モニターに大きく写される小熊。それを見て作業をしていたカウラの表情が苦々しげなものに変わる。 『すみません!本当に僕こんなことに巻き込んでしまって……』 少年の声で話す小熊が画面の中であまりにも似合いすぎる小学生姿のシャムに謝っていた。周りは電柱は倒れ、木々は裂け、家は倒壊した惨状。どう見ても常識的な魔法少女の戦いのそれとは桁違いの破壊が行われたことを示している。 「おい、なんでこうなったんだ?」 要がたずねてくるのだが、誠もただ首を振るだけだった。それでも言える事はアイシャはかなりの『上級者』、いわゆる『マニア』向けにこの作品を作ろうとしていることだけは分かった。 『気にしないで大丈夫だよ!』 「少しは気にしろ!」 シャムの台詞に突っ込む要。誠が思わず生暖かい目を彼女に向けると要の後ろには仕事をサボって覗きに来た楓と渡辺、アンの姿がそこにあった。 『それより世界の平和がかかっているんでしょ?やるよ!私は』 「世界の平和の前にこの状況どうにかしろ!」 そう言って手近な誠の頭を叩く要。誠は叩かれたところを抑えながら仕方なく画面を見つめる。 『ありがとうございます。ですが、僕の与える力は三人分あるんです。だから……』 『じゃあ……そうだ!おねえちゃんに頼みに行こう!』 そう言って小熊を抱えるとシャムは走り出した。半分町が焦土と化しあちこちにクレーターのある状況を後ろに見ながら彼女は走り続ける。 「おい!この状況は無視か?いいのか?ほっといて!」 再び要の右手が誠の頭に振り下ろされようとするが、察した誠はそれをかわす。 画面の中では走っていくシャムの後姿がある。同時にパトカーのサイレンが響き渡る。その画面を見ながら楓と渡辺が大きく頷いてみせた。誠は一体なんでこの二人が頷くのか首をひねりながら再び画面に目を移した。 すぐにはかったように場面が切り替わった。そこはやはり誠の実家の一部屋だった。主に剣道の大会で役員の人などを泊めていた客間の一つ。そこにシャムと奇妙な小熊もどきを正座して見つめているのはシャムの姉役の家村小夏だった。 『そうなんだ……大変だったのね、グリン君……』 「いや、大変とかそう言う問題は良いから。さっきの破壊された町だけでも十分大変なことだから」 そう突っ込む要が握りこぶしを振り上げるのを誠は察知してかわしにかかるが、今度はそのまま避けた方向にこぶしが曲がってきた。そのまま顔面にぶち当たり、誠は椅子ごと後ろに倒れる。 「おう、大丈夫か?」 何事も無かったかのように誠を見下ろす要。仕方なく誠は今後は避けないことを決めて立ち上がる。 『分かったわ!お姉ちゃんも助けてあげる!二人でその機械帝国を倒しましょう!』 そう言って手を差し出す小夏。その上にシャムが、そしてグリンと名乗った小熊が手を重ねる。 「そう言えばさっき三人そろわないといけないとか言っていたような……」 楓が首をかしげる。 「いえ!こういう展開がいいんです!これぞ上級者向け!どう考えても前後で矛盾している設定!いいなあ、萌えるなあ……」 そう言って画面にくっついて見入っている誠に要が生暖かい視線を送っていた。 『じゃあ行きます!』 小熊は立ち上がると回りに魔方陣を展開する。三角の光の頂点にそれぞれシャムと小夏が引き込まれ光に包まれていく。 『念じてください。救いたい世界のことを!思ってください。守りたい人々のことを』 そんな小熊の言葉に誘われるようにして画面が光の中で回転するシャムの姿を捉えた。はじけるようにあまりにも庶民的小学生姿だったシャムの服が消えていく。 