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作品名: 椰子の風に吹かれて 作者:佐々木 三郎

第26回    闇の黒幕掃討
                          闇の黒幕掃討

 坂本はアップロードしたマタギの写真をバーナードとメンデルに見せる。これが日本かなんと美しい国だ、二人が見入る。
小熊の話を聴くと涙を浮かべる。二人は黒幕の世界を知らないがまともな人間に見える。早くリストを手に入れたい。十二湖の
宿の娘に二人は吸寄せられる。この娘は自分の美しさに気付いていない、その美しさを誇らない。メンデルのつぶやきは
あこがれの響きがあった。自然と人間の調和がある、バーナードがつぶやく。人は人を殺してはならない、と坂本は二人の眼を
見つめる。沈黙の中で二人は葛藤していた。やがてバーナードがノートを取り出す。メンデルがうなづく。坂本に渡されたノート
には闇の黒幕がリストアップされていた。息をのんで追ってゆく、30名の詳細な記述。どれだけ時間が過ぎたか、坂本は考えに
考える。

 お前たち日本にゆくか。この白神にか。そうだ。よし、行こう。坂本は立ち上がる。二人のパスポートをつくらなければならない。急がなければ雪が来る。島民の館は完成していた。周りに木は植えないのか。この方が見晴らしがいいというのだ、バーナードが不満をもらす。高崎さんはなんと。笑っているだけ。そうか。近づくと棟梁と子供たちが床下に寝ている。昼間は床下、夜は床上。二人が笑う。棟梁が起き上がって坂本の手を取る。完成したな。ああ、セール大きいだろう、島民全部が入れる。この見晴らしの良さはどうだ、俺は子供の頃からこれを夢見てきた。そこへ高崎もやってきた。山側に宿所と炊事場立てる。棟梁の言葉を引取って、長雨で家が浸かって島民が苦しんだことがある、ここを避難場所にしたいのでしょう、と高崎が説明する。棟梁金貸そうか、高崎さんの保証で。セール金返せない。海の幸でかえせる、マホガニ切り出し植林でサラリーもらえる。そうだな、金貸してくれ。

 お決まりの宴会が始まる。坂本が発ったあとの建築過程を語ってくれる。いつしか島民が酒と料理を持って集まってくる。バーナードもメンデルもすっかり溶け込んでいる。坂本は黒幕掃討第2弾を考えると少し胸が痛む。高崎にこの島を真似たものを建設する構想を伝え、協力を要請した。いいですよ、具体的には?目的は今は言えませんが観光目的ではありません。バーナードにやらせますので高崎さんのノウハウと島民の建築技術です。年内か新年に着工します。分かりました。坂本はユキが妊娠したことを公表して帰らないと島民に告げる。歓声が上がり3人でいつ来ると叫ぶ。来年3月。

 カーシムとハジ議長に会ってリストの一部5名を渡す。急いでくれ、金が要る。今度は何に使うのだ。二人がにやにや笑う。捕虜収容所と砂漠開発、少なくとも5BUSD必要だ。だからお前たちの報酬は10Mでこらえてくれ。次回12月のリストは10%払う。5Bの10%か。それ以上。それとムバルク連絡取りたい、娘でもいい。来年3月には現地に行きたい。外には?島、どうした、捕虜収容所も来年3月までに完成させたい。わかった。来月着工だ、遅れたらpachon kitaぶっ殺すぞ。日本人のお前がそんなことをいうのか。ハジ、俺の祖父は侍だった。約束破った奴の首を刎ねてもいいのだ。坂本はスティックを刀に見立ててハジの首に当てる。カーシムお前もだ。眼前に刀を突きつける。アイアイサー。ハジが無線暗号を解読する。ムバルクの娘が待っている、とのことだ。ありがと、帰る。どこへ?ユキは今ダバオだ。くそ、ダバオに行く。それがいい、ハジがタバコに火をつけにんまりする。そうだ捕虜2名日本に一週間連れてゆく。大丈夫か。リストを指差す。車で送ろうか?頼む、これは日本のタバコだ、とピース二缶置く。おお、いいにおいだ、カーシムも取り出して一服。セール奥さんによろしく。

 再び白神へ

 ユキは6月になっていた。来年には生まれるらしい。ディー、ソウリー男の子みたい。そうか、今度は女の子にしてくれ。土産は女の子のものばかりだ。ユキが気が早いのねえ、と笑う。お前たちが遅すぎるのだ。生協はマニラ出店の段階に入っていた。日本旅行を語りながら写真を見せる。日本はきれいね、もう一度行きたい。だめだ、子供が大きくなってからだ。でもすぐ女の子が生まれる、行けないじゃない。わかった、子供はナーナイに預けよう。今行くか。来週捕虜二人をここに連れてゆく。行く行く。子供大丈夫か。まだ生まれてない。だから、流産しないか。大丈夫よ。フィリピーナには負ける。

 陳が手配してくれたバーナードとメンデルのパスポートが出来たのでユキを連れて白神に行くことになった。マニラではすんなり出国できたが成田でユキがひかかった。妊婦ということで別室に連れ込まれたがフィリーピーナの入国は簡単に認めない。父親は?彼と坂本を指差す。仕事は?生協理事長の名刺を示す。一週間のご予定ですか、お子さんは大丈夫ですか。六ヶ月目が一番安定してるのよ、嘘だと思うなら慶応大学の佐藤教授に聞きなさい。ユキも負けていない。電話していいですか。どうぞ、医学部ですよ。佐藤先生でいらっしゃいますか、成田税関です。今ユキと名乗るフィリピン人が先生のお名前を語るものですから確認のため、はあ、代わります。ドクター、ユキです。ええ、来年生まれます。今度いらしたら見てください。はい、代わります。そうですか、お忙しいところ済みませんでした。失礼します。ユキさん、赤ちゃん大切にして日本を楽しんでください。私も慶応出身です。

 到着口に柳が待っていた。遅いから心配してました。坂本さん水臭いじゃないですか。陳さんから連絡がありました。大勢ですから。何の何の、さあ、こちらへ。柳のセフィーロは東京湾アクアラインを飛ばしてゆく。海底に入ると知ってバーナードが声を上げる。トンネルを抜けると暮れなずむ東京湾が広がる。あれが羽田空港。湾岸道路にベイブリッジ。ウンダヴァル。きれい。ナイス。後部座席で声が上がる。柳の館に荷物を置く。風呂を浴びると夕食ができていた。実は私どももご一緒させていただきたいのです。それは是非、旅は道連れ世は情。有難うございます。で、今度は飛行機にしませんか、ユキさんも楽でしょう。一応伺いをたてないと。私はいいよ、ディー。ではそうしましょう。熊の話が心に残って是非ともマタギの世界を観てみたいと思っていました。奥さんも娘も行くらしい。
 羽田から745発秋田900着片道24700円往復22000円、7人で30万になる。柳はすでに航空券を手配していた。まあ、この前主人がお世話になったのに、すみません。ユキは女房気取りで日本流に礼をいう。飛行は視界もよく快適だ。セブの遊覧飛行と比べたら高いともいえないか、と坂本は緑豊かな山脈をみつめていた。これは陳の配慮ではないのか、捕虜2名をつれて旅するには無防備だと考えたのだろう。7人を防備するには一箇所にまとまっているほうがいい、なるほど、坂本は感心した。
 秋田空港には宿の娘清子が迎えに来ていた。八人乗りのバンは秋田自動車道を北上する。清子の運転は結構飛ばす割には安定感がある。メンデルはその後姿に見惚れている。八郎潟さらに男鹿半島を左に見ながら一時間で能代ICから国道に下りる。五能線の電車を追い越してゆく。

