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作品名:続 椰子の風に吹かれて 作者:佐々木 三郎

第15回   職業訓練校
職業訓練校


 清美は職業訓練校設立に意欲を見せる。常男と花南は日本巡礼の旅に出るそうだ。
直が紀和の面倒を見てくれるので職訓を見て回る。ここの技能程度はどれぐらいですか。
工業高校レベルですよ。先端技術は。企業ですね、大企業か町工場。体験できますか。
むずかしいでしょうね。これが日本を支えているのでしょうか。それは言えますね。


 和雄と洋平に相談する。とにかく当たってみよう、近くの町工場をたずねる。一週間の
体験をお願いします。技能の習得には長い年月が必要なことはわかっています、でも
職人気質、心意気は現場でなければわからないと思うのです。ご迷惑でしょうが何卒
機会を与えてください。わかった、明日からきなはれ、けどな技能は教えられんで盗む
もんや、先輩の仕事を見て腕を盗み取るんや。川田製作所の社長は人のいい70過ぎ
だが、仕事には叩上げの気質を見せていた。
 清美は髪を短く切り落とす。化粧もせず、朝早く工場に向かう。箒を持って雑巾を
しぼる。あの娘根性ありそうやな、社長の奥さんがつぶやく。おはようさん、今日から
一週間体験研修する山田さんや、面倒みたって。山田清美です、よろしくお願いし
ます。はきはきしてて気持のええ娘やな。うちはな、へら絞り加工の町工場や。従業員
3人全部で5人。
 これが材料、これが製品。うそ、この金属板がこんなきれい製品になるのですか。おい、みせてやり。マフラーの先をつくってみせる。神業、あなたの手には神がいる。おもろいこという娘や。ねえちゃん、国は。フィリピンです。ちゃうがな、出身。バナウエです。親父さんこいつ日本人とちゃうでえ。ほうか、日本人に見えるけどな。手に神がいるや、いうか。ほうやな、けど、お前ほめられたんちゃうか。おやっさん。どや、やってみるか。はい!
 清美は回転する金属にへらを当てる。音を探る。そや、ええ音や。そうそう。どや、浩。いけますね。あんたどこでなろうた。ここで習いました。初めは少し強く押してここからは少し力を抜きました、よろしいでしょうか。よろしよろし、けど、力加減は。音を聴いていました。こりゃ、天才じゃ、浩ここはこの娘にやらすよって、あれ仕上げてくれるか。金がいる。任して下さい。頼むでえ、ねえちゃん、いくか。はい。
 やってみ。はい。板はこないしてはさむ、これがスイッチや。わかりました。回転する板にへらが当たる。清美の目と耳はその接点に集中する。ようでけとる、けど、これわかるか。社長が製品に手を当てる。さわってみ。はい、二ついぼがあります。そうや、いぼをとったりな。できません。こうやんのや。わかったか、もういっちょのほう。やります。でけた、えらい。社長さん手を握らしてください。手袋とって社長の手、腕をさすってゆく。けったいな娘や。どや今日中に300やったら給料うつでえ。300もやらしてくれるんですか。やらしたる。

 清美はうれしそうにへら絞りに取り組む。ほい、ねえちゃん。はい。そうや。気をつけます。なんやあの娘、あんたの若い時分とそっくりやな。ほうか。あの腰つき。しょうもない。
 昼休みになった。浩さん。はい、おかみさん、もうちょっと、先にどうぞ。おやっさんお願いします。これなんですけど。これでええ、飯にしょ。ありがとうございます。なんや待っててくれたんですか。浩さんをおいて、さあ、いただきましょ。いただきます。家族で食卓を囲む感じだ。おかみさん、うまい、私腹減ったから。そう、しっかり食べて、よう頑張ったねえ。何笑いよん、このこ。あのな、女はお腹空いたからおいしい、じゃ。男みたいや。5歳くらいの女の子がくすくす笑っている。ごめんなさい、日本語は男と女では表現が違いますね。
 ええんよ、気にせんで、ほんま、山田さん日本人ちゃうの。祖父が日本人でした。そう、でもきれえな日本語やわ。恐れ入ります。お仕事は。大学院で日比文化比較を研究しております。なんでこんなきれいなお嬢さんがこんな町工場で。へら絞り加工製品にはどんなものがありますか、また、この工法の長所は何ですか。学のある人は言うことがちやうな、浩さん。
 製品か、医療機器部品、業務用洗濯機部品、照明器具、パラボラアンテナ、導波菅等
通信機器部品、IC、CD、液晶等の製造設備、特殊暖房器具部品、学校給食等
業務用厨房設備部品、化学機械部品、ディスプレイ用品、遠心分離器、などなど。また、
へら絞りの長所は設備が少なくてすむことかな、サイトをみるといい。
 ありがとうございます。へら絞りはどんなじですか。こうだ、へらで絞る。へらで絞る。そう。なんぼでけた。128です。ほう、たいしたもんや。こりゃ300いくな、今日は歓迎会やろう。浩、わしも手伝うよってはやいとこおわらそ。そうしますか。あのう、300できたら次は何をやらせていただけるのでしょうか。やらせてあげる、好きなもんやんなはれ。おい、見本みせたげな。任しとき、私と一緒にやりまひょ。お願いします。


