍法会議にかけられようぞ。

 どうも山田常男の独演会となってしまった。坂本の顔からダヴィッドは今度にしようと眼で呼びかける。坂本もうなずく。場が白けてしまった。しかし常男の過激な発言は捕虜たちを震え上がらした。日本軍には神風、特攻がある。彼らは故国のために命を捧げるそうだ。そんな時代錯誤なささやきが交わされるのも彼らの動揺振りを表していたのかも知れない。
 この日本刀は父が日本将校からもらったものだ。カーシムが抜いて見せる。旧日本軍とミンダナオ軍との対峙、将校同士の一騎打ちを語る。うむ、大佐の父君も武人でござるな。男の美学をお持ちのようだ。カーシムが刀を差し出す。拝見、常男はハンカチを咥え、白刃を見つめる。やがて鞘に納めると匂いと言い見事な一振りでござるな。恐れ入ります、カーシムも一礼して刀を受取る。


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