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作品名: 椰子の風に吹かれて 作者:佐々木 三郎

第20回   一時帰国 飛魚 生協 千夜一夜
                         一時帰国
飛魚ジャンプ

 生協設立、イスレム某国大統領との会見のためにハジ議長のところに帰ることになった。今の坂本は生協設立、運営が最大目標である。会員数が1000万を越せばこの国の有権者数の過半数を抑えることができよう。政権交代も現実味を帯びてくる。抵抗勢力は旧スペイン財閥、華僑、米国すなわち闇の黒幕。カルロスと陳志淵に相当する人物が欲しい。見えない相手には手の打ちようがない。

 島を離れる前に飛魚のジャンプを間近かで見たい。メンデルの処置を決めておきたい。カーシムはすべて神の思し召しと悠然と構えている。近頃少し変だ。バーナードはユリとの新居を夢見てか、設計に余念がない。マホガニの植林がてら山のほうに脚を伸ばしている。学生たちがついているので心配はないが。学生たち実習と家や舟の修理に木を切る。無計画な伐採を禁じるよう、高崎に進言したが、いい計画を立ててくれと逆に頼まれる。学生に植林計画と樹木伐採基準の策定をテーマに与えた。一方、メンデルは医院を開設し、島民に医学の知識を普及させている。医療器具は高崎が与えた。顕微鏡も手配しているという。
 棟梁から飛魚漁に招待があった。高崎が是非というと我も我もとくにメンデルは。漁の支障にならないか心配する坂本に一人ずつ分散させるという。その夜は大きな松明をつけて漕ぎ出す。ガメランに似た太鼓で全体を指揮する。沖合いに松明が燃え上がる。海辺の家族もこれをみつめるのだ。松明からの火の粉を物ともせず飛魚が空中を飛行する。着水地点の網にかかると再びジャンプするのはむずかしい。噴水のごとく飛び上がり、滝のごとく舞い落ちる。原始から受け継がれている漁法だ。それは映画のシーンさながらである。

 同じ光景でも人によって感じ方は異なる。感情移入の場所も異なる。また、局部に囚われると全体が見えなくなる。いや、見ようとしないのだ。突然舟が傾きメンデルとバーナードは海に落ちた。二人とも泳げない。メンデルは肩を叩かれて死の恐怖から逃れることができた。若者がこう泳ぐのだとゆっくり腕を伸ばす、顔を上げる。釣られるようにメンデルは付いて行く。泳げた!若者が笑う。メンデルも笑った。バーナードは、肩を貸そうとした若者にしがみつく。おぼれるもの何とやら。糞力で若者を締め上げる。このままでは共倒れ?しかし、飛魚漁はつづく。しずかな海に大型船が波を立てるのだ。若者は息を吐いて沈む。バーナードは手掛かりを失い水面を目指す。体力を消耗し意識が薄れてゆく。つらいときはこの乳房を思い出しなさい、お母さん、お前はやさしい子だからこの母には甘えていいのだよ。まだ若かりし母は美しくやさしかりき。
 バーナードが気が付くと『泳ぎが下手だな』と棟梁が言った。漁は終わりだ。俺のせいか?いっぱい採れた。まだいっぱいいるじゃないか。これ以上採ってどうする。いつもの二人がはじまった。もう大丈夫だ。彼を引き上げたとき心配する棟梁に、メンデルは彼の脈がしっかりしているからすぐ意識を取り戻すと言ったのだ。この魚はどうして空を飛びたがるのだ?棟梁は海面を指差す。指がさらに下がる、海面下だ。メンデルは大きな魚が飛魚を襲うのを見て、あーっと叫んだ。
 舟団は海辺を目指す。大漁を告げるドラム。さあ水揚げだ。長老が手を上げると残った魚は海に返す。患者の兄がメンデルに飛魚を両手にぶら下げてきた。言葉はなくとも気持ちはすべて分かった。先進国の人間はなんと無駄な会話をしていることか、メンデルはうれしそうに飛魚を下げて帰る。患者とその母は飛魚で全てを知る。さっそく飛魚のスケッチ。尾鰭と羽の付け根はゆっくり皮を剥がして筋肉のサイズ強さを調べる。高崎と教授がやってきて見守る。子供の顔だ。『先生、飛魚はどうして空を飛びたがるのでしょうか』うん、知らないなあ。メンデルは得意気にマグロからの逃避行であることを話す。ほう、それは面白い。飛行機の離陸に似て水面の助走、および機種を上げてからのキックまで、をほとんど尾鰭でやります。
 いつしかメンバーが揃っていた。『それは尾鰭の過大評価、胸鰭の過小評価、二重の過ちを犯している。離陸詰まり離海には大きな力が必要だが、浮力を得て飛行を続けるには多くの力を要しない』バーナードが決め付けるように言った。教授は誰になくともドイツ人の辛らつですからな、言った。『尾鰭の推進力を否定するのですか』とメンデルが向きになる。飛魚にとって空中は無酸素呼吸を強いられる。尾鰭を使うことは自殺行為に等しい。また、飛行の妨げでもある。君は医学を学んだのかね?今は推進力を議論しているのである。これは異な事をいう、飛行の重要な要素である呼吸を別個に捉えるのは非科学的である。
 ちょっと言わせてもらっていいかな、飛魚がいかに飛行するかというテーマからすれば、尾鰭で空中に飛び上がるとの説明に誤りはないと思われる。空中飛行前の段階で推進力の両者の比率を論じるのは実益があるがメンデル君の話はまだその段階に進んでいないのではないかな。教授は人の話に無断で割り込んだバーナードを非難しているようであった。紛争の多くがこのような誤解から生じるのではないか。その多くは聞きかじり、言い急ぎが原因でないか。バーナードはすぐ気づいて謝罪した。まだ溺れ掛けた後遺症が残っていたのかも知れない。
 患者母娘はなんであんなことに夢中になるの、という顔。先生明日退院させます。優秀な主治医の判断に間違いはないが、参考までに診せてもらおうか。教授が傷口を撫でる。大丈夫だ、メンデル君触診してごらん。日本では縫合しないのですか?この程度の傷口なら必要ない。そうですか、ありがとうございました。

