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作品名: 椰子の風に吹かれて 作者:佐々木 三郎

第18回   闇の黒幕 1
          闇の黒幕 1

 見えない相手ほど恐怖を与えるものはない。人類歴史上の戦争が疫病が金融危機が闇の黒幕たちによって引き起こされたという事実は疑いのないところである。しかし、大きな問題がある。犯罪の事実は明らかなのに状況証拠しかなく、したがって、また、犯人を特定できないのである。人類を破滅させ、この地球をも破壊しようとする犯罪集団をいかに捕らえて裁くか、その前に新たな犯罪をいかに抑えるかという急を要する事態に既成の概念では対処できない。よって、疑わしきは捕らえるという荒っぽい手法も許されよう。その是非は歴史が決めるのではあるまいか。こんな連中が世界征服を着実に進めているのだ。ベトナム、グエート、イラク戦争をみればわかるようにアメリカ合衆国を使って莫大な利益を得ている。戦争は武器の生産販売、人口調整に有効な手段とうそぶく。

 カーシムから黒幕の下っ端らしき男を追っており、間もなく捕らえることができそうとの連絡があった。IMLFの情報がどの程度のものかは分からぬが今は信じるしかあるまい。坂本はそう思った。尋問は誰にやらすか、適当な人物が思い当たらない。元刑事は?インテリやくざは?英語ができるか、辛抱強く観念させて吐かせることができるか。もっと高度な諜報機関は?コネがあるか。坂本は尋問は俺がやると啖呵を切った手前その方法に苦慮していた。

 カーシム大佐はハジ議長と話していた。『大佐、尋問を坂本にやらせて大丈夫かな』判りません、とにかくお手並み拝見と行きましょう。日本人は我々の常識では測り知れない民族ですから。『そうだな、大佐は坂本に好感を持っているようだがその訳をきかせてくれないか。私も体力が弱ってきた。気力だけでは議長は務まらない。私の後は君に委ねたい。それには君の地位を上げておかねばならない』ありがとうございます。お話します。

 父はミンダナオ軍将校として日本軍と戦いました。ある日、父の連隊と日本軍の連隊が対峙しました。日本軍は衝突を避けたいと申し入れてきました。双方無駄な血は流したくないと思いましたが、我が軍には父兄を日本軍に殺された兵士がいました。父がその旨伝令に伝えました。すると日本軍将校はただ一人で進み出て次のように語りました。『私は日本軍第7連隊中尉である。我々の敵は米軍であってフィリピン人ではない。どうしても一戦交えるというならば、隊長同士の一騎打で決しよう。俺の武器はこの日本刀だ』と掲げて見せた。父も刀を下げて進み出た。
 将校は父に一礼すると父も応えた。父は不思議な感覚に襲われたそうです。将校には殺意がない、刀を正面に構え静かに立っている。父が切りつけても日本刀を滑ってほとんど空を切るものでありました。父の刀が胸を突いたとき兵は避け切れないと思ったそうですが、将校の体が沈み日本刀が父の手首を切り落としました。将校は父に駆け寄って腕を縛りました。日本の衛生兵が手当を施しました。その手際の良さに驚いたそうです。手首を腕に縫いつけ添え木を付けると安静にするようにと伝えました。消毒薬、ガーゼ、包帯などを渡したのです。『ミンダナオ軍が一番勇敢だ。これは敬意である』将校は日本刀を父に与えたのです。武士の魂を与えることは最高の敬意であります。

 『よくわかった、坂本にやらせてみよう。日本人は神風で敵艦に突っ込んで行ったが、国のためか。確かに日本軍は勇敢だった』それでは坂本に捕虜を引渡します。大佐は坂本の顔を見て、大丈夫かと訊ねた。いい方法が見つからない、弱った。どうする?とにかく会ってみよう。人質、捕虜の部屋は薄暗い。坂本は窓を開けさせ、捕虜の前に座る。手錠を外させてたばこを差し出す。驚いて箱を手に取る。『日本人か』そうだ、まあ一服しろ。どうだ?『うまい』そうか、俺はお前の命を救ってやる。600万ドル用意しろ、俺の報酬は100万ドル。『本当か、だが、どうやって送金させる?』それはお前の仕事だ、現金で6ミリオン。そうだ、お前の写真撮ってやる、外に出よう。椰子の木の下でデジカメを切る。 坂本は木陰のテーブルに捕虜を連れてゆく。ノートパソコンに写真を取り込むと捕虜に見せる。家族に送ってやれ、Email使っていいぞ。文章が書き終わったところでカーシム大佐にチェックさせる。大佐、俺の報酬ワンミリオン、OK?イェスサー。よし、メールを送れ。送信を確認すると坂本は椰子のジュースを頼む。飲んでみろ、あれにいいそうだ。本当か?フィリピーナ紹介してやろうか。是非。ユキに女を紹介させる。そうだ、飛び切りの上玉、日本料理予約しておけ、お前を入れて5人だ。決まったら連絡してくれ。大佐、日本料理は美味いぞ。『セール、日本の女もいるのか』捕虜がたずねる。さあ、どうかな、日本の女は高いぞ。まあ、今日はフィリピーナにしておけ。そうだ、前金、500USD払え。『あれはまさかのとき』今がまさかのときだ。お前金持っても使いみちないだろう。俺が代わりに使ってやる。