窓の外には日本海、歌の文句じゃないが海縁の道は旅情を掻き立てる。色付いリンゴが花のように見える。きれい、あれリンゴ。ああ、ユキみたいに美味いぞ。どういう意味。いい女。柳さん、こちらははじめてですか。ええ、綺麗な所ですね。私は学生時代周遊券で一人旅しましてね、この五能線に乗りました。リンゴが赤い花に見えたのが印象に残っています。あれは遠い昔だと坂本は思った。

 宿には2時間足らずで着いた。んまあ、ようおこすなった、さあ、さあおぐへ。女将が出迎える。お世話になりますと坂本が先に靴を脱ぐ。今日は外にお客さんいませんから部屋は自由に使って下さい、清子が案内する。3部屋に柳家族、バーナードメンデル、ユキ坂本に分かれる。貴重品は帳場にお預け下さい。昔ながらの厚い封筒。パスポートは預けたがいい。メンデルとバーナードが入れる。封をするように清子が手で真似る。ネームと指差す。ナーメ、封筒を横にして署名する。これは引換になりますからお持ち下さいと清子が番号をしめす。分かったと、メンデルが手を握る。清子は驚いたがすぐ笑顔で応える。バーナードは右に倣え。お風呂が涌いております。あら浴衣小さいかしら、清子は大を探して二人に合わせてみる。



大丈夫だ、坂本が声をかける。すみません、これしかありませんのでと清子が恐縮する。風呂は湯元から引いてきたのを追い炊きするそうだ。今日は露天風呂を張ってくれている。女湯と葦で隔絶されているだけだ。女三人姦しい。
 
ユキこちらに来るか。ディー助平。みえてるぞ。本当?こちらからは見えない。メンデルまずカケユする。ここで身体を洗う。これはシャンプー頭。坂本が頭を洗う。タオルに石鹸をこすって身体を洗う。ここが最も重要だ、垢を取り去り洗い流す、わかるか。イエスサー。グーt、仕上げはシャワーでもいいが隅々まで丁寧に洗うこと、備えあれば憂いなし。はあー?柳さん流しましょうか。いや、恐れ入ります。何をおっしゃる、之位の胡麻磨りはあたりまえですよ、
散々お世話になっておるのに。いい気持だ、柳が背を丸める。丁寧に流すと軽く肩を叩く。セールンガシマセウカ、メンデルが後に
回る。おお。上手いなメンデル、さすが医者だ。バーナードがメンデルの背中を流す。どれバーナードは私が流そう、陳が後に座る。やがてバーナードが眠ってしまった。大丈夫か、メンデルが揺する。眼をぱちぱちさせるバーナード。湯に浸かると背伸びをする。これが裸の付合いだ。気持がいいだろう。少し熱い。熱いのがいいのだ、身体にいいぞ。

 昼は天ぷら蕎麦だ。山菜が横に添えられている。清子が今日は十二湖を巡ることにして、明日早く白神に参りましょうと給仕しながら言う。お飲物は、いいですよね、これから歩きますから。一口ビールが欲しいなあ、と坂本がいうと清子が冷蔵庫から一本取り出しコップに半分ずつ注いだ。蕎麦によく合う。

山菜を摘むともっと飲みたいが清子が飲ましませんという顔付きだ。美味しいね、陳家族が声をそろえる。清子はうれしそうに笑ってからメンデルの箸に眼をやる。カルロスに教えたように中指を動かしながら使い方を示す。言葉は要らない。うなずくメンデル。要領を掴んだようだ。バーナードが箸を見せると清子が笑って応える。蕎麦汁を飲もうとするメンデルに蕎麦湯を入れてやる。Ser gute! メンデルが味わいながら飲干す。このスープはどのようにつくるのか、バーナードがたずねる。あとでお見せします、清子はやさしい目でこたえる。食後一息入れたところに清子が厨房に案内してくれた。陳が頭にタオルを被ったので全員これに倣う。

 父親は無口で蕎麦打ち、出汁のとり方をやってみせる。いりじゃこ、出汁昆布、調味料の量を細かく質問するバーナードとメンデル。驚く父親。これは建築家、こっちは医者、ドイツ人は理詰めで考える、坂本が間に入る。これは企業秘密、質問は許されない。二人はわかりましたと神妙になる。父親がかすかに笑った。

