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作品名:続 椰子の風に吹かれて 作者:佐々木 三郎

第19回   白井貴子の過去
  第4章 神か悪魔か


    白井貴子の過去

 白井貴子はカルロスの館で幸せな毎日を過ごしていた。マリオに抱かれる歓び、マリオに尽くすよろこび、女の幸せはこれだわと感じ入るのだった。ゴルフ、テニス、水泳とマリオが付き添ってくれる。夢のような生活、ああこの幸せ、いつまでもつづくなら何もいらない、貴子は生まれて初めて味わう幸福感に浸っていた。マリオはやさしい。しかもスペインの情熱も持っている。火照る身体でプールに跳び込む。愛の交わりの余韻が残っている。水中に身を沈めると見も心も自由になる。私は自由だと叫ぶ。そして泳ぎ始める。プールを何度か往復しているとマリオの横に白人の女が座っているのが眼に入る。貴子は動揺した。気付かぬ振りで泳ぎ続ける。マリオの新しい女か昔の恋人か。5分ほど泳いでからマリオのテーブルに向かう。女は立ち上がりながら横目に貴子を見た。一瞬二人の眼が合った。マリオはバスタオルを貴子に架けると何か飲むとにっこり微笑む。貴子は笑いながらジュースをねだる。二人とも女のことは口に出さない。やがてマリオがプールに跳び込む。女の姿はなかった。

 カルロス一家が日本から帰って来るのでマリオは貴子を連れてバギオに向かう。スポーツカーを飛ばすマリオは今時の若者だ。その腕はA級ライセンス、高速を突っ走るスピードが貴子に心地よい。そうマリオの傍にいると心地よいのだ、貴子は自分にいう。マリオは少しいかれてるようだが、なかなかどうして頭も切れる、そつがない、名門を鼻にかけない、好きよ。なんだい。いいの。日本の女神秘的。魅力的。ああ、とても。3時間でバギオに到着。ベランダに出る。まあ、きれい、日本みたい。ここは避暑地、雪が降ったこともある。うそ、南の島に。マリオー。はーい、お母さんこんにちは。一人なの。いえ、二人です。そうね、今晩夕食にいらっしゃい。ありがとうございます1時間ごにいきます。じゃあね。ではまた。日本語できるの。貴子と愛を語るために勉強した。うれしいわ、とマリオの胸に顔を寄せる。セヴァスチャンがセール、何か用事あるかと声をかける。ある、我々を邪魔しないこと、わかったか、この野暮野郎。

 二人はシャワーを浴びて塩崎真知子を訪ねる。お帰りなさい、どうだった、日本は。いい国でした、とくに女がいい。それで彼女を連れて帰ったの。そうです。やるじゃない。白井貴子と申します。よくいらっしゃいました。さあ、始めましょう、ここの牛肉は日本人が育てているからいけるのよ。真知子は手際よくすき焼きを盛り付ける。みなさんは。それぞれに日本を楽しんでいます、カルロス一家は白神、陳一家は横浜で買物、ツネオとカナは四国、清美は東京。それはよかった、乾杯しましょう。乾杯。セール、日本の土産ないか。お前は来るな、ひっこでいろセバスチャン。お土産貰ったらすぐ買える。そうだ、梅干と磯のり買って来ましたと貴子が差し出す。まあ嬉しい。俺日本酒がいい。ない、早く帰れ。これどうかしら、LEDライトのキーホルダー、よろしかったらどうぞ。タンキューヴェリービッグ。貴女は女優か、とても美しい。クククと貴子が笑う。ウエヲ モーイテ アルコウー、ナミダガ コボレナイヨウーニと歌いながら帰ってゆく。
 すきやきソング。坂本九ちゃんね、そういえば坂本さんは。相変わらず飛び回っているようです、どこかの国に行きました。貴子は坂本と聞いて眩暈がした。どうした、とマリオが抱きかかえる。ちょっと、疲れたのね。タカコ、横になりなさい。大丈夫です。この国の環境に慣れるには時間がかかるの。本当に大丈夫です。そう、遠慮しないでね。マリオが頭の髪にキスをする。ありがとう、善くなったわ。彼女をどうやってものにしたの。横浜でナンパした。ナンパ?お茶に誘われました。常套手段ね、でもいい男よ、マリオ。はい。love love? お母さん、Amore amore! お熱いのね。幸せです。そう。貴子は久しぶりの日本料理で食欲が出てきた。塩崎真知子のもてなしにすっかりくつろいでいる。すき焼きを取皿にとってマリオに嬉しそうに給仕する。

