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作品名: 椰子の風に吹かれて 作者:佐々木 三郎

最終回   31
椰子の木

ユキの政策

 ユキの政策は単純明快、道路整備である。選挙運動はメディアのインタヴュー。生協の基盤票があるが、当選後の政治活動を
やり易くして置いた方がいい。毎日夕食時間帯に放送する。ユキの一日から、政策、実現後の姿が放映される番組だ。

 朝、家族と食事をして南海雄の世話をする。これが番組の看板である。視聴者はユキが始まったと画面に目を向ける。家族団欒の
一時をユキを肴に過ごす。ミンダナオの質素な家に住む主婦が国会議員を目指しているのだ。インタヴューは全国の生協支店を
回ってゆく。 今日は前回につづいて道路完成後の姿を見てまいりましょう。この国が道路で結ばれると生活は便利になるでしょうね。なるわよー。それだけじゃないのよ、ルソン、ビサヤ、ミンダナオがつながってフィリピンだって感じるの。生活が変わるわよ。バギオの野菜が全国の市場に並ぶの。ミンダナオの果物が全国で食べられるようになります。それに外国人ツアーが増えるからみんな儲かるわよ。
 道路の上が車道と歩道、下が鉄道。さらにその下が側道。お金がかかるでしょう。そりゃあ、かかりますよ。ただで生活がよくなれば言うことないけど。どうするのですか。借りればいいの。え、どこから。銀行、世界中にあるわ。貸してくれますか、国の予算の10年分。10年じゃ足りない、100年かな。まあ、見てなさい、安く借りてきますから。返せなかったら?この国は破産、植民地にされる。男は国外で女子供は国内で奴隷。じゃあ、今と変わりませんね。じょうだんきついわね、そんなことにさせませんよ。そうなったら腹掻っ捌いてお詫びします。ハラキリ、切腹ですか。そう、命懸でやらないと事は成らないのよ、100年先を見据える。まあ、10年後には暮しが10倍よくなってるわ。

 視聴率もユキ人気も鰻登り。道路公団設立、アジア開発銀行からの融資、日本からの円借款を取り付けると融資、円借款内容、設計を公表。これで悪名高い役人の賄賂はとれなくなった。やりましたね、よく金が集まりましたね。大統領、国会にお願いしたの、よくやって下さるのよ。意地悪い質問ですが道路ができるとフェリーとか、ジプニーの仕事がなくなるのではないかと心配する向きもありますが。大丈夫、今より仕事は増えるから。本当ですか。行きは鉄道帰りはフェリーって思わない。パラワン島の便を増やせばいいでしょ。でもあのサービスじゃね、客は乗らなくなるかもね。飛行機は飛行機の良さがある、交通全体がよくなるとみんなが良くなる。
 ところで、借金の返済はいけますか。いけていけてよ、外国人がお金を落としてくれるでしょ。そうそう、治安が悪いと客足が伸びないから犯罪人の逮捕は真面目にやってもらわないとね、最低でも95%は捕まえないと。犯罪が高くつくことを教えないと、警察に頑張ってもらうわ。それにね、借金は金でなくても物でも身体でも返せるのよ。え、また?何考えてるの、輸出を増やす、出稼ぎを増やす手もある。これで税収がまた増える。なるほど、出稼ぎはハウスキーパー、ジャパユキですか。何でもいいの、ダンピングしなければ。というと?聞きたい、今度ね。時間ありますから、教えてください。
職安から派遣するの、給料倍でなければね、就業時間、休暇も改善するといい稼ぎになる。いけますか。英語を国語にしてる国はアジアにはそんなにないのよ。わかる。世界の船員の80%以上がフィリピン人。どうして、そう、英語ができるから。もっと正確な英語を話せるようにしないとね。病院、介護施設も儲かるわよ、外国人を面倒見るの。

 公務員法改正施行。人員半数削減、給料50%増加、賄賂厳禁、半数道路公団に転籍。内半数発注先日本企業に出向。優秀有能な者が多い。この番組もはや20回目を迎えました。たくさんのご意見をいただいておりますが、その全部をご紹介できないのが残念です。ホームペーに全部載せていますのでそちらの方をご覧下さい。ユキ議員候補のご回答もなかなか追い着かないですね。そうですね、ありがたいと思います。さて、ユキさん、今度の公務員法改正どう見ていますか。いいじゃあないですか。大統領が公約されていたことですよね。とくにお聞きしたいのは日本企業への出向なんですが、有能な人が選ばれたのはどうしてでしょう。人事のことはわかりません、が、いいことだと思いますよ。だって、日本は仕事に厳しいでしょ。いい勉強ができるんじゃない。いろんな意味で。
 特別の事情がない全公務員の写真氏名経歴がネットで公表された。マスコミも大きく取り上げる。これで賄賂は遣り辛くなる。悪名高い警察官には取り締まる前にID身分証明書を提示するよう徹底させた。永年警察官に賄賂をせびられてきた国民から喝采される。ユキ議員にお話を聞いてきました、テレビがユキを引っ張り出す。公務員は国のため、国民のために奉仕するものでしょ。これからは尊敬される存在になると思いますよ。ええ、そうですね、大統領の指導力が発揮されたといえますね。この国はよくなりますよ。あんまり難しい質問しないで、私、一年生。日本企業の厳しさに根を上げるものが出てきたが、仕事とはこういうものかと実感する者もいた。優秀、有能と自他共に認めていたものがいかにレベルの低いものかを知るのだった。
 国のため国民にために働く意味を身体で覚えたのだ。やがて主要ポストに抜擢されてゆくのだが、この人事が理解されるには未だ時間がかかりそうだ。

 シャドウ大統領とのうわさが立ちだした。影の方が本体よりも印象がつよくなっていた。所得税法改正、日本並累進課税来年施行。ユキさんに感想をお聞きします。お金持ちが国に貢献されるのは素晴らしいことだと思います。私も生協にいた頃増収増益を図る事がどんなに難しいか経験しました。彼らを優れた経営者として尊敬します。これで国の増収は15%と試算されていますが。大統領のこの国への想いが彼らの心に通じたのでしょう。彼らが見たらイケシャアシャアと、と思うだろう。あとは土地保有税だ。比国版農地解放は歴史に残る改革となろうが、もう少し先だ。