「あのさあ、神前。なんで魔法少女はいつもこういう時に裸になるんだ?」 画面に集中していた誠と頭を軽く小突きながらたずねてくる要。しかし誠は画面に集中して上の空で頷くだけ。それを見た要はカウラを見るが、カウラは係わり合いになりたくないとでも言うようにキーボードを叩き続けていた。 『カラード、サラード、イラード……力よ!集え!』 シャムの叫び声に誠は視線を画面にさらに顔を突き出す。そしてさすがに無視するのも限界に来た誠は要の質問にはそのままの格好で答えた。 「それは視聴者サービスって言うか……なんとなくかわいらしいと言うか……」 「このロリコンめ!」 要がそう言って誠をはたいた目の前で、今度は白いニーソックスとメタリックな靴がシャムのか細い足を包んだ。そしてそのまま腰に広がった白い布のようなものは光を振りまきながらシャムの下半身を覆い、赤い飾りの入ったロングスカートに変わる。 「あれ?神前の絵と比べるとかなり飾りが少なくないか?」 そんな要の突っ込みを無視して画面をじっと見つめている誠。そのまま上半身を光が包むと胸のあたりでリボンのようなものが浮かび、それを中心にぴっちりと体を包むアンダーウェアにシャムが覆われる。そして次の瞬間には目の前に浮かんだ杖を手にしたシャムがくるくるとバトンの要領でこれを回すと、清潔感のある白に赤い刺繍に飾られたワンピースをまとってポーズをとっていた。 「いい加減無視すんなよな……このポーズの意味はなんなんだ?」 「お約束です!」 力強くこぶしを掲げてそう叫ぶ誠に思わず一歩引く要。続いて画面の中では今度は小夏の変身が行われていた。同じように服がはじけて代わりに青を基調としたドレスとカマのような先を持った杖を振って同じくポーズをとる小夏。 「なんだよ、小夏の餓鬼には変身呪文は無しか?」 「おかしいですね、アイシャさんの台本では変身呪文は二人とも無かったはずですが……」 「オメエの突っ込みどころはわかんねえよ!」 呆れたようにそう言うと要も画面を見つめた。魔方陣が消え、それぞれのコスチュームを身にまとった二人がその自分の姿を確認するように見つめている。 『これであなた達は立派な魔法少女で……』 そう言って力尽きる小熊。 「おい、ここで死んじゃうのか?どうすんだよこれから!投げっぱなしか?」 「いちいちうるさいですよ。要お姉さま」 そんな声に驚いて要は楓を見てみた。楓と渡辺はまじめな顔をして画面に釘付けになっていた。 「おい、楓……」 「静かに!」 楓に注意されて仕方なく画面に目を移す要。その目の前では光を放っている小熊の姿が映し出されていた。次第にその光は収まり手のひらサイズに小さくなった小熊がそこにいた。 『グリン君!』 そう言ってシャムは小熊を両手で持ち上げた。ゆっくりと目を開く小熊。誠は再び楓と渡辺に目をやった。そしてそのあまりにも熱中して画面を見つめている二人に恐怖のようなものを感じて黙り込む誠と要。 『そんな……死んじゃ嫌だよ……』 そう言うシャムの手の中で力なく微笑むグリン。 「良い奴ですね!グリンは!まったく……」 思わず右手を握り締め目を潤ませる楓。 「まったくです……すばらしい……」 同じく涙をぬぐう渡辺。二人の反応の異常さに思わず誠は要を見た。 「まああれだな。胡州は子供向けのアニメとか少ないからな」 「そんなこと無いんじゃないですか?『小坊主点丸』とかあるじゃないですか」 「なんだそれ?」 東和のおいてその想像の斜め上を行く演出でコアなファンに大人気の胡州アニメの名前を出しても要は食いつかないと踏んだ誠はそのまま画面に目を向けた。 