 塩崎真知子には人の心を開かせるものがあるのだろう。白井貴子は今の幸せを話したいのだ、聴いて欲しいのだ。白井さん御国は。奈良です、奈良女子大で数学を勉強しようと思ったのですが。政治学に興味を持ってコロンビア大学に留学した、とマリオが引き継ぐ。"in thy light shall we see light"(我らは汝の光によりて光を見ん)だったかしら。まあ、よくご存知。真知子のご主人が外交官をされていたのだ。そうですか。いいキャンパスね、音楽ホールでコープランを聴いたわ。そうでしたか、真知子に甘えたい気持が湧いてきて白井貴子は堰を切ったように話し始めた。あれは大学院受験のときでした。いつしか、日本語から英語になっていた。


 ある日、美しいイギリス女性が貴子に話しかけてきた。そのクィーンイングリシュには知性と教養が溢れていた。私アン ヘンリー、オクスフォードで英文学を勉強していて法律と政治に興味を持ったの、貴女は。日本のおたーさま、おもーさま、に相当する貴族の言葉使い、ビヘイビアー。貴子は警戒を解いた。私は奈良女子大で数学を勉強していたの、貴女はどうして政治に?私はヴェニスの商人を読んでいておかしいと思った、借金の形に胸の肉をとる契約が有効か、また、履行の強制執行で血を流してはならないという判決。なるほど、貴子は一呼吸して言った。胸の肉1ポンド切り取る際出血することは当然のこと、結婚して性交渉を禁じるが如し、契約を公序良俗に反するから無効とすべきであった。そうなのよ!そうよ、タカコ。その判決は、契約を有効としておきながら執行方法に条件をつけるのは二重の誤りね、貴子は論理的だ。アンは貴子の答えに驚嘆する。
 でもシェークスピアほどの作家がこんな誤りを犯すはずがないのでは、アン、隠されたメッセージつまり真意はなんなの。おっしゃるとおりよ、私もその真意を調べたの。で、どうだった。それが貴子、調べるほど疑問が深まるばかりで未だに解らないの。こんなこと訊いてもいい、アン、お父様ヘンリー五世の一族。そうだけど、どうして。彼の名前の作品があるでしょ。そうね、そうか、そして作者の名はWilliam Shakespeare と言いたいのね。なんとなく。でも日本人の貴女が彼に理解があるなんて嬉しい、私は日本文学は読んでないの。
 貴子はアンが政治に興味を持った動機、理由が知りたかった。アンはそれを察してか、文学は今度ゆっくり話しましょ、でも。ちょっとだけいいかしらアン。どうぞ。Anne貴女はアントニオはブリティッシュ、シャーロックはカナンの末裔つまりヴェニス資本と考えているのでしょう。タカコ、どうして?アン、貴女は頭がいいから話だけで貴女の考えが理解できる。ありがとうっていうべきかしら、ブリテッシュに限らずヨーロッパの多くの国が軍事費をまかなうためユダヤからの借金がふくらみ、実質的にはヴェニスに隷属していたのね。英仏戦争も彼らが起こした。すると、胸の肉は国債!(ということは、ドルと同じ手法か、当時のイギリスは公序良俗に反するような契約にも応じるしかなかった、これを無効とすれば国が立ち行かないほど追い詰められていた。あの詭弁の判決もイギリスの苦悩の叫びだったのかも)貴子は興奮をおぼえた。ねえ、タカコじっくり聴いて欲しいから私のアパートに今から来てくれないかしら。ごめん、これからの講義は聴いておきたいの、終わってからなら行くわ。そう、夕食つくって待っているわ、これ住所と携帯。