そろそろ出かけますか、清子がいった。外にでるとバーナードが蕎麦にはあれだけの工程があるのか、とメンデルに話しかける。そうだな、あの料理は手術以上の注意がなされている。
 清子は職人の店に車をとめる。全員の登山着を見繕ってゆく。長袖の下着とシャツ、フード付ジャケット、地下足袋。バーナードの地下足袋は少しきつそうだ。
店長がやってきてこれさはいてみれ、と少し古いのを差し出した。ぴったりだ。清子が礼をいう。在庫がないので店長は見つけてきてくれたのだ。カルロスを
覚えていてくれたのだ。この前の外人も欲しがっていた。坂本が店長に話しかける。これ、注文だべ。地下足袋土産にするから三足ずつ見繕ってくれ。そうさな、
これがいちばーおおけえ、これが普通、お客さあ?十半。とはん、いげーとちっちぇな。馬鹿の大足というからな。んだな、こんなもんでええけ。別に包んでくれ。
そうだ、懐中電灯小さいのが欲しい。こっちさ。バーナードが興味を示す。特に頭につけるのが気に入ったようだ。メンデルも手術にいいという。好きなだけ選べ。
 バーナードが工具のところに坂本を引っ張る。すみだし、水平器、角尺、などを手に取る。坂本が手車と合図する。
鑿、鉋、携帯ドラフター、コンパス、巻尺、三角測量計。おいおい、そんなの持ち込めるのか、坂本が注意すると店長がデジタル測量器を見せる。これでも精度
ええもんな、角度もでるべ。これはいい、見てみろ。バーナードは壁に向けて数字を読み取る。店長が手を上げて図面を持ってこさせる。竣工図面をみて
バーナードは喜ぶ。天井の測定値と立面図と比べる。店長の手をとって5個欲しいという。建築家とみて、ここさ品は安いのそんなにいいものは置いてねえ。
東京さ、友達の店にいくとええ。店長の言葉に驚く。この品質をこの値段で供給することは素晴らしい。ドイツ人も道具に凝るもんな。
 支払いする前に重さを量る。37kg。カードを出す。これだけの品が8万で買えるのか、日本の工業力は凄い、バーナードが感嘆する。メンデルが恨めしそうな
顔で見ている。メンデル、佐藤教授に欲しいものをメールしろと携帯を渡す。荷物を車に積み込む。世話になったな。ありがとございました。店長以下見送る。
客のニーズに応えようとする態度が素晴らしい。日本式商法。清子は地下足袋慣れさせると二人に履かせる。ジーンズに地下足袋は似合わないが二人は気に
入ったようだ。十二湖を巡りながら時々ジーンズを引き上げて見せる。坂本が写真を撮る。清子を間に立たせてもう一枚。メンデルの顔が赤くなっている。
女三人連れは湖の美しさに見惚れる。写真を撮れと催促する。
 夕食は居間の囲炉裏でいいかときかれ、勿論と坂本が答える。湯上りの浴衣が囲む。天井から吊り下げられた鍋、串刺しの鱒、ビールで乾杯。よくぞおいで
なされた、父親が接待役。焼き上がった鱒を抜き取ってすすめる。坂本が頭からがぶりとやる。バーナードこれに続く。陳は取皿に置いてゆっくりとむしる。
メンデルこれに倣う。これはなんというか。シューベルト、タカタカタッタン。おうマスか。清子が五目寿司を運んでくる。母親が炊事と料理と分担しているようだ。
地酒が枡で振舞われる。柳がよろこぶ。枡を上げる。父親が応える。おーいと妻を呼ぶ。あいよと横に座る。妻と娘にも注ぐとあらためて乾杯すべえ。ようお越し
くだされたあ、と持ち上げる。乾杯、カンパーイ。炭火が弾け鍋が音を立てる。明日は白神さいぐのけ。マタギの世界に惹かれて。私は前から東北に憧れて
いましたから、今日は家族孝行です。クマ、クマとメンデル。キオキオとバーナード。清子のことだ。

 未だ明けぬ五時起きして朝食を済ます。十月も下旬となるとぐっと冷え込む。東京と10度は違う。下着をつけ職人スタイルで宿を発つ。白神ラインに入ると紅葉が深まっていた。
一月前は濃い緑であった。季節の移ろいはかくも早いのかと坂本は感じた。峠にきた時メンデルが車を止めた。ここだ、と叫んで清子を立たせる。朝の光の中に清子の姿が浮かぶ。
メンデルは憑かれたようにシャッターを切る。雲海がアカネ色に染まり次第に晴れてゆく。清子が観音菩薩に見えた。立ち竦むメンデル。
 軽トラが近づいてくる。柳が身構える。やはりそうか、坂本は思った。窓を開けて若者が叫ぶ。どさ?やさ。若者が降りてくる。清子がカメラを渡す。全員の写真を取る。聞き取れ
ないが若者は軽トラを発進させていった。清子も運転席に戻る。座席を確認して発車する。峠を下って秋田側に南下する。渓谷の道路はあるものの容易に人を近づけさせない。
清子も前方を注視している。やがてマタギの家に着く。坂本にはこの前よりも長く感じられた。じい。小熊に乳をやるマタギが立ち上がる、きよこー。もう一頭を見やる。清子が
抱き上げて乳をやる。小屋は完成していた。さあさ、はいってけれ、祖母が中に招く。熱い茶が出される。
 マタギ仲間がやってきた。冬眠前の熊は危険だということ、とくに雄熊がいるので客の警護には五人が必要ということだ。二人置きにマタギが入る。メンデルに体重を脚に懸けろと
マタギの一人が身振りする。踵ではなく、親指の裏に体重を乗せることとメンデルは後に語った。2時間して熊襲撃現場に着く。来たら撃たねばなるめえ。すかたねえだ。お結び弁当を
ひろげる。熱いお茶を魔法瓶に入れてきた。食べ終わってタバコに火をつける。この前もこうしてるところに熊が現れたの。そうだ、ユキは大丈夫だ、妊婦は襲わないそうだ。今度は
雄だからおっかないぞ。いやあ、こわい。マタギの手が猟銃に伸びる。5人のマタギが銃を構える。俺がやる、マタギがゆっくり歩む。熊が近づいてくる。他のマタギが両脇にひろがる。
やがて熊はマタギに突進してくる。覆いかぶさるように襲ってきた瞬間マタギの銃が火を吹く。続いて2発の銃声。熊はマタギの目の前に倒れる。止めを刺そうと取り囲む。見開いた眼は
妻子を奪われた怨念がこもっている様に見えた。
 やがてマタギたちは頭を垂れて山に祈る。清子が後に付く。坂本たちも倣う。ながい祈りのあとマタギの眼に涙が。他のマタギたちが肩を叩いてなぐさめる。やがてマタギの仲間が
やってきて熊を運ぶ。話が現実となった。思考が停止している。家に着くまで誰も口をきかなかった。すでに部落の人たちが集まっていた。熊の解体に全員で山に祈る。3発の銃弾が
熊の心臓に打ち込まれていた。マタギは子熊に話しかける。おめえたちの親殺してしまった。人々の涙を誘う。俺たちも撃った、仲間が肩に手を置く。長老が背中をなでる。
 撃たねばなんねえ、マタギの掟だ。長老は全員に言聞かせた。そして手を上げる。男たちは解体、女子供は料理にかかる。きよ、祖母が清子を呼ぶ。客人の部屋と風呂を用意させる。
櫓が組まれる。2m近い雄熊が掲げられる。大きな枕木が高く積まれ、火が点けられる。山は冬が近づいている。夜気が冷たい。やがて火は天を焦がすように燃え上がる。火の粉が
飛び散る。ゾロアスター拝火教徒、バーナードが小さく叫ぶ。日本人は仏教徒ではないのか。仏教伝来前の原始宗教であろう、つまり、森の信仰だ。あの枕木の組み方は拝火教徒と
同じだ。拝火教をよく知らないがあれは日本では珍しくない。ペルシャの預言者ゾロアスターを開祖とする宗教でしょう、善悪をはっきりさせ善は悪に勝つとする、日本にも伝わったと
言われてます、柳が説明する。そうですか、私も火をみると心が落ち着きますね。メンデルが写真を撮って回る。やがて熊汁が振舞われる。身体が温まる。生きてゆくために殺す。彼らは
無益な殺生はしないが常に生と死を眼前に見てきたのだ。