『グリン君!』 シャムの声にピクリと手のひらサイズの熊が動いた。そのまま手足を動かし、自分が生きていることに気づくグリン。 『ごめんねシャム。どうやら魔力が何者かに吸収されているみたいなんだ』 小熊はそう言うと立ち上がってシャムを見つめる。 『でもそれじゃあ……』 不安そうに姉役の小夏と一緒に小熊を見つめるシャム。 『大丈夫。僕の見立てに間違いは無かったよ。見てごらん、君の姿を!』 二人は小夏のものらしい簡素な姿見に自分の姿を映す。 『えー!これかっけー!最高!グッド!イエーイ!』 そう言って何度も決めポーズをとり暴れ回るシャム。さすがの小夏もこれには驚いてシャムの頭の上に手を載せる。動けなくなったシャムがじたばたと暴れる様。誠は頷きながらそれを眺めていた。 『カットー!喜びすぎ!ってかそこ喜ぶところじゃない!驚くの!驚いて!』 跳ね回るシャムを怒鳴りつけるアイシャ。そのまま疲れたというように座り込む小夏。そして画面にモニターが開いてアイシャの顔が写る。 『ったく……シャムちゃん!そこはまず驚いて、そこから戸惑いながら姉妹で見詰め合う場面だって言ったでしょ?はい!やり直し!』 「馬鹿が!」 要はそう言うと立ち上がった。 「どうしたんですか?」 「ヤニ吸ってくる」 そう言って手にしたタバコの箱を見せる要。誠はすぐに画面に視線を戻した。 「ったくああいうのにしか興味ねえのかな……」 ポツリとつぶやいて出て行く要。誠がカウラを見ると、呆れたとでも言うようにため息をついている。 『わあ、なんで?これがもしかして……』 画面が切り替わり撮影が再開したようだった。要がいなくなったことを良いことに楓と渡辺はさらに顔を突き出してくる。誠は少し椅子を下げるが、下げた分だけ二人はばっちりと誠の端末の画面の正面を占拠してしまった。 『そうだよ。君達は選ばれたんだ。愛と正義と平和を守る戦士に!』 グリンの声に顔をほころばせるシャムと小夏。 『じゃあおねえちゃんがキャラットサマーで私がキャラットシャムね』 『なによそれ』 本心から呆れたような表情で妹役のシャムを見つめる小夏。 『名前よ!無いと格好がつかないじゃん!』 そう言って小夏の手を握り締めるシャム。それを見つめて無言で頷いている楓と渡辺に誠は明らかに違和感を感じたが、いつも楓の件で小突かれてばかりの誠は突っ込むのも怖いので手を出さないことを決めた。 『さあ……機械帝国を倒すんだ』 そう力の入らない口調で言葉をつむぐグリンを見つめるシャム。隣に立つ小夏はそんな妹役のシャムを不安そうに見つめる。シャムの表情にはどこかさびしげな影が見える。そして誠は引き込まれるようにしてシャムの言葉を聞くことにした。 『違うよ、それ』 ポツリとつぶやくシャム。突然音楽が流れ始める。悲しげでやるせなさを感じる音楽にあわせて遠くを見つめるように空を見つめるシャム。 「吉田さんの即興かな?」 彼女の涙に濡れる顔が画面に広がる。 『確かにグリン君が言う通りかもしれないけど。確かにあの魔女はグリン君の大事な魔法の森を奪ったのかもしれないけど……。でもそう言う風に自分の意見ばかり言っていても始まらないんだよ』 『そんなことは……あいつは森の仲間を殺したんだ!そして次々と世界を侵略し……』 激高するグリンを手にしたシャムはそのまま顔を近づける。 『でもぶつかるだけじゃ駄目なんだよ。相手を憎むだけじゃ何も生まれないよ!』 「やっぱり出た!お前はいったいいくつなんだ展開!」 