 午後からは清美の作業は順調で三時前に300を完成させる。ご苦労様おやつにしましょう。私やります。ええんよ、手を洗っておいで。はい。おやつよー。機械が止まる。おやっさん、終わりました。わかっとう、ええ音しとったが、あの音でこっちも捗ったがな。これは何ですか。これはういろです。なつかしい味がします。ほんま、なつかしい味や。
 あれは何ですか。あれはうちのバカ息子です。本当ですね、今頃起きてきて何か仕事を
していたのですか。寝ていたのです。理由もなく、この時間に起きてくるとは、ぶとどきな、営倉に入れたら如何でしょう。ほんま営倉入りや、あんたが甘やかすから跡は浩さんに継いでもらい、このバカ掃除にでも使うてやってな。あんた見ん顔やけど誰や。翔、これつくった人や、ようみい。これか、まあ商品にはなるんちゃうか。これが日本の男ですか、こういうのもいるのですね。清美は泣き出す。祖父が命を懸けて守ろうとした日本の一面でもあるのだ。無気力な青年、家にとじこもり寄生虫のような生活。向上しようとしない者は人を尊敬することができない、清美のさけびは聴く者の胸に突き刺さった。

 川田は悲しそうな声で言った。翔顔洗って、これをつくりな。この娘は今日始めてへらを持った、これ以上のものができなんだら飯くわしまへんで。お父さん、そりゃ殺生や。そうや、殺生や、生かすも殺すもこれの出来次第や。翔が顔を洗ってくる。ジーンズからシャツがはみ出ている。つなぎ着てこんかい。何時になく厳しい父に驚く。
 さてやるか浩。はい。山田さん、こんなのどう、私前からつくろうと思うとったんよ。シチューなどを温める容器だ。おかあはん、ほれはプレスでやるもんや。わかってるがな、へらで挑戦すんのや、しゃんしゃん自分のしな、ほれと仕事場ではお父ちゃんは親方、お母ちゃんはおかみさんや、わかったな。翔は両親にはじめて恐れを持った。清美にも四方形のものをへらで加工することはむずかしいと思われた。新聞紙に型をとってみる。四隅は切り落とすか折り重ねるしかない。ほうなんよ、隅がなあ、とおかみさんはステンレス板に罫書する。試作してみるか。型をとると隅を温めながら折り重ねる。内側か外側か、右か左か、少し迷うが内の左にする。削りをかける。大きい弁当箱やねえと20ぐらいの従業員が冷やかす。いわんといて。
 あのう勝手を言いますけど親方の仕事を見学してもよろしいでしょうか。ええよ。しかし親方と浩からは青白い炎が立っていて清美は近寄り難い。これだ、日本の仕事は、修行でもある、永く続けていると宗教家の顔になる、清美は心の中でそう叫ぶ。おう、やったな。はい。二人の表情がゆるむ。清美はそんな二人に畏敬の念を抱くのであった。


