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作品名:続 椰子の風に吹かれて 作者:佐々木 三郎

第14回   児童擁護施設乗っ取り
          児童擁護施設乗っ取り

常男花南の旅の間、坂本もユキと旅に出る。子連れだから新婚旅行とはいえないが、のんびりした気分だ。二人とも出会ってから今日まで忙しくしてきた。たまにはいいだろう。どこに行きたい。日本らしいところ。日本らしいところか。なんで日本は金持ちでフィリピンは貧乏なの。そういう意味かと坂本は思った。
 フィリピーナの会話は単語を並べただけで真意がつかみにくい。大阪がいい。商人の町、お好みでも食おう。大阪といえば弁護士の先生にお礼いうてなかったわね。おおそうだ、真っ先に行かなくてはと事務所を訪ねる。
 結果報告の途中で、ほれは良かった、ご丁寧に、ほれより聴いておくれな。実はお二人に電話しようと思うてたところですがな。忙しくしている人間は済んだことを振り返る余裕はないのだろう。早口で捲くし立てる。


 日本人母親がボランティアで経営する児童養護施設が神父に乗っ取られたと弁護士が激憤して語る。なんと人間的な法律家であろう。フィリピンはマニラの北、貧しい町に日本人が孤児を育てていた。彼女の善意だけで運営される施設は30年以上前からひっそりと続いてきている。


 ユキも児童擁護施設法案の審議中にそこを訪れたことがあった。マザー、貴女は国がやらなければならないことを無報酬で続けてこられました。政府としてお手伝いできることはありませんか。私は自分なりのやり方できました、これからもこのやり方でいきます。そうですか、これは私個人のプレゼントです。子供たちに配ってくださいとノート鉛筆などをおいて帰った。
 弁護士も日本人孤児の調査中に彼女を知り語り合った。無償の行為に対する報酬は金ではない。金の価値尺度では測れない。彼は調査の協力を依頼するとともにNGOの協力を説明したのだ。あまり乗り気でない彼女に弁護士は陰で協力申請手続きを進めていた。
 NGO協力の匂いを嗅ぎつけた神父がこの施設に入り込んできて日本人母親を追い出してしまったのだ。子供たちの悲しみを他所に神父は莫大な援助資金を手に入れようと日々奔走する。
 こんな理不尽なことが何でできますのや。不条理と言うべきか。徹底的にやっつけましょう、我々に任せてください、必ず、白日の下に晒せてみせますから。ほうですか、お二方がそういうんだったらお任せします。何分よろしくお願いします。先生お手をお上げ下さい、私も子供たちマザーの顔を思い浮かべるとハラワタが煮えくりまくって屁が出そう。ほんまですなユキ議員。
 弁護士の落ち着いたのを見て常男と花南の旅を話す。ほうですか、日本人は10年一昔やいうてすぐ忘れる、いけまへんな、歴史を大事にせんと。事務員がお茶を出す。これいただきました。忘れっぽい弁護士が歴史を語るのがおかしいようだ。軍国主義は嫌いですけど、兵隊さんのご苦労は別ですがな。そや軍人遺族年金が出るのとちゃうか。今調べよります、事務員がやりかえす。何させても遅いんですわ、行かず後家になりますわ。もうなってます。
 先生、その件はまたあらためて、今日はお礼に上がりましたが養護施設の件は状況を逐次報告いたしますので先生は常男さんのような方のためにお力をお使いください。先生、お好み食べにいきませんか、みなんんもご一緒に。おおきに、けどやらなあかんのがたまってますのや。、それとあの神父に腹が立って腹がたって、喉とおらんですわ。この男の頭は同時に多くの課題を処理しているのだろう。言葉にするのがおっ着かないのだろうと坂本は思った。


