20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名: 椰子の風に吹かれて 作者:佐々木 三郎

第13回   13
              セブ島

 マクタン国際空港に降りると日差しがきつい。坂本はユキに拉致されてきたのだ。フィリピーナは見た目はよいが自分の意見を押し付けてくるので腹が立つ。常男のところでのんびりするつもりだったのに。『ねえ、どこがいい』知るか、俺は初めてだ。『まだ怒っているの?とにかくホテルに行きましょ』とタクシーに引っ張る。海岸線を東に走る。何やらモニュメントが建っている。停まれ!マクタンシュライン?公園にラプラプの像が、これと対峙するようにマゼランMagellanの塔。世界史に名前を残した男もここで果てたのだが、坂本は歴史を語る塔をじっと見つめていた。フィリピンの歴史はここから始まる。文字を持たず、建造物も残さなかった民族のそれ以前の歴史はほとんど知られていない。といつ国家としての日本を明治政府としても日本に遅れること100年、日本の侵略によって独立を果たした。これには異論があろうが、マッカカーサーMacArthorを一時的にせよ追い払った日本軍が独立に大きく寄与したのは事実であろう。
マゼランを殺したラプラプはスペイン侵略から国を守った英雄なのだ。 しかし、ラプラプの奮闘むなしくこの民族はスペインに300年亘って搾取される。その後は米国に日本軍に支配され、今は旧スペイン財閥と華僑に搾られている。そんな
フィリピン人に日本人がいいようにあしらわれるのは何故だ。
ラプラプモニュメントを出てさらに東に行くと海舟の看板。伝統的日本料理が出るそうだ。やがて高級ホテルが見えてくる。ヒルトンをはじめな名前の知れたのが並んでいる。どれにするかは海岸を観てからにすると坂本が口にすると『海岸はホテルから出ないと行けない』とユキ。何い。海岸は公共のものだ、全人類のものだ。一企業が所有することは許されない。ホテルは止め。アパートにしろ。坂本にあらたな怒りが発せられた。
 とにかく海岸を観るのだ。海岸に行け。『クーヤだめ。ここからはプライベート』海が自由に観られない国があるか。ガードマンが立ちはざかる。海が観たい。OKこの先の駐車場に車を留めたらいい。ありがとう。坂本は車を降りて海岸に向かう。金網のフェンスがホテルへの立ち入りを拒絶している。これが境界か、するとこの道はホテルのではない?疑問はすぐ解けた。そこは渡し場だったのだ。心配そうに付いて来るユキ。写真をとる。ホテル側から男が現れる。そこに行けるかと手振りで訊く。玄関からと手真似の返事。ユキと海岸に立って渡船場のガードマンにシャッターを切ってもらう。女連れは警戒されない。

 日本人経営者のアパートに行く。中長期滞在型1週間で5000ペソ。20室、日本人が半分以上とか。その多くが彼女もしくは現地妻と生活している。スーパーに行く。ガードマンの荷物検査。爆発物、凶器のチェックはわかるが身体に触れたとき坂本の怒りが爆発した。『触るな、変態』あっ気に取られるガードマン。行けと手で払う。何だ客に向かって。睨み付ける坂本の腕を取ってユキが中に入る。売り場では店員が3人しゃべくっている。どけ、と坂本が怒鳴る。驚いて通路を空ける。その一人が坂本にプラスチックの容器を見せて『これは貴方が落として壊れたから貴方はこれを買わなくてはならない』と言ってきた。俺が落とした?証明できるか。たじろぐ女。どこから落ちた?黙って陳列場所を示す。50cmの高さから落ちて壊れる物を売っているのか。値段はいくらだ。返事がない。答えろ、この店の従業員か。責任者を呼べ。『OK,行っていい』OK?NOT OK、責任者を呼べ。お前たちが通路を塞いでいたのが原因でないのか。名前は?謝れ、人に言掛りをつけてOKとはなんだ。訴えてやる。『貴女、謝りなさい。日本人は人前でクレームを付けられるとプライドを傷つけられたと店を訴えるわよ。そうなると職を失うことになる。私、見てたけど貴方達の過失ね』ユキが説得する。『セール、アイムソリー』お前の誤解か?イエスサー。俺に過失は?NO.不愉快だ。ソウリー。謝ったから許してやるが今度は損害賠償を請求するぞ。サンキューサー。気をつけろ。周囲が恐る恐る見つめていた。日本人なら10万は請求するだろう。彼女は10万助かったの。などとささやかれていたとか。
 『クーヤ、人前で怒らないで。キチガイと思われるわ』売ってやるという態度に売っていただけますか、と応じなければならんのか?ふざけるな、ガラクタを売捌いているのだぞ。フィリピン人は馬鹿にされても怒らないのか。『仕方ないのよ、中国人がオーナーだから』オーナーがそんなに偉いのか、土地だけでなく経済も政治も外国人に支配されて独立国といえるのか。どうすればいいのよ?フィリピン人のフィリピン人によるフィリピン人のための政治をすればいいのだ、少しは頭で考えろ。子宮だけではよくならないぞ。あんまりよ!リサール、ラプラプみたいのはいないのか。Gaburiera Silangとなれ。
 ぶっと膨れてユキは清美に電話する。『坂本が怒るのは無理ないと思うけどフィリピン人が怒鳴りつけられていると可哀想になって来て坂本が憎たらしくなるの』『でも、たまにはいい薬かもしれない。仕事をする気がないのにサラリーだけはもらうのはおかしい』『そりゃあ、私は日本のスーパーは丁寧で親切なのは経験しているから分かるけど』『その話を聞くと、いい品物を社会に流通させることは大きな意味があるとあらためて思うわ』『そうね、生協は良いものを安く提供して社会に貢献するのね。坂本はそれを言ってるのよ。でも、そうよ。あんなに怒鳴らなくても、別人みたい』『自分に正直な人かも』もしや清美も坂本のことを思っているのではとユキは感じた。