 川田が電話をかける。でけました、あとちょっとでお届けします。ほんま、助かるわ、今から取りにいく、請求書切っておいて。間もなく注文主がライトバンでやってきた。おうおう、ようでけとる、さすが川田製作所、うちも明日納品できるがな、奥さんなんぼや。3割乗せて特急料金や。川田はん、おおきに、もうていくわ。若い従業員がバンに積み込む。ほな奥さんこれ。まあ、おそれいります、あんたご祝儀いただいたわよ。すんまへんな。こっちこそ、無理な注文受けてもろて、ほな、いそいどるけんとバンに乗る。おかみさんは小切手を手に満面の笑み、これから歓迎会と慰労会や。
 翔は悔し涙を流していた。清美のマフラーと見比べている。清美は意を決して近づく。そんな音じゃないでしょ、その音、しっかりおぼえて、息を止めて、身体で押すの。なんでや。甘えよ。私はここに一週間しかおられないのよ、フィリピンは仕事がないの。清美の顔は天照大神に変わっていた。翔は畏怖をおぼえた。
 親方弟子にしてください。もういっぺんやってみい。はい。それや、腰で押せ。はい。ええ感じや。翔は静かに息を吐いてゆく。吐き切ってへらを離す。どや浩。いけてます。ねえちゃん。はい。そうか、よっしゃ、弟子にしたる。けど、新米や、掃除からはじめなはれ。ありがとうございます。よし、おかみさん新米にも食わしてやってんか。


 清美の歓迎会となった。翔、ねえちゃん、いや清美さんのおかげで営倉入りせんですんだ、感謝し。しかし清美さんの熱意はすごいな、圧倒されるわ。そんな、貴重な体験させていただいて、でも日本にいられるのもあと2週間です。日本を肌で感じて帰りたいと思います。こんな町工場ではたいしたこともでけんが。いえ、昨日ここだと思いました、今日間違いなかったと確信しました。大人しいけど芯のある娘やねえ。翔さんには出過ぎた真似をいたしました。お許し下さい。何おっしゃる、清美さんのお陰でバカも目が覚めたようやし、ほんまに感謝してます。おかみさんのプレートは今晩よく考えてみます。
 さあ、乾杯しまひょ、あんた。ほな、清美さんの歓迎と納品を祝して乾杯。かんぱーい。うまい。浩さんよう頑張ってくれたな。正直だめかと思いました、彼女が近づいてくると気が楽になり息ができるようになりました。わしもや、大学でのお嬢さんの気まぐれと思うたが気迫に圧倒された。あのへらの入方はおやっさんかと思ったよ、俺も5年目であのマフラーぐらいだった。浩さんもそない思うた?この人な、東大出て阪大の大学院におったんよ、うちに来たときはほらびっくりしたがな。
 浩さんはどうしてここに。あんたと同じさ、神の手を見た。俺は神など信じないがこれは人間業ではないと思った。人間を超えるものが神なら神、鬼なら鬼。技術は技能が見つけたものを言葉にしたもの、過去の経験だ、それは貴重な先輩の遺産ではあるが、未知のものに挑戦するときには無力だ。技能が可能にしてくれる。答えは技能の中にある。技術は知識、技能は体験つまり感覚ということでしょうか。そうだ、技能を海原にたとえるなら技術は砂浜、いや波打ち際かな。わかる気がします。いや、君はわかっている。NASAから注文がきたとき、親父さんはできないといった、しかしこれならできると言った。設計者がアメリカからとんできた。親父さんの手をGod hand 神の手と言った。製作不能な設計?そうだ、俺が設計どおりに製作したものと親父さんの製作を見て自分の誤りに気付いた。この神の手をとって”これが自分の誤りに気付かせてくれた”と感謝したのだ。それは宇宙を飛び続けているのですね。ああ、世界でただ一つ、川田製作所しか創れなかったものが、俺は50年後には親父さんを超えてみせる、それまではここにおいてください。それは楽しみね、50年先の川田製作はどないなっとるやろ。


 このこ、清美さんは国に帰って職訓をつくるそうや、この若さで生協の理事長をしながら人類比較の研究もなはってはる。志が違う。お爺様が日本軍中尉であられた。あんた緊張しとん。ほうや。えらいわねえ、むずかしい学問なさってはるのに今朝ははよから箒掛け雑巾がけしてくれたんよ。私も50年先にはおかみさんを超えてみせます、それまでここに寄らせてください。これは楽しみが増えたがな。
 坂本は毎日skypeで清美から研修の話を聴くのが楽しかった。やはり清美には神憑り的なものがあると感じた。浩に少し嫉妬した。清美は彼に好意を抱いており愛情に変わる可能性もあることに気付いていない。それもいいか、それだけの男ならば。一週間の研修は清美にも川田製作にも貴重な体験となった。バカ息子翔が別人のように働きだした。親方おかみさんのうれしそうな顔は川田製作に未来を感じさせる。
 清美の送別会が始まる。あんた挨拶しなはれ。親方川田はおかみさんに仕切られている。山田清美さんの送別というか、餞別というか、まあ、職訓の成功を祈念して乾杯しょ。これは給料と餞別や。困ります、体験研修の費用もお支払いしてないのに。あんたは銭の取れる仕事をした、餞はみんなが出しおうた、これは高うつくでえ、今度くるときは土産持ってこなあかん。清美は金を数える。こんなに、フィリピンの学卒の給料半年分です。あ。んさんはほれだけの値打ちはある。清美は正座して、かたじけのうございます、土産につきましてはよく心得ておきます、と挨拶した。