 アンのアパートは寮生活の貴子にはまぶしかった。家具調度が学生とは思えない。どう、味は。すごく美味しい、貴女の味ね。どういうこと。貴女の人柄が出ている。ありがとう、初めてよ、そんな風に言われたのは、やはり日本は東洋的、神秘的ね。うーん、よく言われるけど私にはわからない、自分のことって意外にわからないのね。言えてる。味に関する言葉どんなのがある。何それ、あまい、からい、しょっぱい、それと、すっぱい。この日本語を英語に置き換えるのはむずかしいけど、苦い、渋い、旨み、こく、など知ってる。知らない、あとで調べるからこれに書いて、そうなんだ、日本は文化水準が高いと聞いているけど。
 それにね、昔、日本では、スペイン人ポルトガル人は南蛮人と、イギリス、フランス、オランダは紅毛人と呼ばれたの。どうして。彼らは南から来た蛮人、髪の毛が赤い人、と考えられたのね。蛮人はひどい。でもさ、臭かったらしいの。本当。本当らしい、でも無理はないわね、日本にはシャワーがなかったから、当時公衆風呂には入れなかったし。どうして。風呂に入るときは女も男もパンツも脱ぐの。そうなんだ、でも男はタダで女の裸が見られた、そうか、彼らは聖職者だったか。と言ってアンがキャッキャと笑う。でも不思議ね、日本の女は人前では肌を見せないのに、風呂は別なのかしら。タカコ、私調べてみるわ。やめてよ、悪趣味。だって文明国で男と女が裸で向き合うのはセックスのときだけでしょう、興味深いテーマよ。じゃあヒントをあげる、日本人にとってスッポンポンで風呂に入らないと入った気がしないの。いまでも。そうよ、ただし、公衆浴場は男女別、もちろん、裸で屋外に出ると猥褻罪で逮捕されるわ。なんだつまらない。明治政府が混浴を禁止したの。どうして、以前はOKだったのでしょう。
 それはアン貴女の研究テーマ、でね、話を戻してと、宣教師がバチカンにレポートを送っているの、それによると『日本人に会う前には身体を良く洗って衣服を変えておくこと、そうしないと日本人は我々を蛮人と呼ぶ』と嘆いている。でもイギリス人は紅毛人ですんだ、良かったわ。基本的に蛮人と見ていた。信じられないわタカコ。文化を比較すれば事実よ、アン。というと日本文化が欧米よりも上だったと?貴女自身で調べてみたら。アンが沈黙する、欧米に勝る文化の存在、ありえないと思いつつ、貴子の話に圧倒されている自分を感じていた。
 アン、今思いついたのだけど植民地主義とヴェニスの商人と関係あるんじゃない、いや、むしろ彼らのシナリオだったのではない。もっと詳しく話してタカコ。怒らないでね、私の勝手な想像なんだから。つづけてタカコ。植民地主義はスペインポルトガルが一番乗り、つづいてオランダ、遅れてイギリス、でもイギリスが一番儲けた。もう一つ、無敵艦隊が簡単に負かされたこと、軍事的なものだけではないでしょう。タカコ、貴女の分析力、凄いわ、つまり、スペインポルトガルの独占からオランダイギリスにも経営参加の機会を与えたということね、彼らの増収増益策だった、うん、いけてる。アンはワインを注いでグラスを持ち上げる。二人で一本あけていた。楽しいわ、タカコとの会話。私も、次のテーマは『何故公序良俗に反する契約をしたのか、させられたのか、何故そんな契約が有効なのか、反故にできないのか』、ね。