 東京に戻るとすぐバーナードは測量器具をメンデルは慶応大学に行きたいと言った。柳がバンをリースしてくれた。赤外線の測量器と製図器で250万、製図器だけで1000万と
聞いていたが坂本は胸を下ろす。バーナードが心配そうに見る。お前には大きな仕事をやってもらう。ほかにないか。カードを出して200でいいかときく。うーん、ちょっときついですね。
きついぐらいがいい、ずぼずぼはよくない。おっしゃる意味が、、。かまととぶるな。わかりました。やり取りをみて平板測量器も欲しいという。フィリピンに送れるか。マニラの建設会社に
使わなくなったのがあるでしょう。心当たりがありますからきいておきましょう。それからこれは関税がかかりますよ、建設会社にいい方法がないかきいておきます。そうしてくれ、運送費は
いくらだ。サーヴィスします。そうはいかない、10まんでいけるか、そんなにかかりませんよ。じゃあ、しめて210万でいいな。ありがとうございます。お客様のご連絡先お願いします。
メールがありましたら便利なんですが、高校の友人がマニラの建設会社の支店長をやってます。それは助かる。なにかあったらここの紹介でと。結構ですけど、お手柔らかに。よろしくな。
心配するバーナードに決済の明細とカタログを持たす。だいじょうぶか。大丈夫だ。
 慶応大学医学部に佐藤教授を訪ねる。研究室を見せてくれる。同僚の教授が新しいエコーが入ったと言う。ユキを見て実験台になってくれと頼む。いいですよ、ときさくに応じる。
学生たちが集まっている。大きなモニターのほかユキにも小さなモニターをみせる。大きなオチンチンだ。女子学生がマウスを動かす。失礼します、インターンの速見です、とユキに
一礼する。心音異常なし、とか報告している。胎児の寸法をとる。ポイントが現れる。シャッターが押される。今度は前頭部から後頭部へ、教授の顔を見る。そこでいいかな。学生たちは
見詰め合う。メンデルが手を上げる。教授がうなずく。こことここがベターです。理由は?専門用語語るので坂本には分からない。素晴らしい、君は?メンデル君はフンボルトの卒業だ、
佐藤教授が紹介する。そうか、専攻は?内科です。君はいい医者になる。女子学生に診察を説明するようにと促す。ユキに説明するがわからない。教授が代わる。これがチンチン、
頭下を向いている。わかります。今蹴っただろう。ええ。元気な赤ちゃんだ、異常は全くない。いつの予定。一月。うん?フィリピンの妊娠期間は9ヶ月らしいです。坂本が口をはさむ。
そうなんだ、貴方お父さん、親子ともまったく問題ありません。なにか質問ありますか。私38歳、初産。問題ないと思うが産道みせてもらっていいかな。君。女子学生が手袋をはめる。
グリスを塗って手を入れる。陰部の入り口です。モニターに内部が映し出される。奥へと手が伸びる。異常は認められません。君たちは?教授が後の学生たちにたずねる。答えなし。
そのポリープは、メンデルが叫ぶ。教授は笑っている。これは良性だ、教授がメンデル語りかける。僕も同じだ、佐藤教授が同調する。お母さん、学生たちのためにちょっと切り取って
いいかな。痛くなければ。数ミリの鋏がポリープを切り取る。鋏がスコープに納まる。メンデルは顕微鏡を覗き込む。どうして分かるのですか。経験だ。ポリープに気付いた観察は凄い、
教授が諭すように言った。
 メンデルの求めた機器は三千万を越えた。業者を紹介した佐藤教授は見積をみて、メンデル君この分析器は要らないよ、データを大学に送れば分析してくれるよ。もっと必要なもの
あるのじゃないか、厳しい口調で注意する。そうですね、ご指摘ありがとうございます。柳が耳打ちする。坂本さんあれは私が払いましょう、ただし、坂本さんの報酬から天引きですよ。
柳さん。陳さんの報酬は関係ありません。別途陳さんと交渉してください。坂本は頭を下げる。佐藤教授は最終見積を看ながら電卓を弾く。70%でいいかな、僕の顔を立ててもらえると
うれしいのだが。先生。彼は南の島で貧しい人々を診療している。やがて大きな病院に招かれるだろう。わかりました、先生のご紹介ですから。無理をいって済まない。

 翌日柳が成田まで送ってくれた。柳さんにはすっかりお世話になって。何いうですか、私、日本民族についてもっと研究します。勿論マタギの世界も織り込んで本にしますよ。いい体験
しました。感謝します。読ませてください、楽しみしています。マニラに着くと陳に電話する。ご配慮感謝する、すぐミンダナオに飛ぶ。商売繁盛?ああ、じゃあ、また。コタバド空港ではたと
考える。バーナードとメンデルをどうするか。ユキ、仕事だ、二人を連れて帰ってくれるか。いいよ、気をつけてね。お前こそ身体を大事にするのだぞ。わかってる。ユキが熱いキスをする。
日本とは違う。二人には二三日したら帰ると告げる。二人とも日本での買い物で自分の仕事に思いを馳せている。セール、いい体験ができた。感謝する。ああ、仕事頑張れよ。
 カーシム隊の運転手が私服で迎えに来ていた。トライシクルでバスターミナルに行く。運転手がモールで買い物という。坂本が親指を立てる。やはり尾行が気になる。五分してモールに
向かう。エレベーターを乗り換えて駐車場に行く。ホンダのCRVに乗る。新車だ。運転手からレシートを受取ると500ペソを乗せて返す。サンキューサー。ハジ議長の部屋に入る。
客は5名、どうする。まあ、品定めしてからだ。客間には5名様が怯えていた。君たちを安全な場所に連れて行ってあげよう、少し費用がかかるが。お前は誰だ。私は取引の返事が
ききたい。いくらだ。1BUSD。わかった、連れていってくれ。OK取引成立だ、ここに送金してくれ。入金確認したら案内する。乾杯しよう。坂本が指を回すとワインが来る。坂本が
飲み干すのを看てワインを飲む。腹を空かしていたのだろう。更に勧める。ソーセージ、卵焼き、パンが出てくる。坂本が手を擦る。バケツに水が入れられてくる。手で掬ってみる。
セール水道水であります。坂本の手にかける。タオルが出される。客にも。イエスサー。運転手の彼女がビールを持ってくる。サンキュー、キャプテン。OKサー、土産うれしかった。
食おう。ビールは?ダンケ。お前の町は?ケルン。カテドラル?ヤー。俺は行った事がある。日本人か。ああ、どうして?ドイツ語をしゃべるアジア人はほとんど日本人だ。そうか。
 俺も連れて行ってくれ、別の客が叫ぶ。2billionn OK? 彼は1B、何故俺は2B?これはお前と俺の取引、彼との取引は終わった。そうだな、2Bで頼む。OK,ここに来い。兵士が
イスを持ってくる。ビール飲むか?飲みたい。バケツの水がくる。手を洗ってから食事をしよう。俺も俺もと三人の客が叫ぶ。居間食事中、待ってくれないか。兵士が連れ出そうとする。
5Bで連れて行ってくれ。OK、こちらに来い。残り二人は外に出される。俺も5B!OK。最後の一人は外に出る。食後外でマタギの写真を見せる。メンデルとバーナードを見て客は
理解した。しかし、取引できなかった同胞には関心を示さなかった。嫌われる理由の一つだろう。坂本には理解できない。女性将校がやってきて、セールよろしいですか、彼も見たいと
いっています。どうぞ、どうぞ。連れてきますね。キャップテンが連れてくる。6Bでお願いしたい。何?聞き取れない、7B?イエス。考えておこう、今満席だ。セール。坂本は画面に
顔を向ける。10Bで連れて行ってください。お願いだ。OK,何とかしよう。
 陳とカルロスに相談する。スイス銀行の口座を作ってくれるそうだ。それまで半分ずつ預かってもらうことにする。坂本は日本で買った小さなパソコンをテーブルにおく。順番に口座を
メールで連絡する。その日の内に入金が確認された。23BUSD,200億円の金が数時間で送金されるとは何という連中だ。ハジ議長に報告に行く。繁盛したんだって?まあな、100M
の支払い待ってくれないか、手元に金がない。利子は高いぞ、担保は?これで頼む、5名分のリストを見せる。いいだろう、手数料は10%利息込み。水揚げは?50B。というと5B?
借用書いるか?成功報酬だぞ。分かっている。そうか、ムバルクのところに行く金を貸してくれ。それは俺たちが持ってやる。で、目的は。はっぱをかけてくる。大統領の娘がアテンド
してくれるだろう。カーシム、収容島はどうなった、聞かないと報告しないな。セール案内する。バーナードに任せる、客人を連れて行ってくれ、俺はすぐに発ちたい。日本人はせっかちだ。
案内料込みで1Mペソ。わかった。ユキには?急用ができたと伝えてくれ。捕虜は金を生む鶏大事に取り扱ってくれよ。そうだ、ムバルクの報酬は。向こうは金持ちだと二人が笑う。
 シンガポール植物園