 島を離れる前の日、メンデルをこのままにしていいのかとカーシムに念を押したが、あっさりOK、どうしたというのだ、坂本は少し不安になった。ユキは気に留めるようすもなく、取材、創業のことで夢見る少女を演じている。翌日、大勢が見送ってくれたが、今度はいつ来るのかと旅立つ家族を送る感じである。バーナード、メンデルも次には答えを見つけておきますと落ち着いている。二度目になると緊張がなくなるのか。

 ハジ議長の叔母の家に向かう道は木漏れ日があった。この前は昼なお暗しと思ったのだが、道が違うのか。ともかくこの道は緑のトンネルがいい。土産に魚の干物とTシャツ。Titaへのゴマすりが目的だから長居は無用。ハジは二親を早く亡くしたから私が育てたのだよ。頭もよかったが心もやさしい子だった。この調子ではエンドレス。ココナツジュースを飲んで退却。『年寄りへの孝行は話をじっと聞いてあげることって、言ってたじゃない』また、時間ができたらな。


ユキ生協発足

 ハジ議長とあいさつもそこそこ、取材希望会社を尋ねる。『セール、テレビ、新聞、ラディオ全部が取材したいと希望している。マレーシア、インドネシアのメディアも関心を持っている』わかった、メディア向けと一般向けの説明会をやろう。説明会開催広告を新聞テレビにだす。広告料が入ってくるなら好意的記事を書くだろう。さっそくレジメをつくってメディアに送ろう。と坂本が立ち上がる。『セール。ムバラク大統領は来月マレーシアを訪問することがきまった。詳細は近日中に届くだろう』その件はまたゆっくり、と逃げる。
 坂本はデスクトップを立ち上げる。おや兵たちはと思ったが、すぐ気づいた。本体が熱い、慌てて電源を落としたのであろう。まず、説明会広告原稿とレジメに掛かろうとしてハットする。定款がない、原稿もできてないのか。ユキ、定款はまだできてないのかarticles of incorporation。まだ、ぜんぜん。名称と目的ぐらいは決めておかないと格好がつかない。
        Name YUKI Consumer Cooperative
Purpose 
日本の定款はないか、まあ、似たようなものだろう。思いつくまま並べてみる。
     @消費生活に必要な物品の購入及び販売
     A組合員の生活に必要な土地の購入ならびに分譲
      および建物建築ならびに販売
     B前号に定める分譲地もしくは建物購入資金
      及び第1号販売品の購入資金に対する融資
     C組合員の健康維持に関する必要かつ有益な事業
     D組合員の子女に対する育英資金貸付
     Eその他前各号に付帯関連する一切の事項  

こんなところでいいか。ディー定款ってなあに、何書いているの?(ユキ姉さん、それはないでしょ。今になって、解らないものを解ったふりすな!あなた方の理解力がこちらにはわからないでしょ。) 生協はやりたい事業をここに書いておかないといけないんだ、(馬鹿やろう) 一度、ユキの弁護士に聞いたたほうがいいよ。(愛とは耐えることか。日本人には当然と思われることが当然でないのだ。数ヶ月先を見越してことを考えるなぞ今までにない。明日のことを思い煩うこと勿れ、アーメン)坂本が怒りを抑えていることはユキも察したが原因がわからない。定款の何が原因なの、と訊きたいのだが。いっちゃあお終い、坂本が爆発する。これが解るだけユキは坂本の心を掴むことができるのだ。バカナ美人は色気だけで男を繋げると思っている。超絶技巧ならともかく、坂本の趣味に合わない。世界の美女に男の気持がつかめることは必須であろう。クレオパトラ、西施、楊貴妃しかり。

 説明会の会場はホテルの会議室を借りて行われた。会場が暗くなると男が現れる。スポットライト浴びたのはマニィーパキヤウ。会場の度肝を抜いた演出だ。イチロー並の英雄はしずかに語る。私も生協についてもっと勉強したい。会場から拍手と歓声が沸き起こる。ボクシング世界タイトル7個、ファイトマネー30億ドル、獲得賞金数百億?以上。国民的英雄は既に国会議員でもある。