 どないするん。マスコミだ、ジャーナリストには熱血漢が多い。徹底的に取材させるのね。そうだ。NGOの方は相手に気付かれぬようスルスル延ばしだ。あいよ。こういうのを甚振るときは快感をおぼえる。ソクソクみたい。今夜な。とにかくお好みだ。あのセンセ忙しい人ね、日本語少しおかしくない。言わんとすることはわかる。東京よりは忙しないわね。大阪人は信号が青になる前に渡りだす。広島人は青になってしばらくしてから渡る。のんびりしてる。信号無視の車が突っ込んで来るからだ。恐ろしい。

 横丁の小さな店に入る。焼きソバ、牛玉、イカ、ネギと生。私デラックス。へい、生はすぐ。すぐ。アサヒ、キリン。キリン。私アサヒ。チチ。ジョッキ一つ。南海雄に少し注いでやる。乾杯。いろんな味が楽しめるからお好みなんだ。そうなんだ。お好みはネギ焼きが原点、あてにもなる。ほんまおいしいわ。チチ。この子は、酔っ払いになるわよ。ソバ焼きはすぐできる。あとはよく焼いた方がうまい。鉄板。これが鉄板だ。ドラマ。もうじきだな。おい、アサドラだ。はーい。
 やっぱり日本のテレビは色が綺麗。画素が多い。ガソ、なにそれ。肌が細かい。私みたいなもち肌のこと。まあ、そんなところだ。日本のお好み熱いわね。焼きながら食うからうまい。ユキは答えずビールください、とジョッキを持ち上げる。最初からビールが欲しいと言え、と坂本は思う。
 ファファ。のんベーだね、この子は。ジョッキのビールが1cmくらい減った。にっこり笑う。うまいか。ウマ。このバカいけるわねえ。バカじゃねえ、ギュウだ。これ何。ほたて。うまいわと穿り出す。よせみっともない。バター焼きにしますか、北海道の友達が送ってくれたんですわ。うまいはずだ。
 ユキはホタテにむしゃぶりつく。ファファ。無造作に南海雄に一つ渡す。もう少し上品に食え。ディー食べる。ギュウ、イカ、ネギ俺が注文したのを食っておいて食べるはないだろう。えへへ、ソウリー。ひとのもは自分のもの、自分のものは、自分のもの、怒らないでダーリン。調子がええのう。奥さんはどちらの。フィリピンです、苦労しますわ。でもお綺麗ですがな。お兄さん目が高い、お酒を一本。ぬる燗で。ご主人大阪らしいとこは、これを連れてゆく。ほうですなあ、やっぱり堂島ですかな。堂島。米相場で有名なところだ。先物、青田買いの発祥の地だ。行こう、でそれ何。田植えが終わったらすぐその田圃の米を買うのだ。まだ米できてないじゃん。だから青田買いというのだ。
 酒がきた。お注ぎしまひょ、お姉さんも、こちらの兄さんも。青田の米を買うといたら高値で売れますがな。不作だったら。ボロ損ですわ。なんで危ない橋を渡るの。商人の気合ですな。女と一緒ですわ。お姉さんみたいなのを青田買いしたらぼろ儲け。気合、いやあ、お兄さん、学があるんやねえ。
 数々の相場伝説を生んだ堂島は今では近代的建物が立ち並ぶ。堂島米会所は先物取引の概念を世界に発信している。堂島アバンサをのぞいてみる。日本企業のほとんどがここ大阪で生まれている。商人の町という雰囲気は感じることができる。


 ネットカフェからフィリピンのジャーナリストにメールを入れる。児童擁護施設乗っ取りの取材を依頼する。取材費は必要なだけ出す代わりに、原稿を発表前に見せることを条件とした。折り返し返事がきた。一安心だ。その日はかんぽの宿に親子3人で泊まる。食事、温泉、送迎バス付で8600円ならいいわね。リゾート温泉並みか、サーヴィス清潔施設など総合的にみて日本が安いか。ユキも見方が変わってきたようだ。坂本は最初に会ったときいい女と思ったが一緒になって一層愛おしく思う。
 南海雄は大の字に寝ている。川になって寝るか。川。ユキの掌に書いてやる。そうか、カワね、横にすると一二の三。これは参った、頭いいなあ。へへ。一発やるか。え?何。かまとと。南海雄席譲って大事なお話があるからね。オウ、ラミーイヨット。おいしい?もちろん。私幸せ、モールモール。