 シンガポール空港に洋装のシャハラザードが待っていた。乗り継ぎ便がないのでと1日滞在となった。そのまま植物園に直行する。観光地として有名だがイギリス哲学の植民地経営の
実践と聞いている。ここはデートコースもってこいだ。ごく自然に腕を組んで歩く。安い広い綺麗。レストランで食事をする。坂本は空腹に弱い。飲んで食う。リュウジ旅の目的は?ん、土地。
何するの。国をつくる。どんな国。クウィーンシャハラザードウニヴァーシティ。ぷっと笑う。シンガポール位の土地が欲しいがまあこの植物園63haぐらいでもいい。国民は。世界中から
子供を集める。小学校と宿舎を立てる。高校、大学、研究所会社と建設してゆく。政府も必要になるな。建設費は。俺がなんとかする。国土は校区、行政区、農業区、森林区、に区分け
する。国是は。世界平和に貢献だ。それを担う国民を育成する。理想国家のパイロットにしたい。砂漠を緑地に変える実験でもある。水は。地下にある。砂漠の。ああ。本当。砂漠も
最初から砂漠だったものと砂漠化したものがある。前者は緑化が難しいが可能か否かの実験にはなる。リュウジあなたは砂漠見たことあるの。ない、海岸みたいに砂が広がっている?
まあね、私の土地を貸してあげる、100haあるわ。え、?
 オーケストラの音楽が聞こえてくる。行きましょう、私が払う、お金持ってないでしょ。馬鹿にするな、男に恥かかすのか、坂本は伝票をもって会計を済ます。そのカードはどこでも
使えるの?大抵のところはな。シャハラザードは坂本の腕にすがるように歩いてゆく。クラシック音楽が聴けるのは久しぶりだ。彼女はステージから周囲に広がる音楽に身を任せている。
コンサートが終演なった時、満月が昇り出していた。多くの聴衆も出口へと流れてゆく。シンガポールは治安がいい、人通りが絶えない。レストランに入る。席に案内される。予約して
いたのか。アラビア料理だ。どう?美味い、ワインいいか。彼女が手を上げる。白ワイングラス二つ置かれる。坂本が驚くと笑ってグラスを合わせる。少し悲しげなアラブのメロディーが
奏でられている。
 ホテルまで歩く。二人の影が歩道に延びている。月の砂漠を はるばると 坂本が口ずさむ。坂本の腕が強く握られる。フロントで鍵を受取るとエレベータに。少女の黒髪が甘く匂う。
翌日、朝食をとっているとウエイトレスがメッセージを持ってきた。『来客あり、帰られたし。サジ』どうしてここを。リュウジ、国づくり父にも伝えるわ、パースができたら送るね。そうか、これは
サジの粋な計らいか。

 身代金交渉も三度目になると板についてくる。100B?お前気は確かか?俺は人助けのつもりだ。取引は双方の合意で成立する。わかった、払う。お願いしますではないのかな。
これは報酬である。安全な場所に案内する対価である。わかります、お願いします。はい、次の方どうぞ。100Bでお願いします。承知しました。5名様500Bとなった。ハジ議長の
部屋に入るとだいぶ吹っかけたらしいな。いや、俺みたいな貧乏人は金の単位が分からない、今までが安過ぎたな。我々の手数料は50Bになるのかな。そうだ、しかし現生だと
この部屋に収まるか。そう言われると心配だ。床が持たない、カーシムが茶化す。リュウジどう使うのだ。それが問題だ。砂漠の緑化を考えていたのだが、、。砂漠を見たことが
ないな、砂丘とはちがうぞ、そうだな月面と思え。え、月面か。ハジ、50Bどこに納品したらいいか。そうだな、また後で連絡する、とカーシムをみる。カーシムもお手上げと肩を
すぼめる。
 捕虜5名様をお連れする。バーナードが先客になにやら話している。どうも坂本のことらしい。何故俺たちがこんな目にあうのだ。そんなこと俺にもわからない、ただ、彼は約束を
守った。俺たちの安全は保たれている。これが全てだ。遠くまでとおる声だ。どうした?新しい仲間だ、仲良くやってくれ。セール、彼らはここに寝ているがベッドがないと文句を
いうのだ。それはもっともだ、すぐに用意しよう。棟梁を呼んでくれ。棟梁という日本語ははこの島ではしれわたっているようだ。すぐにやって来た。棟梁、ベッドを10つくってくれ。
いつまで?夕方。できない。これは俺の客人、西洋人はベッドがないと寝られないらしい。やってみる。その代わり、、。タンドアイ10本、ビ−ル3ケース、六時までにはできるな。
OKサー。客人たちに珈琲ご馳走しよう。高崎のホテルでシャワー借りてから食事をさせる。客人たちは久しぶりのシャワーによろこぶ。円でいいですか、3万円を高崎にわたす。
お土産いただいたのに結構ですよ。仕事は仕事。ちょっとパソコンお借りできますか、客人に見せてやりたいのですが。ノートでいいですか、すぐ持ってきます。
 日本人とユダヤ人という動画を見せる。反応を見たかったのだが、10人が食い入るように見つめる。テーブルに台を置き高くしてやる。質問がバーナードとメンデルに浴びせられる。
二人が答えられないので坂本がグーグルアースを見せる。これが日本だ、今見た動画の舞台はここだ。イスラエル大使が脚を運んだ場所に関心を示す。30年ほど前この地方に
一人のユダヤ人が住んで日本語を学んだ。彼は日本語ユダヤ語の辞書を発行した。ほかに質問あるか。日本人にユダヤの血が混ざっているというのは本当か。おれは専門家で
ないが可能性がないとは言えない。あるという学術的裏づけはあるのかないのか、俺は知らない。鳥居、神輿はユダヤのそれらに似ているがお前はどう思うか。ユダヤのそれらを看て
いない。メンデルはどうだ。坂本さんと同意見、DNA鑑定すればかなりはっきりするだろう。俺も日本に行ってみたいが可能か。現時点ではなんともいえない、他の客が来たようなので
続きは次回のお楽しみ。