 アンはまじまじと貴子をみつめる。いやだわ、そんなにみつめないで。ごめんなさい、貴子は数学が好きだからものごとを論理的に読み解くことができるのね。お友達になって。もうなっているわ。ありがとう。こちらこそ。日本人、とくに貴女は、教養と謙虚さを備えている。褒めすぎよ、でも貴女に褒められると嬉しい。それでねタカコ、当時ヴェニス資本はスペインを初めヨーロッパ諸国を隷属させ、次はイングランド、ウエールズ、スコットランドと販路を拡大していた、つまり仕上げの段階に入っていたのね。United Kings of Britishにしたほうが経営効率がいいからなのね、アン、でもどうやって。同じよタカコ、軍事費を貸し付ける、国債を担保に。じゃあ、アメリカ合衆国も同じ。そう、同じ手法、13州を一まとめにしたほうが管理しやすい、ところが植民地が独自の通貨をすると言い出したから放って置けなくなった。どういうこと。通貨発行はイングランド銀行the Governor and Company of the Bank of Englandに限られるべき聖域だったの。そうなんだ、つまり通貨発行権をめぐる戦争。そう、で、また彼らは一儲け。通貨発行も彼らのそそのかし。多分ね。しかし戦争に持って行くのがうまいわねえ。戦争屋を千年以上つづけて連中だからお手の物よ。貴子はアンの分析に驚く。

 軍事費貸付の国債担保は単純だけど確実よ、紙幣を発行するだけで国債の利息と元本を受け取る。国債を払うのは政府といっても税金つまり国民、ということか、貴子がため息をつく。日本は米国債をどれだけ持たされているのだろうか、年金多くがこれに当てられているはずだ。クェートイラク戦争だけをみても日本国民一人当たり数万円の負担を強いられた。米国の在庫武器の処分のために。タカコ、仮に金利を5%とみても、連中にへつらう投資家ですらは毎年小さな国の国家予算以上の金を手にする勘定よ。連中はその数百倍?多分ね、それ以上かも。また、疑問が出てきた、アン、@何故そんな借り入れをするのかA借金を踏み倒すことはできないのか。
 そこなのよタカコ、私にもわからない点、第1点は、私の想像に過ぎないけどマインドコントロールね、催眠か、権力と富でつる、とか戦争せざるを得ないように仕向ける。第2点は正直解らない、彼らが武力を持っているとは思えないのに。ただ、彼らに逆らった人々は次々と殺されているわ。権力とは武力だけではないのは理解できるけど、人間の心をコントロールすることができるのかしら。政治は宗教の一部だったでしょう、政治が独立するのはそんなに遠い昔ではないから、宗教によるコントロールもあってもおかしくはないかも。でも、たとえばイギリス王室が宗教的にコントロールされているようには見えないけど。理屈、利害以外に人を動かし得るものは何、タカコ、武力で脅す、これは武器を持っていないし、愛情は無縁、すると催眠としか考えら得ない。そうね、人類史上永い間支配し続けた手法はなんなのでしょう、それに、儲けた金は何に使うの、使い道がないでしょう。ひょっとすると、え?貴子がアンの顔をみつめる。人類を家畜のようにするのが目的かも知れない。何のために、彼らは人間じゃないの、異星人、ねえ、アン。そうね、人間とは思えないわね、地球支配を目指すエイリアンかも知れない。

 世界連邦を夢見ていた白井貴子は、国連さえ彼らの1機関であることを知る。国際問題人類共通問題を純粋に扱う世界連邦の夢は遠のいてゆく。しかし、アン ヘンリーとの出会いで研究に一層情熱を傾けることができた。ほとんど毎週二人は熱く語り合った。アンのテーマはUKとUSAとの比較によってかれらの国家乗っ取り手法をあきらかにすること、貴子は日本武士道を世界連邦普遍すること、をテーマにした。二人の思考は文学的、数学的と逆の組み合わせに思われたが、互いに厳しい批判やアドバイスを交換した。二人の友情は大きく深く育っていた。