誠が手を叩くが、さすがにこの誠には付いていけないというように楓と渡辺はそんな誠を生暖かい目で見つめている。 『理解しあわなきゃ!気持ちを伝え合えなきゃ!そうでないと……』 『シャム!そんなのんきなことが言える相手じゃないんだろ?世界の危機なんだろ?』 そう言って魔法の鎌を構える小夏。 『アタシは戦うぞ!守るものがあるからな!姉貴とか親父とか……』 そう言って小柄なシャムの頭を叩く小夏。だが、釈然としない面持ちで手のひらサイズの小熊を地面に置くと杖を構えた。 『じゃあ、誓いを立ててください。必ず悪を退けると!』 『ああ!』 小夏は元気に返事をして鎌をかざす。そしてそれにあわせるように杖を重ねるシャム。 『きっと倒してみせる!邪悪な敵を!』 『いつか必ず分かり合える日が来るから!』 小夏、そしてシャムの言葉で部屋が輝き始める。その展開に目を輝かせる楓と渡辺。 「シャム先輩のアドリブか。アイシャさんが駄目出ししなかったけど……後で台本変更があるかもしれないな」 誠は画面の中で変身を解いて笑うシャムと小夏を眺めていた。そこに脇から突然声が聞こえた。 「なるほど……そうなんですか。さすが先輩は詳しいですね」 「うわーぁ!」 誠はもう一人の部屋の中の存在、彼が忘れていたアンに声をかけられて飛びのく。 「そんなに驚かないでくださいよ……」 そう言って胸の前で手を合わせて上目遣いに誠を見上げてくるアン。脂汗を流しながらそんなアンを一瞥した後、画面が切り替わるのを感じて誠は目を自分の端末のモニターに戻した。 場面が変わる。画面は漆黒に支配されていた。両手を握り締めて、まじめに画面を見つめる楓と渡辺に圧倒されながら誠はのんびりと画面を見つめた。誠の背中に張り付こうとしたアンだが、きついカウラの視線を確認して少し離れて画面を覗き見ている。 画面に突然明かりがともされる。それは蝋燭の明かり。 「機械帝国なのに蝋燭って……」 さすがに飽きてきた誠だが、隣の楓達に押し付けられて椅子から立ち上がることができないでいた。 『メイリーン!機械魔女メイリーン!』 「あれ?何で僕の声が?」 確かにその声は楓の声だった。渡辺も不安そうに楓を見つめる。 「ああ、吉田さんのことだからどっかでサンプリングでもしたんじゃないですか?」 あっさりとそう言うと誠は画面に目を映す。 黒い人影の前でごてごてした甲冑と赤いマントを翻して頭を下げる凛々しい女性の姿が目に入る。 『は!太子。いかがなされました』 声の主は明らかに技術部部長許明華大佐のものだった。そして画面が切り替わり、青い筋がいくつも描かれた典型的な特撮モノの悪者メイクをしてほくそえむ明華の顔がアップで写る。 『余の覇道を妨げるものがまた生まれた。それも貴様が取り逃がした小熊のいる世界でだ……この始末、どうつける?』 誠はそんな楓の声を聞きながら隣で画面を注視している楓に目を移した。言葉遣いやしぐさはいつもの楓のような中性的な印象を感じてそこにもまた誠は萌えていた。 『確かにこの人なら女子高とかじゃ王子様扱いされるよな。さすがアイシャさんは目ざとい』 そんな妄想をしている誠に気づかずただひたすら画面にかじりつく楓。 『は!なんとしてもあの小熊を捕らえ、いずれは……』 必死に頭を下げる明華。楓の声の影だけの王子頷いている。 『へえ、そんなことが簡単にできるってのか?捕虜に逃げられた上にわざわざすっとんで帰ってきたオメーなんかによ』 突然の乱暴に響く少女の声。陰から現れたのは8才くらいの少女。