 坂本は生協の基本戦略を考えていた。フィリピン国旗は白赤青の三色、白がルソン地方、青がヴィサヤ地方、赤がミンダナオ地方。北のルソンはバギオから、中央のヴィサヤはセブから、南のミンダナオはザンボアンがから、会員数店舗数を増やして行って最後はマニラを制圧する。北は清美が南はユキがまとめてゆくとして、中央をまとめる人間がいる。適当な人物を探し出すことも旅の目的の一つだ。誰かいるか?『ボホールとネグロスに従姉妹がいるけど、セブにはいない』従姉妹の親戚、友人を当たってみよう。『来週、ボホールに行こうか。従妹とは子供のとき一緒に暮らしたけど10年以上会っていない』よし、行こう。

 翌日6時にアパートを出る。パンとコーヒーの朝食。トライシクルでVhire乗り場へ。ユキの尻がくっついて気持ちがいい。Vハイヤーは8人乗りのハイエースに20人は詰め込む。よく乗れるものだ。運転手の横は2人掛けなので日本並。ボホールまでのボートは150人ぐらいの乗客。200ペソ、閉めて230ペソ。のんびりとボートが進む。瀬戸内海のように波がない。春の海終日のたりのたりかな 2時間でタクビラランに着く。早速タクシーの客引。『チョコレートヒルまで往復3500ペソ。安いよ』日本語で引き込む。日本人は金払いがいいのか。ユキの従妹が男の子を連れて迎えに来た。市場で野菜果物魚を買って従妹の家に向かう。乗り合いバスは満員電車並の混みよう。20ペソだから我慢する。半時間ほどでバスを降りる。なんの特徴もないところなので坂本には一人では来られないと思った。国道から小径を歩く。椰子の林、バナナの木陰は涼しい。所々に民家があるがゆったりした気分になる。小径といっても草むらに人通りで自然にできたものだ。五分ほどして従妹の家に着く。ブロックにトタン屋根、竹の壁、標準的仕様らしい。建築費も安かろう。牛、ヤギ、にわとり、犬、猫が人間と共存している。飼っているのだがその扱い、かれらの態度から準家族という感じがする。腹が減ると家の中に入って来る。無造作に追い払われても餌が出てくるまで繰り返す。坂本はフィリピン人に何かをやらすと金を遣るまで帰らなかったことを思い出していた。

