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作品名:続 椰子の風に吹かれて 作者:佐々木 三郎

最終回   塩崎家族

                塩崎 家族


 いつもの顔が塩崎真知子の家に揃った。塩崎家の周りにはユキ、清美、陳、カルロスが家を建てている。いわば、『塩崎家族』を形成している。今回は柳家族、マリオ、白井貴子もいる。おそらく彼らも家を新築して塩崎家族に加わるであろう。坂本を縁とする家族が真知子と新たに縁を結んでゆく。縁は異なもの味なもの 。不可思議、思議あたわず。人智を越えるもの。庭に竹のベッドが並べられる。日本の縁台に似てますな、山田常男が言った。日本各地、とくに四国を土産話がしたくてうずうずしている。あら、坂本さん遅いわね、と真知子が見やる。程なく終わるでしょう、と陳が答える。何が、と言いかけて真知子が笑い出す。戦い済んで日が暮れて、現れるでしょうな、常男は紀和を抱き上げる。柳家族もすぐにうちとけた。真知子の人柄と大家族的雰囲気であろう。坂本の子供たちは庭を走り回っている。異母兄弟姉妹だが父を同じくする何かがあるのだろうか。

 坂本がマニラに降り立つとサングラスに超度派手なワンピースのジャパユキがいた。到着口で坂本を待ち構えていて強烈なキスを浴びせる。日本の旦那を出迎えるジャパユキと周囲には映ったことだろう。セール荷物これだけか、とセヴァスチャンが車に積み込む。南海雄が坂本に抱きつく。おう、南海雄、重くなったな。どちらかと言えばお父ちゃんっ子だ。
 セール、例のポリスパトラだ、空港配属になったのかな。クラクションを鳴らす。バイクが寄ってくる。高速まで300でどうだ、セヴァスチャンが交渉する。近頃パトラうるさくなった、けど、お前たちとは友達だから先導してやる。パトカーの先導ですぐ高速入り口に着いた。坂本がマイルドセブンを2箱ー現地たばこの5倍以上するのをを渡す。にっこり笑って、よい家族旅行をと引返してゆく。
 バギオまで3時間足らず、今では通いなれた感じだ。外国からの観光客が増えた。高速と新幹線が大きい。観光収入だけで借入金の利息は払えるようになった。ユキ節はますます磨きがかかってきた。この国の借入金は国家予算の150年分です。金利を入れると300年以上になります。私たちは高速道路と新幹線を子孫に残します、が、借入金も残します。これは少ない方がいい、いいに決まっています。フィリピーナフィリピーニョがその気になれば50年で返すことができます。できますとも。観光客は神様です。Mabuhay ! 外貨をもたらす愛のエンジェル、心からもてなしましょう。老いも若きも女も男も、北も南も国民一丸となって進みましょう。
 演説とはその気にさせることである。理屈だけでは上手くゆかない。頼まれると気安く演説をぶつ。節はヤギ節、ユキ節か、調は喋喋ハ長調。最近の暮らしぶりはどうです、良くなった、そうでしょう。大統領以下公務員の皆様が国民のため、この国のために日夜粉骨砕身されているからです。わかりますか、日夜ですよ。私は陰でほんの少しだけお手伝いさせていただいてます。それでも光栄です、幸せです。 話が抉れるとユキ議員を呼べとなるようだ。女次郎長、旅烏。人を安心させ和ますものを持っている。難しいことは解らないけどさ、ここはか弱い女の顔を立ててくんなまし、オネガーイ。大統領は私のためにはひと肌もふた肌も脱いでくださるそうですよ。私またの名を緋牡丹お龍と発します。

 バギオに着くと先ず風呂だ。ここの日差しは日本の4倍、2階に水槽を置くだけで湯になる。うわさは日本人に広がる。ディー家族風呂っていいもんね。そうだな、坂本は無邪気にはしゃぐ南海雄を膝に乗せながら迫り来る危険を感じていた。背中を流しながらの点検だ。よし、異常なし。次、南海雄、よーし。湯船で身を伸ばすと落ち着く。南海雄は子供たちの声に飛び出してゆく。ユキはさあてと坂本をベッドに押し倒す。やることやってというのがフィリピンスタイル、こうなれば俎板の鯉焼くなり煮るなり好きにしてくれ。ユキがにっと笑う、ゆっくり料理してあげる。人類が音声を発する以前はかくありなむ。カントの『結婚とは生殖器の共有』との定義は当該男女間の共有からこの国においては複共有もしくは合有に改定されるべきである。坂本の性器は多くの女に共有されているのだ。持分の定めはないから平等となろうか。
   
 ユキさん終わりましたか。はい、お母さん。お疲れ様坂本さん。海外2月ほどいましたから。お母さん、今のは短刀ブスじゃない。単刀直入?なんのこと。ユキ姉さん、お母さんの日本語は『片付けは終わったか、長旅お疲れ様』ということよ、と清美が注釈する。しかし、状況からユキさんのような解釈も不自然ではない、と常男。あら、常男さんそれって私の過失。いやいや、とんでもござらぬ、日本語の解釈は多義ゆえ、いずれかを文脈の中より選ぶことが必要と申しますかな、まあ、笑ってこらえてと言ったところですかな。誤解が翻訳されると大爆笑。女の方が笑い転げる。