 地図がない


 下院議員補欠選挙はユキの圧勝、有権者の80%を獲得して当選。すでに下院議員になっているマニーパッキャウの祝福を受ける。ハジ、あれじゃ、大統領にならなくてもいけるな。ハジも議員さんか県知事でもやったらどうだ。それもいいな。でも、ユキにこき使われるだろう。かもな。このスカイウェーいつごろ完成するのだ。5年かな、日本と違って土地の買収が簡単だし、文化財、埋設物などの障害物がほとんないからな。環境アセスも簡単だろう。
 ところが予期せぬことが起こるものだ。正確な地図がない。日本の国土地理院に航空写真を送る。国道、県道、市道の総合的検討が出来ない。県と市に都市計画の策定を指示しても経験したことのないことに戸惑うばかり。国県市さらにバランガイ(最小行政区)に敲き台のサンプルを提示して協議させる。それでもなかなか進まない。ユキ議員が怒って日本から役人を招請する。国、県、市の地方課、都市計画課の映え選りの10名が指導に当たる。国の典型的エリートタイプの発言が事態を大きく変える。若くして日本を担うという意識は彼を冷たい傲慢な男に見せる。『これは能力の問題でない、意欲の問題です。日本の小学生以下、時間の無駄ですから私は帰国させていただきます』と言い捨てて席を発つ。
 これにはフィリピン人もカチンと来た。負けん気だけは強いのだ。アイツ殺してやると叫ぶ者さえいた。まあまあ、と日本企業の責任者がCG画像で年計画案を示す。それは衛星写真に計画図が落とし込まれていた。正確な地図が届くまでこれで検討してはどうでしょう。さすがですね、いけますよ、山、とくに火山の保水力が心配ですから堰堤と植樹が必要ですね。その前に国立公園地区に指定して開発を禁止しないと。そうですね、県のご意見は。県としては国道へのアクセス道路を中心に道路計画を策定します。今、堰堤の話がありましたが貯水池の併設と風力発電機設置をお願いします。上水道および感慨用水の水源にも使いたいと思います。また、火山の周りは常時風が吹いてますから風力発電に適すると考えられます。なるほど、県のご意向に沿うように致します。関係市町村のご意見は。市としても異議ありません、ただし、風力発電は地元住民を優先に供給していただきたいのと景観を
損なわせないデザインをお願いします。分かりました、デザインが出来次第見ていただきましょう。
 日本の役人が代弁する遣り取りにフィリピン人も自分たちが公務員だと感じたのか、発言する。そこは台風の通り道だから貯水池が小さいのではないか、風力発電機が壊れるのではないか、地元の市が指摘する。国が降水量をたずねる。日比が国県市のレベルで相談する。比が発言して日本は相談役にまわるようになっていった。

 問題発言をした国のエリートは空港で出国を止められる。私は日本の公務員だ。イエスサー。理由は何か。わかりません、フィリピン政府の方針でしょう。ふざけるな、日本大使館を呼べ。そこへ国会議員が駆けつけてくる。セール、大統領が引き止めるように言っておりますのでお待ち下さい、と空港待合に連れてゆく。ユキが電話にでる。『お兄さん、出来の悪い生徒でごめんね。でも、今必死で頑張っている。計画大分まとまったみたい。ちょっと見て欲しいものがある。セブまで来て。その小父さんが案内するから』小父さん国会議員の名刺を差し出し説明を始める。食事を注文する。この日本人は大物かと周囲がみる。悪い気はしない。可愛いウエイトレスの尻を触る。50ペソ。おっぱいもみもみ。100ペソ。ソロットOK?3000!高い、2000。セール、よかったら。いや、今度にします。いつでも言ってください、お世話しますから。(なんという国だ。国会議員が売春斡旋とは)食事代でもめる。セール私の顔潰すのか、怒り出す。日本の公務員は供応を受けることが法律で禁じられている。ユキに電話する。『お兄さん、気持受取って。収賄ない、日本違う。大丈夫。問題ない。日本に行ったら美味しい刺身ご馳走してね。フィリピン人にも面子ある。顔立ててやってください』わかった、ご馳走になる。サンキューサー。
 国際線からドメスティックに移動する。国賓待遇に気をよくして大分心を許しは決める。ラグーナ湾、バタンガスを見つめる。その眼は自動車道を辿る。セブマクタン空港に1時間で到着。ユキが出迎えて、そのままラプラプ公園に案内する。マゼランの記念碑、彼は立ち尽くす。ここから歴史が始まったのか、この国の植民地の歴史が、いや、世界の帝国主義の歴史が、、、。
 セブ、マクタンを結ぶ橋を渡ってボホールへ向かう。日本のODAでこの国は橋、トンネル、田圃整備などが行われているが猫に小判の感がする。ターシャ、チョコレートヒルズには儀礼的に礼をいう。帰り日本人が島を買って住んでいる小さな島に立ち寄る。挨拶もそこそこに、こんな国に援助しても意味はないと伝える。もう少し別の観点からご覧になるとまた違ったものが見えるかも知れませんよ。島のオーナーはその著書を渡す。後で読んでください、島を案内します。海だけの何もない島だが、200人の島民と豊かに暮らす姿に感動した彼は結局語り明かすことになった。
 昔、大久保利通らは欧米視察の帰りに東南アジアを怠惰な民族と評しています。ここでは日本人のように勤勉である必要がないのです。必要になれば勤勉になるでしょうか。私はそう思います。時間があればミンダナオのマリンレスキューをご覧になるといいですよ。10日間の不眠不休の採用試験は今の日本人に耐えられるでしょうか。そうですか、覚えておきます。私明日から都市計画策定に戻ります、貴重なお話ありがとございました。

 地図はその国のレベルを知るものさしかも、何故そんなに精度を追求するのか、かたや、基礎のないところになにもできない、無言の対立。地図から作成される平面図、断面図、立面図、面積、容積が実測とほぼ変わらないことを見せ付けられて対立が終わる。国家公務員でこの程度である。地図から読み取る情報には質量ともに雲泥の差がある。日本の住宅地図会社が営業にくる。ユキの一声、金に糸目はつけない、半年でやってちょうだい!手付金8億円。山奥,離島を除く住宅地図が期限内に出来上がる。
 基礎データを提供されたとはいえ、手間のかかる一軒一軒の聞き取り、情報入力を人海戦術でこなして言ったのだ。この会社はフィリピン人の使い方が上手い、以前から情報入力をフィリピン人にやらせていたようだ。あら、社長さん前渡金入れてなくて御免なさい。中間金すぐ入れますから、足りなかったら言って下さいね。有難うございます、先生、地図が完成しましたらネット、携帯電話に売り込みますから、この点のご了解を。まあ、ご丁寧に、いいのよ売れるものは今からでも売ってしっかり儲けてくださいな、今後ともよろしくお願いしますね。



鉄道橋の完成



 地図は大きな力を発揮した。建設費1兆円の瀬戸大橋がいくつも現れたと言えば嘘になる。大橋は10億から100億円程度に抑えなければならない。それでもこの国の国力からすれば1兆の感じだ。だが建設費は世界中どこに行っても同じである。用地、人件費が安いことは大きいが全体の数%に過ぎない。都市計画も実施されて行った。世界最先端の新幹線を運用できるか。道路維持管理、借入金返済など課題は増えてゆく。シンプルライフも変わってゆくであろう。

