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作品名: 椰子の風に吹かれて 作者:佐々木 三郎

第2回   第一章 流浪の旅
主要登場人物

坂本 龍次    自分の人生を求めてフィリピンを流浪する日本人
カルロス      スペイン財閥の一つカルロス家の総帥
マリア      カルロスの娘 
陳志淵      ホテルスーパーなどを経営する華僑
ユキ       ミンダナオ出身のジャパユキ
塩崎真知子    元外交官の未亡人
山田清美     旧日本軍中尉の孫娘
シャハラザード 某イスラム国大統領の娘

                    第一章 流浪の旅


          流れ流れて落ち行く先は  北はシベリア南はジャワよ
          いずこの土地を墓所と定め いずこの土地の土と終わるらん

          昨日は東今日また西と    流浪の旅は果てなく続く
          果てなき海の沖の中なる   島にてもよし永住の地欲し

 坂本龍次はマニラの繁華街を歩いていた。ふと口をついてでてきたのがこの歌である。歌詞からして戦前の歌だろうが今の自分の心境を端的に示していると思えるのだ。彼は退職者特別居住ビザを取得したばかりだ。多くの日本人が定年退職をし年金暮らしに入ると俺の人生は何であったかと考えるが彼もその例だ。が、考えるだけでなく実行するところが少し違う。
 フィリピンに来て2週間、今日永住ビザを手にしたのだ。ここは年金証書と1万ドルの定期預金で比較的簡単に取得できる。取得後は日本から片道切符で来られるし、フィリピンから外国に行くこともできる。ここは航空料金が安い。ビザ更新は、毎年は面倒なので3年毎にした。この間二三箇所に足を伸ばし在留邦人の生活を見てきた。これからどんな人生が始まるのか、待っているのか、坂本は期待と不安が交錯していた。今日は大通りから少し横道に冒険してみる気になった。宿舎のコンドテル(ビジネスホテル)からの道が頭に入ったからだ。歩道に停められた車、悪臭の排水、人前を平気で横切る娘、タバコのポイ捨て、けたたましいクラクション、などから逃れたい気もあった。

 ここは銀座と霞が関を合わせたようなところと教えられたが、アヤラ大通りを軸にマカティ、エドサ通を進む。こんな街中にゴルフクラブが。きっと空港離着陸時に観るやつだ。少し横に入ると住宅らしい建物も散在している。朝の6時はまだ日差がきつくない。10m以上もある椰子の木に日がかかっている。椰子を見るとフィリピンにいると思う。その椰子は数本ずつ幾何学模様に植えられているようだ。高いところから観ればはっきりするのだろうが広大な敷地に違いない。日比谷公園、いや皇居ぐらいか、こんな街中に林が存在する。コンクリート塀で囲われている。外部からの侵入を拒否するように有刺鉄線が張り巡らしてある。ひょっとすると高圧電流を流しているかもしれない。どのような人間が住んでいるのだ。確かめてやろうという衝動にかられて彼は歩みを速める。しかし、無表情なコンクリートが続くだけで内部の庭すら窺い知ることができない。

 日は頭を照り付けてくる。汗が流れる。眩しい。眼が痛い。半時間は歩いたろう。鉄門が開いて黒い車が出てきた。門はやはり外部と隔絶するものだろう。すぐ閉じられたので広い芝しか眼に入らなかった。たばこを一服と思っていると先ほどの車がバックで逆走してきた。クラクションを鳴らして門に入ろうとしている。別の車がこれを阻止する。黒い車の左のドアが坂本の左腕に当たり運転手が跳び出す。
 無礼者と叫ぶ坂本を別の男が突き飛ばし黒い車の後部のドアを開ける。車に身を入れて何かを引き出そうとしていた。坂本はその脹脛に足を乗せて体重をかける。男のひざが曲がり男はのけ反って後頭部を車にぶつける。さらに男の髪を掴んで外掛で仰向けにさせるとベルトを引き抜きズボンを引き下げる。そのベルトで男を縛り上げる。両手両足の自由を奪われ男が喚く。うるさい、と坂本は汗を拭いたハンカチを男の口にねじ込む。吸いかけたたばこに火をつけたとき坂本の右足に熱いものを感じた。たばこは手に持っている。なんだ、と思った。それは激痛に変わった。脹脛から出血している。

 その時後ろで銃声がした。男がわき腹を抱えてうずくまる。坂本を後からピストルで狙った男を逃げ出した運転手が撃ったのだ。運転手が車に乗れと坂本に叫ぶ。坂本は男に蹴りを入れる。運転手は坂本を車に押し込んだ。車が門をくぐる。別の車は逃げ去ったらしい。門の中は広い芝だ、ゴルフ場のカートに乗っているように思えてくる。運転手が何か言っている。傷口を塞げということらしい。『どうやって』と聞き返すとハンカチが差し出された。若い女が心配そうに見ていた。『ありがとう』とそれを手にして坂本は女の存在に気づいた。そして脹脛をしばろうとしたが痛みが走る。女は車を止め坂本の横に移動すると細くて白い手で坂本の脹脛を縛った。甘酸っぱい少女の匂いが坂本を包んだ。


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