 説明は配ったレジメのとおり、質問があれば氏名をゆっくり明瞭に言ってからお願いします。坂本の司会はスピーディーである。どうぞ。マネー、パキアウです。拍手が起こる。すげえ存在感。けっこうです、続けてください。『生協の事業はミンダナオだけでなくフィリピン全土に展開されるのでしょうか』発起人代表、お答えください。『ユキです。生協設立後は理事長として私のすべてを懸けて頑張りますからよろしくね。ただいまのご質問にお答えします。生協の事業はフィリピンだけでなく、海外で働くフィリピン人の住むところはどこでも展開して参ります。たとえば、マネーパキアウさんがフィリピンレストランを日本、中国、米国、サウヂにお出しになるなら必要なものはすべて生協が取り揃えます。フィリピン人のいるところ生協ありと言われるようになりたいです』『ユキさん、よくわかりました、安心しました。私もフィリピン人のいるところ病院ありと言われるようにしたい』好意的大きな拍手。
 次の質問どうぞ。イメルダラモス、国営テレビキャスターです。生協の趣旨は結構ですが資金調達はできますか。また、ジャパユキ風情が理事長だなんて組織が機能してゆくのでしょうか。『あんたにだけは言われたくないわよ。国営テレビだからオカチメンコがキャスターやってるんでしょ!あんたが出たらチャンネル変えられてるでしょ』二人が旧知の間柄であることは推察できたが、女の抗争もまた凄まじい。坂本はユキは急性失語症にかかったと判断、代打に立つ。ご質問の資金調達は組合員からの出資で行います。一口1000ペソ、組合員数3000万、出資口数500億を見込んでおります。レジメの2ページ中段に記載しております。発起人すなわち理事就任予定者は5頁のとおりです。そこにはマニーパキアウ、カルロス、陳志淵、ほか錚々たる顔ぶれ。イメルダ声なし。
 よろしいですか、次の質問に、はい、どうぞ。YUKI CO-COの最大の目玉、特徴は何ですか。あ、失礼しました。ジェーンゴメスです。それは組合員証ですね。え?くわしく教えてください。組合員証にはICを組み込みますから基本情報はモニターで読み取れます。具体的には本人識別、代金決済、使用状況が把握できます。具体的にお願いします。では、実物をみていただきましょう。マスコットロボット登場。マニィーさんお願いします。”いらっしゃいませ”ロボットが挨拶。ではジェーンさん。”お客様のカードが破損している惧れがあります。受付にてご確認ください。”おお、っとどよめき。次は会計です、マニーさん。”いらっしゃいませ、毎度ありがとうございます。以上のお会計よろしければ右の一指し指でご確認下さい。ありがとうございました” 
『ロボットは顔がわかるのですか』実験データでは99.99%以上の精度です。どんなに変装しても整形しても誤魔化すことはできません。しかも生協に関するお金の一切がこのカードで決済できます。ただし、プリペイドの貸越枠を幾らで設定するかは理事会で議決し総会の承認を得る事になります。『ということはどこの店でもこのカードは使えるのですか』勿論です。たとえばジェーンさんが日本で使ったとしますとその日その時の為替レートで決済されます。『ちょっと待ってください。日本の生協でも使えるのですか』残念ながら提携先に限られます。なにしろ日本の生協の数は多いものですから提携に10年以上かかるでしょう。ただし、日本の生協のフィリピン店では使うことができます。勿論YUKI CO-COの海外店でもそのまま使えます。
『するとこのカードは電子マネーであり、IDでもあり、ステータスシンボルにもなるのでは?』それは過大評価かもしれませんね、この国で100%の決済が可能か疑問視されていますから。間もなく日本生協と提携調印の予定です。

 説明会は先制パンチが効いてほぼKO勝。次は広告宣伝。HP、テレビは主力ではあるが、都市部でしか使えない。ラヂオも有力なのだ。開口一番、坂本のパンチ。広告宣伝費は月100万したがって取材製作すべて共同でお願いしたい。ただし担当箇所については各社の切り口でやってもらっていい。予算が少ない、倍は必要だ。わかった、3倍計上しよう。それには理事会で承認されるものを製作してもらいたい。最優秀作品に賞金と今後の指導権を与える議決を目指している。頑張っていいものをつくってください。金は毎月初めに30%前渡金を払う。質問は?次回来週のこの時間にここで会いましょう。いいアイディアをお持ちより下さい。

 次は一般向け説明会とオープンセレモニー、これはユキの役割。日本生協との提携は事実上日本からの技術援助、つまり指導なので坂本が応対しなくてはなるまい。塩崎真知子、清美は期待以上だ。バギオ、バナウエの組合員、土地建物、配送、など企画は完璧に近い。ものごとを頭の中で構築できる人間は少ない。AYAは日本の生協でも地方の小さな生協であるが、先進国と若葉マークとでは天と地ほどの差がある。それは力関係の差でもある。パガディアン空港は日本の生協ご一行様のお出迎えに市長以下のお歴々が集まる。滑走路に工事現場のプレハブ程度の事務所がある空港である。始まって以来のメディアが押し掛けている。取材も熱気を帯びたものだ。国内で大きく取り上げられただけでなく、日本、マレーシア、ブルネイなどにも配信された。
 大和撫子ご一行の指導はメディア、行政、軍隊の度肝を抜いた。空港からディマタリンに直行するとすぐ着替えて仕事に掛かる。昼飯はおにぎり弁当。各部門のベテランが揃っているとはいえ、フィリピン人は気圧されるのだ。『それでは行きますか』理事長がユキに促す。明日の開店リハーサルだ。といっても本番と変わらない。今日の客には100ペソのモニター料が支払われる。説明会に集まった会員200名がそのまま客になった感じだ。

 先ず血祭り上げられたのが警備員、開店待ちの列。『どっと押し寄せて来たらどうするの』岡本綾子理事長自ら指導。左右に進行させたら将棋倒しの虞もないでしょ、事故が一番怖いの。今日の客明日も来るの?ユキさん来るようにさせなさい。リハーサルの意味がないでしょう。ユキ姉さんも震え上がる。ロボットが挨拶するのは会員と会員証が一致した合図だから、荷物検査までとの反対意見が日本人から出た。『ユキさん、難しい問題ね、アンケート取りなさい。』今すぐ!はい、ただいま。検査は必要ですかとアンケートを張り出す。賛否相半ば。水と安全はただではない、身近にテロ、強盗を見ているか、どうかの両国の差は大きい。
 売子がボケッと立っている。販売マネージャーが近づく。これいくら?待ってください。じゃあ、これはいくら?ええと。商品の下、値段じゃない?この商品のなまえは?今から3分以内に名前と値段をおぼえなさい。私の叔母は理事長です。やる気ないのね、辞めなさい。ユキさん、これ首。アテっと泣き付く。身内にはよけい厳しくなくてどうするの。泣くのやめなさい、見っともない。ユキが首を告げる。周囲に緊張が走る。これじゃ、日本のパートいや研修生が可哀相ですね、ここの正社員の5倍は働きますよね。馬鹿と挟みは、というでしょ。馬鹿につける薬はありますか。ないでしょうね。ということは、やってみせるの説明は無駄。
 レジに向かう。日本人5人が着く。見てなさい。理事長以下の会計にメディアも緊張する。いらっしゃいませ。買い物籠を受け取るとレジを打ち出す。店員が驚く。この国では籠から出すのだ。理由はわからないが盗難防止の観点であろう。まず野菜果物が通される。次は食品、その他の順に別の籠に。閉めて300の買い越し。奥様すぐに+200に変わりますよ、と耳元に。今度は店員に向かって、この分類は仕分けは解るわね?ここで空になった籠を下に降ろす。会計を済ませた商品はお客さまに袋詰めしていただくの。どうしてだか解りますか?確認することができる、自分で袋詰めすることによって。そうですね、確認には品物と値段さらに買い忘れたものはないかもありますね。その客が袋詰めを終えると聞き取り調査。よろしければサインをいただけますか。ありがとうございました。会員証をこちらに通してください。残高(バランス)+200の表示。互にニッコリ。隣のレジでは機関銃の速さで撃っている。
 翌日の新聞見出しである。速い、正確、笑顔の会計と各社絶賛。『。。。日本人はフィリピン人の10倍以上働く、その品質は世界最高である。客を第一と考える哲学はわが国に大きな影響を及ぼして行くであろう、いや、積極的に学ぶべきある。。。。』テレビは販売員解雇シーンを無修正名前入りで放映。衝撃を与えた。さらに、あなたは解雇されてどう思いますか?悔しいけどかれらが正しい。私は勉強してこれ以上のものをつくってみせる。これは負け惜しみとみるよりも彼女に好意的見方が多かった。反面、日本に学ぶべきところは多いという民俗意識が目覚めることにもなった。