 よくぞJRと50:50合弁、共同企業体JVにしたものだ。費用も収益もすべて折半、JRの建設費、出資分を比公団が向こう100年間で買い取ってゆくのが骨子。日比政府に連帯保証さえたのも大きい。@日本のODA援助が受けやすい、A日比鉄道公団JVは毎年会計報告を行うから汚職がやりづらい、のだ。また、運営管理もJRに一任、おんぶに抱っこの指導を受ける。10年間で比公団が自立できるように取り決めた。まあ、100年後も日本人顧問を必要とするだろう。JR新幹線技術がこの国に根付くことはないと観ているのか。ところがJRの対応は鷹揚だ。なぜだ、考えてもわからない、坂本はJR比所長に疑問をぶつける。所長も本社の思惑をつかんでいないようだ。ということは余程大きな理由があるな。

 坂本のもっとも恐れたことは、このプロジェクトが国民の熱望から生まれたものではないことだ。熱望は時空を超えて人々を動かすのだが、与えられたものはそれこそ猫に小判になりかねない。@紫雲丸事件から瀬戸大橋完成までの映像を英語吹き替えで流す。A学校でも鉄道橋の意義を教える。B鉄道橋記念館建設。などの策を与える。馬の耳に念仏でも繰り返すしかない。坂本の祈りに近い叫びを理解できる人間は少ない。

 明治維新のように国づくりに命を懸けれる人間がいない。どのように育成するか、いや、出てきて欲しい。マジェランに始まる植民地主義は西洋の力の理論を定着させた。欧米ではジャックの豆の木は、富は奪い取るものとの教材に使われている。イソップ物語で丸太橋で突き合うヤギは、譲り合いではないのだ、相手を突き落とす力が重要と解釈されるのだ。これが世界の主流である。謙譲の美徳は南蛮人、紅毛人には理解できない、それは100年先のことであろう。そうなれば世界平和に一歩近づくのだが。富国強兵を国是とした明治政府を評価するにはまだまだ早いのではないか。

 鉄道橋完成をひかえて坂本の不安はつのる。すでにインフレが起きている。経済効果が波及してゆくには時間がかかるし、恩恵にも差が出る。ユキは、今までより悪くなることはないでしょ、と気に留めない。外国人ツアー客が落とす金、人材海外派遣、輸出振興、未来はバラ色、人生七色、ユキ国会議員節は名調子に冴える。『ディ、赤ちゃんできたみたい、お父さんくよくよしないの』。素晴らしい、おとこ、おんな、俺頑張ったからなあ。『20代並ね、私のだんな、ともだちに自慢できる}。よせよ。農地解放早めるか、国土利用計画基本法案、提出できないか、いらいらが増える。

 『リュウジ、ユキの言うとおり、あんまり思いつめるな』。ハジ、お前も少しは考えろ。ハジ議長も壮大な鉄道橋建設がおぼろげに解ってきたのか。『兵士に土地やったら家を建てる、家畜を飼うやらもっと仕事よこせときた』。本当だな、持つほど欲しくなっるって。国軍将校が寄ってくるようになった』。ん?。『将校以上の兼業を禁止するって脅したのだ。月ミリオン振り込んでくる』。買収されたのか。『まあな、俺は公務員でないし、損はない。防衛情報も入ってくる。鉄道橋には手を出さないといったら5ミリオン、いい稼ぎだ』。ついでに警察を脅せ、検挙率90%いかなかったら組織改革するって。マスコミに事件発生件数検挙率を特集させるから。『そうか、警察を乗っ取るか、天下り先にいいかもな』。観光産業に治安は絶対条件だ。そろそろ恐喝業、誘拐業は止めてもらいたいな。『リュウジにだけは言われたくないな』。カーシムが吹き出す。四人で心底から笑う。


汚職絶滅運動は徐々に効果を上げていた。公務員半減給与5割増額によって意識が激変した。公務員に、国家国民に奉仕するという態度がでてきた。根性のありそうな公務員を海援隊に体験派遣させたのが大きい。体験も伝播する。体験映像をテレビで流す。柳沢の体験入隊を編集したドキュメンタリー番組は人々に衝撃をあたえた。植民地時代から言われたことだけをやってきた国民が目覚めはじめた。俺たちにもできると考え始めたのだ。

 汚職に対するメディアの報道は国民から喝采される。ポリスパトラにせびられてきた庶民はユキ議員を黄門さまに見立てる。殺人強盗強姦誘拐などの凶悪犯が逓減している。カラーボール作戦、情報提供者への10万から100万の懸賞は犯人逮捕に効果がある。同様に逮捕した警察官への表彰賞金一封昇進は警察官の勤労意欲を掻き立てる。犯罪許すまじ、をスロ−ガンに捜査は執拗に犯人を追う。何より社会秩序に貢献という名誉と尊敬が公務員の意識を変えている。


 被疑者の取り調べ、被告人の裁判、刑の執行が詳細に報じられるようになった。最近犯罪が減りましたね?法治国は法律で裁くのじゃない、この国は法治国なのよ。ここ数年の経済成長はめざましいですね。観光立国を宣言された大統領の政策じゃない。そうですね、でもユキ議員、鉄道建設費の償還、懸賞金、報奨金の捻出が大変でしょう。そうなの、観光客が増えているから税収もふえているのよ。お客様は神様ですか?そうよ、神様、あなたたちメディアも観光宣伝に協力してね。あの、懸賞金、報奨金は効果的ですね?誰だって垂れ込みはいやでしょ、1万ペソはその気にさせない。お金は世界の惚れ薬って言うでしょ。10万ペソの報奨金は犯人の報復を恐れなくする、ですね。そうよ、それにね捜査も楽になる。警察官も給料が上がりますね。だって国民の命を守る仕事ですからね、予算があればすぐにも上げたいわ。



 闇の連中、いやに物分りが良すぎないか。全米コンピューターのパルスを破壊すると脅しただけで広告宣伝費、鉄道橋建設費、すんなり出したし、核廃絶、武器廃絶、にも素直なのだ。豚の子は太らせて食う、というからな、宇宙からの防衛システムを組まないとおっ着かないな。ハジその辺、ムバルクに聞いてみてくれ。わかった、そうそう、彼もリュウジに会いたがってたぞ。橋が竣工したらゆく。とにかく連中の腹が読めない、人質に家族も含めよう。難民キャンプ支援にわれわれも一層奮励しますとカーシム大佐が冷やかす。そうだ、いまや国際貢献しているのだ。お前たちはのんきでいいなあ、建設費の償還は観光収入だけでは利息にも足りない、俺はこんなところで愚痴るしかない。リュウジ借金をまともに払うのは日本人ぐらいだ、今は闇の連中が金の神様、福の神、大切に扱わないといけないとハジが笑う。借金は踏み倒しても鉄道道路の維持運営費は永遠に掛かるのだぞ。それまで俺たちは生きていまいて、ハジが葉巻をふかす。くそ、借金返すまでは死んではならない。そりゃ無理な話だ。借金を踏み倒すことは死ぬよりつらい、俺にとっては。武士道か。インシュラー。切腹ではすまされぬ、汚名を残して。シャハラザードの笑顔が浮かぶ、無事にいるか。