 坂本はバーナードから収容所建設予定地視察を聞く。カーシムとメンデルにも同席させる。条件はよさそうだな、建設期間は。3年。馬鹿か、3月だ、もたもたしてたらミサイルが
飛んできてこの島ごと吹っ飛ぶぞ。以前に大韓航空事件、911同時テロでハイジャック機を米国民が乗っていても撃墜する米流の解決方法に疑問を投げかけたことがある。
キャンプ地でいいから、三月だ、街の建設は時間をかけてもいい。リストの任数に家族が加わる、将来は子供ができよう。俺は人を殺したことはない。見るのも聞くのも嫌いだ。
新しい島への移住が焦眉の課題だ。沈黙の後、バーナードが答えた。よくわかりました、客人たちから情報を収集してリストの精度を高めます。これは坂本自身の不安でもある。
闇の黒幕が30人として残り20、かれらが手を拱いているはずがない。ミサイルなどで反撃に出られると一溜りもない。すぐ、この場の人間は坂本の不安を理解した。

 夕方ベッドができた。竹製は弾力があるし風通しもいい。客たちもよろこぶ。セール、ご高配に感謝もいしあげる、なお、出来うるならば間仕切があればなお有難いのでありますが。
この辺の感覚は理解しがたい。客たちは数千年世界の支配者であった意識が擡げてきたのだろう。カーシムが咳払いをする。君たちは自分の置かれている状況を理解できているか、
君たちは我々の捕虜である。殺生与奪は我々にある。セールは我々を安全な場所に案内すると約束した、一人が反論する。我々は約束の当事者ではない。我々が捕虜をどう処分
しようと彼が我々に文句をいうことができるかな。約束は当事者のみを拘束する、自明の理である。カーシムはつづける。狙撃演習をしばらくやっていないな。
 客人たちの顔が蒼白になる。大佐もっともな見識であり正論であるが俺の客に手を出すことは許さない、と坂本が静かにいった。緊張した沈黙が支配する。どうやって我々の処分を
阻止するのか教えていただけませんか、セール。大佐、俺は貴殿が今からこの時から3年以内に死ぬように念じた。これを念力という。三年間になすべきことはやっておくがいい。
そんな馬鹿な!三年後に医者はどのような死亡診断書をだすかな。君はそのとき読むことができない。坂本はゆっくり客人たちを振り返りにんまり笑う。俺たちにも、、、。坂本が立上る。
セール、その念力をキャンセルしてくれ、俺には愛する妻や子がいる。客人たちが叫ぶ。坂本は答えず棟梁に間仕切を依頼する。せめてベッドの上で死を迎えさせてやりたいのだ。
OKサー、さけ一年分。ああ、用意する。

 翌日客人たちが坂本を求めてきた。どうだベッドはよく寝むられるか。セール、感謝しております、全員頭を下げる。それはよかった、不都合なことがあったら言ってくれ、できるだけの
ことをしよう。セール、少し時間をいただきたいのです。半時間でいいかな。お願いします、この島で島民が大きな木を罵るとその大木は枯れてしまったというのは本当ですか。俺は
知らない、誰から聞いた。ミクロネシアで同様の事例があるとか。そんな話はあるな。でも、何故俺に聞くのだ。日本人は自然と対話することができるのか。それはごく一部の日本人だ、
ただ、日本人は自然とともに生きてきた、いや、生かされていると考える者は少なくない。それはマタギか。マタギに限らない、その道の達人は動物、植物と話をしているそうだ。どんな
ふうに。1kg1500円の米を育てる日本人は毎朝挨拶とか、暑いか寒いか、声をかけるそうだ。米は答えるが彼にしか聞き取れないらしい。美味い米をつけてくれと稲に頼むと稲は
頑張ると答えるということだ。どういう能力か。彼がいうには稲を愛すると稲も彼を愛してくれるそうだ。日本人の愛するとは。愛するとは、そうだな、母の子に対する慈しみが一番近いか、
慈しみ自体が母のよろこびであろう。
  全員が思いに耽っている。珈琲飲むか、と高崎のホテルに連れてゆく。いい珈琲豆が手にいりました、少し時間がかかりますが美味いですよ。うん、いい匂いだ。それに水、これ
山から運んできました。一杯どうぞ。おお、いけますねえ、山から。ええ、バーナードがみつけたのですよ。山といっても高さ20mの岩だ。彼は岩に耳を当ててお前はいつからここに
と問いかけた。すると、妙なる音が返ってきた。水琴窟ですか。ええ、彼は私とメンデルを連れ出して内部を撮影しました。内部ですか。後でお見せしますがドリルで穴を開けて
内視鏡で覗いたのです。空洞があって溜まっていたのがこの水です。坂本がもう一口水を味わって、貴重なものですな、ともらす。われらにも水をと全員がコップの水を回し飲みした。
発見者を呼ぼう。二人がやってくる。お早うございます、セール。水をお相伴に預かっている、発見者殿。いい香りの珈琲が出てきた。二人に回す。セール。発見者を差し置いて
飲むわけにゆくまい。で、水の埋蔵量はどれくらいだ。3立米とみています。水滴が35秒間隔で落ちでいますから一日2500ml、年900l、地下浸透蒸発を30%と見て0.6立米ですか、
詳しいことはわかりません。岩はいつからいるのだ。海面に顔を出して7.8億年。本当か。岩が言ってました。全員の目が耳がバーナードに集中する。ん、本当ですよ。岩石を測定
すれば正確な年数がでますよ、とメンデルが援護する。一人がバーナード、君は岩と話ができるのかね、とたずねる。誰でもできるでしょう、心から友達と思ってはなせば。驚愕が
走る。いや、さきほどマタギが木や動物と対話をする話をしていたのだよ、一人が説明する。
 高崎も席に座る。こんな美味い珈琲を飲ませてもらってお三方に感謝する。坂本さん、彼はここまで水を引いてくるそうです。そんなことできるのか。セール、私は建築家だ。そうだな、
失礼。私はあのままがいい気がするするのですがどう思います。埋蔵物は発見者と土地所有者のものですから協議されたらどうです。それが意見が合わないのですよ。むずかしい
ですね、いっそ、住民投票、島民全員の多数決できめたら。そうですな、それはいい、そうするか。バーナードも同意する。
 その三日後水道敷設の可否を島民に問うた。まず高崎が経過説明をし、この水はこのまま緊急時に備えるべきと訴える。年配者の多くが賛成する。続いてバーナードがこれは天から
の贈り物だ、有効に使うことが贈り主の意に添うと反論する。多くの若年層と女が賛成する。それぞれの意見が戦われる。やがて高崎が壇上で採決方法を説明する。年齢性別を問わず
全員の多数決で決めると問いかける。一人が長老の意見を聞くべきだと叫ぶ。バーナードとメンデルの投票権も問題となったが大多数がこれを認めた。メンデルは立上って私は
高崎案に賛成すると言った。拍手が湧く。セール。俺には投票権はないがもし認められたら、棄権する。大笑いが起こる。長老は体調がすぐれぬと家で寝ているそうだ。坂本に
選挙管理が委嘱された。高崎案は右、バーナード案は左に集まれ、集まったか。いいな、それでは一人ずつ中央に出て来い、そうだ、腕を組んでペアーになって座る。よし、次。
チュギ、爆笑が起こる。以上の結果はバーナード案が多数であったことを報告する。
 坂本の報告を受け高崎が以上のとおりバーナード案に決まった。私の案に賛成してくれた人もこの決定に従い、バーナードの水道敷設に協力するようにお願いする。高崎の
下に子供たちが寄ってきて水道管は自分たちが毎日管理するとなぐさめる。機嫌をなおした高崎は長老に水を届ける。棟梁がセールと坂本に酒を催促する。わかっている。
高崎は全員に水を飲ます。この水には7億年前の水も含まれていて美容と健康にいいそうだ、ちょっとした病気も治るそうだ、なメンデル先生。イエスサー、毎朝10ml飲むだけで
女性の肌はさらに美しくなる、男性の性器は強度と継続が向上する。やんやの喝采。そこに長老が現れる。この水を飲んだらよくなったと山に祈りを捧げる。長老が手を額に当てると
全員おしい抱くように水を口に運ぶ。美味しいわねえ、女たちの歓声。酒も美味いぞ、と男たち。しかし3㎥しかないのに高崎は我々にも飲ませてくれる、そうだ、ありがたい。