 翌日の朝9時、地元高校のブラスバンドが日比両国家演奏。観衆は2000を超えるようだ。メディアはほとんどすべてが実況中継。テープカット、右から知事、ユキ、マニィ、市長の順。カットと同時に風船が舞い上がる。1000ペソの生協商品券が結ばれている。『ユキ理事長、あの商品券はダバオ、バギオの生協ででも使えますよね』勿論ですわ、全国、全世界のYUKI AYA CO-COで使えます。『岡本理事長、AYAとはどういう意味ですか、YUKIへのアドバイスは、提携のメリットは』AYAはあなたのやさしさを会員全てに上げなさい、という意味。すべての会員のやさしさをもらえることになるでしょ。YUKIは自分たちのものと一人一人の会員が考えること。私たちは日本製品を売るだけではないのよ、フィリピンのものを世界で売るの。これだけでも提携のメリットは大きいでしょう。ありがとうございました。ユキ、岡本両理事長にお話を伺いました。
 特設リングでパキアウの公開スパーリング。カルロスと陳志淵がリングにあがる。二人でパキアウを追い詰めKO勝。次は小学生以下、親のほうが興奮。記念写真。そしてプロテスト合格者4人の若者。パキアウの顔面を捉えるがカウンターパンチに沈む。相手を倒すパンチを打て、WBCだ、と叱声がとぶ。二組を対戦させての指導。強烈なストレート、お返しのボデー。君がストレートを避けずにカウンターパンチを出したのは正しい。なぜなら、彼のストレートはそれほどでないが、君のボデーは強い、KOできる。しかし、彼のストレートが強烈なら君はKOされていた。ここがボクシングのむずかしいところだ。あまり人の話を聴かないフィリピン人が世界チャンピオンの解説に聴き入る。もう一組は最初から激しい打ち合い、一方がダウン。たまたまそうなってしまったが、逆になっていたかも知れない。パキアウはふたりの手を持ち上げて称える。4人の中から世界チャンピオンが出るのは遠いことではない。いい男ね。抱かれてみたい、75歳の岡本理事長は本音ともとれる呟きを漏らした。
 一方駐車係の子供も頑張っていた。一台の車に2人が誘導した。この車は二人が守るという。たいていの運転手は5ペソずつチップを渡す。模擬店の案内がアナウンスされる。うどん、やきそば、おこのみ、たこやき、すし、などのメニュー。柱と屋根だけのレストラン、木と竹のテーブル。250人収容だが、説明会に用意したプラスチックのいすテーブルを勝手に運んでくる。2m5mのスクリーンにメニュー紹介が映し出される。食券の自動販売機も会員証で決済、同時に会員番号ごとに注文が表示される。出来上がると注文品が点灯。食券と引き換えられる。端末が食券を読み取ると注文表示が消える。メディアはこのシステムに感心して後日特集を組みたいと興奮する。
 一番人気はたこ焼き、フィリピン人も目にしているからであろう。そこへ岡本理事長以下ご一行が食券を買う。スクリーンはこれをとらえる。うどん、すし、餃子の順。『少し喉渇いた、ビール飲もうか』『ここ置いてないのよね、中で買ってきます』少年二人がつづく。『まあ、一箱、24本?何よ、笑ってないで』『だってねえ、この子達残りを50ペソで売るんだって。だから、一箱買い取るというの』売れる分けないジャン。いいや、おもしろいよ。いい度胸している。100賭けましょ、私完売、なら私は売れない。そこへパキアウ知事市長が岡本理事長に帰ると挨拶にやってきた。少年達売込をかける。市長:生協で25で売っているが?けど、買いに行かなくてはならい。これはここで飲むことができる。なるほど、それは理屈だ、一本。サンキュウーサー。今度は知事:君たち何本仕入れた?24本。幾ら払う。600。売れなかったら?少年の顔が曇る。知事も一本お買い上げ。少年は坂本のデジカメに目を留める。『このビール3本買ったらこの3人と写真が撮れる』と叫ぶ。今から3分以内と急かす。香具師なみである。これには3人もダウン苦笑するしかなかった。
 いくらもうかった?600。何買うの。お母さんの薬。おばちゃんね、100儲かったからあなたたちに焼きそば奢るわ。鬼婆たちの眼に涙。駐車係の子供たち全員にカレーライス食べ放題。ユキ理事長OK?シエンプレ、勿論ですわ。運転手、ガードマン、清掃婦にも食べてもらいましょう。『カーシム大佐、この日本の女こわいな。生協は軍隊か。』テレビ中継を観ていたハジ議長が叫ぶ。昨日空港に着いたばかりのご一行はもう民心を掴みかけている。数百年の植民地支配を日本軍はあっさり打ち砕いた。ベトナム、マレー、シンガポール、フィリピンと南下を続けた日本軍はフランス、イギリス、米国を次々と撃ちやぶて行ったから、多くの国が独立できた。独立しようとしたからだ。ハジは自分に言い聞かすように語った。