 道路架橋は一部供用を始めているとは言え、全面開通ではじめて安心できる。日本の材と技を使った世界最高の品質だ。橋のディザインは景観によくマッチしている。全体に各地方がイメージできるように色が使われている。県境がよくわかる。通行料も航空料金なみだがわれもわれもと押しかける。これでやっと一つの国家となったのだ。観光客は神様だ、キャンペーンを打ち続けているが国民が実感を持って実践してくれるだろうか。

陳に電話してみる。柳さん、心配ない、しっかり儲けている。鉄鋼、セメント、電線、などにオプションを取り付けていた。5年間生産量の半分を優先的に購入できるという契約だ。不況に喘ぐ日本企業が話に乗ってきた。中国、韓国も乗り遅れまいとしたが品質不足と道路公団に蹴られる。契約金各社に1億円拠出させる、契約期間無利子で運用(年50%は堅い10社で5億の営業外収入)できる保証金のようなものだ。道路公団の下請け企業は柳からオプションを購入額の1%で買って、その分公団に上乗せ請求するという話。


 なかなかやるな、柳さんも。で、陳は。少し儲けさせてくれた。それはよかった、カルロスにも何かしないとな。久しぶりに三人で飲むか、出て来い。そうするか、飲みたい気分だ。マニラに飛んで日本料亭に向かう。空港タクシーに乗ってホテルに立ち寄るトイレで服装を変える。エレベーターを上下する。尾行に対する保身が無意識に出てくるのだろうか。カルロスの運転手セヴァスチャンが手を上げる。久しぶりだな、元気か。セール元気元気、バギオ行きたい。そうだな、俺もだ。明日は?お前、バギオに彼女できたのか。お母さんの料理食いたい。そうか、そうだな。


陳と俺とはどんな縁があるのか、こうして酒を酌み交わすとは。それは佛教思想か、俺も不思議に思う、カルロスは。同感だ、リュウジと出会って人生に退屈しなくなった。カルロス、宿泊施設のあるゴルフ場はどうだ、世界のトーナメントができるコースを造れ。儲かるか。選手、役員、報道関係、わんさか来る。地元も潤う。山を切り開くと水源にもなる。大きな池に魚、水鳥、菖蒲。各コースに別の木を植える。遊園地、ショッピングモール、など家族で滞在できるようにする。バスターミナルからは馬車で送迎。面白そうだな、夢は、見ることも実現することも楽しい。カルロス、ショッピングやらせてくれ。一緒にやるか。それと牧場、田圃、果樹園、造林、ともかく自足自給が大切だ。

 どういうことだ、リュウジ。豚の子は太らせて食う、連中がおとなし過ぎる。完成を待って乗っ取りにくるかも。その時はその時、われら三銃士、断固戦う、なあ、陳。応、いざ行け、つわもの、フィリピン男児!龍次、われら三銃士に敵なし、突撃。いつになく陳が多弁だ。遊休未利用地は開発申請だけでも済ませて置くように、他言無用。そうか、わかった。かつての宿敵陳とカルロス、ユダヤとイスレムもこうなれる日が来るであろうか。


 鉄道橋の完成は経済的、社会的、精神的に大きな効果をもたらした。所得増は生活水準を上げる、勤労意欲を高める。インフラの整備が進む。国民に希望と勇気を与える。衣食足って礼節を覚えて欲しい。都市計画が進むとスラムが消えて行き、紛争がなくなった。ユキの議員節は国民の子守唄、新軍歌、大統領にとの声が高まる。私ーしゃ、シガナイ、ジャパユキ暮らし、どぶ板議員でも身に余ると思ってる。マニーパッキアウを超えること、これが生涯の夢。もっともさ、エベレストより高くて、このか細い腕では。でも議員には口があるじゃないですか。そうね、口なら判定に持ち込めるわね。口では誰も議員に勝てないと言ってましたよ。失礼ね、誰が言ったの。

新幹線は外国人の利用客で満席だ。観光だけではない、商用客もいる。安全、時間に正確な運営は航空利用者をも取り込む。早くもローカル線の要望が上がる。渋滞、大気汚染が社会問題になっているからだ。一日2往復、ルソン、サマール、ミンダナオと南北に駆け抜けてゆく。片道5時間、マニラとダバオは2時間だが将来は90分に持ってゆく予定。日本の技術はすばらしい。なぜ山岳コースを採ったのか。バナウエの天まで続く棚田では臨時停車、5分間の写真撮影時間、粋だな。車窓から山岳、太平洋、ルソン海の景色が楽しめる。これが10往復、20往復になれば、そうか、JRは採算が取れるとみていたのか、咥えて世界市場への新幹線売り込みの弾みになる、坂本はJRに畏敬の念を覚えた。先進国日本は、企画、実行、経営の三拍子がそろっているのだ。鉄道網がもたらす波及効果はこの国を変えるだろう。フィリピン人が真に独立を望むならば、それも可能と思うようになるのは時間の問題だ。交通、金融、販売と次々に華僑の権益を剥がしてゆくことになろう。再び日中戦争になるか、かもな、岡本理事長の『白刃相交わるとき退くこと能わず』だ。


 事は成すより維持することがもっと難しい。さまざまな内圧外圧をはね退けるのはユキにできるだろうか、坂本は心配する。しかし今はこの国がユキを必要としているのだ。大した女だ。恋女房をみまもる。事が順調なときはこのままつづいてくれと願う。俺も歳か。しかし、財源確保に農地解放だけはやっておきたいな。基本的産業が育たないと鉄道橋も立ち枯れとなる。海外出稼ぎで食ってきた国に鉄道橋は百年早いと坂本自身が思ったものだが、思い立ったらやるのが坂本流だ。そして、やってしまったのだ。何をいまさら、とユキは思う。

 坂本は柳沢にメールを送る。すぐ返信が来た。

 『拝復、下記のとおり私見を申し上げます。

 1、製造業はこの国では100年以上早いと考えます。やはり観光、農業、漁業を中心に進めるのがよろしいかと。

 2、労働分配率の低さが経済発展を阻害していますから改革が急がれます。

 3、国民の生命、財産を守る国家に変えることが前提であります。』



 ユキは坂本の意を体して、改革に取り掛かる。今では表に出なくても他の国会議員が手を上げてくる。遊休未利用地の土地保有税は議員立法だ。命懸の大勝負。農地解放の試金石でもある。ユキを信奉する若い国会議員がユキと話なしている。あんた、腹括れるの。大丈夫です、私の名前永遠に残る。そう、覚悟はできてるのね、家族の身にも災難がくるかも。母ちゃん、応援してくれる、家族も。まず、大統領に話をつけるの、これは私がやるわ、国会議員の根回しは法案提出直前に農地案も一緒にね。わかりました。頑張ってね。期待している。