 日本人が来たというので近所の人がやって来る。とくに挨拶もなく、おしゃべりしながら坂本を観察して帰ってゆく。ユキは従妹との再会で話に夢中だ。夕方、ビールを買いに国道に出る。草むらの別のルートを辿る。方向が分からない。他人の庭先だろうが、気の向くままに進んでゆく。ご近所も準家族ということか。男の子二人が父親を迎えに行くというので国道の反対側に向かう。畑にナスが植えられている。日本に比べると見かけも味も落ちるがここでは高級野菜だ。ゴルフの練習ができそうな原っぱの先に建設現場がある。父親、従妹の夫は建設作業員をしていた。確かにコンストラクションに違いない。100uぐらいの家を建築している。基礎は50cmほど掘り下げぐりを入れて終わり。外壁はブロックを1mから2m積む。内壁なし。内外装なし。柱、不要。敷地の水平は?土間コンを打つ時に削る。すみだしは、見れば分かるだろう。砂は、ない。石灰岩を砕いてコンクリに混ぜる。十分だ、そうだ。おそれいりました、と坂本は考えてしまう。
 従妹の男の子は5歳と3歳、現場を遊び場と心得ているようだ。いかつい顔の男たちも気にしない。子供には異常に甘いと思われる。朝7時から夕方5時まできつい仕事を終えて得る日給は300ペソ。これで家族4人の生活をまかなうのだ。手を繋いで家路を辿る家族の姿はかつての日本にもあったのに。経済的豊かさを得て家族の絆を失うのとどちらが幸福か。今日は市場で買った野菜や魚があるので子供たちは大喜び。お世辞にも美味いとは言えない夕餉を喜ぶ庶民生活。かたやごく僅かの大地主、財閥、華僑は日本の金持ちが足下にも及ばぬ富を蓄えている。これを植民地と呼ばずして何という。
 翌日チョコレートヒルに行くことにする。庶民には高嶺であるそうだ。友人が仕事がないのでガイドとして同伴していいかとユキが訊ねる。すなわち、金は日本人である坂本が払えということ。バス、バイクを乗り継いで4時間である。子供はタダだが大人5人の往復運賃800、入場料250昼飯343である。日本人なら3500のタクシーでゆっくり観光したほうがと考えるだろう。差額2700は建設現場の日当9日分である。
帰りに世界一小さな猿ターシャを観る。触れルナ、フラッシュ焚くな、坂本がカメラを眺めているとガードマンがフラッシュを消してターシャとの写真を撮ってくれる。普通の外国人はチップをくれるのだが坂本はありがとうと一言。ユキがターシャ抱いてみるかという。ガードマンはターシャを坂本の肩に乗せ、頭に乗せ撮影する。手の上に抱かせて動画を撮る。お賽銭はこちらと籠を指差す。100ペソが入れられているがサクラだろうと坂本は50入れる。ガードマンはチップがないとユキに泣き付いたのだ。ユキの顔も立つだろう。従妹の家族はいい旅行ができたと喜んでいるとユキ。
 山あり川あり、ゆたかな田が広がるボホールは日本人に向いているのではないか、坂本はそんな気がした。2泊3日の旅は心地よかった。従妹夫婦は寝室を客に提供して土間に寝ていた。竹のベッドは坂本にはシーツだけでは痛くて寝らねなかったが、ユキは平気である。子供たちにと500ずつ従妹に渡すとそのまま子供に渡す。日本人には理解しがたい。見送りにきた従妹にそっと500握らす。友人のガイド料200も。サンキューサー!感情表現が率直である。ルソンに比べるとヴィサヤは人間がおっとりしている。

 セブ島は観光客には楽園だが、島のほとんどが椰子とバナナである。たまにマホガニと呼ばれる堅い木が植えられてはいるが自給自作はごくごく僅かである。日給月給の中から衣食住を支払うとなると仕事にありつけるかどうかが最大の課題となる。地主様、神様、仕事を与え給え。庶民は奴隷とまではいえないが遠からずの暮らし。スペイン植民地政策の名残か。隣のネグロスはもっとひどい。ほとんどが県外に出稼ぎ。アパートの女のこの給料月1500、部屋代は要らないとしても20室の掃除洗濯を3人でやっている。いずれもネグロスから来ている。一日の宿泊代が一月の給料にに当たる。売春自由恋愛は時給500ないし2000、長期契約となると家族を養うこともできる。ところが日本人客は神様ではなく、カモ様なのである。ここが理解できない。坂本が女を買わない理由である。
 モノプランテーションは生産効率はいいが、馬鹿の一つ覚えとも言えなくはない。労働力を奴隷の如く安く使う方法としてはよくできている。自分の土地を持てないのに懸命に働けるか。明治政府の視察団が欧州からの帰り道で東南アジアも立ち寄り、人々は勤勉でないと評したが、どうだろうか。少しカワイソウナ気もする。このヴィサヤ地方の生協設立運営の核となる人物はいないか。そいつにユキ、清美と三銃士になってもらいたい。坂本はそんなことを考えていた。

次回 第二章 日本人とは


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 15843