 翌日ジャーナリストとネットで話す。ハーイ、お早うゴメス、元気。タンキューマム、元気です。これ私のアサワ。知ってますマム。今度一緒に食事しましょう。楽しみにしてます。またね。坂本に代わる。戦略はそれでいい、次の2点注文する。@他に漏れないよう注意することA計画、実行、結果を一覧できるようにすること、以上だ。わかりましたセール、毎週報告します。よろしく。
 もう終わったの。大事なことは手短に。1時間300円でしょ、遊園地検索しましょね南海雄、お魚いっぱい泳いでる。ここに行こうか。何でも勝手に決めるな。南海雄おしっこしてらっしゃい、あなた。チチ、ナタ。あなたといってるのよ。冗談じゃない、南海雄があなたなんていってみろ、外歩けない。いいじゃない。お前いつからあなたと言い出した。今日からよ、あなた。気持ち悪、いくぞ、南海雄。


 坂本は柳の研究冊子を広げる。簡潔な文章でロギックだ。これは性根を入れて読まないといけないなと思った。日本を属国にせんとする隋、唐対これを阻止せんととする中央アジア勢力との対立、争奪戦に高句麗百済新羅が互いに抗争しながら代理戦争にも加わっていたという視点で話を展開する。高句麗は満州から北朝鮮にまたがる結構広かったようだ。このあたりは今も朝鮮族が多いのは当然だな。驚くことに中部関東甲信越はすでに高句麗のシマになっていたというのだ。
 生駒山脈を境にアクセント口調が違うのも朝鮮系日本人が一番多いのも説明がつく。九州は倭とよばれたらしいが中国のシマか。残りは在来の日系日本人か、坂本の想像は膨らむ。朝鮮がベトナムが南北に分断され米ソの代理を戦争をやらされたように、当時の日本がそうなっていてもおかしくないと思われてくる。柳さんすごいな。まあ、家族サーヴィスの合間に読むしかないか。


 ゴメスのメ−ルは簡潔だ。簡潔は頭がいいということ。一覧表にレジメも付けられている。主観と意見が強いが楽しみだ。観点もいい。
 @施設の生い立ち、日本人母親と子供たち
 A宣教師の生い立ち、金と魂
 BNGOと児童擁護施設法
フィリピン人は、豚もおだてりゃ木に登るタイプで注意、助言、批判を嫌うが、ゴメスはその典型であることが坂本にもわかる。ただ、ABはどこまで迫れるか、半分で可としよう。


 数日家族水入らずの旅をして、ユキは機嫌がいい。基本的に女は安定を、男は冒険を求める。そこへユキの秘書が法案委員会に出席するよう連絡して来た。南海雄、来年はお兄ちゃんになるんだから、さっさと片付けて。八つ当たりするなと南海雄を抱きしめる。で、本当か。とにかく空港へ行って、乗れる便でマニラへ飛ぶわ。
 坂本は関空でユキと南海雄を見送ると久しぶりに一人になった自分に気付いた。さて、どうするか、日本人はこういう時間をどうするか苦手、忙しくしていないと不安であり孤独でもあるのだ。珈琲でも飲みながら柳の研究を読み始めるが頭に入らない。柳さんのところに来ないか、陳から電話だ。そうだな、しばらくしてこちらからかける。見通されている感じがして不安になった。
 女が近づいてくる。よろしいでしょうか、覚えてくれてます。いえ。十二湖で写真撮っていただいたでしょう。そうかな。危険な匂いのする女だ。用があるので、と席を立つ。新大阪に着いていた。付けられていたのか、鼓動が速くなっていた。清美からだ。黒い服の女に気をつけて、あなた狙われているわ、そう十二湖で会った女よ。そうか、これから柳さんのところにゆく、そっちは。うまくいってます、くれぐれもお気をつけて。わかった。
 陳といい清美といい超能力者か。坂本は混乱してくる。新横浜までずっと周囲に注意する。闇の黒幕、うっとしいな。デパートのエレベーターを何度か乗り換えて中華街の春風楼という店に入る。陳が迎えにきた。付けられたのか。そんな気がする。どうして電話してきた。ユキがマニラに向かっただろう。そういうことか。柳も間もなく来る、奥へ行こう。
 柳は既に来ていた、どうされました。手短に女の話をする。そんな訳でこの研究を精読できなかった。まあ、飲みながら考えましょう。龍次、逆手に取って色仕掛けで女を籠絡するのは。誰がやる、陳無責任なこと言うな。いや、面白いかもしれない、陳さんの息子さんは。志明は色男のタイプじゃない。カルロスの息子は適任だ、陳が勝手に決める。