 Children look up ! その時坂本が叫んだ。椰子の実だ。頭を直撃すると大人でも危ない。ジャンピンプール!紀和がすべって転ぶ。その上に坂本が覆い被さる。椰子の実が尻にぶつかる。イテー!
 だから言ったじゃないか、椰子の実は採っておかないと、セールに謝りな。セヴァスチャンの妻が怒鳴る。Ser sorry so much! Ok,ok,more most.幸い怪我もなく済んだがなあ。将来紀和がミスユニヴァースに出るとしたら日本が良いかフィリピンが良いか。両方OK、問題ない。ところが両方とも問題があるんだなあセヴァスチャン、水着審査がある、紀和の肌に痣ができていたら大きな減点となる。水の中で考えろ。謝っているのに、セ−ル。謝って済むならお巡りさんがいるかとプールに突き落とす。子供たち、こいつをカワイガッテやれ。おもちゃを与えられた子犬ようにセバスチャンを水に沈める。それにしても子供に泳ぎを教えておいてよかった、水を恐れないだけでも大きい。
 あの男は子供のため女のために命を懸けることができる。あの純粋さ直向さが女の子宮の機微をゆするのだろう、陳は説明しながら坂本との出会い、その後のことを思い出していた。今の彼に逆らうこと能わず。この地にはココナツの栽培になれた者が少のう御座いますれば、なんだあ、椰子の方が落ちるのを遠慮するのか清美。いえ、決してそのような、申し訳ございませぬ。母親というものは子供の周囲に危険はないか、四六時中気を配るものじゃないかえ、オキヨサン、坂本の語気に周囲も気押される。紀和は成年して父親の睾丸の柔らかさをあの時感じたと清美に漏らした。原体験として記憶に残ったのであろうか。

  

 マリオ白井貴子の披露宴が始まる。結婚式にはカルロス一家、親代わりの柳夫妻が出席した。柳から式の報告がなされる。新婚さんは自分たちが一番幸せと思っているようだが、白井貴子のそれは格別であった。マリオも偽りの愛が真実の愛に変わったと体全体で表している。陳志明の撮ったビデオが映される。祝福を受ける喜びに貴子はうち震えていた。そして語った。私、このような幸せを持てるとは思いもしませんでした。今はそれを失うことが怖いのです。マリオがキスをする。ありがとう。贅沢な願いですが、父母に見せたかったです。貴子の頬を涙が伝う。今すぐ呼びなさい、どこですか、空港は、陳が叫ぶ。関空、セブパシフィックに行くように言いなさい、パスポートだけでOKあるよ。ユキが陳の日本語を翻訳すると、カルロスが我娘貴子の両親は、我家の親戚だ、出しゃばるな陳、フィリピンエアーラインだ。何ゆうかご祝儀あるよ。まあまあ、空港に着いたらどちらの便がいいか決めたらいいじゃないですか、と柳が仲裁する。それはそうだ、関空から4時間、マニラから3時間夕方には着くあるよ。フィリピンエアラインなら3時間半だ。便数が少ないあるね。親父、皆さん笑っているぞ、年甲斐もない。 陳志明がたしなめる。そうだな。
 花嫁さん、スピーチを続けてください、と陳志明がカメラを向ける。私が塩崎家族に加えていただけると聞いて、私の過去を告白します。今の幸福を失うことは怖いですが、みなさまに私を知っていただきたいのです。これはけじめです。私はかつて坂本さんに仇なしました。なーに、実害はなかった。ある日、母が私に乗り移ったのです。清美さんのおかげです。貴子の告白は簡潔でむだがなかった。すでに調べられていたことだが本人の口から聴くと胸が熱くなる。なら、親友のアンヘンリーを呼んだら、いいでしょ、坂本さん。そうですね、この国の披露宴は三日三晩続くから明日着いても大丈夫だ。ありがとうございます、貴子が深々と頭を下げる。マリオ私を嫌いにならない?ならないさ。嬉しい。

 白井夫妻が到着したのは7時過ぎだ。お母さん!貴子おめでとう、よかったね。ありがとう。お父さん。おお、我娘ながら綺麗な花嫁や、ほんま。ありがとうお父さん。一通りの挨拶が終わると常男が改めて乾杯してはと声をかける。そうしましょう。では、乾杯の音頭を塩崎殿。あら、山田さん、貴方よ、言い出しべなんだから。山田さんに決定、柳が言う。されば僭越ながら御指名により、ううん、新郎新婦、ご両家、並びに塩崎家族の皆様のご健勝ご幸福と益々のご繁栄を祈念しまして、乾杯!かんぱーい。白井殿駆け付け三杯召されよ。おおきに、いただきます。そや、山田はんに”生一本”持ってきました。おおー、かたじけない。なまいっぽん、あるか。おのーの方、御裾わけ致す故、しばし待たれよ。一升瓶を持ち上げて見せる。盃が足りないわね、なんの、銘酒器を選ばず、では。五臓六腑蘇るあるね。さあさ皆の衆祝い酒なれば、重ねられよ。本当に美味しゅうございますこと。塩崎殿、召されよ、今宵は祝言なれば。そうですか、ではもう一口。

 白井夫妻のために結婚式の映像が改めて映される。涙する二人。カルロスが注ぎにくる、ようこそ起こしやす。へえ、おおきに、財閥の頭領に注いでいただくのとは。何いうか、お前は社長だろう。貴子はお母さんより綺麗だ。清美が通訳する。カルロス、とアンジェリータが窘める。失礼、母綺麗娘綺麗、スペインの諺。おそれいります。不束な娘ですが。ノウ、貴子最高、息子幸せ。それでは、宴たけなわですが、新郎新婦には休憩を取っていただきましょう、新婚さんお仕事がお有りでしょうから。お母さんスケベ。左様、今宵は初夜なれば新郎新婦、なおいっそう奮励すべし。頑張って!何頑張るのや。あほやな決まってるがな。

