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作品名: 椰子の風に吹かれて 作者:佐々木 三郎

第15回   生活協同組合
             生活協同組合

 水も電気もない生活も三日過ぎた。水は歩いて15分のところに川の水をせき止めた池がある。そこが、飲料水、水浴び、洗濯に使われる。所帯数8、人口推定60人。交通手段徒歩牛馬。毎晩大勢集まってきて飲み食いする。おそらく世界一高い日本製のたばこをねだる。何しろ一本がこちらの1箱に近い、マルボローの1.5倍。中にはしげしげと数分みつめて1本取り出して吸うおばさん。2本目は一本10ペソするんだよと言われて、眼を丸くして引き下がる。断りもしないで人のものを使う。理解しがたい。
 子供たちは土産のシューズ、リュック、ノート、鉛筆などを買ってもらってユキ様様。どうやら日本人からいくらを引き出せるかはフィリピーノの勲章らしい。ここではATM現金自動支払機は現金輸送車よりも重要なのである。金の出所である輸送車坂本を気遣うことなし。支払が止まって輸送車を知る。おろかなり。現金なもので取って付けた様に輸送車に精がつくとBuco juiceを毎朝すすめる。椰子の実の若いのをボコと言う。子供たちは手のひらの蛍を坂本に見せる。いずれも金が届かないねと催促しているのだ。

 その日は昼食を済ますと里に下りていった。学校の先生に生協設立の相談に行くと坂本を連れ出す。家畜道には大きなマンゴーの木が立っている。10mはあろうか。イチジクを高くしたのがパパイヤだ。味は違うが実は良く似ていて区別できない。小学校と高校時代の先生。ここでは教師はエリートで収入もいいそうだ。『ジョナリン、子供の頃は目立たなかったけどこんないいアサワどうやって手に入れたの』『そういえば高校時代外国人と結婚するって言ってたわね、ねえ、どうやって?』二人ともいいオバンだが興味深々。『それは秘密』『ねえ、ビール飲む?』『そうね、私買ってきます』ユキは恩師に買出しに行かす訳にも行かないと立ち上がる。500ペソ頂戴と坂本にねだる。
 『いいわねえ』(何が)両先生の意図はビール代を出さすこと。ユキはおねだりを二人に見せ付けたいのだ。(必ず、返せよ)坂本は目で念を押す。『ジョナリンとどこで知り合った?』矛先が坂本に向けられる。英語の発音はかなり明瞭だ。マニラ。どこが気に入った?ハート。それから?セックスは?おいしかった?(おいおい、お二人さん学校の先生だろう。)坂本は答えに給した。プライバシーというものはないのかずけずけ質問する。ヴィサヤの女は男好きとか。

 ユキがビールを買ってきた。やれやれと思ったが質問は続く。『ジョナリン一日何回するの』『まあ1,2回。たまには3回』『凄いわねえ。彼の年は』『34歳』二人が噴出した。ユキの年より若い?times2?キャーキャーと嬌声を上げる。さすがにユキもたじろぐ。ここでは話の本題に入るのはたやすいことではない。『子供は』『9月か10月』『男?女?』(ユキの見栄張る。まだ仕込んでないぞ)
ビールが一瓶あいたところで生協の話を切り出す。『出資金1000ペソは払える人は半分ね』『生協のメリットが実感できると会員数も増えるでしょうけど最初が大変ね。でもジョナリン私たちは応援するわ』『先生、国道からバランガイ(最小行政区)に入るところに10ha土地を買って始めたいと考えています』『土地代が200、建設費が500、商品が
500として1.2M出資金1200人分か。まあやってみましょう。他の地区には同僚の先生にお願いするからジョナリン貴女、市長に挨拶しておきなさい。長老にお願いしてあげる』『ありがとうございます。先生、全国で5百万人が目標です』『ジョナリン、貴女はガブリエルシランになりなさい』
 Gabriela Silang ジャンヌダルクかシランか、対スペイン革命運動の女英雄。 H話から生協に話が移るとさすが先生だ。『ダディー、帰りましょうか』土地を見てからだ。『そうね、私たちも行くわ』建設会社の教え子を呼び出す。先生はすごい。ユキと同級生とか、精悍な顔つきだ。メジャーと杭とロープと坂本がいうと親指を立てた。現場まで15分7.5km。この道も舗装すれば半分で来られる。現場は国道に面していないが周りが田んぼなので国道からも良く見える。100mずつ杭を打ってロープを張る。『ダデーィー狭い』ユキが悲しそうに叫ぶ。坂本が3本指を立てると彼はすぐ300m間隔に杭を移設した。『これ位は欲しいわね』『ロープを張ると実感が出るわね』
 彼の事務所に戻ると坂本は利用計画図を示した。9万u、9町。フリ−ハンドで店舗、駐車場、給排水、電気などを説明する。インターネットで日本の生協を検索する。彼に製図できるかと聞く。彼は明日までに書き上げるという。予算も9倍になる。ユキの顔が険しくなった。明日の朝、ここに集まることにして解散した。山道を歩くユキの足取りは重かった。夢を実現するには多くの段階を経なければならない。第1歩の土地取得で杭とロープを見て自分の考えの甘さを知ったのだ。