 坂本が近況を語ると柳が話し出す。お忙しそうですな、ちょっと気になるのは闇の黒幕のNO1はアメリカにいるのではないかと思われることです。ほとんどがフィリピンで隠居暮らしにしてますが、武器廃絶が堪えているようです。関連産業を含めた減収減益は基盤を揺るがし出したのでしょう。謎の飛行物体、ドラゴンの解明撲滅をスローガンに掲げているようです。青い地球を守る会にも手はのびています。つまり彼らは追い込まれているのです。坂本は柳の評価にも素直に喜ぶことができなかった。むしろブラックホ−ルに近づいているのを感じるのだ。


 柳の研究について訊きたいことが整理できていないからもう少し時間をが欲しい。龍次、質問しているうちに理解が深まり次の質問が生まれるものだ。陳は読んだのか。日本語で書かれているから半分しか理解できない。そんなので質問するのは著者に対して失礼であろう。日本人は妙なところで気を使う。坂本さん何時でもいいですから、今日は飲みましょう。
 その夜、坂本の部屋に許細君が忍んで来た。陳は知っているのであろうか。ふふ、あの人朝まで起きないわ、さあ。では。翌日は梅雲と造愛することになるのだが、中国人の倫理観が理解できない。それよりも身が持つか、媚薬を嗅がされているような気がする。許細君はなにもかも忘れさせてあげると言っているようだ。梅雲は男のを産むと宣言する。