赤いビキニだか鎧だか分からないコスチュームを着て、手にはライフルなのか槍なのかよく分からない得物を手にした少女に光が差す。そのどう見ても小学生低学年の背格好。そんな人物は隊には一人しか居なかった。 「クバルカ中佐……なんてかわいらしく……」 「あのーこれがかわいいんですか?」 画面の中ではさっきまでこの部屋で文句をたれていたランが不敵な笑みを浮かべながら現れる。誠は耳には届かないとは思いながらすっかり自分の脇にへばりついて画面を覗き込んでいる楓にそう言ってみた。 『ほう、亡国の姫君の言葉はずいぶんと遠慮が無いものだな』 そう言ってそれまで悪の首領っぱい影に下げていた頭を上げると、皮肉をたっぷり浮かべた笑いでランを迎える明華。 「おっ!ここでも見れるのか?」 突然後ろから声をかけられてあわてて振り向く誠。そこには隊長の嵯峨がいつもの眠そうな表情で立っていた。 「ええ、まあ一応……西園寺さんが設定をしてくれましたから」 頭を掻く誠。嵯峨はそのままロナルドの開いている机に寄りかかると誠達の後ろに陣取ることを決めたように画面を見つめている。 「なんだかなあ」 誠はそのまま画面の中でお互いににらみ合う明華とランの姿を見ていた。 『亡国?忘れたな。アタシは血の魔導師。機械帝国の世継ぎである黒太子カヌーバ様に忠誠を誓う者。テメーのような小物とはスケールが違うんだよ!』 そう言って余裕の笑みを浮かべるラン。その手に握られた鞭をしならせて明華ににらみを利かせる。 『ふっ、ほざけ!』 明華はわざとランから視線を外してつぶやく。 『黒太子、カヌーバ様!アタシにグリンと言う小熊とその眷属の討伐の命令をくれ!』 「あいつ本当にぶっきらぼうなしゃべり方しかできないんだな」 そう言いながら嵯峨はポケットからスルメの足を一本取り出し口にくわえる。 「あの、隊長。それはなんですか?」 思わず誠はくちゃくちゃとスルメの足を噛んでいる嵯峨に声をかけた。 「ああ、これか。茜がね、タバコは一日一箱って言ってきたもんだから……まあ交換条件だ」 そのままくちゃくちゃとスルメを噛み続ける嵯峨。誠はその視線の先、ドアのところの窓から中を覗いている和服を着た女性を見つけて嵯峨の肩を叩く。 「隊長、女将さんですよ」 誠の声にすぐに振り向く嵯峨。そこには保安隊のたまり場、『あまさき屋』の女将の家村春子が立っていた。嵯峨はそれを見ると緩んだネクタイを締めなおし、髪を手で整える。その姿があまりにこっけいに見えて笑いそうになる誠だが、隣に嵯峨の次女の楓が居ることに気がついて彼女に視線を移す。 楓、渡辺、アンは画面の中で保安隊のビック2、技術部部長で大佐の階級の明華と保安隊副長の肩書きのランが罵り合う様に目を取られて嵯峨の行動には気づいていなかった。 「本当に私が来ても良かったのかしら……」 そう言いながら小夏の母である家村春子は手にした重箱をフェデロの席に置いた。 「ああ、春子さんならいつでも歓迎ですよ。それは?」 嵯峨の前に置かれた重箱を包んでいた風呂敷を開いていく春子。その藍染の留袖を動かす姿は誠には母親のそれを思い出させた。 「おはぎですわ。ちょっと整備の人とかの分には足りないかもしれないけど」 「ああ、大歓迎ですよ。やっぱり春子さんもアイシャの奴に呼ばれたんですか?」 そう言うとそのまま嵯峨はおはぎに手を伸ばす。春子が蓋を開くと漉し餡と粒餡の二色に分けられたおはぎが顔をのぞかせた。嵯峨は迷うことなく粒餡のを掴むとスルメを噛んでいる口の中に放り込んだ。 「ええ、でもなんだか学生時代みたいでわくわくしますわね」 笑顔を浮かべながらおはぎを食べ始める嵯峨を見やる春子。