    色談議ー愛欲理論完成か

 新婚さん、寝所へ。でも、不思議な縁ですがな、こうして皆さんとお目にかかれるのも。えん?清美がカルロスに通訳する。そうだ、リュウジが現れてからだ、我々の運命を変えたのだ。最初にものにしたのは私、とマリア。ふん。なにさ、お母さんの2階でシーツ汚して。ユキよせよ。私は2番、と梅雲。多分ね。でも回数が多いのは私。あのー、なんのことですやろ?あれやない、鈍いなあ。ほなって、わからんのに。まあ、回数は坂本さんのみが知ることね、犯人しか知り得ない事実、本人に聞いたら。お母さんのいうとおりよ、どうなのよ、ユキが引き取る。記憶にございません。覚えてない、あれは遊びなの。まあまあ、聞くのは野暮と言うものでござろう。それはそうね、私余計なこと言いましたか。なんの、ただ、彼も若くない、精一杯任務を遂行していること、ご検察されたい。それもそうね。
 でもユキさん、これだけいい男が揃っているのに、私の相手してくれないかしら。お母さん、それ不倫よ。不倫でも、いい、あのめくるめく思いをもう一度。お母さん酔ってるの。性は神聖にして神秘なもの、人知を超えるものがあるのでしょう。そうなの柳さん、今夜一夜でいいわ。お母さん奥様に叱られますよとユキ。塩崎さん一晩ぐらいなら貸しますよ。本当ですか。
 アンジェリータはリュウジの一番槍を最初にものにしたのは私とにんまり笑っていた。マジソン郡の橋はダウンロードして繰り返しみている。許細君はあなたたちに坂本の本当の味がわかるのはもう少し先ね、と思っていた。すると躰の奥が濡れてきて思わず下を向く。あれは地震だ、そうよ、揺すぶられる程に広がってゆく快感、そして津波が押し寄せてくる、下から突き上げられると宙をさ迷うのよ。
 許細君が渇きを覚えてビールを飲もうとするとアンジェリータがジョッキを持ち上げて乾杯のポーズ。私たち義姉妹ね。そうね、こうして無言で会話ができるわ。これからも仲良く行きましょうね。人類が言葉を発するのは大勢に伝えるためじゃない?そうね、気が合うと言葉は要らないわね。それは無意の世界でないでしょうか。驚いて二人は清美をみる。清美もジョッキを軽く持ち上げる。無言の会話でも意思は伝わる、これテレパシー?では三人で乾杯!今度じっくり語り合いましょ。

 ははあ、分かってきた、あれやろ、新婚さんに刺激されて、昔を思い出してんや。あほやな、さっきからずうーと、この話やないの。そうかあ。そうや。しかし、ここは性の先進国ですな、日本ではこう明けっ広げには話せませんなと柳。ほんまや、聴いてるだけでなんや恥ずかしいになりますがな。なに言うてんの結構ひつこい癖して。阿呆、人様の前ではしたない。すんません。白井殿も決めるところはきめますなあ。いやあ、尻に敷かれぱなしですわ。それは何処も同じでござるよ。うちはそんことありません、イメルダがピシャリという。それが嬶殿下の典型じゃ。そうですかー。

 基本的に稲作民族はかかあ天下、母系社会ですなあ、これは坂本さんのお考えですが、私も研究してみました。柳さんって、学究肌ね。お母さん、休んだら。なにをおっしゃる御ユキさん、この講義聴かずしていかに眠ることできようか。そう言われますと胸ときめくを禁じ得ません。陳がウエイティングのサインを送る。これははしたないことを申しました。あとが怖いわよ、ね、奥さん。そうですねえ、何と申しましょうか近くて遠きは男女の縁、遠くて近くもまたなんでしょうか。
 一夫一婦制は比較的新しいのではないでしょうか、原始共同体では雑婚であったとの報告もあります。清美さん、それって誰とやってもいいってこと?まあ、そうですけど、嫌だ、ユキ姉さん、私、恥ずかしい。ごめん、話の腰を折って、でも面白そう。そうね、つづけて清美さん、私も聴きたい。女たちが耳を傾ける。私有財産制が確立してくると相続が問題となりますから嫡出子を明らかにする必要が出てきます、そのための一夫一婦制でしょう、処女が問題とされるのも相続のためです。なるほどねえ、學がある人は言うことが違うわね。
でもさ、犬のオスなんかやりっぱなしだけど自分の子供はちゃんとわかっているわ。そうね雄ライオンも自分の子供は襲わないわね。あのう、それは私には難し過ぎます。ごめんなさい、そんなつもりじゃないのよ、清美さんの話聴いてるといろんなことが浮かんでくるの。私もよ。
 ということは、やりたい時にやりたい相手とやっていたのね、その昔は。swapping 交換ですな。どちらが。もちろん女が。けど相手の男にも拒む権利はあったんちゃいます。そりゃそうよ、惚れ合って結ばれても嫌になることも、だからさ、今みたいに結婚相手としかやってはいけないとか、むつかしいこと言わなかったのよ。でも拒んだ男は永久追放ね。女に恥かかすのは許せない。そう言われるとそうね。
 子供の養育は。母親が中心でしょうけど、共同体でやったと考えられます。父親は仕込みの時だけ必要だったの。いえ、妊娠から3年間は母親が動けませんから父親は必要です。その父親は特定できないでしょう。女には分るんじゃない。いいのよ、交渉をもった男は共犯と看做せば。理論的にはおかしいですが実際はそれに近かったでしょう。子供は部落全体への授かりものだったじゃない。そうですねえ、きっとそうよ。じゃあ、セックスは必ずしも生殖だけじゃなかったわけ?そうよ、だって部族の結束を強める愛情表現でもあるし最大の楽しみだったでしょう。だからさ、やりたい放題の雑婚が最も自然な姿だったのよ。言えてる。