 まず、YUKI生協の1号店オープンは成功といえよう。簡単な慰労会が会議室で行われた。岡本理事長、日本のみなさまありがとうございました。YUKI生協開業おめでとうございます。私たちも本格的にフィリピンに進出しますからよろしくね。それでは乾杯の音頭を。乾杯は男の人よ、坂本さんやってよ。YUKI AYA両生協の益々の発展と皆様の健康を祈念しまして乾杯。カンパーイ!
 あの男の子いい根性してるわね、5年ほど鍛えたらいい男になるわ。ユキさんの姪も根性だけはありそうだから3年ほど叩上げたらものになるかも、うちに預ける?お願いします。馬を川までは連れてゆけるけど水を飲むのは馬自身。商品、取引先、従業員を頭に入れるのどれくらい?日本人で三月だから、まあ1年ぐらいはかかるでしょう。甘ったるいわねえ。会員含めて3月ね。会員家族(構成)も?当たり前でしょ。
 あの警備員頼りないわねえ。給料安いかららしい。あんなのに給料はらうの?駐車係の子供のほうがシャンとしてる。言えてる。突っ立ってるだけ。略奪防止のためには必要かもしれないけど、あれじゃねえ。観てるだけで腹が立ってくる。ビシッとしたのいないの。会員の顔を覚えられないわね、ぼけーっとしてる。荷物の検査しかできないの、ユキさん。そこへハジ議長カーシム大佐がやってきた。『警備会社の社長、専務です』坂本が紹すると岡本理事長歩み寄りて握手せり。『お世話になります。よろしくお願いしますね』と無言の停戦を警備会社営業部長に発す。されど、営業部長の詫びようともしない無言攻勢に耐えられず、ユキがつい警備の経験が浅いものですから、と庇ってしまった。
 これが理事長の逆鱗にふれた。ユキさん、戦場ならば命を落とすわ。しっかり訓練しておきなさい。同胞がこき下ろされてのひと言が停戦を刷きする口実を与えたのだ。すみませんと謝るしかなかった。(喧嘩下手ね)ハジ、カーシム震え上がって頭を下げる。部下の無能ゆえユキがこっぴどくやられているのだ。親指ヒトサシ指を回して警備員交代を告げる。(日本女おっかねえな)

 餃子が出てきた。中国餃子ね、いけるわね。4000年の味だけど、中国人には世界に発信するという誇りも気概もない。ご先祖の遺産で食ってるのね。内もひどい目にあったのよ。品質管理がお粗末だから毒物混入したのを売らされたの。中国製即粗悪、危険の評価が定着してしまった。生協まで白い眼で見られている。『岡本先生、私中国人として恥ずかしい』ごめんなさい、そんなつもりで言った訳でないのですよ、陳さん。中国の主食であり、世界の餃子になるでしょう。王将は本場中国で餃子を売っているでしょう。従業員が誇りを持っているからではないでしょうか。自分が誇りに思えるものは人に勧めることもできます。従業員は販売機ではありません。作戦を実施する最前線の兵士なのです。司令部とは信頼で固く結ばれていなくては戦に勝てません。『誇りはどこからきますか』理念でないでしょうか。『どのような理念ですか』消費者に品質とくに安全性の高い商品サービスを提供するということです。社会に貢献しているとの自覚が生まれましょう。
 前線と司令部の信頼はどのように構築しますか、とカーシムが訊ねた。勝とうとする意気込みでしょうか。私たちの生協はこの4人で設立しました。スーパーに負けるものか追越してやると歯を食いしばりました。いつしか企画立案と実施とに役割が分かれていきました。少々危険な案でも前線が実行力で遂行してくれました。勝ちたいと思っていましたからね。理事長は我々が年の順に交代してゆくことにしております。
 『生協の基本戦略は何ですか』カルロスも質問する。企業秘密、でもいい男だから、ちょっとだけね。えへん、私がお答えします。販売部長が理事長を制す。環太平洋に生協店を設置します。海流が巡るがごとく品物サービスが太平洋を循環するでしょう。用地取得は積極的に進めます。会員分譲住宅、福利厚生施設も平行して開発します。上下水道、電気は最低限のライフラインとします。電気は太陽光、風力、潮、波に漸次切り替えます。金融は冠婚葬祭、育英を中心とします。『お嬢さん、もう少し、具体的にお話くださるともっとうれしい』え、オジョウサン、販売部長動揺す。厚生部長代わりて『福利厚生には、教育、健康、保養、医療を考えています。教育は国際的に貢献できる英才を、インターネットで世界トップの指導を受けられるようにします。学生が自主的に取り組んだテーマに沿った指導助言です。健康保養医療は一体をなすものですから安心やすらぎを旨とします。長期療養は法定伝染病などの問題がなければ保養所に併設します。診療車を配置し予防医学を普及させます。こんなところでよろしいか?『ありがとう、お嬢さん』ねえ、お嬢さんだって。ワイン開けましょ、セニョール乾杯!カルロスは女がお好き、昔の娘にもやさしい。坂本は陳、カルロス、ハジ、カーシムを互いに紹介する。MILFはふせて警備会社の社長専務としてである。