 ダヴァオは日本人が移住したところだけに日本料理も美味い。日本料理は心をほぐしてくれる。ユキの連れてきた女は21歳。大学卒。捕虜はよだれを垂らしそう。男は死の恐怖を覚えると女が欲しくなる。いい女だ。『私は大学院に行って学位を取りたい。貴方は私を助けてくれますか。お名前を聞かせてください。私ユリ』『私はバーナード。1万ドルで足りるかな』ユリはぷっと顔をそむける。『バーナード。ユリは子供のころから働いて学資を貯めたの。貧乏人は金で叩かれるが一番辛い。わかりますか。彼女はハーバードで学位をとってビジネスをやろうという夢を抱いて生きてきた。この国の人間がビザを取るのがどんなにむずかしいか、ご存知?』ユキがさとす。『済まなかった。私は世界中にコネがある。今すぐにでもユリをハーバードに留学させることができる』『彼女の心を得るにはお金じゃだめ。彼女の必要な物を与えなさい』『わかった、ハーバードの近くにマンションを借りてあげよう。渡航手続き、在学中のセキュリティー、私にできることは何でもしよう』彼はユキに席を替われと10ドル握らす。
 ユキが席を替わって坂本の横に座る。どう?じょうでき。これからどうする?とカーシム。今日はこれでおわり、金が入ってからだ。じらすほど金は出てくる。見ておれ。バーナードが100万ドル送金を追加したのは翌日のことだ。坂本にパソコンを貸してくれと頼んだのだ。カーシムに見せる。セール、悪だな。口だけで稼ぐとは。2日後、入金されていた。通常外国からの送金は10日はかかる。彼らの力を見せ付けられた気がした。バーナードは闇の黒幕の下っ端と聞いている。銀行に電話させ、小切手6枚、50万ペソ用意させる。カーシム銀行だ。アイアイサー!応接室に通される。小切手を受け取ると坂本が3枚をユキ名義の普通預金に入れる。驚くカーシム。バーナードから10万ペソ手数料としていただく。『セール、定期預金にしてもらえませんか、せめて半分だけでも』担保はあるか、この銀行は潰れないか?まあ、実績を見てからだ。キャンプに帰るとすぐハジ議長に報告。2枚は生協出資金として預かった、ユキ預かり書を。病院ができるぞ。『セール約束が違う』カーシム奴を吐かせて次々金を取る。心配するな。これは生協協力の謝礼だ、僅かだが兵のボーナスにでも。10万ペソを差し出す。勝負ありだ。カーシム今夜も付き合ってくれ、シャツをプレジェントする。OKサー。その夜は別の店に行った。バーナードは青年のようにときめいている。カーシムには格好のいいシャツを買ってやった。ポケットの1万ペソ入れる。バーナードにもシャツとズボンとスリッパを買ってやる。ユリは少しずつバーナードから情報を聞き出してゆく。『おお、ユリ、どうしてそんなことを訊く?』『あなたが真剣なのはわかります。だからあなたのことをもっと知りたいの。あなたの胸にとびこんでゆけるようになったら、わたしの身も心も捧げます』

 日本人が小さな島を買い取り、住民と自給自足の生活をしている。そこへバーナードを連れてゆくことにした。カーシム大佐がハジ議長の前で、のんびりやってるなと少し嫌味をいう。あわてる乞食はもらいが少ない。奴さんを料理してみせる。二人が笑う。坂本は大事な人質の警護を大佐に依頼したのだ。大佐は自分から言い出しにくいというので坂本が小さな島への旅行の許可を議長に求めたのだ。ハジは笑いながら『セールそんな島で大丈夫かな』交通手段は小さな船しかない、逃亡はむずかしい。そして乗船のチェックがない。ここでは国内旅行でもパスポートを求められる。誘拐事件が多発していてイタリア人宣教師の解放に比政府はMILFに600万ドル支払った。外国人の移動は監視されている。いい点にきづいたな。日本人は水と安全はただと思っている。事件が起きると国民は政府の責任だと騒ぐ。誘拐など検挙率98%以上だから割りに合わない。