 女三人姦しい、九人ではトリプル、これに貴子とシャハラザードとアンヘンリーが加わったら、数え役満、男たちは傍観傍聴するのみ。しかし、仮に我々が雑婚となれば如何なる関係でしょうな。何、義兄弟、男は皆兄弟あるよ。ギキョウダイ?カルロスと龍治は義兄弟でもある。そうか、じゃあ、俺も許細君とやってもいいのか。どうしてそうなるのだ。しかし、それが現実となるのは数日後のことであった。

少し近未来にタイムスリップしてみるとこんな具合であった。アンジェリータ、ご馳走様、とてもおいしかったわ。それはよろしゅうございました、でも陳さんもすてきだったわ。それは上々、私たち義姉妹の関係がさらに深まりましたわね。ほんに、私若返ったきがするの。まあ、アンジェリータ私もそう感じていたのよ。ククク。
 あのう、お邪魔でなかったら私も入れてください。清美さん、どうぞ、こうして無言で会話できるのは私たちだけのようですから。セックスを重ねると若返るのですか。そうよ、女の艶が増してくるの。そうですか、年齢は関係ないですか。ないのじゃない、ねえ許さん。ええ、そう思いますわ、でも清美さんどうして。実は、話していいかどうか迷っているのです。でも話したいのでしょう。ええ。だったら話して見なさいよ、私たちは口は固いし分別を持っていますわ。
 それでは話しますがここだけの話にしてくださいね。もちろんよ、私たち三人の友情がこわれることはないわ。清美は深呼吸して話し出す。真知子さんと柳さんできたみたいです。本当、成功したの。偉業だわ、愛液は出たのかしら。彼女84才でしょ。それに。何、つづけて清美さん。言っていいかしら。驚かないわ。陳さんとカルロスさんとも。ほう、陳もいいとこあるじゃない、功徳を施したのね。そうね、でも私、真知子を尊敬する、私たちに勇気を与えてくれた、ねえ許さん。そうですね、真知子さんの反応はどうだったのかしら?女の喜びを思い出したそうです。素晴らしい、少し真知子をカラかってみましょうよ。可哀想です。いいのよ、いい思いしたのだから。
 清美の制止を振り切って二人は真知子に近づく。真知子さん、いいことありまして?いえ、別に、どうしてかしら。だって真知子、肌がきれいになって、艶かしくなったからそう思ったのよ。そんなことと真知子は顔を赤らめる。それぐらいにしてあげなさいと清美。あら、お母さん、どうしたの、処女を失った娘みたい。ユキ姉さん、デリカシーがないんだから!ママ、どういうこと。マリアも大人になればわかることよ。梅雲は黙っているが事情を察したようだ。


 志明の協力で処女を卒業したばかりのアンヘンリーは圧倒されていた。貴子、ここのレベルは高いわね、私なんか一年生。私もよ、でも性の奥深さに驚いている。これは考察よりも実践が重要ね。いえてる。貴子は坂本との交わりを夢見ている自分に気づいて驚いた。wind is blowing from the Aege 女は海。
 旦那様私は口軽女でしょうか。そりゃギネスブックものだ、誰でも知りたい話したい、王様の耳はロバの耳だ、それより清美、どうして知り得た。死ぬ死ぬという声がして目を凝らすと真知子さんが柳の膝に乗って首に腕を巻きつけているではありませんか。それは行く行くでなかったか、死ぬ死ぬともいうか、まあいいや、どこで見た?床の中です。お前の部屋のか。私覗き見などしません。そうだな。私は異常者でしょうか。異常ではない、天照大神の末裔でとくに強い超能力があるのだ。そうでしょうか。今度観るときは俺にも教えてくれ、他人の情事は覗いてみたいものだ。まあ。お前も死ぬ死ぬともいうか。紀和が起きてます。なに、構うものか、やりたいときにやるものだ。でも。紀和の性教育だ。
 清美は子宮内で泳ぎ始めた坂本を感じて顔が赤くなる。どうした。なにもと首を振る。(清美さん、あの日本刀は絶品ですよ、私、とろけそうになって声を殺すことができなかったわ。細君、わたしはね、これだわと思ったの、しなやかにして力強い、このまま死ねたらと。何度死んだの。それはもう、数え切れない程。それはようございました、あの名刀で突かれますと宇宙を漂うのでございますよ。あら私もなんですよ、私達肌が合いそうですね、一度お願いしたいですわ。それは是非、同じ思いですわ。清美さん、名刀とは大きさじゃなく切れ味よ、ほかの刀と比べてごらんなさい。そんな。アンジェリータ。あら私としたことが、今のは失言、取り消し。でも新婚さんはからかって見たくなりますわね。でしょう。)