 それは突然のことであった。その日もドアを開けて 貴子を迎えに出たアンであったが、いきなり麻袋を被せられ大きなダンボール箱に詰められる。貴子も同様。連れ去られた二人は大きな暗い部屋で麻袋を脱がされる。待っていた。低い腹に響く声がした。あなたは。Henry William 。どうして私たちを。容姿、頭脳、ともに良し。貴族と呼ばれる人間ほど金に弱い。どうするの。我々の仕事を手伝ってもらう。誰がやるものですか。そうかな。アンの家族が画面に現れる、つづいて貴子の父母が。明日も元気でおられるとよいのだが。不気味な声が低く響く。背筋が寒くなる。黒いタイツの女が二人近づいてきてアンと貴子の衣服を取り去る。そして部屋を明るくする。胃カメラのようなものが二人の性器に入れられる。内部画像がモニターテレビに映し出される。二人の身体は固まって声も出ない。処女です。この歳で。 間違いありません。なら、なお結構。そんな会話がされていた。
 二人は半時間ほどで解放されたが、アンの部屋に着いたのは2時間後、片道45分の距離を移動したことになる。アンはパソコンを立ち上げskypeで両親を呼び出す。アンか、パパだ。dad、今日ママとその服で庭を歩いた?ああ、一時間ぐらいかな。池のそばにも。あそこはママのお気に入りだ。そうだったね、パパ。どうしたアン、何かあったのか。私パパとママが歩いている夢をみたの、おかしい?おかしくないさ、ママの誕生日には帰って来るかい。おーい、アンからだ。ママ、ママ。あらどうしたのアン、元気。ええ、友達ができたの、日本人タカコ。まあ可愛いお嬢さん。初めましてと貴子です。
 貴子の方も同様であった。二人はしばらく沈黙する。アンがビールをあける。ハム、ソーセージを摘む。彼が、Henry William ?ヴェニスの商人?カナンの末裔?どうしようタカコ。わからない。彼らの力が私たちの想像以上であることは認めなくてはならないわね。お父さん、お母さん、貴子の目から涙が。アンが抱き寄せる。その目にも。そしてそんな二人をあざ笑うかのようにパソコンにメッセージが。明日の朝、ツインタワービルに飛行機が突っ込む、そしてビルは崩壊する。そしてそれは事実となった。
 それからの二人は情報収集を命じられる。命じられるまま動くしかなかった。貴子は日本高官を、アンは英国高官を。貴子はターゲットの人物を頭に入れると頭が痛くなった。それをアンに訴えた。アンは貴子を抱き寄せて髪を撫でる。貴子は安らぐ。しかしアンの心臓は怒りに震えていることを知った。アンのためにできることは何でもしようと心に決めた。事実アンの窮地を二度救った。イギリス情報局の追及はアンには辛いものがあった。売国奴の汚名を被せられたのだ。貴子は猛然と反論する。貴方がたにアンを責める資格がありますか。貴女にきいていない。アンは私の親友、弁護します。私たちは研究のためにコロンビア大学に留学した、にも拘らずスパイ活動を強制されている。貴方がたに我々をこの強制から解き放つことが出来ますか。言外にイギリス情報局こそ闇の黒幕に支配されているではないかとの叫びがあった。数分の沈黙の後、二人は釈放される。
 ありがとう、甘えん坊のタカコに二度助けられたわ。私たち親友でしょ、困ったときはお互い様、私が困ったら助けてね。もちろんよ、タカコは私の一番大切な親友。彼らが言った自害とはどういう意味。貴子はただ笑って、さあビールを飲みましょうと答える。後日アンはイギリス情報局に問い合わせる。彼女の弁論は我々を圧倒した、彼女の主張を認めなければ彼女は自害していたでしょう。自害とは?蝶々夫人を見てください。我々もブリティッシュの誇りはあります、あなたがたが研究に没頭できるように努力しています。貴女のヴェニスの商人は研究は興味深い、鋭い指摘だ。研究を深めればもっと大きな成果が期待される。英国にも憂国の士はいるのかもとアンは思った。