 法案が公表される。国民の意見を聞く。この国では前例がない。メディアが特番を組む。国会審議は喧々諤々、属議員たちは世論に押し切られて賛成にしたとの保身を図る。世論調査は法案に賛成が90%を超える。外堀は埋まったか。政治は数だ。可決成立、施行。これは革命だ。90%の富が10%の富裕層から取り上げられ庶民に分配される。分配された富はどうなるだろうか。拡大成長して国を栄えさせるか、国民を幸福にするか。富裕層の反発をどう抑えるか。拡大生産をつづける土壌がまだない。まさに正念場。ディー、金のかからない方法ある。あるさ。教えて。ただではなあ。身体で払う、いかせてあげる。そんなら前払いだ。好きねえ。

 富裕層をマラカニアンに招いて表彰、勲章授与。メディアが褒め上げる。日本の宮内庁に式次第照会する。ついでに晩餐会にも世界各国の皇族に列席してもらう。国民には特別感謝祭をやらす。こんなもので済まされるか、と富裕層は思うが今は表に出せない。土地を与え仕事を与えるとは植民地主義を根底から揺るがす。感謝祭は国民祝日となる。誉め殺しか。怒り心頭に発しても、見え透いた手口に抵抗できない。やつらは常に先手を打ってくる、いったい誰がシナリオを描いているのだ。今は愚痴るしかない。

ニュースは世界を駆け巡る。アメリカ大統領に『この国の民主化は世界の手本になる』と来賓祝辞でしゃべらせる。次回アペックをフィリピンでの開催を発表させる。法案解説番組が流される。フィリピン人にも土地所有、マイホームの夢が見れるようになってきた。大統領とユキ議員との対談は視聴率67%を記録した。


『お早うございます。大統領は汚職追放法を公約に掲げられ、また実施されておられます。まず、ここからお話を伺いましょう』

『お早う御座います、今日は美人議員との対談なので少し緊張しています。』

『はやく奥さんもらいなさいよ』

『そうですね、そのうち、うふん、私が汚職贈収賄を憎むのは、これが民主政治を腐敗させるからであります。つまり、政治が民意ではなく、金で動くということです。』

『金とは、華僑資本、スペイン財閥のことですね』

『それもありますが、私は身近なパトラ=賄賂で行政が左右される現状を改革することから始めました。公務員の給料は国民が納めた税金 から払われています。血税は公共に使われねばなりません。この当たり前のことがこの国ではできていなかったのです』

『公務員の給料が安いからと言う人もいますね。雇用の創出、産業育成も急がれますね』

『それはそうなんですが、まず、汚職の追放、公務員削減を進めてきました。この前、訪日した時、震災も視察しましたが、復興に携わる日本の公務員は良く働きますよ。』

『国のため、国民のために働く』

『そうなんですね、仕事に対する使命感、誇りというものを感じました』

『日本の公務員の給料は民間よりも低いのは当たり前、民間並みに働けという意見があるそうですが』

『どうなんですかね、私にはよくわかりませんが日本企業の生産性の高さは世界一と聞いています』



 本丸に火の手が回ったのだ。所得税、相続税、土地保有税と外堀内堀が埋められ大砲が打ち込まれてきた。不動産譲渡税もそうだが所得税の累進課税が挙げられたので富裕層には応える。毎年上位100の富裕層、多額納税者が公表される。役人は贈収賄を恐れていうことをきかなくなった。下手を打つと監獄行きだ。追徴税はすべての財産を持ってゆく。国税=酷税は虎よりも怖し。

 税務署では『マルサの女』を研修教材に使っている。税務職員に誇りと意欲が生まれてきている。当たり前の政策を正面からぶつけてくる。これに対抗して土地転がしを試みたが買収しようとする土地には抵当権がつけられている。生協、もしくはその息がかかった債権者だ。

 見ていろ、今にそっくりいただくからと闇の黒幕はみつめていた。NO1は誰か。どこにいるのであろうか。軟禁状態におかれた中にはいないのか。坂本に知る由もなかった。黒幕容疑の人質の増加と謎の飛行物体が抑止力となっているのであろう。とくにコンピューターのパルス破壊は武器の廃絶に効果をみせている。力には力、今の世界力学だ。闇の黒幕も今は息を潜めているようだ。力は正義なり、から人類は皆兄弟、になるのはいつの日か。できることならシラーか笹川良一をテレビ出演させたいものだ。思想は時空を超える。平和思想が覇権思想を凌駕するには数十年、数百年の時を要するのかもしれない。


 坂本は謎の飛行物体の平和利用を考えている。医薬品の緊急輸送、犯罪に追跡、河川清掃、老朽人工衛星の回収などなど、しかし、軍事目的に使用される恐れもあるな、これを防ぐには、倫理観しかないのか、とか自問自答している。この物体の製作を日本の町工場に依頼したときのおやっさんたちの顔が浮かぶ。1億円の現金を持参して町工場の組合事務所を訪れた。万札一万枚は重い。10kgはあろうか。@どんなレーダーにも映らないことAどんな最先端技術技能を使っても模倣できないことB家族にも身の危険が及ぶが秘密を守ること、を条件とした。『世界平和とは面白い、やりましょう、なあみんな』有難い、問題は税務署だ、現金の保管と使い方から足がつく。心配ない、俺たちは税務署の怖さは身に染んでいる、それに組合長は経理の達人、税理士以上だ。なら安心だ、決済はすべて現金だが、質素な生活を続けてもらいたい。心得ている、手打ちの宴会といきやしょう。


 組合事務所に料理が運ばれてくる。下町の味だ。坂本が戦争屋の手口を語るとおやっさんたち怒りを顕わにする。よーがす、旦那の注文以上のものを作ってみせますよ。よろしくお願いします、毎月500万現金を持ってきますから、領収書はねじ5個と書いてください。高いねじだな。どこかで聞いた話だ。でもよヤリガイノある仕事だよな。ああ。あんた、お客さんですよ。これが現金運び屋です、こいつに領収書を渡して下さい。

 兄さんも召し上がれ。いただきます、いけますね、これ。食う前に仕事がすんでからだ、お前はこれから毎月食える。そうでしたね、奥さんたちに内緒の話が、あちらで。内緒の話、何かしら。これ宴会料。10万も要らないわよ。残りは臍食ってください、これは奥さんの花代。なに、一人3万、夜の商売に出られるかしら。出られますますよ、これは生活費の足しに。一軒10万も、いいの。毎月来ますから充てにしていてください。