 時を元に戻そう。こちらでは男同士で議論が始まる。子供は。『実の父親に関係なく夫婦の子である』。実の父親が誰であるかは顔を見ればすぐわかる。それはそうだな。この際実の親より育ての親。それでは子供に無責任やないですか。ブータンでは子供ごとにお前の父親は彼と母親が教えるそうだ。そうでなくては、けど親子関係では父親の比重は低いということでしょうな。そうでござるな、妊娠時から母子の関係が始まるのに対して父子関係はものごころついてからですからな。やはり育ての親ということですか。ほかの男の子を自分の子として育てるのは博愛というか、偉いことですがな。実の子でも好きになれないこともあるから左程重要でないかも知れない。
 その結果は。皆義兄弟なれば諍いなし。むべなるかな、されど体力が。ご心配無用体調優れざるときは兄弟が務めてくれようぞ。しかり、で、ローテーションは。成り行きで。どうしてもこれでないととなった場合は。待てば回ってくる、ほかに女がないじゃなし。いや見識だ、永久に手が出ないから独占したがる。日々新たな感動がある。”愛しても愛しても他人の妻 さざんかの宿”は理解されませんな。湯の町エレジーはもっと可哀想、やってまへんが。未遂ですな。技術技能の向上が見込める。そうでんな、独自の技術に他所の技術を加えるとさらに進歩しますがな。
 加えて多数の女と子供を共有できる、まさに言うことなし。けど、稼ぎを増やさないとやらしてくれんのとちゃいます?左様、問題はそれじゃ、されど知恵と努力で乗り越えるが男の道。なるほど、仕事も共同で増収増益を図るんですな、よろしいな。しかし、共同体以外の女に手をだしたら?そりゃ殺されますがな。好ましくないが、神ならぬ生身の体、そのような事態もそうていされますな。男の方が行動半径が大きいから、有りうること、これは新たな難問ですな。
 日本には昔から講という制度があります。売上の一部を貯めておく。新規事業の投資資金として一人が借り受ける、これを講を落とすと言います。借りた者は長期間で返済してゆく。銀行みたいだ。講は日本の銀行の母体になったものも少なくない、しかし、仲間うち、いや、義兄弟なれば担保、利息は取らない。ほう、それは素晴らしい。柳さんは學があるから。いやいや、想像するだに愉快ですなあ。ささ、柳殿、重ねられよ。かたじけない。志明、紹興酒とブランディー取ってこい。3本ずつでいいか。ああ。クーヤ、ひとりじゃ大変だろう。セヴァスチャンを連れて行け、タンドアイ1っ本やれ。
 しかし新規事業となる隣の部落への根回しも大変でしょう。シマを荒らすのですからな、相手は独身でないとまずいかな。そのほうがやりやすいのでは。結納も値が貼りましょうな。当然ですよ、処女でしょうから。それはどうですか、美味いかどうかのほうが大切でしょう。そうだ、処女はすぐ処女でなくなる、ただ、一度だけで、その後は永久に愛を育むのだから性能のほうが重要だ。全員うなづく。カルロスは声を低める。もし女たちにばれたら?追徴金は国税庁をうわまわるでしょうなあ。やはり。新規開拓は苦労多し、されど夢もまた多し。おお、これは至言!陳にしては傑作だ。何いうか、私には詩心があるよ。陳に一杯ツイデヤル。
 新規事業は遺伝学的要請かも知れません。というと柳さん、他の部落も新しい血を求めているということですか。でしょうな。義兄弟の輪が広がることはいいことだ、国際貢献の原点や。おう、これも見識、一杯ついでやれ。 混ざるほど柔和にならむ 血も色も ?? 我が婿は、混血によりて顔付、性格も柔和になると、また、色を混ぜるも同じと申しておるのでござるよ。おお、至言かな。リュウジにも
一杯。赤と緑で黄色かな。取り合わせですべての色をつくることができる。絵の具と光は別とか。いろの三原色と光の三原色だ。人生バラ色女も虹色。女心と秋の空。色にもいろいろ、色の道は奥が深い。ツネオさん堅物かと思ったが。我が愚妻しか知らず、ゆえに道究めんと発心致す。

 翌日の昼過ぎアンヘンリーが到着した。貴子夫婦もやってくる。昼飯を囲んで楽しい時間が過ぎる。雑婚論なると清美が英語で要約をヘンリーと貴子に告げる。マリオは横で笑っている。タカコ、ここにきて残念なことがある、とアンがため息をつく。それは何?今のそれ、雑婚論聞けなかったこと。あら、わたしだって聞いていないわよ。皆さんもう一度やってください。そやけど、貴子、昼間からできますかいな。でも聴きたいお母さん。それよりお前、お仕事は上手くいったんか?それはもう、お陰様で。ならよろし、おめでとう。と言いながらも酒が回ると雑婚論になってゆく。貴子、素晴らしい会話ね、人類にはこういう世界もあるんだ、私も処女卒業したい。誰か奪ってください。座が静まる。
 難しいはね、彼、陳志明は独身、そして彼、Mr坂本は雑婚の実践者、この二人を私はノミネートするわ。サンキューマム。またまた、問題発生、やれやれ、この色談議はいつ果てるとも知れない。

    The beautiful Swimmer Takako Shirai Anne Henry

披露宴が終わった翌日、シャングリラホテルのプールに白い水着の貴子とライトブルーの水着のアンがいた。その美しい肢体に周りの目が注がれる。二人は滑るように泳ぎ始める。その泳ぎに感嘆のこえが上がる。貴子は全国大会入賞、アンはオリンピック選考会参加の経歴がある。既に10年以上も前のことだが身体は水中の記憶をすぐに取り戻す。アンが水を蹴って泳ぐと貴子も負けじと飛ばす。
 プールサイドでは賭けが始まる。マネージャーを呼べ。白に5ドル。ブルーに10ドル。二つ質問します。何を賭けるのですか。どっちが美人かだ。いやどちらが速いかだ。それじゃ、賭けにならん。両方にされたら。いい考えだ。最初は美人コンテスト、審査は。そうだな、うーん、参加者の記名投票。いいだろう。競泳は任せていただけますか。委せる。早速投票用紙が配られる。配当は掛金総額を按分。白い用紙にはJapan青い用紙にBritishと書かれてある。マネージャーは二人近づく。100m競泳に勝った方にアイスクリームをオレンジジュースをおふた方に差し上げますがいかがでしょう。いいわよ、ね、貴子。OKよ。では準備してください。ただ今から日英対抗100m競泳を行いますのでプールを空けてくださるようお願いします。白Japan、青British。おー、歓声があがる。
 ピストルを持った審判員がレディーと声をかける。貴子はスタート良く飛び出し1mリード。50のターンで少し差が開く。しかしアンの追い上げも激しい。残り10で頭一つ。貴子も懸命に振り切りを図る。プールサイドは総立ち、大声援。タッチは?アンの手が持ち上げられる。貴子が猛然と抗議、ビデオを見せろと迫る。
 日本人が抗議するのは珍しいな。ホントだ。見事な英語だな。ああ。ビデオは貴子が早いように見える。審判が私はこの角度から見ていたから私が正しいと説明する。私は水中で見ていた、スイマーならこれくらいの差は分かる、あのカメラは不良品かと迫る。私が審判である。貴子は彼を睨みつける。
 判定は覆らなかった。もう一回。OK! 号令一発。今度も貴子の選考、アンの追い上げ。素晴らしいレースだ。オリンピックなみだ。まったく、行けー。今度はトントンぐらいのタッチの差でアンが勝った。貴子がアンを祝福する。水から上がるとマリオがバスタオルを貴子に掛ける。陳志明がアンに。拍手が贈られる。
 タッチの差で優劣を決めるのはおかしい、掛け金を賞金として全額彼女たちにやれと一人が叫ぶ。さらに大きな拍手。ではそうしますとマネージャーが告げる。これは競泳の賞金です。アンに渡される。これはビュティーコンテストの賞金です。貴子に渡される。聞いていないわ。でも全員がそう望んでいる。そう、嬉しいわ、これを児童養護施設に寄付させていただくわ。私もとアン。清美が呼ばれる。ありがとうございます、これを子供たちのために有意義に使わせていただきます、と礼をいう。拍手。