 ゴメスの取材は順調のようだ。なあ、ゴメスこれは出版だけでは惜しい、テレビも同時に取材させよう。インタビューは勿論お前だ、いいか。俺は出版できれば十分だ。そうか、次回からテレビスタッフも同行してくれ。わかった。ゴメス身の安全を第一に、お前の取材はこれだけでない、次は歴史的に残るドキュメンタリーもやってもらいたい。サンキューセール。
 テレビ局は一局に絞ったが、放映は他局にも配信して同時に行う予定だ。ゴメスはインタビューだ、彼の激情的主観は排除して事実だけで真実を伝えろ。わかりました。テレビの取材は淡々としている。ゴメスはテレビ局の出版部が出版してやるとの話に、おとなしく指示に従う。Mother この養護施設を始めた理由は何でしょうか。理由、さあなんだろう。切っ掛は。切っ掛ねえ、友達になった子供は親がいなかったの、だから一緒に住むようになったの。子供が増えたので家を建てたの。建築資金はどされました。私に本から800万円持ってきたの、定期預金にしたら8%の利子でしょ、女一人の生活には十分。材料買ったら近所の人が建ててくれたのよ。なるほど、でも大勢の子供の食費だけでも大変でしょう。大丈夫、ほらあの畑タダで貸してくれたの。牛、馬、鶏、やぎもいるでしょう。どうやって増やしたかわかる。教えてあげようか。ぜひ。
 雌を一頭ずつ飼ったの。大きくなると隣小父さんがあれさせたのよ。わかります。子供が生まれるとまた。小父さんがあれを。
そう、でも別のオスよ。そうでしょう、その方がいいでしょうね。血が濃くなるからね、でも、オスはタダでしたのに礼も言わない
と思った、あとで知ったの、種付け料こちらが払わないといけないんだって。ほとんどがそうですね。子供のオスをお礼に
あげたの。そしたら子供に飼育方法教えてくれるの。ちょっとした牧場ですね。そうなの。
 食費はあまりかからないのですね。なにいってるの、少しだけど儲かってるのよ。すごい。米も野菜も家畜も儲けは地主と折半。子供たちにはサラリ−払ってるのよ。貯金する子や衣服を買う子、いろいろ。なるほど、子供たちも働き手。電気水は。地主と折半、建設費もほとんど回収できた。え、どうやって。一世帯月300ペソで年80000ペソは入ってくる。タンク、給排水、配線工事費は8年ね、メンテンナンス費入れても少し黒字。ゴメスは圧倒される。
 では次に教育費について伺います。貸付よ。子供に。当たり前でしょ、タダほど高いものはないというでしょ。それはそうですが、返済は。まちまちね、給料から返済する子もいれば、学校を卒業してからの子も、短期は10%長期は15%の金利。これは驚いた、回収は。95%ね、病気をしたり子供が進学するとかの事情ができた子は延長してあげるの。
 マムそれを証明できるものはりますか。あるわよ、この通帳、これは牛、牧場関係、こっちは馬、電気水道、鶏は教育費。ちょっと見せていただけますか。500ペソ。え、有料。キャッシュ、ちょっとだけよ。本当だ、黒字。写していいですか。テレビは100000ペソ、税務署にバレタラどしてくれるの。大丈夫ですよ、マム。既に税金引かれてますよ。そうお。どうやら坂本の危惧に終わりそうだ。役者が違う。この子は弁護士になって金利のほかに寄付もくれるの。この子は医者貧乏してるは、金をよう取れないのね。この子は学校の先生頑張っているわ。


 あの神父をどう思いますか。あれは神父じゃなく宣教師、よくしらべておきなさい。失礼しました。彼が憎いですか。(愚問ね)
私は今成長した子供たちが面倒みてくれているの。いろんなところに旅してゆくと大きくなった子供が家に泊めてくれるの。これは私の休日。20年ぶりね、自分のために時間を使うのは。ゴメスは宣教師を糾弾し返す刀で児童擁護政策を切るつもりでいた自分が小さくみえてきた。そうですか、子供たちは貴女の帰りを楽しみに待っているでしょうが、良い旅を、本日は貴重な時間を私たちにありがとうございました。いいのよ、あなた聴き上手だからいい会話ができたわ。


