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作品名:続 椰子の風に吹かれて 作者:佐々木 三郎

第6回   捕虜収容島
捕虜収容島

 ハジ議長から来客の知らせが来た。仕事だ、ハジのところに行って来る。ユキが旅支度をする。婿殿お勤めご苦労でござる、常男に陳とカルロスがつづく。お気をつけていってらいませ、ユキ清美マリア梅雲が三つ指をついて送り出す。真知子仕込だ。時代劇のDVDを見せながら日本の作法を教えたのだ。日本の妻は夫の奴隷ではないか、マリアと梅雲。日本の妻の権力は内務、財務、文部、労働、厚生を兼任する総理であり、その他の権力は夫、という力関係です、と清美が反論。真知子とユキがくすくす笑う。
 お母さん、どうしたの。だって清美さんが上手い事を言うものだからねえ、ユキさん。ごめんなさい、笑ってしまって。清美さんの話を解説すると夫の給料はすべて妻が管理するの、つまり生活費の残りから夫に小遣いが支給される訳。夫が稼いだのに?それはね、夫が仕事に集中できるのは私がいるからという自負と自信があるからなの。怖い話をしてあげようか。ええ。

 戦争に負けた日本は食うや食わずの時代があったのよ。主要都市は尽く破壊され餓死下人も20万30万とも、そんな中占領軍の将校は妻と毎夜パーティーにでかけるでしょ、日本のある妻が夫に言ったの。将校風情がめかしこんでいるのに私はこんなモンペ姿、悔しい!夫は何と?その内に連れてってやるからと。どうして女が強いのか、と許細君。わからないけど昔からそうなの。母系社会の伝統かしら、清美が興味を示す。
 それもあるかな、でもね根底には夫婦は一心同体という考えあるの。一心同体、梅雲が質問する。ラトンのベターハーフでしょうか。似ているわね、信頼と尊敬で結ばれているの。女たちの視線が男たちに向けられる。
 男三人顔を見合わせる。(怖い話だな。まったく)カルロスが坂本に電話する。ハジ議長に話がある、俺も一緒に行こう、そうだ、陳と山田さんも一緒だ。じゃあ、三人でリュウジを追いかける。陳と常男が手を合わせる。OKと指を立てながらカルロスはマニラ空港ダバオ行待合で落ち合おう、と二人に告げる。イメルダ、出かける。はい、旦那様。洗面具と着替えだけでよろしいですか。うむ。褌だけは毎日替えてくださいよ。わかっとる。

 イメルダ、許細君、アンジェリカ三つ指をつく。いってらっしゃいませ、お気をつけて。と送り出す。女たちの歓声。やったわね。これで私たちの手の平から出られないわね。キャッキャッと声を上げる。一方では、カルロス殿危ういところをかたじけない、見事な脱出でござった。恐れ入ります山田中尉のご子息にそう言っていただけるとは光栄であります。陳もカルロスの手を握る。我々も連合しなくては女どもの支配下に置かれるな。いかにも、戦略は山田殿、作戦は陳、俺は兵としてそれを実行する。

 客はだいぶ痛めつけられていた。ヘール、サカモト、私をワンビリオンで助けてくれ。わかった、手当をするから口をきくな、Dr Mendel のところに連れて行ってやる。男の手を握ってやる。安心した顔になる。坂本は運転兵の彼女、カーシムの娘に手当をさせる。立ち上がると怒鳴った、カーシムを呼べ。どういうことだ。新米が手加減をせずにやってしまった。それは大佐の責任である。セールこの男反抗的で逃亡しようとした。お前に訊いていない、すっこんでろ。私の責任だ。では大佐腹を切れ。サバイバルナイフで切腹の作法を示す。イエスサー。カーシムは跪くと腹を開ける。ハジが日本刀を持って現れる。介添えは俺がやる。