 いいレースだったな。今日はいい日だ。晴れやかな気分だ。両方素晴らしかった。彼女たち?コンテストもだ。インテリの色気がある。そう。見れば見るほどイイ女。だよな。あれで締め上げられたら昇天するな。昇天してみたい。サンタマリア。そんな会話が交わされていた。貴子にもアイスクリームが出される。これはホテルの奢りです。まあ、うれしい。ジュースはマリオと陳志明が飲んでいる。
 そこに水着姿の塩崎真知子が現れる。水に浸かると見事な抜き手を見せる。オウ、ジャパニーズスタイル。美しい。いくつくらいかな。70過ぎか。聞いてこい。マネージャーがマイクを持って近づく。マム、泳ぎがお上手ですね、と声をかける。子供のころから泳いでいるからね。すると何年ぐらいですか。80年余って。本当ですか、セクシーですね。あと30才若ければ私も参加していたけど。どちらにですか。両方。大喝采。
 南海雄がプールに飛び込む。50mを泳ぎ切った。ほうっとため息が漏れる。モニカ、碧渓も続く。いくつだ。3才位かな。日本人か。みたいだ。紀和も中に入ると清美を慌てさす。真知子が飛び込んでまつ。足からと思いきや、紀和は頭から見事なジャンプで真知子の肩に捕まる。あしこまでと真知子がプールサイドを指差す。紀和がクロールで進む。力抜いて、腕を延ばして、上手よ、真知子の声がついて行く。彼女いくつだ。2才だって。本当か。子供四人が50mに挑戦。母親はうろたえる。貴子とアンが両サイドから見守る。後ろから真知子が歌う。
 村の渡しの船頭山は 今年60のお爺さん 年はとってもおふねを漕ぐ時にゃ 元気いっぱい櫓がしなる それギッチラギッチラ ギチラコー。南海雄はペースを落として周り気を配る。ゆっくりでいいのよ、貴子が声を掛ける。腕を前に延ばして、耳に付けてー、アンもコーチする。25を超える。half。それギッチラギッチラ ギチラコー。アンもここだけは真知子に唱和する。するとプールサイドも続く。声援は子供たちを後押しする。”人は他人が自分をどのように見ているかを知りたがる動物だ”とはよくいったものだ。子供たちの完泳をプールサイドも我が子とのように喜ぶ。
 歌詞の意味をマネージャーが尋ねる。真知子の英語に拍手が起こる。フィリピン人に泳げる者は少ない。メディアが飛びつく。水泳の必要性を訴える番組を制作。ヴィデオのコピーを求める。貴子アン真知子にも、子供の親にも。しばらく経ってテレビ番組をを見たミンダナオの海猿隊の校長が、彼は12年後にわが校に入学するでしょうと南海雄を賞賛した。

    ミスユニヴァース

 清美はその時、その卵がお前を救ったのだよと紀和に諭した。知っている、上からココナッツ落ちてきた。父は命懸で私を助けた。そうだよ、お前のお父さんはいい男。お母さんもいい女、娘はもっともっといい女、ミスユニヴァース。これを聞きつけたマリア、モニカ、アナヤお前たちは天才音楽家にしてミスワールドだよ。梅雲も負けじと、碧渓、碧谷お前たちはミスインターナショナル、お前は西施の生まれ変わりだよ。女の美への執着に年齢なし、血筋関係なし。母親たちは募集要項を取り寄せる。親馬鹿とは、このことだ。
 張り合いながらもマリアは子供たちにヴァイオリンを、梅雲は書画を、清美は勉強を、そしてユキは人の心を教える。女の子は母に似てミスユニバースは身体だけでなく教養知識も必要と聞いて頑張る。南海雄はお付き合い程度。でも父親が喜ぶのでそこそこ頑張っている。ユキは歯痒そうだ。いいんだ、南海雄には目標がある。好きならやらしてやれ、強制はするな。坂本がかばう。日本語は南海雄が一番上手い、接する機会が多いからだろう。ほかの子供には日本の唱歌を聴かしている。耳がなれるだろうと思うのだ。やはり母国語は母親のそれだ。坂本は、こういう場合日本語でどういうのと母子から毎日のようにきかれる。すぐさま日本語が出てこないことがある。ヴィサヤ語で話すだけでなく考えるようになっているのだ。英語は語彙の補充といったところ。
 子供は音楽、書画、学問を語学として捉えているようだ。モニカとアナヤはマリアの旋律をそのまま弾いてみせる。あるときモニカの音程リズムがおかしいことに気づいた。坂本が弾いた曲をそのまま再現しているのだ。 マリア、俺は音痴だからモニカの前では弾かない。大丈夫、私が修正するから。そうか、音痴は治らないか。でもすごくいい音楽性がある、それはモニカにも引き継がれているわ。そうかい、坂本はニヤニヤしながら席を外す。カルロス夫妻にモニカとアヤナのヴァイオリンを聴いてみる。いいんじゃない、マリアにそっくりですよ、音の捉え方もしっかりしているし。それは良かった、俺に似なくて。どこか東洋的響きもあるな、モニカ、アヤナでないと出せないものだ。そうですね、彼女の個性よ。そうですか、と嬉しそうに出てゆく。なんだ、あれは。子供が褒められると嬉しいものですよ。