部隊のたまり場である『あまさき屋』では見られない浮かれたような春子に誠は少し心が動いた。 「ああ、皆さんもどうぞ。アイシャさんのところにはもうもって行きましたから遠慮なさらずに」 そんな春子の言葉にそれまで画面に張り付いていた楓と渡辺が重箱に目を向けた。 「おはぎですか。実は僕は好物なんですよ。遠慮なくいただきます、かなめもどうだ?」 「わかりましたわ、楓様」 おはぎに手を伸ばす楓。渡辺もまた、主君の楓に付き合うようにしておはぎに手を伸ばす。 「神前君もそこの新人君もどう?」 笑いかける春子に誠は頭を掻きながら重箱の中を覗く。どれもたっぷりの餡をまとった見事なおはぎで自然と誠の手はおはぎに伸びる。 「そうだ、お茶があると良いな」 二つ目のおはぎに手を伸ばそうとして不意に手を止めた嵯峨。 「そうね、神前君。給湯室ってどこかしら?」 春子は軽く袖をまくるといつもの包み込むようなやわらかい視線で誠を見つめた。 「ああ、神前先輩。僕が案内してきますから」 そう言って伸びをするとアンは自分より背の高い春子に向き直った。 「じゃあこちらへ」 「本当にごめんなさいね」 そう言ってアンに案内されて消えていく春子。 「隊長、無理しなくても良いですよ」 三つ目のおはぎに手を伸ばそうとする嵯峨に誠が声をかける。辛党で酒はいけても甘いものはからっきし駄目な嵯峨が安心したように手に付いたあんこをちかくのティッシュでぬぐう。 「おい、出てったのは……女将さんか?」 春子達と入れ違いに戻ってきた要が嵯峨の姿を見つけるとニヤニヤ笑いながら叔父である嵯峨に歩み寄っていく。 「おう、叔父貴も隅に置けねえな。どうせ調子に乗っておはぎ食いすぎたんだろ?」 要のタレ目の先、嵯峨の顔色は誠から見ても明らかに青ざめていた。 「本当に父上は……」 そう言いながら三つ目のおはぎを口に運ぶ楓。渡辺もいかにもおいしそうにおはぎを頬張る。 「で、どこまで進んだかな?」 そう言いながら要は誠の端末の画面に映し出されている明華とランの罵り合いに目を向けた。 「あ、まだ続いてるんですか……ってこんなに長くやる必要あるんですか?」 誠は未だに同じ場面が続いているのに呆れた。 『このちび!餓鬼!単細胞!』 『オメーだってタコの愛人じゃねーか!』 その会話は完全にそれぞれの現実での立場に対する個人攻撃に変わりつつある。 「おい、こんなの部外者に見せる気か?」 画面を指差しながら誠にたずねる要。 「いや、たぶんアドリブでどちらか本音を言っちゃって、それでエキサイトしてこうなったんじゃないですか?」 「それを止めねえとは……アイシャの奴」 要が時々見せる悪い笑みを浮かべていた。 『なんでそこで清海の話が出てくるのよ!』 『そっちだろ?アタシがあのくたびれた雑巾に気があるなんて嘘を言いだしやがったのは!』 「くたびれた雑巾……」 要はランの言葉を繰り返しながら口の周りのあんこをぬぐっている叔父、嵯峨惟基を見つめた。 「確かに父上を評するには良い言葉だな」 そう言って父を見上げる楓は頷く。 「なんだかこいつ等の悪口、このまま言ったら俺批判になるんじゃねえのか?」 嵯峨がそう言う中、画面の中の二人がさらに言葉をエスカレートしていく。 『カットー!隊長をいじめる企画じゃ無いですよ!二人とも!』 さすがに方向性がずれてきたことに気づいたアイシャが止めにかかる。 「なんだよ、アイシャ。もっと続けりゃいいのによ」 そう言いながら要は手にした二つ目のおはぎを口に放り込んだ。
|
|