 島は周囲6km。海と空と時間は無限だ。島民は450人、自給自足だから貨幣を必要としない、したがってまた、貨幣は価値を持たない。このことをバーナードに認識させることがこの旅の目的だ。いきなり、金の使えないところに住むのは無理である。慣れるためには少しは金の価値があるところとここを選んだ。日本人経営のホテルだけは金が使えるのだ。交通宿泊食事一切の費用はホテルに払う。その日本人は島民に金の使用を禁じている。
 カーシムも奥さん同伴なので男女3組の6人。こういう機会に奥さん孝行とカーシムと坂本はいたれりつくせり。女の声が甘くなってゆく。人前も憚らずキスをする。バーナードはもう鼻血ブー、ユリは眼で散歩に誘う。『私たちもあんなふうになりたい』ユリはバーナードの腕に手をのせて少し寄りかかる。
『愛は人を幸せにしてくれる。ユキ姉さんいいアサワ手に入れた』男の嫉妬は激しい。坂本と比較されるとなおさらだ。『私は貴女に島を買う、家も建てる。二人で新しい家族をつくっていこう。子供は多いほどいい』『サカモト日本で大きな会社に勤めていた。ユキには何でも話す』『私もユリに何でも話す。何が知りたい?』それからユリは生い立ち将来の夢を語った。
バーナードも生い立ちから話し始めた。結婚の経緯になるとユリの質問はひつこかった。
子供はふたり、男17歳女14歳。写真見せて。可愛い、彼あなたにそっくり、頭よさそうね。そうなんだ、今大学2年、建築学を学んでいる。あなたの会社をつぐの?そうだとうれしいが彼が決めることだ。彼女もあなたに似ている。目元そっくりね。気立てもいいから結婚して幸せに暮らすだろう。奥さん、きれいな方ね。棘があるユリ。バーナードは仕事の話に変える。建築会社を経営していて外国にもよく出かけるそうだ。闇の黒幕との会合であろう。
 ねえ、取引先はどんな会社?材料、工具、測量などいろいろ。仕事の話と私の話とどっちが面白い。そりゃ君に決まっている。仕事の話だと厭なこともあるでしょ?仕方がない、仕事だから。そんなときどうするの?旅にでて自然を観ている。私が傍にいてあげたらうれしい?うれしいさ。あなたの友達も含めて関係のある人全部教えて。あなたの島に招待するのよ。僕の島?
 ユキから話をきいて坂本とカーシムは『上出来だ』と言った。しかし、やるなあ、もしやおまえの?下の妹、私親代わり、フフ。おまえいい女だ。坂本がユキを抱き寄せるとカーシムは出てゆく。そのままベッドに倒れこむ。ユキの歓声は隣の部屋にも届いた。カーシムの部屋からも声が聞こえてきた。

 ガードナードとユリが食堂に行っても他に客はいない、二人きりだった。経営者が話の相手をする。『この島を買ったのは?』とバーナード。よく聞かれますが、お金のないところに移り住みたいと思いました。ここには昔の日本があります。貧しくてもみんなが助け合って幸せに暮らしています。戦後の日本は経済的には発展しましたが、その代わり家族の絆が失われてゆきました。どちらが幸福か確かめるためにここに移りました。
 どちらがいい?ここです。25年もっとかな、移り住んで。日本は美しくて金持ちの国でしょう。何でも手に入ると姉が言ってました。人との繋がりは金では手に入りません。人間は日本語ではこう書きます。人と人の間に生きる動物です。英語もHuman beingとは人類でしょう。人は一人では生きてゆけません。
 でもお金は必要でしょう?ビジネスにはね、お金のない時代牛1頭に豚3頭の割合で交換するときどう決済したでしょう。たとえば牛50頭。豚は150でしょう。学校では正解です、でもどうやって数えます?わかった、牛1頭と豚3頭を交換したらそれぞれの柵に入れる、これを50回繰り返す。正解です、金で決済すれば牛を相手の指定する場所に運べばいい。豚も同様。相手と会う必要もない。便利だがどこかおかしいと思いませんか。先物取引になると牛何頭いくらで、との概念だけ。すぐ転売するから牛を見ることもない。概念が売買されている社会は狂っているのでしょうか。
 やっと坂本たちがやってきて遅い夕食だ。カーシムも甘いムードで話が盛り上がらない。激戦の後は腹が減るなあ、カーシム。ユキと奥さん噴出す。戦いすんで日は暮れて。野戦突入ありや?戦況不明なれど、可能性高し。備え怠るべからず。アイアイサー、武運を祈る。酒が飲みたい。やるじゃない。焼酎でもいいぞ。『これは貰い物の泡盛ですがよろしかったら』経営者が差し出す。有難い、我々だけのようですからご一緒にどうですか?ユキがビールを注ぐ。かんぱーい!乾杯。
 今日オーナーから先物取引のお話聞いたの。ユリが経営者を見ながら言った。先物取引は日本が発祥でしょう?バーナード張り切る。あら、そうなの。ユリ合いの手。オオサカ、ドウジマ。アオタガイ。それはなんですか?日本では田植えが終わるとすぐ米の取引をする。だって、米になるか、どうかわからないでしょ。6ヶ月後には取入れだ。でも豊作だったら値段は下がるでしょう。そうなんだユリ。しかし、その田圃の稲、米はすでに買い取っているから自分の物になる。不作だと値が上がるから転売して儲ける。値段が下がったら自分たち家族が食べる。米に変わりはない?そうなんだ、ユリ、日本人の米に対する執着はすさまじい。米の格付けは非常に多い。詳しいのね、バーナード。好きな女に誉められると得意になるのは洋の問わず。何百年も前から続いているのは驚き。これは金融にくわしいな、坂本は二人の話に聞き入る。バーナードに向かっていった。終わったか?え、何が?まだか、健闘を祈る。これだよとユキの手を引く。