    南海雄の放物線

 雨乞理論が紹介されっると一雨欲しいですねとイメルダが嘆く。まったくだ、もう50日も振っていない、ユキさんの裸体を堪能しただろうに。常男さん、どういうことですか、私セクシーじゃないのですか。滅相も無い、これ程の妖艶なる女性は世界広と言えども、会えるものではない。ようえん?魅力的で色っぽいという意味だ。じゃあ、なんで雨ふらない。大きな声を出すな。雨の神にも女の裸身を好むタイプと男根を好むタイプがあるのではないでしょうか、柳が助け舟を漕ぎ出す。当地のような山国では後者の方と考えるとすべて説明がつきます。むしろ、美しい女に嫉妬するのでしょうな。ユキの顔がほころぶ。ここの山の神は男根タイプでしょう。バナウエでは、あれは坂本さんとセヴァスチャンとの放水が驟雨を呼んだのでしょうか、真知子が合いの手を入れる。そういうことになりましょうかの。

 では、男は全員放水してもらいましょう、とイメルダが叫ぶ。お父様バナウエは後ろの方角。テラスに並んで放水するのがよくてよ。え。マリアの言うとおりだわ。そう、オペラグラスどこにしまったかしら。いやだお母さん。カルロスのテラスは塩崎家から見上げる感じだ。男が坂本、柳、陳父子、カルロス、マリオ、常男、セヴァスチャンの8名、舞台に昇る。お母さんハンカチ振って。そうね、では、用意、始め!と白いハンカチが振られる。放水器もいろいろ、放物線もいろいろ。消防車の出初に劣らぬ勢いがあった。女たちはため息交じりで見惚れる。放水完了後間もなく稲妻が光って大きな雲は浮かび上がる。あれは受け付ましたという合図。するともうじき雨が降り出すかえ、清美。はい、程なく。ということは場所を移動しないといけないわね。そうね、料理を持ち寄る。それがいい。女たちは会話と行動が同時に進行する。
 カルロス食堂に場所を移す。ご婦人方も放水されては。それはいい、拝謁賜りたい。柳さん、ご照覧いただくのは砂漠にしたいと思いますの。本日は皆様の奮闘の成果を見届けましょう。そうね、舟から運河に、それとも橋に並んで一斉に。でもさこの大学お城みたいに綺麗ね。マリア、こんどヴァレンシアに皆さんをお招きしますからついでに運河と大学を観てきましょう。でも運河が溢れないかしら。どうして。私たちの究極の美に雨の神が随喜の涙を流す。あり得るわね。一人ずつにしないと洪水になるかも。でも順番どうするの。誰の発言か、それがどう評価されたのか、結論はどうなったのか、男には到底理解できないおんなの会話である。常男はバナウエからの知らせを待つ。『雨脚は激しさを増しつ』のメールは回覧される。棚田も助かるわね。
 南海雄がテラスに出る。坂本とユキは心配そうに見遣る。やにわにパンツを脱ぎ捨て放水する。その高度は身長の2倍に達した。その放物線は宇宙ロケットのごとく見事である。男たちから嘆声がもれる。坂本は南海雄を抱きしめて頭にキスをする。誇らしげな南海雄。坂本の眼に涙。稲妻はバギオ全体を照らし出す。そして力強い雷鳴が響いてきた。 
   
仏の御手に 抱かれて

坂本はヘンリーウイリアムとの次回対決の準備をしていた。基本的に砂漠の神は、人間をだめなものとして罰することしかできない。無能な指導者は叱ることしかできない。人間は、教えて誉めてやって見せねば育たない。お前たちの神は指導力がない、経営努力が足りない。研鑽が必要だ。芥川龍之介の蜘蛛の糸を読んでみろ。これを読むと、仏様でも救えない人間がいる、と悲しげなお顔が印象的だ。基本的に人間を罰するか救おうとするかとでは雲泥、天地、恒星惑星以上の違いがある。格が違う。砂漠の神も一度仏門に入って修行したらどうだ。

瑠璃の花園 珊瑚の宮古い伝えの 竹生島仏の御手に 抱かれて眠れ乙女子 安らけく

 このような心境は蛮人には理解できまい。神を冒涜する者に天の炎を。おろかな奴ほど真実を認めたがらない、死んでもらうしかないか。水は方円の器にしたがう、液体にも気体にも固体にもなる。うん、砂漠の民は頭が固いのだ。ふと見つけた詩、これはいい詩だ。奴に朗読させるか。そこへ清美が茶を運んでくる。紀和が坂本の膝に座る。


