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作品名: 椰子の風に吹かれて 作者:佐々木 三郎

第3回   マリア カルロス
                    マリア カルロス

 車が玄関に着くと中年夫婦が飛び出て来る。少女は男の胸に顔を埋めて泣きじゃくる。『私のマリア大丈夫だよ、無事か』男が叫ぶ。女も後ろから少女を抱いて涙する。男は二人を抱き寄せる。運転手が中へと坂本を誘う。『貴殿が私たちの娘を救ってくれた。感謝申し上げる』と男は坂本の手を握って慇懃に挨拶する。『本当にありがとうございます。貴方はこの子の命の恩人です』と女が続ける。事の次第は報告されているようだ。少女が坂本の右に肩を入れて中に招き入れる。
 内部は貴族の館といった感じだ。ソファーに座らせられる。『ありがとうございました。私はマリアです。父と母です。あなたのお怪我の手当をさせます』感じのいい娘だ。美しさと知性を備えている。坂本は別室で治療を受ける。お抱え医者といった男が大事はないと言っているが痛みはきつい。今になってピストルで撃たれたのだという実感と恐怖が湧いてきた。日本では映画かニュースの話がここでは日常なのだ。廊下で医者が館の主に報告していた。弾丸が2cmの深さで貫通しただけだが、神経と血管が破損しているので一週間位安静を要すると。

 しばらくして坂本の落ち着いたのを見計らったようにマリア親子がやってきた。『お加減はどうですか』たいしたことはない、ハンカチありがとう。『私はカルロス、マリアの父です』知っている。マリアがお前を父だといった。『これは私の妻アンジェリータ』綺麗な方だ。『貴殿にお礼がしたい、幾ら払えばいいか』礼など要らない、腹が減っているから何か食わしてくれ。それより運転手を呼べ、彼は俺の腕にドアをぶつけて謝りもしない。運転手が入って来る。『セール、済まない。緊急だったので』理由など聞いていない。名前は。セヴァスチャン。1000ペソで許してやる。『ノウ、セール高い』この腕には200万ドルの保険がかかっている、高くない。『500にしてくれ』『あの車は私の車ですから私が払います』とカルロスが割り込んでくる。これは俺とセヴァスチャンとの問題だ、お前は黙っていろ。では食事が済んだら俺をホテルまで送るなら500だ。『サンキューサー』カルロスが500出す。もう500だせ。坂本はそれをセヴァスチャンに渡すとさあ500払えと迫る。OK,OK.プエデ、プエデ!
 カルロスが笑いながら『今度は私の決済だ。この小切手に好きなだけ数字を入れてくれ』何故俺が受け取らなくてはならない?お前は奴らをやっつけるように俺に依頼したか、理由のない金は受け取れない。『セール、貴方はマリアの命を救った。そのお礼です。これは母としてのお願いです』セニョーラ、お気持ちは解りますが私はマリアがハンカチをくれた時彼女の存在に気づいた。私を突き飛ばした男を懲らしめたに過ぎない。したがってマリアの命とは別の問題です。わかりますか。顔を見合す夫婦。『さあ、食事にしましょう』とマリアが坂本に肩を貸す。大丈夫、お嬢さん、歩けますよ。『今日だけ』人の気持ち、雰囲気が読める娘だ。

 食事は美味かった。『ご馳走様、美味かった。俺は帰る』坂本が挨拶するとカルロスがゆっくりしてゆけという顔。『Mr.Sakamotoゴチソウサマはどういう意味ですか』とマリアが父の意を汲んだようにたずねる。それはこの料理に携わったすべての人たちへの感謝です。素晴らしい言葉ですね、とアンジェリータも相槌を。よくできた母娘だ。
 坂本が立ち上がるとマリアが肩を貸す、任せてと父に眼で言う。セヴァスチャンが待っていた。『サー、500儲かった、サンキュー』俺もだ。『サー、血がついたジーンズ着替えろ。俺のを貸してやる』そうだな、助かる。このジーンズは証拠品だから大切に保管してくれ。『OK.サー。お嬢様は坂本の看護婦をするといった。ここだとホテル代も食事代も要らないぞ』本当か、じゃあ引っ越すか。『それがいい。俺の車で送る、サーの引越し手伝う』と話がまとまる。

 日本人経営のコンドーテルを引き払うことにする。フロントで伝言があった。中国人らしい名前に電話してくれとのことだ。荷造りを終えたところに電話。『坂本さんですか、私陳志淵と申します。グランドイースタンの経営者です』ご用件は。電話では話せない重要な用件だからご足労願いたいという。イースタンは3泊したコンドーテルだ。折り返し電話すると受話器を置く。
 日本人経営者に相談する。陳志淵はスーパー、ホテル、旅行会社、航空などを手広くやっている華僑で、貴方のようにフィリピンに来て間もない日本人に会いたがる理由は解りませんが、かなりの大物でこちらからは会える機会は少ないので、話を聞くだけは聞いてみたらどうですか、私も一緒に行ってもいいですよ。そうですか、是非そうお願いします。陳に半時間後にイースタンに行くと伝える。

次回 陳志淵


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