 残されたユリとバーナード。ユリの手をそっと押さえる。じっと見つめるユリ。その手を剥がしてリストと手を広げる。頬にキスして立ち上がる。待ってくれユリ。今から作る。2時間待っていて欲しい。にっこり笑ってユリは部屋に戻る。隣からユキと坂本の笑い声。その隣は既に愛の営みが。バーナードは意を決してリストを作り始めた。氏名、国籍、住所、職業、所属、特徴の欄が書かれる。これが知れたら命はない。しかし、囚われの身。この島は地図にもあるかどうか。MILFに引き渡されると生きては帰れまい。名も知らぬ知らぬ島で一生を終えるのも人生ではないか。あの日本人は幸せに暮らしている。金で世界征服を目指すことは神の思し召しか。金の通用しない地に暮らして彼の信仰、信念に変化が起こったのだ。ここでは民族故に差別されることはない。書き上げたリストを見つめて
彼は来し方行く末を考えていた。

 朝6人が浜に出ると子供たちが魚を採りながら遊んでいる。父は沖に漕ぎ出し、母岸で海草集め。子は父母の間に。坂本が子供を手招く。二本の棒にロープを結ぶ。一本を浜に差込、一本を子供に持たす。ひっぱれ、押さえろ、回れ。ほかの子供も集まってくる。直系4mの円ができる。歓声上げて拍手する子ら。なぜ日本人は異民族となかよくなるのだ、バーナードは今まで体験したことのない心境になっていた。円の上に砂を盛って土俵作り。子供たちも坂本に習う。70過ぎの経営者が相撲のルールを説明する。子供の遊び相手もしているようだ。好奇心の強い子が坂本と対戦。吊り上げて土俵の外へ。吊り出しと経営者。チュリダシと子供たち。押し出し、オシダシ。下手投げ、シタテナゲ。若者も集まってくる。一人が交代。坂本は押して行って土俵際で引き落とす。引き落とし、ヒキオトシ。若者はむきになって坂本を押す。体をかわして叩く。叩きこみ、ハタキコミ。坂本は別の若者に土俵を譲る。周りに人垣ができていた。子供から大人まで代わる代わる土俵に上がる。
 『坂本、子供が好きか』とバーナードが聞く。子供は大人になる。大人は子供だった。『なるほど』欧米人は子供を未完成の人間と見るがアジアでは小さな人間と見る。翌日も子供と戯れる坂本。島民も興味深く見つめる。野球をする。長いロープを1m位の棒に巻く、1,2,3で棒に結わえる。次、チュギ。1234、ヒーフーミーヨー。次、チュギ。5、イー。345の直角三角形。OK、押し込め、オシコメ。引っ張れ、ヒッパレ。子供にロープを引かす。棒押し込め、ボウオシコメ。線を引け。センヲヒケ。ダイヤモンド完成、カンセイ。バットは舟の櫂、ボールはバグルbagol椰子の実をくり貫いた殻。坂本は打って走る、よたよたと。(リストは書きあがったみたい)(あと少しね。終わりよければ全てよし。あせらずにね)スバニン語で会話する。ビサヤ人には判らない。ユキは坂本に手を振る。『あれで分かるのか』とカーシム。『彼茫洋としているが大切なことは逃さない』『まったく、大した男だ』

