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作品名:続 椰子の風に吹かれて 作者:佐々木 三郎

第3回   清美の子ども生まれる

  第一章 フィリピン暮らし

                  清美の子ども生まれる


 坂本はそわそわしていた。清美の出産を控えて落ち着かない。ユキはバギオ行きの準備を始める。よくできた女だ。清美がマンションの予約をキャンセルされたことはミンダナオにも伝わっていた。さあ、バギオに行きましょ、南海雄はお父さんと旅するの初めてね。お母さん何しに行くのかい。

 お土産持った、忘れ物ない、お父さんね恥ずかしいんだって、おかしいね。新幹線に乗るとユキのファンが集まってくる。まあ家族旅行、いいわねえ。ナミオ将来何になるの。海猿隊。格好いい、私の娘と結婚してくれる。いいわよ、持参金次第で。こんないい男と結婚するなら高いわよ。うちの娘も8ヶ月でこの器量、将来は女優になるわ。貴女の娘が?と周囲が茶化す。

 ユキの会話はマルチである。運転手には、塩崎家をとばして病院へ直行して。潮崎夫人には携帯で、お母さん病院へ直行します、ええ10分ぐらいで着きます。そして坂本には、ディー、お母さん清美に昨日からついているんだって、お父さんお母さんも病院に向かっているそうよ。
 坂本は緊張して声がでない。ねえナミオの時もこんなふうだったの。そうだな、よく覚えていない。うそ、横でうろうろしてたじゃない。といいながら携帯では、あなた支店長としての見解は、今取り込んでいるから明日にして、あなたも将来理事になって生協の基本を決める人よ、自分の考えを出してから相談しなさい。いっぺんに三つぐらいの話は同時処理?

 病院では清美の陣痛が始まっていた。坂本は清美の手を両手で握り締める。あなた、来てくれたの。黙ってうなずく。担当医が説明を始める。母子共に健康で問題はありません、初産は不安緊張が走ります。これは医学では抑えることはできません。我々は全力を尽くしますが、家族の愛情がもっとも大切かと。坂本は美人ドクトーラに会釈する。黒い眼が応える。
山田常男イメルダもやってきた。看護婦が清美に話しかける。あなた幸せね、こんなに多くの人があなたの出産に立ち会ってくれるくれるなんて、元気な赤ちゃんを産むことがあなたの仕事よ。清美が陣痛が頻繁になってくる中で笑う。緊張をほぐすようにユキがヴィデオを取り出す。赤ちゃん誕生を撮影しましょうか。目を丸くする常男。

 テレビに繋ぐと清美の性器が画面に現れる。お産は神聖にして気高い、卑猥な感じなどない。性器が少しずつ大きく開いてゆく。直径10cmと看護婦が告げる。頭が見えてくる。あと一分張りね。塩崎真知子が声援する。胎児は回転しながら外界へと旅立つのだ。ドクトーラが力んでと叫ぶ。この瞬間、母子共に最も危険な状態にある。坂本は強く握り締める。清美は驚くほど強く握り返してきた。母は強し。
 胎児は頭を出すと飛び出してきた。全部露出した時点が出生だ。お湯で洗うと大きな産声を上げる。まあ、お転婆さんね、イメルダが抱き上げる。へその緒を切りますか、と女医が常男に鋏を渡す。へそを巻いて母に赤子を抱かせる。こんな安産は少ないですよ、貴女のお母様に感謝しなさい。

 女の子は清美の胸に抱かれている。新生児を抱いた女ほど美しいものがあろうか。清美よくやった、イメルダに似た美人である。次は男児とすべし。はい、お父さん。これほど幸せな顔があろうか。ねえ、あなた赤ちゃんと私とどっちがきれい。うーん、むずかしいな、両方きれい。当たり前だ、清美婿殿に答えられない質問をするでない。坂本の嬉しそうな顔が全てを語っている。抱いてみる。え、まあ、もう少しして。さあ。なんだな人前で裸の女を抱くのは。まだ一月にもなっていない。
 それはおかしい、生まれた時点が1歳だ。医学的には0歳です。数は1から始まる。医学は間違っている。時間月日年世紀全一からだ。零歳とはなんだ。零年零世紀など聞いたことがない。左様、数え年のほうが正当じゃ。常男も同調する。医師看護婦顔を見合わせ笑いながら去ってゆく。一同頭を下げて見送る。

 名前つけないといけないわね、坂本さんと真知子が声をかける。それは岳父のなさるのでは。実は腹案が御座っての、男ならば明男、女ならば紀和と考えた次第。もっと綺麗な名前にしなさいって言ったのですが言い出したら聞かないものでとイメルダ。この子は際立って美しい。初孫に常男はもう夢中である。山田中尉への想いが込められているのであろう。父の国日本の紀州和歌山への思慕にも似た少年の日々が去来していたのかも知れない。


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