「よし……ラーナの資料のアストラルデータから神前のアストラルパターンを抜き取れば……出た!」 豊川署の狭い部屋。要の叫びにカウラとアイシャが一気に要の端末に顔を寄せる。 「狭い!」 「文句ばかり言うな!」 「そうよ、狭いのは部屋だけで十分……間違いないわね」 表示されたアストラルパターン解析の結果。そこには明らかに強力な法術師の存在があったことを示すアストラル波動の揺らぎが見て取れた。 「神前の登場で揺らぎが増幅されて浮き上がったわけだ。まったく持って神前のおかげだな」 要が快活な笑顔で突っ立っている誠を見上げる。誠はそのタレ目を見ながら面映い気持ちで頭を掻いた。 「神前曹長のパターンは特徴的ですからね。まだ仮説なんですけど他者の能力をコントロールするということは、強い法術反応があればきっとかすかな残留波動でも増幅されるんじゃ無いかと思いましたが……当たりました!」 ラーナは端末の画面を指差してニヤリと笑う。その表情に誠も安堵の息をついた。 「この資料の意味するところは、あの場所に間違いなく法術師、しかも特殊な能力を持った人物が事件発生時刻前後に確実にいたと言うわけだ……」 「近くの防犯カメラの映像。これを証拠に開示を頼むことはできないの?」 要もアイシャもすっかり乗り気でラーナを見つめる。 「任意になるでしょうが……事件が事件ですからね。自治会とかには私が手を回しておきますよ。まあ私達でなく所轄の仕事になると思いますが」 ラーナは安堵の表情を浮かべながら力なく呟く。自信を持って誠達の質問に答えているように見えた彼女もこのようなケースの対応は初めてなんだろう。何処と無くそのやわらかそうな頬が紅潮している。 「所轄任せになるのはしかたねえな。それにアタシが知っているだけでも引ったくりの発生で有名な場所だ。何台有るか分からんが、監視カメラはそれなりの数があると思うぞ。それとアタシ等が歩き回って見つけた要注意人物と照らし合わせればかなりの確立で容疑者を絞り込めるんじゃないかな」 要もラーナにあわせて椅子の背もたれに体を任せてだらしなく伸びをしている。 だがカウラはすぐに冷静さを取り戻したように難しい表情を浮かべていた。 「希望的観測だな」 そんなカウラの言葉に一番に反応してにらみ付けたのは意外にもラーナだった。だが彼女も捜査官である。カウラの言葉に一理あることは十分承知している。 「う……るせえよ。何か?文句でもあるのか?」 要の声は怒りに震えていた。だがカウラの表情は変わらない。 「確かにカウラちゃんの言うとおりかもね。希望的観測。最初だって不動産屋をまわればすぐに犯人に行き着くって思って失敗したじゃないの」 「確かに」 アイシャに駄目を押されて落ち込んだように頭を垂れる要。でもそれは本気でしょげているというよりもふざけているように誠には見えた。事実そんな要を見るカウラの表情は真剣だが暗いものではない。そんな上司達を見ながら誠もこれまでの手探りで何もできないと思っていた自分達の手に入れたものがそれなりの手柄かも知れないとわくわくする気持ちを抑え切れなかった。 その時不意にドアを開くものがいた。 「あの……」 それは杉田と言うこの署と誠達との窓口、つまりあてにならない男だった。 「なんですか?定時を過ぎたら帰ってくれとか言うんですかね」 珍しく強気に構えるラーナ。だが杉田は首を振って否定した。 「いえ、証拠が揃ったのは知っていますから」 その言葉に誠は嫌な予感がした。 「証拠が揃った?まだ容疑者も……」 「容疑者が自首して来ましたから」 杉田の突然の言葉に誠達は呆然として立ち尽くしていた。 「自首マニアじゃねえのか?下らねえ!」 「いえ、ちゃんと法術適正が出ていますし……」 杉田の言葉に要はいらだったように足踏みをする。その高圧的な態度に白髪の混じった頭を掻く杉田。 「法術適正でもその能力の方向性はかなり違うはずですよ。検査されたんですか?」 そんなラーナの言葉にぽかんとする杉田。 「でも法術適正がありますから……」 「その当たりを深く判断できる専門家の意見は?」 カウラの言葉にまた杉田はぽかんとする。 「でも……法術……」 「杉田さん……出て行っていただけます?」 珍しい殺気がこもったアイシャの言葉。それを聞いて杉田はしかたがないというように部屋を出て行った。 「馬鹿かアイツは」 「西園寺大尉、馬鹿は無いですよ。まあ……地方の警察官僚からしたらあの程度で済んでるだけましですよ」 そう言うとラーナは気がついたように立ち上がり、そのまま急に自分の机の端末に飛びつく。だがすぐに呆然と天井を見詰めて黙りこんだ。要も目の前の端末を見た。そこにはデータの切断を意味する表示が映るだけ。先ほどの操作データはすでに消えていた。 「止められたか、メインコンピュータとの接続が」 カウラの言葉で先ほどの杉田の言いたいことが誠にもようやく理解できた。 東都警察の制服を貸与されて勤務している誠達も所詮は同盟司法局という外様の組織の人間である。メインコンピュータのデータとの接続と言う特権はできるだけ与えたくない。そんな要達が警察署の重要機密とも言えるアストラルデータ監視システムにアクセスしている。正直気分が言い訳は無いだろう。 そこに今、とりあえず容疑者が自首してきた。これを口実に捜査をすべて東都警察が行なうことの大義名分ができたことになる。とうぜんそうなれば外様の誠達に情報を流す必要もなくなる。そんな風に初日に顔を見せた喰えない署長が判断したのだろう。 「でも……本庁の連中が動けばその自首した人間が犯人かどうかなんてすぐに分かるわよね。本庁の法術関連の科学的資料はそれなりのものだもの」 アイシャの言葉に頷くラーナ。そしてなぜかその言葉を聞いてカウラが端末に飛びつき操作を始めた。 「どうする気だ?署のデータバンクのアクセスはできないんだろ?」 机に突っ伏せて顔だけ上げて要が呟く。ただカウラの表情は決して暗いものではない。むしろ何か名案が思いついたとでも言うように誠には輝いて見えた。 「なあに、私の人脈を使うだけだ。隊長の真似というところかな」 エメラルドグリーンのポニーテールを何度か撫でながらカウラは本庁の機動隊への通信の為の準備を始めていた。 「機動隊か……確かお前と同じロットで生産されたのがいたんだっけ?」 要の言葉を無視してカウラはキーボードを叩き続ける。 「諦めなければどうにかなるものさ」 カウラの頬にはいつもなら要に浮かんでいるような悪い笑みが浮かんでいたのを誠は見逃さなかった。
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