 昼食後、ハンモックに揺られてまどろんでいる坂本のところに大工、専業ではない、漁師と兼業がやってきた。三角の板を持っている。各辺を指して3,4,5ツリー、フォウア、ファイブ。OKナ?OK,プエデいけてる。タンキューサー。水平と垂直を出すには?ユキが通訳。簡単、重しを吊るす。海を看る。すると老人は坂本の手を引っ張って外にでる。家を建てるらしい。大きいのというだけなので規模がわからない。ロープを張ってみる。120×60mの長方形。大工は満足する。四隅の90直角が欲しかったらしい。
 こんどは坂本が大工を連れてホテルにもどる。紙と定規とコンパスで図面を書く。平面立面を示すとほぼ満足、不満は残る顔。よし、1/100の模型をつくろう。坂本は同席してもらった経営者に相談する。柱は10mピッチですかね。『屋根も軽いし、外壁もないから20で十分でしょう。床の水平を保つには床下に支柱をいれたらどうですか』なるほど、で梁は長い木材ありますかね。『マホガニがいいと思います。問題は加工機械ですね。模型と図面を業者に渡しておいて加工したものを納入させるかな』すると大工が怒り出した。俺は大工だ、自分でやる。経営者は謝った。日本人同士が話していると日本的発想になる。
 さっそく模型に取り掛かる。水平垂直、直角の技術なくできるだろうか。翌日大工が模型を見てくれという。えらい早いな、そんはず、柱に棟木を釘止めして床を張っただけ。坂本はうなった。棟梁ここに何人はいる?全員だ。え?200いや100人。坂本の表情を見て人数が減る。これと同じ木材を用意してくれ、日本式をつくってみよう。たちまち人が取り囲む。バーナードが俺もやりたいという。建設設計をやったことがあるという。じゃあ、設計コンペといくか。棟梁、木が見たい案内してくれ。大人10人子供が3人、山に向かう。5分も歩くと上り坂だ。小さい島だが山は高い。15分でマホガニの林に着いた。なるほど20mを超えるのも多い。あまり見かけないな。『ええ、あれはアメリカ原産なんです。成長が早く1年で1m伸びます。セブにはみられますがこれだけの植林はここだけです』経営者が語る。あれで樹齢は?20年以上になりますか、ここに来たとき植えました。アメリカ留学中30m以上のを見ました。家具とか楽器などに?そうです。
 問題は柱と棟木の接ぎ方である。日本式の凹凸加工ができるか、20m於きとして高床部、天井部各18箇所。柱には2本の棟木が乗るからその倍。骨格は妥協できない。床下支柱は3mおきに椰子の木で40×20=800本。床材は竹として人が乗って持つか。直間で不可。坂本はホテルに帰っても図面と睨めっこ。みんな心配して様子を見に来る。おお、これからプレゼンするから聴いてくれ。骨格はいいとしても床がもつか心配と終わる。バーナードが床の強度は1m於きに椰子の棟木を増やすべき、竹を半分割って敷き詰めた谷には竹を細長く切って埋めていけば十分と指摘。なるほど、参考になる。『さらに快適にするにはカーペットを敷けばいい。それは必要になってから考えればすむ。凹凸加工が可能ならばすばらしいデザインだ。3m3mでやってみたらどうだ』バーナードが生き生きしてきた。『どうせ柱も棟木も試作が必要でしょう。材料工具自由にお使いください』経営者も賛同。
 まず、1/100の模型にとりかかる。柱梁の太さは1/10の2cm角にした。『セール、21mmがいい。凹凸は2:1つまり3等分し易い』さっそくバーナードの指摘があった。もっともだ、ほかにないか?坂本はみんなに意見を求めた。マホガニは曲がりませんか、どれぐらい乾燥させて製材したらいいですか、工程はどのように組んだらいいですか、棟木の重量7cm角の突起で支えられますか、ええっと、、、『坂本さん、我々に経験も知識もありません。やってゆく中で学んで行きましょう』経営者が見かねて口を挿む。おっしゃる
とおりです。楽しんでやらなくては、ユキが翻訳すると島民はあきれたり感心したり。じゃあ、棟梁よろしく。坂本は息を吐いた。日本人はものごとをむずかしく考えるんだ、
と言われている気がした。模型の骨組みは2日後にできあがった。この模型は何度となく分解され組み立てられた。議論が白熱すると誰彼なくこの模型を手を置く。