まど みちお100歳の詩人 アんデルセン賞受賞、おお、なんと素晴らしい。『人は永く生きるだけで尊敬されなければならい。そうでない社会は間違っている。』どうだこの理論は。いけてます。そうか、清美読んでみろ。はい。

『せんねん まんねん』

いつかのっぽのヤシの木になるために
そのヤシのみが地べたに落ちる
その地ひびきでミミズがとびだす
そのミミズをヘビがのむ
そのヘビをワニがのむ
そのワニを川がのむ
その川の岸ののっぽのヤシの木の中を
昇っていくのは
今まで土の中でうたっていた清水
その清水は昇って昇って昇りつめて
ヤシのみのなかで眠る

その眠りが夢でいっぱいになると
いつかのっぽのヤシの木になるために
そのヤシのみが地べたに落ちる
その地ひびきでミミズがとびだす
そのミミズをヘビがのむ
そのヘビをワニがのむ
そのワニを川がのむ
その川の岸に
まだ人がやって来なかったころの
はるなつあきふゆ はるなつあきふゆの
ながいみじかい せんねんまんねん


『水は うたいます』

水は うたいます
川を はしりながら

海になる日の びょうびょうを
海だった日の びょうびょうを

雲になる日の ゆうゆうを
雲だった日の ゆうゆうを

雨になる日の ざんざかを
雨だった日の ざんざかを

虹になる日の やっほーを
虹だった日の やっほーを

雪や氷になる日の こんこんこんこんを
雪や氷だった日の こんこんこんこんを

水は うたいます
川を はしりながら

川であるいまの どんどこを
水である自分の えいえんを

何か子供の頃の世界が広がっていますね。そうか、清美は感性が豊かだからな、紀和に毎日聞かせてやれ。そうします。でも一度あなたが聴かせてやって。よし、紀和おとうさんが読んでやるからな。はーい。坂本が読み始める。紀和が目をかがやかす。清美が父と娘をみつめる。なんという詩かな、常男とイメルダ、花南が入って来る。Biyo Biyo . びょうびょうYappou Yappou.やっほー。まあ、紀和耳がいいのね、花南がほめる。どんどこ。おう、紀和は日本語がうまいの、常男が抱き上げる。お父さんの膝の上なのにとイメルダがたしなめる。そうじゃのう。いいんですよ、紀和はお祖父さん子だから、坂本もそう言わざる得ない。



 来るか。はい。清美が紀和を布団の端に移す。川の字が変形する。人類が平和に暮らせるようになる日はくるだろうか。来ます、あなたはそのために戦っています。しかし、未だに奴らの正体すらわからない、とてつもなくでかいのを相手にしている気がする。この幸せを犠牲にしてまで戦う意味はあるのだろうか。徳川家康は三河の領地を通って京に進軍する2万の武田軍に数百の手勢で切り込んだではありませんか。黙って通す訳にはいかない、そのことが大切だったのでしょう。そうだな。日本は戦争には敗れましたが、アジアを植民地から多くの国を開放した。ああ、それは山田中尉もご存知だっただろう、俺はそう思う。そうでしょうね。負ける戦も逃げる訳にいかない時がある。日米開戦前、永野修身は 、”戦わざれば亡国と政府は判断されたが、戦うもまた亡国につながる­やもしれぬ。しかし、戦わずして国亡びた場合は魂まで失った真の­亡国である。” と言っています。彼はハーバード大学に留学したんだろ。ええ。高知の出か、太平洋の荒波で育った男はスケールが大きいのう、真の亡国か、そうだなあ。戦争の勝敗よりも戦争の目的を達成したか否かの方が重要でないでしょうか。そうだ、勝敗よりも達成だ、そう言って坂本は清美を抱き寄せる。

 あ、っと小さな声を上げるが好きな男に求められると身体が反応する。清美は攻められつづけられたがそれは至福をもたらす。もうだめ、と清美は無条件降伏を受け入れたとき新たな命を身ごもったことを確信した。坂本隊は全員玉砕して果てた。清美は薄れゆく意識の中で、坂本と話していた。貴方の目的は子供でしょう、できました。そうか、俺にもできるのだ。そうよ、あなた、もう一つの目的も半分は達成しています。え、半分もか。そうです、外堀も内堀も埋まりました、もう時間の問題です、やがて本丸に火の手がが上がるでしょう。俺の夢が実現するのか、見届けたい。もし、俺が倒れたらお前が見届けてくれ。あなたの任務はまだまだ終わっていませんよ、紀和や生まれてくる子の成長を見届けなくてはならないでしょう。そうだな、今度は男か、名前は常男さんが考えてくれるだろう。祖父があなたにお話したいそうです。えー、山田中尉殿か。

 坂本殿、貴様の夢は自分のいや、人類の夢でもある。光栄であります、中尉殿。貴様の思いは時空を越え、多くの人々の心に届いておる。今や、慌てることはない、石垣を一つ一つ取り崩してゆけばよいのだ。ありがとうございます。貴様と清美には佛のご加護がある、恐れるに足らず、貴様の信じるところを突き進まれよ。は、なおいっそう奮励するであります。武運を祈る。中尉殿、中尉殿、、、。

 清美は坂本を胸に抱く。あなたは誰も成し遂げなかったことをやっているのよ。あなたには多くの人たちの想いが寄せられているのよ。清美、もうだめだ。ふふ、今は停戦戦中、明日は私の方から攻撃するわ。思想は時空を超える、国境を越え、時を超えて広がっていく。俺は、むにゃむにゃ、、、。さあ、お眠りなさい、あなたはよく戦った。ユキ姉さんならどんなふうに戦った、って聞くでしょうね。貴方の弾は子宮に命中したのよ。清美は新しい命を確かめるように自分の腹をさすっていた。

                         続 椰子の風に吹かれて 完


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