 バギオ、バナウエの開店は順調に行った。塩崎真知子、清美の周到な準備に加えミンダナオの経験が生かされた。セブ、マニラ開設は人材、と闇の黒幕の無妨害だけの問題を残すだけになっていた。妨害はデマから始まるであろう、と坂本は語っていた。日本軍の凶暴性を伝えるデマは『女を犯し男を殺し赤子を投げて銃剣で受け止めた』というものだ。この連合軍のセリフは中国でも良く使われる。メディアとの会見後は食事をしながら情報交換、意見交換という形ができていった。坂本の見慣れぬ顔だな、という眼にメディアも顔を振る。(こいつ、どうやってここまできたのか。)
『日本はかつては軍隊でこの国損害を与えたように、今は生協によってこの国に損害を与えようとしている』それは事実かね、意見かね、我々は記者だ詳しく聞きたいと坂本が切り返す。『事実である。日本軍の略奪、殺人、レイプの事実を祖父からこの耳で聞いている。そして今生協出資金と称して金銭を巻き上げているのだ』なるほど、君のお祖父さんはどこで見たのかな。我々ジャーナリストとしては、いつ、どこで、だれが、なにを、どのように、したかを知りたいのだ。君も裏を取らないと記事にできないだろ?わかったら教えて欲しい、他に用件があるのだろう。生協の人紹介してあげようか。『いえ、いいです。ありがとうございました』と帰って行く。(あやしいな、調べさせよう)
 セキュリティー会社のボス(カーシムの同級生)に連絡。カーシムと三者で防犯カメラを調べる。あの学生風の男は映っていない。念のため調べておいてくれ。坂本は不快感を示した。同時に警備体制の見直を感じていた。奴が笑うときは要注意、カーシムがボスにささやく。『セール何を考えている』ああ、マニラからセブ行きのスーパーフェリーに乗ったときのことだ。乗船まで10時間待たされた。世界に類を見ない手続きだ。荷物検査はX線で透視する、これはいいとして、この検査が済むと乗客は荷物を持って外に出て乗船口に向かう。この間何の監視もないから検査を受けていない荷物を自由に加えることもできる。検査場所から乗船口までは隔壁で外部と遮断すべきだろう。X線検査を済ますまで3時間、奴隷の扱いを受けた。よく過積載で転覆するフェリーの会社にだ。そのうち懲らしめてやる。二人がじっと見つめる。坂本が思い出し笑いをする。
 で、次は麻薬犬の検査、お犬様のOKで岸壁へゆくことができる。俺が運転手を待っていると8歳ぐらいの少年がやってきた。警備員が彼に尋ねた。どこへゆくのかい?セブだよ。ひとりで?ああ。チケット持っているかい?持ってないけど20ペソお兄さんにやるよ。そうか、でも少ないなあ。でも俺の全財産、ポケットの中も見せる。じゃあ、夕食奢ってやる、好きなもの食っていいぞ、食堂へ行こう、付いて来い。やったあ、朝から食ってねえ。二人が笑い出した、勿論坂本の警備への疑問は理解している。

千夜一夜物語

 カーシム大佐はハジ議長に坂本説得を責められていた。シャハラザードの協力が必要です。というと?坂本は女に弱い。言えてるな。『私の名前はShaharazadoといいます。ムバルクは養父です。正確には人質として私を家族から奪い取ったのです。彼は私の父と政治的に対立していました。強硬派と穏健派の対立とメディアは報じていました、選挙戦に入った頃です。国民の多くが父を支持しました。彼は選挙の不利を悟り、父を軟禁し私を連れ去りました。やさしい父は私の命と引き換えに立候補を取り下げました。そして、そのことで自分をずっと責めました。可愛そうなお父様、私が男であったなら、ああ、涙が止まりません、女には泣き暮らすほかはないのでしょうか。私を救い出す男が東の海からやってくるというのは何時のことでしょうか。間もなくお父様の敵に処女を奪われるのが悔しい。私が命を絶つと家族を皆殺しにすると脅されています。神はお救いくださらないのですか。ならば私は東の海からやって来る男にかけます。たとえ、それが野蛮人であろうとも私は家族のためにこの身を捧げます。』というのがメールの本文。これが写真。Alf Laylah wa Laylah,千一夜か?これに坂本かかってくるかな。百万ペソ賭けましょう、坂本が大統領にあった時点でお支払いください。面白い、君は?娘をだします。よしわかった、君の勝を祈ろう。
 生協は緒に就いたばかりだが、ハジ議長からマレーでムバルク大統領と会うように迫られている。ユキに任せて闇の黒幕にかかるか、坂本は腹を括った。バーナードから会いたいと言って来ているが捕らわれの乙女シェエラザードが先だ。リムスキーを聴いていると金比羅船船の旋律が坂本の胸を揺する。美少女の色香に抗う術なし。観賞用とわかっていてもこのときめきは、ああ初恋に似て。東洋と西洋の血が混ざった乙女の挑むような眼差しに胸射られ、異郷に果つるに悔いあらむ。
マレーに飛ぶ。空港から指定されたホテルにタクシーで向かう。チェックインしてシャワーを使う。さすが一流ホテルだ、水質も水量もいい。ハジにもらったアラビアンに着替えるのを見計らうように呼び出し。『セールさかもと、ルーム1010にお越し下さい』10階に行く。廊下の角にはガードマン。1010?指差す。手を上げる。ノックする。ドアが開く。カーシム大佐に会いたい。いない。ハジ議長は?いない。部屋を間違ったようだ。お待ち下さい、サー、シャハラザードはおりますが。そう、彼女に会えるか?どうぞ。中に若き日のGina Lollobrigitaジーナロロブリジータが立っていた。
 きゅんとした胸、本当に17才か。メールの写真と見比べる。『私は東の海から貴女を救いに来た』『あなたが来るのを待っていました』そこにムバルクが現れる。無粋な奴。『ムバルクだ、貴方に会えてうれしい』坂本は写真と見比べる。貴殿がムバルクであることを示してもらいたい。たとえば、私が送ったリストを見せるか、テレビ電話でハジ議長の確認をとるとか。むっとしてどちらがいいか?いずれでも。リストを示す。OK,これはどの程度の信頼性があるか、つまり、彼らの全てか、部分か?ムバルクはたじろぐ。答えられないか。イスレムは世界最古の文明を持つがそれは過去の話か、フセインは連中に乗せられてクエートを侵攻した。馬鹿は騙される。今度はイランを挑発して核兵器でイスレムの抹殺を企てている。事は急を要する。俺の質問に答えられるのか否か、別の方法を考えることはイスレムを侮辱すると思ってずっと一ヶ月も答えを待っているのだ、ハジ議長と話したい。ハジ、これは本当に大統領か、女しか能がないのか、馬鹿野郎。ミステル、サカモト、それはいくらなんでも言い過ぎだぞ。大統領に代わってくれ。『ハジ議長、彼はなんと無礼な男だ』『しかし、彼の言っている事は正しい、彼を説得できますかな大統領、手強いですぞ。まあ、なんですな事実を伝えるしかありませんな』『うむ、そうするか』

