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作品名: 椰子の風に吹かれて 作者:佐々木 三郎

第11回    ユ キ 1
                  ユ キ 1

 セヴァスチャンから携帯。マリアがすぐ帰れと怒っているいるらしい。ここにいることは誰が知っているか、カルロス、彼は言うまい、やはり奴か。急用ができたと陳家族に暇を告げる。妖魔の虜になるか、逃れるか、と考え出していたからいいタイミングともとれる。小切手に100万と記入して銀行に入金する。塩崎家の買い物は済んだ。残るはマリアだ。何がいいか。むずかしい。ドゥシットホテルのモールに入る。ラップトップ(ノートパソコン)を買おう。SONYとあるがイミテーションだろう。3万ペソ、いい値だな。スピーカーは1万ペソか。視聴してみる。
悪くない。これが欲しいが3万しか持っていないと交渉してみる。ノウディスカウントとにべもない。日本ではオリジナルが買える、と粘ったが値引きなし。別の店にゆく。値段は同じ。ただケース、DVD10枚を付けるという。500ペソぐらいの値引きか。店員の娘の感じがいいので値引き額の10%をやるともち掛けてみる。しばらく考えてやはりだめだと首を振った。

 バギオには8時に着いた、あと15分ほどで塩崎家につくとユキに連絡のメールを入れる。折り返し、みんな待ってるよと返信が来た。妙に懐かしい。山道を登ると街明かりが広がる。マニラの喧騒が嘘のようだ。
セール、なに怒っている?マリアに喋っただろう。ノウ。罪状認否は必ず否認する。お前を罰したりしないから正直に答えろ、マリアはお前になんと言った。知らない。カルロスに電話するか、運転手は換えたほうがいいと。待ってくれ、思い出した。そうか。セールと同じことを言った。やはりな。ユキに携帯ワンギリ。塩崎家の門が開かれる。
 真知子、ユキ、マリアが出迎えてくれた。ただいま帰りました。『お帰りなさい』との挨拶を跳ね除けてマリアが坂本に抱きついてキスをする。今日は女難日か。家にいるとすぐ清美が自転車でやってきた。ユキが教えたのであろう。『こんばんわ、お帰りなさい』ただいま、清美。ラップトップ買ってきた、立ち上げてくれ。はい。『坂本さん、お食事は』まだです、何かお願いします。『先にお風呂になさいな、見繕っておきますから』ありがとうございます。

 湯ぶねにつかると疲れが取れる。手打が終わってマリアも一安心だ。のんびりルソンの北を周って見るか。風呂を上がると味噌汁と卵焼きが用意されていた。美味い、お袋の味だ。『それ、ユキさんが作ったのよ』え、ユキできるのか。『お母さんに教えてもらった。ちりめんと納豆もあるよ』ありがたい。白菜の漬物も添えられていた。横はインターネットで盛り上がっている。家族的雰囲気だ。ユキが日本茶を入れる。ユキうまかった、ごちそうさま。茶がうまい。『清美さん、日本の歌、イツワマユミ』スピーカーの音もいい。『ただ心の友と私を呼んで、クーヤ、幾らしたの』4万ペソ。『高いわね。フィリピンは値引きがないの』どうしてだ。『お店は売り上げの20%マージン、売れ残りは返品する』そうなんだ、返品はマーケットに回される?
『あのう、よろしいですか。モールは倉庫の一部なんです。大量に仕入れて値上がりを待つのがフィリピンの、つまり、中国のやり方です。過剰在庫分だけモール、スーパーなどに並べる。全仕入れの値上がりが50%粗利ならば、テナントのマージン20%は販売手数料ごく僅かの費用です』清美の話に坂本は驚く。
 よくわからない、第一に50%値上がりしても売れなければ価値は実現しない。第二に保存の効かない生鮮物はどうなる。『これだけの需要がありますから売れないことはありません。消費者物価は毎年上がってきています。今後も続くでしょう。また、保存の効かない商品は数%に過ぎませんから問題ありません』清美の説明にはその気にさせる妙な説得力がある。
塩崎さん、物価に所得が付いて行かないのに納得できますか?『ここの人たちはモールで買い物するのが夢なの。一度でいいからと無理をしても出かけるわけ』それであれだけの客足?サービスが悪いはずだ。お客様はカモ様!『クーヤ何怒っているの』ガラクタを陳列して売ってやるという態度はなんだ。店員は値段も商品の説明もできない。『私に怒らないでよ』お前たちフィリピン人は中国人に馬鹿にされてると思わないのか。『日本はどうですか』清美が真剣な眼差しでたずねる。