 翌日朝飯食っていると図面ができたと連絡があった。すぐ全員集合、事務所には先生たちも来ていた。彼は図面を示して説明を始めた。『ジョナサン、素晴らしいわ』先生たちも絶賛。『ダディー、どう?』良くできているが通路を1.5倍にすればもっと良くなるだろう。ジョナサンがむっとして建設費がかさみますがと反論した。高校の先生も同調する。商品棚は単に商品を陳列するだけではない、顧客、会員はどう料理するか、どう使うかなどを考えながら買い物か籠に入れる。販売員は商品の機能品質を客に説明し、客のニーズにどれだけ応えられるようにしなければならない。生協はス−パーとは違う。会員の生活に本当に役立つ商品を提供するのだ。どのように使いたいのかを知って相談に乗れるぐらいでなくてはならない。売り場広くして置かねばならない。人の行き来が楽にできるように考えて欲しい。ここに店員顧客ガードマンなどを配置して実際の行動をシュミレーションしてもらいたい。坂本の口調に押されるように沈黙した。
 『ダディー、こんなに客が来てくれるかしら』沈黙を破るようにユキがうめいた。そうするのがユキの仕事だ。何もしなくては客は来てくれない。『セール、お話はわかりますがお金は』金はジョナリンが調達するでしょう、空間は最初に確保しておかないと後からは難しい。ここは創業の地となるでしょう。100年先の組合員にできるだけのものを残しておきたい。ここでは明日をも知れぬ、100年さきのことなど。しかし、坂本の静かな激しい情熱は伝わったようだ。『1/100模型を作ってみましょう』ジョナサンが言った。1/50にしてくれ、坂本は前渡金として1万ペソを渡す。敷地6m四方の模型。

 育児室、休憩室、食堂、娯楽施設、ステージ、プール、噴水、花壇、木陰のある緑地などを併設した模型が2週間後に出来上がった。この間、大学、市役所、老若男女の意見を集めた。この国始まって以来のことだ。すぐ土地代180万ペソを支払って工事に着手する。総工費10ミリオンぺそ。商品仕入れ、人権費、運転資金などを含めると3万人会員を集めなくてはならない。市長には道路整備と給排水への配慮を陳情した。事前に事業計画を良く説明してあったので快諾してくれた。事業どおりに行けば毎年大幅な税収税収が見込める。ところが財務部長は反市長派、次期政権を狙っているらしい。弁護士にいじわるな質問をさせてくる。ここでは弁護士は会計士も兼ねている。『素晴らしい事業計画だと拝察いたしておりますが、永年に亘って増収増益ということは果たして可能なのでしょうか。税金が有効に使われることは結構なことだと思いますので市としても協力したいと考えておりますが、何か保障はありますか』
 ユキが戸惑う。私はここの市民ではありませんが発言してもよろしいか?坂本が切り出すと弁護士はどうぞと慇懃に答える。土地代を坂本が融通したことは評判になっているのだ。一般に事業というものに保障はないのではないでしょうか。我々は増収増益を目指してただひたすら突き進むしかありません。人生に事業に保障はありません。生き抜く戦い抜くしかありません。これは世界中同じではないでしょうか。思いがけない返答に弁護士がたじろぐ。坂本は、一呼吸して、止めを刺す。どうか先生のお知恵もお借りさせていただきたくお願いする次第です。『その通りですね。私も一市民として協力させていただきます』

 地鎮祭はここではやらないそうだ。坂本はユキに安全祈願と工事説明会を開催させた。安全旗を掲げ、1/50模型で説明した。生協のメリットと将来病院を併設することをユキが説明する。付近住民だけでなく近郊からも数百人が参列した。早速工事にかかったが、工事現場は金網で囲い外部から進捗状況がわかるようにした。おかげで警備代がかさんだ。問題は金だ。30ミリオン3千万円、カルロスと陳に頼むか、しかし彼らの商売敵となる事業だ。生協の宅地開発分譲、農地取得生産加工も視野に入れている。
 その夜ユキが坂本を後ろから抱きしめた。『ダディーありがとう。出港できた。目的地まで進むだけね。お金は近いうちに返すから』いつでもいいぞ、それよりこれからの資金繰りは?『大丈夫。ダディー。マニラのマンション友達に3千万で売ったから』友達に旦那付で売り払ったらしい。

次回 モロイスレム解放戦線1


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