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作品名:フィリピンに生きる  新フィリピン事情 作者:佐々木 三郎

第11回    犬猫はにわとりを襲わない
             犬猫はにわとりを襲わない

 フィリピンの一般的では犬猫鶏が同居している。飼っているという感じと少し違う。彼らは人間を恐れないし、自分の領域を主張する。もっとも人間が上位に位置しているとの認識はあるようだ。人間が食事を始めるとぞろぞろと集まってくる。俺たち
にもよこせと言う。人間はかれらに魚の骨とか尻尾を与えるが、テーブルに手を出すと追い払う。かれらは次の配給を待っている。かれらの地位は犬猫鶏の順に見えるが力関係によるのだろう。手渡しでなく、投げ与えたものは自由競争、早いもの勝、強いもの勝、多少の差はあるが、猫も鶏もそれなりに口にしている。
 『犬猫は鶏を襲わないのか』と質問するとなぜそんなことを聞くという顔。魚の争奪となると鶏も負けていない、むしろ勝っているか。鋭い嘴で犬猫を追いやる。順位を訂正しなくてはならない。鶏のオスはほとんどが闘鶏用、当地の闘鶏はデスマッチ死闘である。脚に剃刀ナイフを付けてのマッチ。一二分で勝敗が決まる。観客の異常な興奮、敗者の死が判定基準。古代ローマの死闘競技場が浮かんでくる。勝者のオーナーは賞金10000ペソ、敗者は食に供される。残酷に思うのは日本人だけか。そんなわけで毎日寝そべっている犬猫の比ではない。
* 数年かけて育てた鶏も負けると食肉、勝っても賞金ははでなパーティで消える。貧乏人ほど金を使いたがる。笠信太郎は花見酒の経済といったが、風見鶏の経済ともいうべきか。富の蓄積はない。金持ちは金を使わず増やしてゆく。単純な理屈ほど実行はむずかしい。

 メスは卵を産むし食肉になるので扱いが違う。養鶏でなくチキンタクボー(走り回っている鶏)は旨いと大事にされる。誕生日に招待されたが、これはあのチキンタクボーだ、美味いだろうと言われると複雑な気持ちになる。どうしてかって、顔見知りの鶏を
食うのは。。。たしか、ひよこを8羽育てていた鶏だ。
 彼らの地位は力関係とボスである人間との距離の総合評価によって決まるというべきか。猫はねずみ蛇などを駆逐し、犬は外部からの侵入者を追い払うガードマン任務を遂行していることを付記しておかねばなるまい。ただ、犬も猫も何時食されるかはわからない。日本人には奇異に映るが、総じてかれらには大差はない。準家族ともいえようか。
フィリピーノは動物とのコミュニケーションが上手い。日本人が忘れてしまった動物の言語、動物との対話をいまだに覚えているのかも知れない。触れられても逆らうことはない。牛、馬、豚、山羊となると少し格上か。労働力、商品として扱われるが、
彼らの方は家族と思っている節がある。腹が減ると家の中に食い物をねだりに来る。追い払われるとすごすごと引き下がるがりる様子はない。
 この地位は道路上では違ってくる。車の多い市道を悠然と横断する牛に出会ったことがある。クラクションを鳴らしても一瞥して歩みを止めない。俺が先だとのたまうかのよう。車のほうが失礼しましたとやり過ごすことになる。ヤギも道路に寝そべるとなかなか起き上がらない。車がこれを避ける。かくして道路優先順、1位家畜2位車3位人、犬以下順不同となろうか。猫、鶏、馬の通行は
あまり見かけない。

次回 大家族


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