 商売といえども社会に貢献するという基本哲学がなければだめだ。人々の生活に役立つ商品を安く提供することが商人の心意気というものだ。理念がなく利益のみを追求する企業は長続きしない、早晩市場から消えてゆく。『理念とは具体的にどういうものですか』社是が端的に表している。たとえば、『国産技術で社会に貢献』、などは創業者の意気が伝わってくる。今から100年前アメリカ製電気モーターを見た日本人が、俺ならこれを半額で作れると小さな会社を設立した。今は世界的大企業になっている。商業も消費者のニーズにあった商品を取り揃えている。品切れなどはもってのほか、高い品質保証の上、故障修理などのアフターケアーも充実しているから消費者は安心して購入できる。日本の物価が高いのも頷ける。
 『商売も社会に貢献、社会に貢献』清美が繰り返す。『利益を得るだけでないのね。commerceとは双方が利益を得ることなのね』清美は何か黙示を受けたかのように考え込む。『クーヤ、どうしたいいの。方法ある』団結することだ。小さな魚も群れになれば大きな魚に食われない。一人100ペソ出資する。1万人で百万ペソになる。共同で買えば安く手に入る。『生協。日本の主婦たちが出資したスーパー』そうだ、消費生活協同組合consumer's co-operation は生活物資の共同購入だけではない、住宅供給、医療、保険などもやっているところもある。フィリピンではミナイナ。『生活のほとんどがまかなえますね』『クーヤ、もっと詳しく教えて』清美とユキが拳を握る。 『教えても無駄。フィリピン人にできるはずがない』黙って聴いていたマリアが言い放った。何よとユキと清美。『龍次、幻想を抱かせることはそれが破れたとき、いっそう不幸にする』
青い火花が散るがマリアのほうが強い。master's country vs servant country
植民地支配対被植民地の構図は21世紀の今日も残っている、いや続いているのだ。険悪な雰囲気になる。そうだな、フィリピン人には無理かもしれないな。坂本が冷たくつぶやくとユキと清美の顔が強張る。マリアに笑みが浮かぶ。『クーヤ、何かあったの』べつに、約束も守らないし、、、。
真知子が『セバスチャンは』とたずねる。空気が読める。『そこに寝てます』『長い運転で疲れたのね。風呂に入って疲れをとるように言ってあげなさい』ユキが起こしに行く。『セール、俺ビール飲みたい』坂本は返事もしない。『風呂のあと、行きなさい』ユキが子供を扱うように促す。『坂本さん、ビールどうです、板わさで』いただきます。『私も飲みたくなった。みんなどう』真知子はお母さんだ。『マリア、注いで上げなさい』マリアがいそいそとビールを注ぐ。坂本も注いでやる。グラスを合わせて乾杯。マリアの青い眼には情熱が。
 セヴァスチャンが席に着いたところで真知子が乾杯の音頭。何だ、着替えて来い、ご婦人の前で!『いいのよ』こいつ甘やかすと付け上がる、行け。イエスサー。『もう許してあげて』黙れユキ、切腹者だぞ。『セール、悪かった。この身体お前にやる』要るか。しかし、はじめて非を認めたので此度は許す、武士の情けだ。次は斬って捨てるぞ。『オーノウ、サムライ』
『酒はのめのめ、飲むならばー、日の本一のこの槍を』清美が歌いだす。『これぞ誠の黒田武士』と全員が唱和。『クーヤ、私ミンダナオで生協つくる。助けてね』いいよ、百万。『ペソね、担保はこの身体』『私はバギオで』清美も百万。『私は?』真知子には白地小切手。『私は?』マリアには、お前の好きなだけ。『俺は?』お前か、口の軽い男にははピソ(1ペソ)。ぶー。

 坂本はマリアのフィリピン人にできるはずがない、と言い放った言葉を反芻していた。『どうしたの、私ミンダナオで30万人は集める』ああ、ユキ、融資の話やめとく。『どうしてよ、男の約束でしょ』金は惜しくないがお前たちの命が心配なのだ。『嘘、お金が惜しくなったのでしょう』ああ、そうだ。『何が問題なのでしょうか』清美が追撃ちをかけてくる。それが問題なのだ。
禅問答に二人が顔を見合す。『坂本さんはこういっているの、自分たちの問題を人にたずねてどうする、自分で考えろ、とね』塩崎真知子の注釈にはっとする二人。『言ったでしょ、あなたたちに生協はできるわけがない』マリアが勝ち誇ったように釘を刺す。『何よ、シーツも洗えないくせに』ユキが反発する。(マリアとできたことは知れてしまったか)『たとえこの島が海に沈んでも私は龍次を助けるわ、愛しているから。あなたは?』強烈なカウンターパンチにユキがダウン、マットに沈む。(ユキに加勢するわけにも、如何せん)
真知子いわく。『もし、もしですよ、生協が選挙権の過半数を獲得したら、これは革命ですね。この国はフィリピン人のための国に生まれ変わるでしょう』困ったときは神様仏様塩崎真知子様、アーメン、ソーメン、南無マイだ。清美の眼が燃える。『お母様、可能性はあるけれども達成は非常に難しいということですね。可能性があるのなら命を懸けても私は遣ります』『そうよ、やりましょう。清美さんは頭がいいからホセリサールJose Rizal、私はシランGabriela Silang、祖国に命を捧げましょう』三十六計逃げるにしかず、坂本は疲れたからと部屋に引き上げる。ユキと清美は語り明かしたらしい。

次回 ユキ2


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