 ほな、乾杯しょ、浩はん。はい、では山田さんの今後の活躍と川田製作所の発展を祈念して乾杯!かんぱーい。山田と川田で山川や。赤穂浪士の討ち入りか。”あのう、誠に失礼とは存じますが川田社長に神の手がありながら川田製作所は何故金持ちではないのですか、ビリオンぐらいのお金があってもおかしくないと思います、”と清美。ビリオンてなんぼや、浩。100万の1000倍、10臆ですか、日本経済は二重構造と言われる。中小企業は大企業の下請けをして食っているから搾取されるのだ。昔は商人に絞られてきた。へら絞りですか。そうだな、それと職人は金を考えるといい仕事ができない、金に頓着するのは卑しいと考える。金に頓着することが卑しいのですか。一般的に日本人はそう考えるが職人はとくに強い。信じられません、お金は必要でないのですか。
 なんていったらいいかな。金は必要や、毎月遣り繰りに追われとる、男は見栄張りやけん女は苦労するんよ。おかみさんの言われるとおりだ。見栄は一時的満足に過ぎない。俺はNASAからの注文に親父さんの見積の100倍の見積を作成した、つまり成功報酬5000万。NASAはどれだけの利益を得たのですか。数百億。その5%の報酬が妥当でないでしょうか。大企業の紹介だから強いことは言えない辛さがある、大企業はその半分のマージンを得たはずだ。植民地の搾取よりひどい。
 俺は親父さんに反対してでも俺の見積を出すべきだったと今でも思っている。しかし、おれは設計ミスに気付けなかった。神の手を持つ親父さんに意見するなどとてもできなかった。早く親父さんに意見できるようになりたい。あんた、それまで死ねへんな。ほうやな。
 町工場が直接受注するシステムをつくらないと日本は潰れる。中小等企業等組合法を勉強している。共同投資、受注発注、教育、福利厚生、など共同化すれば各企業の独自性を保ちながら大企業に対抗できると思う。これは君の研究テーマにもなる。中小等企業等組合法、清美が復唱する。
 神の手がなくなる。そうだ、大企業の海外移転は空洞化を招き技能の伝承がむずかしくなってきている。しかし中小にはチャンスでもある。共同化すれば大企業の下請けから抜けられる。技能は中小企業が持っている。やっぱり学のある人はいうことがちゃうね。おかみさんの弁当箱をへら絞りでやったら画期的なものになる。不可能に思えるものに挑戦する人間が社会を発展させる。人は何をしたかではない、何をやろうとしたかだ。私もそう思います。フィリピンはやろうとする気がない、仕事がないから、仕事を取るにも技能がない、何も修行のない国です。
 それで職訓を。はい、同じアジアの島国で国力が数百万倍も差があるのは何故か、両国の文化比較をしてゆけば答えがみつかるのではと思いました。早く職訓を普及させてこの研究に邁進したいです。皆様講師としてお力お貸し下さい。ほうやのう、浩にきついこと言われたがほんまや、職人は仕事だけしとったらええ時代でのうなった、しっかり稼いで研修旅行にフィリピンへゆくか。あんた、ええこというやない。浩はん、経営的にも川田製作所を支えてな。いえ、経営的なことは修行の妨げになりますよってに。浩、親。っさんに似てきたな。初めて大阪弁使いよった。日本の企業は家族なのだと
つくづく清美は思った。


 清美は時計を見て挨拶をする。お名残は尽きませんがそろそろ失礼させていただきます。ここでの研修はわたくしの一生の宝になると思います。皆様のご厚情に感謝申し上げます。両手をついて頭を下げる。日本にきたら忘れず寄ってな。ありがとうございます、おかみさん。お土産もな、若い従業員が冗談ぽく声をかける。わかっております。これ持って行き。山田清美さんへとのネームプレート。このひと昨日の夜一仕事したんよ、バッグにでも付けて。親父さん、、。


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