捕虜収容所建設地

 坂本は捕虜収容所建設地を視察する。島の南方10kmの無人島だ。10倍あろうか、山も200mはある。地形図が必要だ。衛星写真では不十分だ。カーシムに航空写真撮影を
依頼する。日本の測量会社に頼めば等高線を落とし込んでくれるだろう。2000人の居住は可能とバーナードは計算する。そうなれば衛星写真から捕虜の存在が知れることに
なるだろうと心配する。どこにしても同じだ、だから急ぐのだ、トップをここに連れてくれば一先ず安心できる。リストの中にいるのか。わかりません。あの十人のなかにトップスリ−
の一人がいると思われます。あの爺さんか、よし、彼に直接きこう。マスタープランができたら彼らにも説明しよう。
 坂本は苛立っていた。ハジから連絡がない、客が来ないな、とカーシムに当たる。あれほど顔に出る男を見たことがない、とカーシムも厭きれてメンデルに漏らした。聞きました、
彼は少年のように純粋ですね。その日、朝の珈琲を飲みながら坂本は捕虜10名に尋問した。高崎がマニラに出かけたのでプールサイドは他にいないのを確かめて切り出した。
お前たちが人類に害をなしてきた事実は明白だ、これを放置するならば人類が滅亡する。したがってこの悪の権現を隔離する必要がある。そこでお前たちに協力してもらいたい。
バーナードが収容所計画概要を示す。お前たちは仲間を売ることになるが人類の未来のために俺の計画に力を貸してもらえないだろうか。捕虜たちは沈黙をつづける。やはり
お前かと思ったようだ。
 爺さんが重い空気を押しのけるように何かをつぶやいた。坂本の怒りは天を突く。『汝身内のみを愛せよ、汝の支配者を憎め、真実を語るべからず』と言ったのだな。バーナードが
うなずく。もう一度英語で言ってみろ、坂本が指をさす。なぜ日本人がヘブライ語がわかるのだ、とざわめく。言え、坂本がうながす。爺がそのとおりと答える。坂本は俺は復唱しろと
いった。若造俺に命令するな。坂本は爺の手を捻る。握手しているように見えるが爺は痛みに耐え切れず立上る。坂本の手が離れた時爺はプールに落ちた。
 間仕切ができたあと部屋がえをしたらしい。カーシムがこれはお前のベッドかと一人にきく、そうか気に入らないようなら俺が使うと持ち去る。そもそも君たちには部屋を移動することは
許されていない。したがってこれを犯した者のベッドは撤収する。4部屋からベッドが運び出される。爺の部屋もその一つだ。爺は同胞からも疎外されていった。坂本は帰り支度を
始めた。明日坂本とユキが帰るとしると島民が送別会を始める。竹と椰子の葉の間仕切では客室には声が筒抜けだ。爺は代々伝わる指輪を坂本に差し出す。坂本は爺を見ようとも
しない。メンデルは爺を長老に相談させる。日本人は謝らない者を許そうとはしないからなあ、、、。非を認めることになる。それが謝ることだ。どんな要求をしてくる。まずしない。
よく理解できない。しかしあの男は典型的な日本人だ。そういう男がここにいるのは事実でないかな。