 まずお前が腹を切れ、坂本は日本刀を取り上げる。俺が首を切ってやる。ハジが正座して腹を開ける。水、坂本は刀を抜くと水を掛ける。白刃がきらめく。待ってください、セール、俺の過失で大佐や議長が何故死ぬのだ。上に立つ者の義務だ、部下の過失に責任を果たさなくてはならない。俺を殺してくれ、議長を死なすな。これは俺と議長とそして大佐との約束だ。お前は約束の当事者ではない。では始めるか。
 ハジがナイフを両手で腹に突き刺そうとした時兵が飛びつく。NO,NO と泣き出す。どけ、坂本が冷たく蹴る。セールお願いだ、許してくれ。俺が悪かった。大佐にも議長にも過失はない。そうか、お前が腹を切れば二人を許そう。兵は腹にナイフを突き立てた瞬間日本刀の鞘が手首を打つ。ナイフが落ちる。その先に少し鮮血が。よし。坂本は衛生兵を呼ぶ。その傷を覚えておけ。

 坂本が木陰のテーブルに着くとセール、ビールを欲するかと運転手が聞く。冷やしてあります。この川エビは今朝とって来たものです。俺のプレゼント。貝とイカなどはみんなからの差入れです。ありがとう。ほかに欲しいものあるか。そうだな、紹興酒、日本酒、ワイン。金ない。パソコン使用料、なんだ少ないな。払っているか。ハジが俺が5000使ったと袋に入れる。カーシムは3000.真面目に払えよこれは俺の金だ。イエスサーみんな払っています。
 この三人は俺の友達、しばらくここにいる。買出しにゆくから案内しろ。護衛の車が前後についてモールにゆく。陳もカルロスも視察になる。常男はミンダナオが初めてなのでものめずらしい様子だ。料理は常男の指導でバギオ風が出される。兵たちにはバギオは憧れの地である。父親が日本軍中尉と尊敬のまなざしをむける。話が日本の妻になる。ハジもカーシムも兵も驚きの声を上げる。逃避行お疲れござった、ここはいつでも匿いの用意をする。かたじけない。3人の逃亡者が礼を述べる。

 翌日、捕虜の傷も移動できる程度と判断されたので収容所に向かう。切腹兵が坂本に礼を言う。こいつ海猿隊出身なんです。そうか、カーシム大佐彼を連れて行きたい。おい、すぐ準備しろ、10分後出発だ。イエスサー。兵士の見送る中、出発。メンデルの診察を受ける。捕虜は外傷だけで内臓には異常はないという。兵の方は消毒して日本製ガーゼを貼る。傷が開かないよう力仕事を控えると2,3日で治ると診断。メンデルしばらく面倒くれるか。精神的に参っているようだ。うなずく。

 捕虜収容所は新しい町になっていた。家々が立ち並び病院も出来ていた。勿論メンデルが院長だが高崎の島にも往診する。バーナード所長が誇らしく案内する。ユリともうまくいっているようだ。生活に落ち着きがある。ところがメンデルは清子に恋焦がれている。新人捕虜の歓迎会というか陳カルロス常男との交歓会が始まった。30名を超えるとにぎやかだ。
 円卓が5脚、飲みながら食いながら席を移動する。メンデルが愚痴り出した。清子とシャルロッテとの愛に悩んでいると言う。お前馬鹿じゃねーか、やってもないのに悩んでもしょうがないだろう。
      お医者様でも 草津の湯でも
アードッコイショ、常男が合いの手を入れる。全員が坂本の草津節を見つめる。
      惚れた病は こりゃ なおりゃせぬよ チョイナ チヨイナ
      惚れた病も 治せば治る アー ドッコイショ
      惚れた女と やりゃ治る  チョイナ チヨイナ
ミスターサカモト、その歌の意味は何か、教えて欲しい。おう、ダヴィッドか。そうだ、やっと会えたな。そうだな、まあ飲め。日本酒を開ける。どうだ。うまい。メンデルお前も飲め。ヤー、ヘール。日本の民謡には深い哲学があるなとダヴィッド。やるとは、なにを。お前それで医者がよく勤まるな、女とやることは決まっているだろう。