 貴子はビールを飲み干す。カルロスが抱き寄せて頭にキスをする。そうか、貴子は甘えん坊なんだ。それほどでもないのよ、でも少しだけ。いいよ、俺にはいくらでも甘えていいぞ。私のこと嫌いにならない。ああ、俺は今の貴子が好きだ。ほんと、うれしいわ。塩崎真知子が見ていたが貴子はカルロスの唇を求める。彼も甘い口付けを返す。ややあって、白井さん、それWilliam Henry じゃないかしらと真知子が日本語で言った。私もそう思いました、Henry William の名前はどこにも見つからないのです。真知子が英語で繰り返すとマリオが口を開く。それ、クニタチじゃないか。クニタチ?東京にある町。え、国立、そうか国分寺と立川。そうね、町村合併では双方の顔が立つようにするはね、マリオ頭がいいのね。お母さんそれほどでもない、貴子のために考えた。そう、えらいわねマリオ、ブランディーする。はい、いただきます。

 物事を考えるときはブランディーがいいのよ、真知子がグラスを取り出す。すると白井さんのターゲットは坂本龍次さんね。そうです、けど、私は私の過去を忘れたい。気持はわかるけど逃げていては抜本的解決は得られないのじゃないかしら。彼は敢然とヘンリーウイリアムに立ち向かっているのよ。そうですか、一度十二湖で見かけたことあるだけですが。そんな男にみえなかった?はい。そんな男を躍起に追いかけているのは何故。それは、、、。突然貴子が頭を抱えて俯く。マリオが抱き起こす。貴子の形相は一変していた。真知子は清美を携帯で呼び出す。15回の呼出音を鳴らしたが出ない。マリオ、貴子の顔を映して、メールでここに送って。 シーセニョーラ!
 清美からだ。お母さん携帯の音を上げてください、彼女に近づけて。マリオがボリュームを上げて貴子の前におく。彼女はヘンリーウイリアムに逆らうと頭が痛くなるように催眠をかけられています。その催眠から今彼女を解き放ちます。清美の声が神がっかってゆく。『貴子、貴子』清美の声が貴子の母親に変わってゆく。オモニー、お母さん。貴子、お前は我が一族の自慢の娘です。お前は李王朝の誇りを失ってはいけません。お母さん、助けて。心を売るぐらいなら死になさい。オモニ。お前が危めようとしているお方は我が一族を窮地から救ってくれた方の子孫です。許してお母さん。私たちは恩を仇で返すような子に育てた覚えはありません、束縛から逃れられないのなら胸を刺して死になさい。お母さん。お前一人を死なしはしない、お前は私たちの可愛い娘です。オモニ。貴子、泣いている場合ではありません。はい、お母様。いい子だ、昔からお前は本当に可愛くていい子だった。わかりました、もう泣きません。母はいつもお前と一緒だよ。ありがとうお母さん。さあ、顔を洗って笑ってごらん。はーい。お前きれいになったね、好きな人ができたのかい。ええ、横にいます。ほう、いい男じゃないか、さすが我が娘。

 貴子はマリオに抱かれて眠る。清美さん、大丈夫。お母さん、これで彼女は束縛から解かれたと思います。でも、貴女の方は、お腹の子は元気。はい、元気です。子供とその父親のためにはどんなことでもしますから。おやおや、ご馳走様。お母さんの料理食べたい。いつでも作りますよ。私日本料理勉強しています。そう、楽しみにしているわ。それじゃ、お母さん、おやすみなさい。清美さんも。


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