 本当、兄さんいい男ね。ありがとうございます。なんかわかなんけど福の神がやってきたみたい。理由なんかいいじゃない、さあさあ飲みましょ、今夜は酔っちゃうわ。そうね、景気良くいきましょ。この物体の受注で町工場が生活が派手にならない程度の報酬が肝要。真面目に働くものは金を大切に使うからそれは取り越し苦労であった。質素な生活を続けている。最高機密を守には平凡が一番。町工場から日本食の御中元はありがたい。お返しにはにはマンゴーを送っている。


 謎の飛行物体1号機は坂本を喜ばせた。できたものから買い上げると約束した。代金はどうなる、兄ちゃん?納品後一月後組合長が尋ねた。悪いようにはしませんから、と言ってました。坂本の旦那が?それから別の注文を持って来ました。超小型発電機、太陽光風力を問わず?これは理事会召集だ。とにかくやってみよう、値段などできてからだ。それがいい。それとー、組合を法人化するようにとも坂本から言付って着てます。製品は世界中で販売しますからこの会社を総代理店にして下さい。代金は組合の口座に振り込みます。法人化って面倒なんじゃないか。私がやりますから法律経理の得意な人を付けてください。柴崎さんの息子がいい。そうだ啓太が適任だ。中小企業等協同組合法に基づく法人格を取得すると組合が一括受注販売に乗り出す。


 啓太は司法試験、公認会計士を目指しているだけにたちまち組合法を理解した。町工場の実情も子供のころから知っている。超小型発電機のモーターを日本で、この町で生産すれば他が真似ることはできない。他の部品は海外で生産してもいい。啓太の説明に理事会は納得した。しかも組合が作ったものは何でも買い取るというのだ。そんな美味い話があるのか。もともと今回の話、降って沸いたような話だ、毒を食らわば皿までだ。俺もそう思う。商業が工業を育て、また工業が商業を育てる。職人が作りたいもの=夢を作って世に送り出す。世間の欲するものを工業に伝えそれを普及させるのが商業だ。

 組合と組合員との契約に戸惑うおやっさんたち。只今の発言は組合理事ですか柴崎鉄工社長ですか?そんなこと、俺は俺だ。そうだ、理事と言われて社長と言われて頭がこんがらがる。俺もだ。そうか、みんなは?ではこうしましょう、理事のみなさんは会社を息子さんに譲って組合理事に専念する。兄ちゃん、そんなことしたら会社が潰れる、うちの坊主など10年早い。大丈夫です、会社の顧問として後継者を育成してください、顧問料は退職金代わりです。そんなことできるかい。思い切ってやらせてみるのもいいかも、いつまでも洟垂れでは困る。そうだな。けどよ、うちは息子がいない。奥さんを後見人にして娘さんにやらしな。それは面白い。くそ他人事と思って。あれだけの器量良しだ、いい婿が来るって。


 おやっさんたちは仕事師だ、組合の仕事は苦手だ。会社では親方どおり、家では息子から組合運営を習う。師弟関係は昼と夜で逆転する。息子は父の腕に驚き、父は息子の頭に驚く。それはよ、種より畑がよかったんだ。けっ、お前にだけは言われたくない。そうだよ、お前さん失礼だよ、うちだっておなじだからね。何を、このあま。こうして組合も町工場も順調に業績を伸ばしていったが謎の物体生産をおろそかにできない。人手不足。町工場全体を組合員にして再開発に着手する。近代化資金の借り入れは順調に行った。新組合員は喜んだ。俺さ、店たたもうと思って居たんだ。組合が買ってくれるわ、資金は貸してくれる、まったく組合様様だ。だよな。


 毎月の宴会中、謎の飛行物体のニュースが世界を駆け巡ったのだ。理事だけが製造の秘密を知っているのだ。やはり坂本の旦那やることがすげー。それによ、おかげで下町の工場が復活した。うちの坊主発電機にのめりこんでよ毎日設計図を書き直している。俺んちも、仕事となると親方と呼ぶから気分がいい。あの兄ちゃんまだか。遅いな。何かあったのか。始めるか。それは失礼だ。遅くなりました。呼ぶより謗れだ。お話があります。どうした兄ちゃん改まって。これが最後になります、僕結婚します、外国に行きます。外国だって、相手は異人の娘?来月からは請求書に500万乗せてください。え、本当に今日が最後なのかい。家族全員で送別会だ。なんだって兄ちゃん結婚するって、うち男がいないだろ、娘のお婿さんと考えてたんだよ、あんた何時知ったの。たった今だよ、俺だって驚いている。あのお、僕もお嬢さんを見るだけで幸せでした、けど、もう童貞じゃないんです。筆卸済んだの、泣かせるねえ。私もねえ誠実な方と思っていたよ。残念だな、もう3年になるか。はい、三年半になります。その夜はいつ果てるともなく宴会がつづていた。



 あなた何考えてるの?小型発電機だ。ユキが緑茶を入れてきた。あれね良く売れてるわ。それは良かった。でね、岡本理事長が華僑の総帥に日本式販売を持ちかけたの。それで。だからさ、世界中で売れてるの。すごいな。総帥は『世の中で必要とされるものは必ず売れる。買って使う者から感謝されることが本当の商いだ』と言ったそうよ。そうか。生協と華僑との競争は少なくなってきたそうよ。

 総代理店は柳の会社だ。陳から華僑を通じて世界中に販売されている。アフターサービスは日本流を取り入れた。アヤユキ生協に習ったのだ。『商いは物を供給するだけではない、効用を供給してこそ客の満足を得るのだ』総帥の弁は華僑に衝撃を与えた。岡本理事長とできたんじゃないか。それあり得るよ。年齢的に無理ある。誰か妙薬飲ませたか。シゴロシゴロ、多分多分。キサスキサス。たれか、誰あるか。

 欧米でも停電時、隔地にと買い求められている。太陽光風力発電機とも発売当時は5kgだったが今では1kgのものまで軽量化されている。発電、蓄電も短期間で大幅に改良されてきている。『付加価値の高い商品を安く提供するのが日本商法か』、と総帥を言わしたそうだ。日本民族は競合を共存に変える。世界中に広がる組立工場は雇用を創出してゆく、関連産業に有効需要を生み出してゆく。今では『消費者、関連事業者からの感謝は金以上の報酬だ』と総帥が言っているそうだ。各国政府も税収が増えるので大歓迎だ。もう何年になるかな。南海雄が生まれた年よ。そうか、そんなになるか。あなたと一緒だと毎日が楽しいわ。