 1本のマホガニから21cm角材が4本は取れる。20mもの大木を切り出すのは大変である。『坂本さん、うちの角材使って下さい。切り出しは後で考えましょう。皆さん試作を待ってますよ』では、お言葉に甘えて使わしていただきます。あの、お名前は?高崎です。高崎は昨日同じことを言った。なぜためらう?バーナードが尋ねる。観てなさい、彼は自然に感謝しているのよ。自分に使う資格があるのかと自分に問うているの、とユキが解説する。坂本は樹齢20年の木を前にして緊張いたしますと手を合わせる。息を吐くとタコ糸持って来い。墨、イカの墨。バーナード21と22cm幅にマークをつけろ。のこぎりの歯は1cmもない。じゃあ、いくらだ?2mm。ということは210と212mmだな。よし、子供にタコ糸を持たせる。20m両端を固定すると1mの枝を支柱にしても糸は垂れ下がる。もう一本支柱を加える。別の子供にイカ墨を糸に塗らす。もっと強く巻け、坂本が中央に立ってタコ糸を持ち上げる。支柱をはずせ、糸を巻け。行くぞ!糸を放す。線は引けたが、墨が多すぎた。どうだ?次。
 今度は棟梁が坂本に代わった。きれいな線だ。餅は餅屋だな。高崎が説明する。どっと笑いが起きる。線引きが終わると製材機が運ばれてきた。まだ新しい。高崎が笑っている。
マホガニは硬い。20mmを切るのは大変だ。高崎が角材を機械に据えると切り始める。5台の足台を進行に合わせて置き換えてゆく。5mのところで棟梁に代わる。バーナードが
途中で代わる。残り10mをきり終える。全員拍手。手を振って応える。8本切るのにまる2日かかった。鉋がけも平行して行われたがバーナードの株は急上昇。建築会社の社長だ。
その夜は砂浜で飲めや歌え、島民が招待してくれたのだ。月明かりの海辺に焚き火が揺れる。採れ立ての海の幸。ウミノサチ?Happiness from sea? ディー。海で獲れた物。高崎が説明。全員感心。ウミノサチ!酔えば踊る。ここは南の島。
       わたしのラヴァさん 酋長の娘  色は黒いが南洋じゃ美人
  踊れ踊れ 踊らぬ者にゃ 誰がお嫁に ゆくものか
珍しく高崎も飲んで歌った。日頃はほとんど飲まないそうだ。カーシムこれは何だ?麦のジュース。よし飲め。バーナードこれは何だ?ココナツミルク、Tubayo.よし飲め。坂本は踊りながら歌う。
踊れ 踊れ、オドレ オードーレ。踊らぬ者にゃ、オドラヌ モノニャ。
高崎も一緒に踊る。
ダーレーガ オヨメニ ユクモーノーカ。
カーシム踊れ。バーナード歌え。島民も加わって踊る。ワタシノー ラヴァサーン シュウチョノ ムスメー大合唱。音頭とるのはバーナード、いい声だ。坂本は老婆の手を取って踊る。周囲は二人を見守る。やんやの喝采。坂本にキス。坂本もお返しのキス。
 次はユキが飛出る。情熱的な踊り。ため息が漏れる。スバニン。ミンダナオ。島民はほとんど島を出ない。この島を訪れるのは日本人だけ。ユキの激しさが増し坂本を誘う。頭をそらして腰を揺する。そこへ坂本が顔を埋める。ワオー!ワオー。ユキが坂本の腰を引き付け前後に揺する。サクサク!坂本がユキにディープキス。離れぬ二人。咳払いして
カーシムが踊りだす。イスレム、イスレム。ゆっくりとした踊りだが砂漠の民の末裔。力強さと精悍さを見せる。奥さんの手をとって中央へ。アラビックダンス。尻をくゆらし神秘的な眼。静まりかえる。キス!キス!コール。二人は抱き合ってキスを交わす。長いのう。ナガイノウ。
 ユリが踊りだすと二人はやっと離れた。妖しく男を誘う。バーナードが吸い寄せれるように近づく。ユリに応えるように踊る。二つの影がくっ付き離れ、絡む。熱情が広がってゆく。二人の血は熱く滾っている。踊りは心情の吐露。恋人は踊り子となる。南の島の宴は続く。いつ果てるとも。。。