 ムバルクの話は次のようであった。
   1坂本(バーナード)リストは全員闇の黒幕である。有罪(状況)証拠を示すことはできる。身柄を拘束するには時間を要する。
   2これが闇の黒幕の序列およびこれが全員かは不詳。捜査を継続する。
坂本は、この程度かと思いながら怒りを顕わにする。初めから素直に話せ、同志に格好をつけるな。俺たちは互いを信頼して行動しているのだ。俺は捕虜から情報を聞き出す。そちらはそちらで情報を収集してくれ。定期的に情報を交換しよう。基本戦略は捕獲、隔離だ。改悛の情なく更生の見込み無きは処分すなわち刑の執行も已むなしとする。これは厳守してもらいたい。人間としての誇りだ。疑わしきだけで罰することあたわず。したがって処罰範囲に家族は含まない。子は親ゆえに罰することあたわず。
俺の主義に反する。禍根を残すことになるかも知れないが、、、。お前はどう考えるか。『貴殿は正直な男だ。むずかしい質問だが私は禍根を残さない』そうか、それも見識だ。奴等の罪状からすれば無理もない。しかし、窮鼠猫を噛む、ともいう。逃げ道がなければますます凶暴になる。それを阻止する術は我々にはない。ここは俺の基本戦略に従ってもらいたい。男の約束だ。わかった約束しよう。

 坂本は席を立つ。驚くムバルク。どうした?用が済んだから帰る。捕虜が俺に話があると言っている。何か掴めるかも知れない。私はもっと話したい、食事を用意する。酒も女もつける。女は要らない、砂漠の民は異民族を受け入れないのか。政治が絡まなければ受け入れる、昔から水と草だ。それは水を引けば解決する、砂漠に木を植えればいい。できるのか、砂漠に?
水は天からもらい水といってな、海水が蒸発して雲になる、雲が水滴となって落ちると雨と呼ばれる。砂漠に海水を引けばいい。それに地下には水脈がある、オイルマネーのほんの一部でオアシスを好きなだけつくることができる。連中の妨害がなければ、平和に生きることができる。害虫は駆除しなくてはならない。しかし、彼らは元々悪魔の魂を持っていたのか、人間のやさしさはないのか、もはや、やさしくなれないのか、聖書にいう神に呪われた民なのか?もし、そうだとすれば何ゆえ呪われたのか、神は彼らを野放しにしてきたのは何故か。無能な神だ。そんな神は首だ。神を解雇するのか?当たり前だ、役に立たない神が存在する理由はない。
 料理が運ばれる。食ってくれ、お前のために昨日から仕込んだものだ。それはありがたいがビールでまず乾杯したい。ムバルク、これは何か?びーるだ。どこで発明された?メソポタミア。いつ?7000年前。そうだ、こんなに長く愛飲されている飲み物は?ない。これは世界一の飲み物だ、乾杯しよう、イスレムの先人に感謝と敬意を表して乾杯!カンパイ。うまい、さあて、食うか、いただきます。どういう意味だ?この料理に関係したすべてのものに感謝するという意味だ。おお。美味いな、何の肉だ?ラクダ。生まれて初めてだ。これだけの料理ができる民族が何故テロを行う。日本の神風の物真似か?
 毒を制すには犠牲もやむを得ない。毒をもって毒を制すか、毒も元から毒であったか、疎んじられ悪魔に魂を売ったのではないか。疎んじられた人間は金に頼る、異民族を虐げて己のみ生き延びようとする。彼らを追い込んだ者も罰せられなければなるまい。聖書の神はその罪を問われるべきだ。人間が過ちを犯すものとすれば彼は製造物責任をとらなければなるまい。彼が謝罪したのを聞いたことがない。
 『日本人は神を宗教をどのようにとらえているのでしょうか』Shaharazadoが坂本をみつめる。私のように信仰心もなく、神を信じない者にはむずかしい質問だ。これは私の考えであって日本人全体の考えではないがよろしいか?人間が限界に挑むとき、人知を超えた存在を感じる。それを神と呼ぶならば神は存在するが、神は人間のために存在しなくてはならない。これが日本の宗教観である。つまり神と人間との関係が宗教とすれば神は人間に役立つものでなくてはならない。それ故に日本人は神を敬い、感謝する。『神に対する畏れはないのですか』神は不正を正さなくてはなくてはならない。その力に畏れを抱くが、もし悪を正さなければ無能なものと信仰の対象から外す、つまり、解雇する。俺にはイスレム、ユダヤ、クリスチャンの神々を解雇する権利はないが、闇の黒幕駆除の費用報酬請求権はあるはずだ。かれらが払わなければあなた方に請求する。二人は顔を見合す。周囲も聞き耳を立てている。
 このような宗教観は初めてです。このような宗教観を持った人に会ったのも初めてです。あなたは東の海から来られたそうですがそれはどこですか。私は東の海の中なる小さな島に住んでいます。オリエンタルです。あなた方はオクシデンタル、彼らはさらに西方。日本は日出国です。日イズルクニ、、、そうです。この件がかたずけば一時日本に帰国します。貴女を連れて行ってもいいですよ。それは彼女にしか解らない言葉だ。しかし、ハジ議長カーシム大佐が聞いたらなんと思うであろうか。