 愛欲理論 


 バギオに向かう車には陳とカルロス、ユキと坂本が乗っていた。セヴァスチャンはハイウエーを飛ばす。きれいな道路、気持いい。あんまり飛ばすな。セール問題ない、私プロ。しっかり前を見て運転しろ。オッテン切り落とすぞ。オーノウ、だめだめ、いけません。晩飯抜き。許して、それだけは!2時間足らずで塩崎宅に到着。隔世の感じ。バギオも近くなったものだ。お母さん会いたかった。ユキさん、よく来てくれたね。しっかと抱きあう。つづいて清美も。オイ、カアサン、シゴトアルカ。そうね、家の周り点検してくださいな。ハイ、カスコマリマシュタ。どこで習ったのだ。セール、コイ、テンケンダ。OK。塩崎さん、陳とカルロスです。まあ、よくいらしてくれました。さあ、どうぞおあがり下さい。坂本は門を点検する。大丈夫だ。初めて塩崎家に来たのがついこの前のことに思える。セール、問題ない、プールをソウジスルカ。よし。ヨシ、イクカ。張り切ってるな。イエス、ハラキッテル。切腹か。ノウ、俺ハラキル。


 マリアとアンジェリータがやって来た。にぎやかな夕食となる。ツレジョンベン、気持いい。マリアはしたないですよ。明日はバナウエの棚田を観に行くことになった。陳とカルロスが主賓格。話が白神に及ぶと小熊の興行。待ってました、とユキ。女たちの涙を誘う。ユキの活躍に話が移る。清美が思いつめている。祖父の日記について坂本さんにお聞きしたいのです。今から研究室にお願いできますか。唐突な申し出だが、次はいつかもわからない。塩崎夫人が私たちはここで待っています、坂本さん、いってあげなさいな、と場を制す。


 清美はマンションに坂本を案内する。緊張している。『坂本さん、お情をください。私、ユキさん、マリアさんのように坂本さんの子が生みたい。思い詰めた心情を吐露する。『清美さんは日本人だ、お爺様に申し訳が立たない』坂本は山田中尉思い浮かべる。『女の魅力がないのですか、私には』顔を真っ赤に染めた乙女が女になろうとしている。必死の思いは理性を超える、(ままよ、据え膳食わぬは)わかりました、身に余る光栄、ご期待に沿えるよう、つとよう。ふるえる清美を坂本が赤子を抱くようにつつむ。愛撫に拙く応える清美。日本の女だ。愛情表現も控えめだ。それがまた男の情欲をそそる。坂本が静かに入ってゆく。嬉しいと、清美は坂本をかき抱く。激情がおさまるとシーツに鮮血が。驚く坂本。沈黙が流れる。再び清美が坂本を狂ったように求める。今度は悦びの声を立て、か細い身体が坂本を持ち上げる。こどもを産みたい女は処女でも快感をうるのであろうか。性は女のためにあるのではないか。


 そんなことを考えながら坂本はいそいでシャワーを浴びる。遅くなるとユキに気取られる。清美も身支度をする。日記をもって塩崎宅に戻る。が、徒労に終わる。清美自体が全てを物語っていた。今時こんな純情な女がいたのか。耐え切れなくなって、ユキさんごめんなさい、私こどもが欲しかったの。ユキが抱きしめる。初めてだったのね、横になりなさい。塩崎真知子の娘の部屋に連れてゆく。腰の下にクッションを入れる。しばらく寝てなさい、赤ちゃんの夢でもみてなさい。清美は激情を思い起こしていた。坂本が入ってくると少し痛かったが下半身が広がった。やがて痛みが甘味に変わる。突き上げられて広い空間に浮かぶ感じだ。精液が子宮に放たれると清美は金色の光の中に投げ出された。光の海を全裸で漂う自分の姿に顔を赤らめる。

 ユキはたまごをゆで始める。真知子も山芋を擂り始める。メリケン粉、片栗でお好み焼きをはじめる。にんにく、生姜をいれて肉玉焼き。坂本に食わす。おいしい?うん、あのな。ユキはビールを注ぐ。ねえ、清美さん処女だったでしょ。え、坂本がむせる。あの年まで勉強ばかりしてたのね。いじらしいわねえ。さあ、みなさんも召し上がれ、真知子が焼きあがったお好みを出す。セニョーラ、にんにく。これは殿方にはよろしくて、そう鼻血を流すほどでございますよ、ホホホ。お母さん、スケベ。女たちが歓声を上げる。坂本さん、しっかり食べないと。はあ。清美さんお好み食べましょ。夜明けは未だ遠い、さすが元外交官夫人。清美さんもしっかり食べて、ね。頑張りなさいとは口にしなかった。教養とは思いやりである。清美は女になってから恥ずかしがるようになった。マリアも梅運も清美に好意的だ。母と女とでは格が違う。母は強か、余裕か。清美の素直な性格もあるのかもしれない。ユキも含めて4人で坂本の共有者として清美の持分を認めたのだ。なら、私も娘の半分は認めてと許細君とアンジェリータも思った。


 2台の車に分乗して棚田を目指す。今回は真知子、マリア、アンジェリータ、ユキに清美と5人乗りの車はいっぱい満席。陳一家は別の車。清美だけがカルロスの男の車に乗る。坂本の横で新妻のように寄り添っている。自分が本妻を押し出さないユキのこういうところが好きだ。マリアは清美との新しい関係を問題ともしない。坂本にはありがたい。梅雲はどうだろうか。お母様ここよ、マリアが連れジョンの場所を示す。セール、一発いくか。待て、これは山の神への表敬だ。整列、放水用意、始め。男5人が放水する。お弁当食べたら私たちも放水しましょうか、塩崎夫人がさりげなく語る。


人間の性は不思議である。有性生殖、つまり子孫を残そうとする行為と愛情の表現形式の外に快楽がとが混在する。とくに快楽のみを目的とすることが可能なのは人類だけではないだろうか。官能小説、漫画、AVアダルトヴィデオ、売春、買春などが槍玉に挙げられる。人間の尊厳を損ねるものとして非難される。正論である。この論理で、婚姻においてのみ性交が許されるとするならば、それは本来的であろうか。子供を生んで育てるには男女の共同が必要だから、あるいは、夫婦と子供が最小単位の社会という観点からは当然の結論である。しかし、よく考えると社会政策として規定したものであって人間の性を本来的には捉えていないないのではないか。婚姻中に妻の懐胎したる子は夫の子と推定す、との民法の規定が浮かぶ。


 父親には認知制度があるがこれも社会目的的解釈であろう。人間のペニスには他に見られない亀頭があるがこれは前任者の精液をかきだすものと考えられている。自分の精液も同様の運命にある。後任者が何巡かするかも知れない。一度の性交で放出される精子の卵子にはいる競争率は数億倍である。より良い子孫を残そうとする卵子の戦略は自然の摂理にかなっている。男好きの女は淫乱という非難は当たらない。男の偏見とも言える。現代人の感覚では前任者の精液をかき出す事は理解しがたいが、昔の女は次々と男に射精させるほど体力が強かったのであろうか。