 ゴメスの報告は少し坂本の予想に反した。それは彼女がそれだけ偉大だということ、お前の、ジャーナリストゴメスの取材を
そのまま続けたらいいんじゃないか。聞上手の意味か、お前の話し相手が喋り易い、気持ちよく話すことができる、ということ。
お前は彼女に好感を持たれたのだ。それならば俺はうれしい、明日は子供たちにインタビューする。
 君たち元気か。元気じゃない。どうして。お母さんいない。お母さんは太陽みたいな人、いないと暗くなる。そうか、そのうち帰って来るさ。いつ。わからない、けど、長くはないと思うよ。あのミシオナリー僕たちを殴るんだ。うそだろう。ほんとうさ、ほら。少年の頬にあざが。こいつは脚を蹴られた、ここ。本当だ、痛かったかい。平気だ、アイツ牛が怖いんだ、なあ。犬も怖がるのよ。5歳くらいの少女も話に加わる。どうして殴るか教えてくれるかな。決まってらー、お金さ、お金はすぐ預金するからアイツは使えないのさ。お母さんいないのにどうやって預金するのかな。小父さんが送金してくれる。牛の通帳に。そうだ、おじさんよく知ってるね。昨日見せてもらった。ほんと、どこで。バギオの弁護士の家だ。弁護士のお兄ちゃんのところにいるのか、なら安心だ、元気にしてたかい。ああ、元気にしてた。子供たちが歓声をあげる。でもバギオは寒いから風邪引かない。今は夏だから大丈夫。そのうちお兄ちゃんがバギオに招待してくれるって言ってたじゃないか。
 子供たちの話は小父さんの通帳で確認できた。逆に教育費、電気水道代は振り込まれていた。信頼し合っているのだ、とゴメスは思った。すると小父さんは語り出した。なに、俺が払っておくといったのさ、すると、こういうことはきっちりしておかねばなりませんと。おこられた。そうなんだ、日本の女は怖い。わかります。だろう、あの電気水道も、おーい、来いよ、社長だ。この社長は材料費だけでいいといったんだ。従業員の給料は、あなたの生活費はときたもんだ。あの話か、驚いたな配線配管を上に持っていけって言われたときは。え、水道管を、あの屋根づたい、電線といっしょにあるやつ。そうだ、あの高いタンクから給水する
から水圧は十分でしょ、ってなあ、びびったよ。いい物干しになっている。修理もしやすい。そうなんだ。
 それによ、電灯は台所、トイレにまでつけるんだ、外灯もだ、スイッチをまめに切るように言われたものだ。そうそう、センサーライト日本から取り寄せてくれた。玄関につけると防犯にもなる。俺はお客さんの玄関駐車場などにつけた、感謝された。日本製品はすばらしい。今は電池式だがフィリピン仕様で売り出したら儲かると思う。だいぶ儲けたじゃないか。少しだけだ。
 道理でここはすっきりしている、排水はどうなっているのですか、とゴメスが話を戻す。排水は埋設管を通って浄化槽に集められる。浄化槽は曝気式の100人槽で逆流防止の開閉口もある。あれはソーラー発電機ですか。そうだ、マザーがとりよせた。停電のときにモーターだけでなくLED電灯も使える。これだけの施設はマニラでもめずらしいですが、世帯月300ペソでいけますか。俺の計算では500で20年だな、回収に。そうですか、最後の質問です、マザーの存在は。
 いてくれるだけで安心できるんだな。そうだ、彼女が来てから諍いがなくなった。いつの間にか人が集まっていた。何より病気がなくなったことよ。それもあるけど学校へ行けるようになって、食べていけるようになったことよ。オバちゃんたちも口をはさむ。そうですか、彼女は空気と太陽みたいな存在ですか。兄ちゃんうまいこというわね。ありがとうマム、本日の取材協力に感謝します。