 シャハアラザードの眼が潤んでいる。千一夜物語、アラビアンナイトの語部の名前だ。美しい聡明な乙女が夜な夜な語る物語を聴きながら眠るとき男の心は憎しみを忘れていったに違いない。その帳はいかなるものであったろう。ヒ イズル クニはどのような国でしょうか。坂本はgoogle earthで日本を示す。この島国は67%が山ですが1.2億の人々が暮らしています。海の幸、山の幸に恵まれて争いのない生活をしていました。先住民も渡来人も共存できたのです。東部は海から日が昇り山に沈みます。西部は山から日が昇り海に沈みます。日の出、日の入りは美しく神々しい。人々はこれにあわせて日々の生業を営んでいました。家族が暮らせるだけの海の幸山の幸を得て自然に感謝する生活です。富める者も貧しき者もなくたがいに助け合って平和に暮らしていたのです。それは2000年ほど前まで5万年以上変わらなかったと言われています。ある日騎馬民族が大陸からやってきて人々の土地を奪い、税を課すようになります。しかし、美しい自然に抱かれて暮らすうちに敵対することの空しさを悟るのです。融和していったのです。ゆるやかに混血して日本民族を形成します。数世代で溶け合ってしまいます。
 乙女の想いは時空を超えて馳せてゆく。そのように民族が融和していけたらどんなに幸せでしょうかとつぶやくのであった。砂漠の民族の多くが、どれほど多くの民族が消えていったことであろうか。征服者は雑草を刈り取るように異民族を抹殺する。砂漠の掟なのだ。民族とは対立することが前提なのだ。共通の神を戴くことことで対立を少しでも緩和しようとするのであろう。『日本では異なる民族が共存できるのでしょうか』私は民俗学者でないが、先住民族アイヌおよび琉球はここ300年ほど苦難を強いられてきた。したがって、共存可能と断言できない。これに対し日本の裁判所はこの事実を指摘し、日本政府もこれを認め謝罪した。一方、朝鮮、中国、あるいは南方からの渡来人は大きな混乱なくに日本民族に溶け込んでいった。全体的には原民族意識が消滅して日本民族と同化していったと言える。姓つまりファミリーネイムで渡来人か、日系日本人かは容易に判断できるが、それは意味を持たない。原民族ゆえに差別されることはない。『どうしてなのですか』わからない。日本人が過去にあまり拘らないからではないか。現在、将来が大切なのだ。
 日本の都市を壊滅的に破壊し、原爆を投下した米国の人間を日本人は恨まない。なぜなら、それは米国政府の犯罪であって米国民の罪ではないと考えるからだ。『米国政府は米国民がつくったのではありませんか』理論的にはそうだが、日本人は現実には国家と国民は別のものと考えるのだ。
 沈黙が続く。ムバルクもシゃハラザードも言葉を失ったのであろう。このような民族が存在するのか。日本民族とはいかなる民俗であろうか。この日本人が特別なのか。彼らの思考は混乱し、正常に戻るには時間が必要であった。人は異文化、異なった考え方に接したとき緊張と恐怖を覚えるのだろう。実験用のねずみが別の場所に移されると尿意をもよおすのに似ている。対立は紛争を呼び憎しみを育てる。食料の少ない砂漠にあってはその部族民族が生きてゆくには異民族を滅ぼしていくしかないのか。戦のたび、その空しさを女はいつも覚えるのだ。日本民族の融和の話はシャハラザードのこころに万年雪をも溶かす温水のごとくしみ込んで来る。おだやかな気持ちは幸福感を醸成し、坂本に対する尊敬に変わっていった。この日本人は見も知らぬ異国の少女を救った聞いている。そのときの負傷の報酬に食事を求めた、金は受け取らなかった、と父が話していた。尊敬は愛情に変換されることは珍しくない。夢みる乙女は自分の作文に坂本と自分をおいて読み返していたのだ。

 その夜の出来事は夢であったか、坂本は思い出すたび、現であったか、わからなくなる。その音楽は”ペルシャの市場にて”のような気もする。オリエンタル東洋とオクシデンタル西洋が交わるところを彷徨っていた。エメラルドのモスクを見ながら進んでゆくと喧騒に包まれた市場に迷い込む。人々にぶつかり揉まれながらどこまでも歩く自分は意外に楽しそうな顔をしている。突然人々が潮が引くようにバザールの隅に固まる。市場は大きな絨毯が広がる。その色は深紅のようでもあり、紺碧にも見える。色が消えると一人の少女が進み出てくる。凛とした姿は女王なのか王女なのか。両手を拡げて一回りするとレースが舞う。そしてもと来た方へ去ってゆく。魅せられたように後を追う。王宮の中は人々が行き交うが誰も坂本を振り返らない。
 王女の部屋は3階の奥にあった。つづいて中にいると御付が部屋を出てゆく。流れてくる音楽はリムスキーコルサコフのシェエラザードだ。王女の優雅な舞は坂本を褥に誘う。いつしか王女に抱かれ海に浮かぶ子舟のように揺すられる。海面高く持ち上がり深く沈む。二つの身体が天空に駆け上り急降下したとき深い眠りに落ちていた。

 ホテルを出るときムバルクの側にシャハラザードが坂本をみつめていた。その熱い眼差しは昨夜の出来事を反芻しているのであろうか。坂本はその手を握り締め別れを告げる。いつの日また会わん。さらば麗しの乙女よ。Rimsky-Korsakov:Sheherazadeとメモ書きしてその掌に押し付ける。そのまま空路マニラに向かう。

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