 ホテルに着くとバーナードはリストを差し出す。ユリは首に腕を回し口付けを。『ユリ、ちょっと来て』ユキの声。『飲みなおさない?あら、バーナードはいりなさいよ。ユリ、カーシム呼んで来て』おお、お前近頃人気あるな。建築会社社長。いけそうか?多分。この手順が大切だ。いいか、とユキを抱き寄せる。このように、じっとユリの眼をみる。頭を抱き寄せる。髪にキス。次は瞼。ユキはうっとりとする。軽く唇に触れる。唇を合わせる。分かったか?イエスサー。まあ、飲め。これは泡盛だ。うまい。だろう?おーい、カ−シム早く来い。俺は酔ってしまった。俺の酒が飲めないのか?神のご意志に。。。何が神だ、はいるぞ。カーシムの胸倉を掴んで引きずってくる。奥さんも呼べ。これは何だ?芋のジュース。よし、奥さんいらっしゃい、乾杯だ。カンパーイ!
 坂本はユキの胸に触る。その手が下に降りてゆく。フフ、後でねと振り払う。カーシムは奥さんの腰を引き寄せる。バーナードがユリの手を握る。それをやさしく握り返す。
彼の胸は期待に膨らむ。坂本にいとまを告げる。軽く手を振る。頑張れと眼で。二人が出てゆく。カーシムが親指を立てる。首尾よくリストをデジカメにとってサジ議長に送った。
着信確認に手間取ったと。あとは裏付け!あらためて乾杯。おやすみ。
 その頃バーナードとユリは熱い口付けと抱擁中。カーシム夫妻がグッドナイト、と言って部屋に消える。ユリを部屋に誘うバーナード。お願い、1週間待って。どうして?生理なの、終わったら私、必ずあなたの部屋に行きますから。バーナードは狂ったようにユリをかき抱いた。ユリは身を委ねながらも女優のように自分の役に酔っていた。相手は命懸けで向かってきている。自分はシナリオに沿って演じている。現実と脚本、二つの世界にいる自分がおかしかった。ユキからはこのシーンのOKが出た。次はどんなシナリオだろう。

 柱と棟木との凹凸ができた。実験だ。床の柱と棟木はココナツの木だ。外壁の20m20mはマホガニだが、1m間隔の支柱と棟木はココナツで済ますことになったのだ。この試作部分400uに使う棟木20本、支柱400本。棟木に各凹20支柱の凸400凹凸計800、電動具のないここではノミでの手作業。作業量は延べ200人、島民半分が従事した勘定だ。1週間前、試作の試作をやった。つまり1mの棟木と20cmの支柱で凹凸彫りの練習。10人の若者が1箇所ずつ担当した。各人の熟練度を見てこれを何回繰り返すかを決める。早い話、合格できるまで練習する。バーナードが出てきた。『各人が10の凹凸作業のコンペのほうが面白いし、技能向上になる』それもそうだな。優勝賞品は何がいい?『栄誉ですよ。その作品と名前を展示するのです』高崎が決め付けるように言った。坂本ははっとした。おっしゃるとおりです。 審査の日。梁を下にして支柱を揺すってみる。坂本には合格に程遠いと思われるものばかり。中にはぐらぐらのものもあった。坂本はかっとなって蹴り飛ばす。棟梁は睨み付けた。彼は未だ15歳だ!年齢は問題でない、しっかりしているかどうかだ。こんな腕でできるはずがない。彼を外せ。日本人はフィリピン人を馬鹿にする。人種は関係ない、腕がいいか悪いかだ。バーナードが審査を延期してはどうかと口をはさむ。人数も希望者は全員参加さすべきだ。そのほうが技能がついていい建築ができる。勝手にしろ、と坂本は引き上げる。バーナードは棟梁と相談して審査延期と技能養成を高崎に持ち込む。高崎はにっこり笑ってうなずいた。
 バーナードは若者ひとりひとり見ていって指導する。自ら作って見せた。寸分の狂いもなかった。凹凸をかみ合わすとそれは一体となって離れない。若者は出来上がった作品を
それと比較している。1週間後には合格ラインに達した。若者は漁を終えると毎日凹凸作りに熱中していた。坂本はあんなにココナツを使ってもいいのかと高崎にたずねた。資源の少ない日本は物を大切にします。節約は効率でもあるでしょう。ここはココナツの大国ですよ。そういわれれば、坂本さんのお気持ちはわかります。ここはバーナードのお手並拝見といきましょう。そうですね、偉そうにいうだけのことはある。
 審査の日が来た。審査委員長はバーナードが選ばれた。異論はなかった。厳選していって最後は委員長決裁だ。最優秀作品は名前を刻して展示された。いよいよ、試作に掛かる。
基礎は型枠に砂利砂コンクリ−とを混ぜて入れる。大黒柱のマホガニの凹凸はバーナードが担当した。まず基礎石の上に三脚を置く。これで20mの柱を吊り下げてゆく。この案は
20m超える木がなかったので没となった。危険ではあるが2本の柱に梁を組んで引き起こすことになった。総出で柱を三方から引き起こしてゆく。これを反対側も同時に行う。
起き上がると床の棟木を差し込む。最大の難関だ。老人には柱の垂直を看視してもらう。地上1mの位置に担ぎ上げ凹に突っ込む。最後に木槌で打ち込むと4本柱がしっかりと
棟木で繋がった。歓声が起こる。あとは天井部の梁を2本載せれば完成だ。最低4人は20mの柱に登らなくてはならない。命綱をつけろと坂本が叫ぶ。ロープと柱があるから要らないと登り出す。つけろ、と怒鳴る。丈夫な細いロープが梁を超えて投げられると腰に結ばれる。
 『あの男はどうして他人のことであんなに夢中になれるのだ』カーシムがつぶやく。吊り上げられた梁は最上部で片方を柱に載せることはできたが、両方はできなかった。坂本は棟梁におろさせろ、と指を下に向ける。吊られたは吊ったを超えられぬか、坂本は肩をおとす。吊ったを上げれば吊られたも上がる、高崎。そうですね。角材をロープの下にかませばいいのだ。柱の外に足で出すか?『セール、いい考えだ。90度回して吊るす、上で戻す。なぜなら』凸がひっかるからだろう?でもどうやって戻すのだ。『柱の真ん中にロープを巻きつけておく』なるほどなあ、これでゆくか、棟梁?やってみましょう。
 老婆が海に向かって祈る。島民全員が祈る。人が限界に挑むとき神の存在を感じる。人が心を合わせてひとつのことをなそうとすれば神は力を与える。天空の若者は棟木を柱の外に足で押し出す。反対側、山側は棟木を海側に足で押す。海側が棟木を引っ張る。あぶない!坂本が叫ぶ。両足で柱を抱え両手で引っ張っている。山側が棟木を揺すって蹴った。海側は堪え切れず滑り落ちる。ああ!地上は眼を覆う。ロープ、坂本が叫ぶ。カーシムがロープに跳び付く。同時にバーナード。二人の手から鮮血が。坂本がロープを腰に巻きつける。棟梁が続く。次々とこれに続く。宙ズリの若者はゆっくり引き上げられる。 仕上げは棟木をゆっくり回転させる。ユリがバーナードの両手をハンカチで止血する。バーナードの手の動きに合わせて南北の棟木が回転する。静かに柱の頭に納まった。天空の若者は棟木に立ち上がり両手を天に突き出す。大歓声は地上を揺るがし、天上に響いた。一人坂本が座り込んでいる。ディーどうしたの?あぶなくて見てられない。若者たちは柱を滑り降りてきた。坂本は若者に平手を食わす。馬鹿野郎!どうして?とどよめく。高崎が静かに言った。『お前は坂本さんに謝らなくてはいけない。棟木に立ったからだ。もし、お前が落ちて死ねば彼は責任を感じて腹を切るであろう』うなずく若者。人前で叱られ謝るのは屈辱なのであろう。『お前は謝らなくてはいけない。そして二度とあぶない行動をしてはならない。これは試作に過ぎない。まだ18倍の仕事が残っている。君は私の優秀な学生だ。謝る勇気もあるはずだ』バーナードは肩を抱いて坂本の前に立たす。ソウリーサー。よし、これから気をつけろ。しかし、お前はよくやった。