 バーナードが清子の写真を見せる。おお、なんと美しい少女だ、無理からぬとダヴィッドが漏らす。次々と写真をみて日本の女はいいなあと感心する。メンデル当たって砕けろだ、だがな、俺にもチャンスはあるのだぞ。ヘールは無理、歳だから。バーナードが茶化す。なんだと、ぶっ殺してやる、愛に年齢も国境もない。まあ、可能性が低いですけど希望を持つことは自由だ。バーナードお前は日本に連れて行かない。それはフェアーでない。戦いにフェアーもあるか。
 浮気はよくない、拙者はこれまでイメルダに操をまもってきた、が、この娘をみてときめく心は如何ともし難い。常男の言に一同感動する。しかし日本男は気が若いな。ダヴィッドいくつだ。70だ。ゲーテは80を過ぎても少女に恋をした。ユダヤ人は爺臭い。人は希望を失って老いる、ですなと常男の援護射撃。ダヴィッド日本人は手強いなとユダヤ人捕虜たち。メンデル、相談料100ドル払え。金がない。お前の悩みの解決方法を処方した安いものだ。それは言える、メンデル貸してやるから払え、長老らしき男が100ドルを渡す。

 収容島を見て回る。捕虜全員が付いてくる。ホールは木造だが音響はいい。オーケストラは無理だな。龍次ピアノ寄付するとカルロスが申し出る。すると捕虜が俺はヴァイオリン、ギター、と言い出す。ここはいい楽器がないぞ、ギターはまあまあがセブで作っている。今度持って来る。若いときから使っているヴァイオリンが弾きたいと捕虜がつぶやく。奥さんか娘さんに持ってきてもらえ。え、いいのか。空港から俺が連れてきて来てやる。案内料高いだろう。女から金はとらない。本当か。
 あのう、大工道具が欲しいのだが手に入るかな、ここの道具はよくない。陳面倒看てやれるか。仕様を書いた注文書をくれ、見積を出すから。男は陳の手を取る。俺はパソコンが欲しい。俺も。バーナード、ランを組んだらどうか、連絡がやり易くなるぞ。そうだ、カーシム大佐いいかな。いいでしょう。私は、枕が欲しい、私を安眠させてくれる。奥さんの手枕か。

 プールは国際規格に則ったもので世界大会も開催できるとバーナードが自慢する。ちょっと泳いでみろ。驚く。飛魚漁で溺れかけた経験が思い出される。水泳の目的は何だ。沈黙。だれか。溺れないこと。そうだ、それが一番だ。初心者用子供用を併設しろ。イエスサー、バーナードが直立。全員50m以上泳げるようにすること。全員ですか。そう言った。お前も含まれる。年寄もいるものですから。火傷をした子は火を怖がる。
溺れたこどもは。水を怖がる。
 一泳ぎしてもよいかな、常男が褌になる。勿論です、誰も泳いだことはありません。ユダヤ人は泳がないのか泳げないのかと坂本が服を脱ぐ。常男が抜き手を切って泳ぎ出す。坂本は平泳ぎでつづく。突然常男が沈んだ。手を上げて助けを求める。坂本は引き返す。何故助けない。あそこは深い、救命具は。ありません。よくできてる。
海援隊とカーシムが叫ぶ。イエスサー。と返事はよいがゆっくり服を脱いで揃える。ドクター。メンデルも落着いて傷口を診断する。ゆっくりなとOK を出す。ではと海援隊ゆっくりと常男に近づく。背後から頭の下に腕を回して歌いだす。オイシャサマデモ クサツニユデモ あーどっこいしょ ホレタヤマイハ こりゃなおりゃせぬよ 坂本にバーナードメンデルが唱和する。ダヴィッドの合図で全員が唱和する。

 ダニロよくやった、さすが海援隊、しかし、何故すぐに助けなかったのだ。溺れるものは恐怖からしがみつくので危険であります。なるほど、弱るのを待ってから近づくのか。意見があれば述べよ。一名の救出はさほどむずかしくありませんが3名となるとむずかしいです。そうだろうな、どうするのだ。ダヴァオ湾のときはペットボトルをあごの下に入れました。すぐ救援隊が助けに来ると告げると2名は本官の指示に従いましたが、若い女は手に負えません。で。髪の毛を掴んで岸まで泳ぎました。彼女か、結婚するのか。来月の予定です。結婚式から一週間の休暇をやろう。
するとミステル坂本の処置は適切であったのか。適切であります。そうか、バーナード所長を救命具不備に付き今日の夕食抜きの処分にする。

 


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