 そうだとすれば一夫一婦制は人類歴史上最近の話であろう。個人所得が増えるまでは部落内の雑婚であったと思われる。私有財産と相続との関係で婚姻を捉えているから性交が秘事とされてきたのだ。処女性、女の貞操は再考察されるべきである。母系社会(男が女の下に通う一婦多夫)こそ本来の姿である。女子供を所有物とし、妻の不倫、姦通を死罪とするのは憲法違反である。男女平等の基本に反する。ユダヤ教、イスラム教はこの点において到底容認できるものではなく、直ちに改正されなくてはならない。


 そもそも生物学的にみて雄は雌の変形である。ある種の動物間性intersex は雌がある時期にオスになることはあっても逆は聞かない。してみると聖書の神が最初にアダムすなわちオスを造ったというのは到底信じられない。出血、睡眠に対して女は男より数倍強いとか。妊娠すると乳房がふくらみオスを身近に留め置くなどなどの戦略をみるに雄は雌に奉仕すべし、これは人類普遍の真理である。 

 生殖、愛情、快楽が性交の本質である。坂本の愛欲理論はこれらが一体となって男女が幸福感を抱けることと定義する。したがって女は買わないのである。この理論は確立に程遠いが坂本には、マリア、梅雲、ユキ、シャハラザード、清美は愛しい妻である。その子供も愛しい子供である。愛情が先にあっての性交でなくては幸福感はない。愛情とは関心であり、尊敬でもある。愛とは魂と魂、肉体と肉体の触れ合である。性とはスケベの目的ではなく、崇高なものである。これを知る者は幸いである。セックスは汝のものなればなり。肉欲は性交によって女の神秘さが消えてゆく。限界効用逓減の法則に従う、飽きが来る。だが、愛欲は愛情と性欲が相乗効果を上げる。男女の結びつけを強め双方の人格を高めるのだ。





椰子の木


 ミンダナオでの生活はゆっくりと時が過ぎてゆく。今日一日何をしたか、すぐには思い出せない単調な生活である。南海雄の子守が中心となっている。ユキはそばで炊事洗濯と主婦をやっている。椰子の木の間を風が抜けてゆく。一年の半分をユキと、後の半分をマリア、梅雲、シャハラザード、清美とその子供たちと過ごす。男を知った乙女は女となる。当然のことながら艶っぽくなってきた。誰がそうしたと自問自答して坂本は苦笑する。成り行きだ、一番自然だ、俺がそんなにモテるわけ無いと思っていたが人生って不思議なものですね。美空ひばり?え、ああ。

 ユキは坂本が求めるのは自分だけであり、他の女は坂本を求めるのだという優越感を持っている。そりゃ、ものにしたのはあたしだけど坂本は私にぞっこんなの。どうしてって、どうしてかしら。ユキ節は健在である。坂本は近頃身体のあちこちがかゆい。指で擦ると皮膚がむける。その色はずいぶん黒い。メラニン色素が増えてきたか。色はいろいろ、だがたいした問題でない。




 闇の黒幕とはけりが着いていないが、武器廃絶はかなりすすんだ。紛争も半減した。これをマップに表す。近頃謎の飛行物体は現れませんね、とメディアが催促してくると自由の女神に、スウィンクスに墨を吹きかける。【青い地球を守る会】は頑張っている。銃の数は治安の悪さのバロメーターとか、小心者は武器に頼るとかのキャッチコピーを流している。各国の事件数と銃販売数を比較してみせる。急速に減少していることは確かだ。力には力、宣伝には宣伝、これが現実だ。



 謎の飛行物体は前述のように町工場に製造を依頼した。これは武器廃絶のために使われるが、家族もふくめて狙われる恐れがあるがと釘を刺した。世のためなるならと快諾してくれたのだ。工場の組合には無利子の融資を約束し、各家庭には奥さんのへそくりにと月10万円を現金で手渡す。金は日本の主婦にわたしておけば安心だ。適当に配分して使うだろう。また最先端技術を以ってしても撃墜できない飛行物体が下町の工場で作られているとは誰も考えないであろう。

闇の黒幕を掃討するか改宗させるまで武器廃絶は続くであろうが、今や世界は大きく動きだしている。『コンピューテルのパルスを破壊するぞ』と脅され闇の黒幕は弱っている。この男はやりかねない。やられるとコンピューターが動かなくなる、世界の政治経済が動かなくなる。今はいわれるままに武器廃絶を実行するしかない。この訳のわからない男をいまいましく思いながらも今やどこか憎めない、少年のように夢に向かって突き走る日本人、いや、近親感すら持ち始めているのも事実である。我々は武器で金融で儲けた金をいったい何に使ったか。この男は世のため人のために使う。こういう人間もいるのだ。このままだと我々の価値観を変えることにもなりかねない。日本民族、人種についてもう一度じっくり調べる必要があるな。


 シャハラザード大学の分校は世界に数を増やしている。その経済政治教育波及効果は想像以上だ。多感な時代を共に過ごした学生が世界の指導者になる日を期待しよう。雨乞理論に負けない愛欲理論を確立させてゆっくり視察したい、と坂本は思っている。ダヴィド以下9名は砂漠生活の体験を終えバーナード収容所に移された。難民キャンプは大きく改善されたが難民が故郷で暮らせる日はまだまだ遠い。ここでも身代金は有効に使われているようだ。 バーナードはユリと暮し始めた。子供も生まれるようだ。収容都市の完成にますます意欲をみせる。捕虜の中には家族を呼び寄せる者まで出始めた。カーシムの強制連行は続いているが少しペースが落ちている。何事によらずフィリピン人は急ぐのが嫌いなのだろう。時間がゆっくり過ぎていくところで何をそんなに急いで、いうところか。


 清美は理事長就任後、自信と妖艶さを増してゆく。赤子を宿した女は神秘的美しさを秘めている。知性がいっそうかの女をセクシーに見せる。ユキは生協を退き、国会議員任期満了後の選挙には不出馬を表明、世間を驚かす。後任は誰を当てるのか、ハジ議長の姪か、清美か、他に適任者はいないか、じっくり選んでいるようだ。 坂本は椰子の木陰で竹のベッドに寝転がる。風は背後も抜けてゆく。上空に葉が揺らいでいる。積乱雲が盛り上がっている。そうか、坂本は思った、この風に吹かれてここまで来たのか。これからもこの男は椰子の風に吹かれて世界各地を飛び回ることであろう。






          椰子の風に吹かれて -完- 椰子の風に吹かれて 2010.12.10 マクタンにて








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