 ゴメスは宣教師の取材をテレビ局のスタジオで行うことを提案した。テレビ局も同意した。出演料につられてやってきた。本日は児童擁護施設法の施行に向けての問題点を探って参ります。ゲストにはこの問題にお詳しいルイス神父にお越しいただいております。神父、本日はありがとうございます、さっそくこの法案についてお聞きします。いい法案だと思います。ただ、もっと早く制定施行されるべきでしたね。親にも家族からも見捨てられた子供はたくさんいます。廃棄物処分場でペットボトルを拾い集めてその日その日を生きているのです。
 神父は児童擁護施はどうあるべきとお考えですか。孤児、あるいは虐待されたこどもを擁護するだけでは不十分で、自立できるよう育てていくことだと思います。それでは神父ご自身が運営されている施設を紹介しましょう。画面にはご意見ご感想をお寄せくださいとの字幕が流れる。今こどもたちは何人暮らしていますか。20名あまりです。神父はフィリピンにはいつこられました。1991年3月。それ以来こどもたちを育ててこられた。給料の一部を当てました。失礼ですが給料は幾らぐらいですか。それはちょっと。
 では、ここでコマーシャルを。画面では子供たち、小父さん、建設会社社長などのインタビューが放映されていた。ルイスには視聴率1%につき10万ペソの報奨金が出されることになっていた。36%を超える視聴率が示される。ルイスの顔がゆるむ。と同時に意見感想の電話メールが殺到していた。それが順次紹介されてゆく。この国のコマーシャルは10分を超えることもめずらしくない。スタジオでは次の放映までの時間が表示されている。珈琲を飲みながらゴメスと雑談するルイス神父。次は施設認定とNGOの援助に入りますので。にっこりうなずく。テレビ局のサイトには全国から書き込みが広がっている。
 それでは次に児童擁護施設の認定基準について検討しましょう。ルイス神父、この基準は如何ですか、国民の税金を使うのですから妥当な基準でしょう、いくらいい法律でもこれが適正に運用されなければ絵に描いた餅になります。手続きをスピーディーにやって欲しいですね。なるほど、公務員には国のため国民のために働いて欲しいですね。おっしゃるとおりです、認定が下りるとフィリピン政府の援助だけでなくNGOの援助も期待できます。つまり多くの外貨を得る事ができるのです。今認定の見通しは。もうじきというのですが、もう一ヶ月が経過しました。NGO援助も認定がおり次第送金するとの連絡をもらっています。
 外貨が施設に使われると波及効果で経済にいい影響を与えますね、この国の政府は何をやっているのでしょう。困ります、今放映中です。なら好都合だ、ようルイス、元気か、持ち逃げした5000ペソ返してもらおうか。こいつはトンドの子供たちがペットボトルを集めた売上の5000ペソを持ち逃げした下種な野郎だぜ。どこをうろついていた、探すのに苦労したぜ、まったく。これは予期せぬハプニングです。あなたは。予期しないからハプニングってんだ、おれか、こいつとは悪ガキ時代からからのだち、なあルイス神父。
 彼の言っている事は事実ですか、ルイス神父。トンドを出て一山当てて金を倍にして返そうと思った。騙されたとき自分より上手がいると知った。ポリスにパトラをせびられ自分の未熟さを知らされた。ある日宣教師の車に忍び込むと着いたところは温泉リゾート。飲んで食って、残り物を食ったがこれはうまかった。思い切って話した、食わしてくれたらなんでもすると。掃除洗濯使い、なんでもやった。説教を丸覚えした、これはいい商売だ、俺の天職と知った。で、稼ぎは。そこそこだ。結構じゃねーか、5000けえしてもらおうか。今金はない、臓器で払おうか、釣りはトンドのこどもにやってくれ。いい心がげだ。施設の子供のインタビューが放映されているからお前も商売できないだろう。いい病院に連れて行ってやる。腎臓の一つで方がつく。命には問題ない。
 でも悪いことしたな、せっかくの儲け話ぶちこわしてしまって。いいんだ、あの施設のこどもたちは幸せそうな顔をしていた、子供のころを思い出すと彼らが憎たらしく思えた。わかるぜ、兄弟、経営者は日本人、NGOの援助が見込めるとくりゃほって置く手はない。途中ですがコマーシャルの時間です。引き続き皆さんのご意見ご感想を紹介してまいります。


 セール今度の取材で多くを学んだよ。よく聴くことは相手がよく話すことになる、日本人マザーのおかげだ、持ち逃げの取立ては本当にハプニングだったらしいがルイス神父の気持もわかる気がしだした、もう一度彼と話してみたい。それはいいことじゃないか、それと出版おめでとう。サンキューサー、最初ルイスの糾弾ばかりを考えていたが自分の考えを排除すると真実がみえてくる、真実は事実の中にある。事実をいろんな角度から見つめると隠れている真実をみつけることができると学んだ。すぐれたジャーナリストだから悟ることができたのだ。ルイスはこの国の政治に光をあて国民の目をこれに向けさせたと評価できないでしょうか。いえるな。彼が児童擁護施設を運営すれば、いいものができると思う。改訂版にそれを書き加えたらどうかな、海外からの翻訳出版が申し込まれているとか。そうします、今満足しています、金よりも達成感、この国に欠けているものはこれだ!ゴメス、しばらく身体を休めておけ、こんどの取材は命懸になるぞ。本望だ。


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