 爺はさびしかった。金にしか頼るものがない人生を振り返る。ここにはその金がない。しかし金以上のものがあるのではないか。メンデルにリストを渡すと伝える。ご自分で伝える
べきです。そうしよう、彼はヘブライ語がわかるのか。知りません、ただ心を読み取ることができるようです。爺は坂本にリストを明日の朝渡すと伝える。うんうん、とうなずくと談笑を
つづけながら爺にビールを注ぐ。飲まないと怒り出すとメンデルが目配せする。爺は飲み干して坂本に注ぐ。理解したのか、とメンデルに耳打ちする。やがて他の捕虜も座に加わる。
ビールが注がれる。イヨットにカンパイと棟梁が叫ぶ。カンパーイの大唱和。イヨット?
 メンデル、何故イヨットは気持がいいのか。わかりません。医学の怠慢である。子供が生まれるとお祝いをするのにその重要過程であるイヨットのメカニズムが解明されていない。
それは人間の能力を超えるものでしょう。あのなあ、できない理由は5万と挙げられる。解明するのが医学の仕事だろう。なお、いっそう研究します。そうか、よし、飲め。人間は
どこで生まれる。ここだ。ユキの腹をなでる。キャーっと女が叫ぶ。母は強し、母に逆らうな。中年の女たちが飛んできてキスをする。
 カーシムが戻ってきた。大佐これはなにか。麦のジュースであります。そうだ、飲め。イエスサー。飲んで騒いで丘にのぼれば はるか国後に白夜は明ける ビャクヤ?うそだ、
子供たちが叫ぶ。メンデル先生にきいてみろ。メンデルがうなずくと子供たちは悔しそうにヨッパラーイとやじる。酔うてどこが悪い、酔うために飲むのだ。くそがき、ぶ殺してやる。
機関銃を手真似する。子供たちも槍を投げつける。胸に刺さった槍を握って坂本が倒れる。拍手喝采。クマクマのアンコール。俺は寝るぞ、子供がいつまで起きている、寝ろ。
子供たちが坂本の尻を叩く。このガキ、と追う。ウワーイと逃げる子供たち。あの男は子供にも正面からぶつかるのか、爺がつぶやく。
 翌日爺がリストを坂本に渡す。やはりベッドはよく眠られる、と皮肉る。快食快眠快便、健康の秘訣、とやり返す。出発まで少し時間がるので珈琲を飲む。爺のほか客人たちも
集まってくる。坂本がいなくなれば待遇がもとに戻るのではないかと心配なのだ。爺は、何故リストを渡したのか、に答える。朝の珈琲は美味いのう、空気もうまい、人間心の
命ずるままに生きるのが一番じゃ。サカモトをみてそう思う。俺は子供か、子供は正直、思ったままを口にする、行動に移す。小さな笑いが起こる。メンデルが坂本の年齢を
教えると驚く。なんと気の若い男だ、俺よりも上かと半分がざわざめく。金で買えないものがある。科学ではわからないものがある。お前爺臭いな、彼女いないのか、恋は人を
若くする。命短し 恋せよ乙女  
 昔アインシュタインが日本にきて盲腸炎になった、船の上だ。乗り合わせた医者が手術を施した。医者からすれば患者が何者かは問題ではない、患いの程度が問題なのだ。
よけいなものを取り除くと真の姿が見えてくる。お前たちは己を見詰直す時にいる、己を空しくするのだ。一点をみつめ何も考えず、ただひたすら数を数える。今度答えを聴かせて
いただこう。坂本は出発する。

 リストはバーナード版に載っていないものも2名あった。備考にはこの2名がボスであること、さらに身辺警護も付記されていた。爺はバーナード版を改訂したと推察される。これは
最終版と考えていいのではないか。カーシムが遠くを見詰ている。イスラムは顔に表情がないのでよけい不気味である。坂本の視線に気付いて近寄ってきた。セール俺は3年後に
死ぬのか。ネンリキをといてくれ。ん、そうだな、念力は精神を極限まで集中させなくては生まれない。臨界に達することが必要だ。それより捕虜収容を急がなくてはならぬ。
 ハジ議長の部屋に入る。リュウジ、金はやはりと言い掛けるハジを制して坂本は冷たく言った。捕虜5名の収容は終わった、次はどうなっている。ハジはカーシムを見る。現在3名確保
近々に移送されてくる。急いでくれ。ハジ議長、差し出がましいがハジの土地に家族の村をつくったらどうだ。兵士にも土地を1haずつやったらどうか。そうだな。そうしてくれ。それと
USDは換えた方がいい。このキャンプも近代化したらいいのではないか。まず、レーダー、迎撃ミサイルなど防御施設の充実を図る。これに伴う兵の再訓練が必要になる。そうする。
何故ドルを換えた方がいいのだ。紙くずになる。ほんとうか、何がいい。土地だ。換えれるだけ換えておけ、奴らは何千兆も持っている。10Bは我々の1ドルぐらい感覚だ。これを
分捕って分配すれば紛争はかなりなくなるだろう。
 そうだ、メールが来ているのではないか。ムバルクの娘が怒っていたぞ。坂本は部屋を飛び出る。パソコンに向かってシャラザードのメールを探す。図面をダウンロードするのに
時間がかかる。光ファイバーはないのだ。兵士がきて無線ランを立てれば早くなるという。ハジもカーシムも覗き込む。How is my plan? 砂漠の中に学校があり畑がある。村の完成図が
現れた。坂本がこれこれと指さす。 Splendid wonderful do it soon.素晴らしい、すぐ取り掛かってと返信する。
 カーシム大佐、無線ランを建ててくれ。ここの場所が知れる。知れないようにするのが大佐の仕事だ。グローブかスマートの人間を雇い入れれて常駐させろ。口止め料をけちるな。
それはいい考えだ。費用がかかる。それは議長が負担する、俺が勝手に建てるわけにはゆくまい。二三日で早く通信できるようにする、ハジが答える。水はどうする砂漠にはないぞ。
雨を降らせばいい。雨がないから砂漠になったのだ。雨を降らせば砂漠でなくなる。できるのか。できるさ。どうやって。ここまで海水を引いてくる。幅100mでいいか、距離は、
どれぐらいか、まあ、100km。ところでここはどこなのだ。それは彼女にきけ。海水は雨になって降ってくる。その雨をどう溜める。うるさいなハジ、あの岩を見ろ。大きいな。馬鹿か、
草木が生えているだろう。それがどうした。馬鹿につける薬はない、少し黙っていろ。草木は岩にも生える。水を溜める。葉が落ちて土になる。鳥や虫がやってくる。10年もすれば
緑になっているだろう。坂本の調子が上がってきたところで、その運河の深さはいくらだったかな、とハジが腰を折る。10mでいいだろう。そこの岩は固いぞ。なに、日本の会社に
やらせたら1年で完成する。スエズ運河のほか沢山実績がある。
 坂本はハジを睨む。この場所はどこだ、教えろ。襟首をつかむ、岩が固い、どこの岩だ。言えない、ムバルクに口止めされている。ハジ、お前の命も3年だ、やることはやって置いた
ほうがいいぞ。リュウジ、誰のおかげで娘に会えたのかね、お前が感謝すべき人間は誰だろうか。坂本はカウンター攻撃に沈黙する。俺たちはいいパートナーであり、友人である。
これからも信頼しあってゆこう。そうだな、信頼が大切だ、彼女に建設費を送る。こういう村を世界中に創って行くぞ、彼女にやってもらう。全世界に放映したら協力者も出てこよう。
技術者、医者、教師、などなど。連中も手が出せないだろう。メディアの力は大きい。ネットは世界を結ぶ。金が要る。もっと客を連れて来い。わかっている、リュウジ、二三日待ってくれ。

次回 シャラザード大学


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