 それから仮の仮竣工となった。海の幸、山の幸、ビール、酒。どのようにしたら凹凸をうまくつけられるかと質問があった。バーナードは模型で説明する。これはオス、これはメス。入れたとき気持ちいいとメスが感じる。もっと入れてという。全部入れるとポッキーが締まる。オス悦ぶ。感じる、感じる。ティティさらに大きくなる。したがって、この凹凸は離れない。汁は出るか?わからない。でたら小さくなるのではないか?私には答えることができない。質問が難しすぎる。大爆笑。どうしたら感じる?愛情だ。これは彼女のポッキーと思って彫る。なるほど、よく解りました。
 高崎が彼に感謝状を出してはどうかと坂本にささやく。それは貴方でしょう。島主の仕事ですよ。そうだろう、棟梁?ユキが通訳。そのとおり。高崎は事務所に帰り感謝状を墨書。達筆だ。『感謝状、バーナード殿。貴方が島民の建築技能を向上させた功績は大きい。よってここに島民全員の感謝の意を表します。』次にユキがビサヤ語と英語で読み上げる。大きな拍手。バーナードは高崎に抱きついて泣きはじめた。『私は、今まで、感謝されたことがない』高崎が背中をやさしく叩く。『貴方は先生だ。これからも学生の指導をお願いします』バーナードは涙に濡れた顔を上げて学生に手を振る。バーナード、バーナード、コール!

 バーナードのリストの裏づけはとれた。ほぼ完璧だ。カーシムと坂本は島を去る。見送る島民とバーナード。その横にユリ。バーナードは残って建築指導に当たる。ユリは監視。もっとも監視役が囚人に魅かれだしていた。舟が岸を離れる。どこまでも手を振る島人達。さよなら さよなら 椰子の島、アテユキ(ゆき姉さん)、ユリいいのか?彼女が望んだ。カーシム、わかっている、彼を殺しはしない。お舟に揺られて 帰られる ああ 父さんよ ご無事でと。今後の予定は?まあ、帰ってから相談しよう。カーシムも妻の肩を抱いて小さくなる島影を見つめていた。

次回 闇の黒幕 2


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