「ったく!アイシャには期待していたのによう……奢りってここのことかよ」 数時間前まで深刻な顔をしていた要はそう言いながらもニヤニヤしながら次々とたこ焼きを口に運んだ。そんな彼女の後頭部にお盆の一撃が加えられる。 「うちでなんか文句あるの?今日はアイシャの姉さんからの監視の指示が出てるからおとなしくしているのよ!」 お好み焼きとたこ焼きの店『あまさき屋』の一階のテーブル席に座る誠と要とカウラ。要を殴ったこの店の看板娘にしてシャムの舎弟、家村小夏はそう言い残して厨房に消えた。 「まあ、あいつなりに私達に気を使っていると言うことだ。それに私はここのたこ焼きは大好きだがな」 カウラはそう言いながら大きな湯のみで緑茶を飲み始める。 アイシャが言うには撮影はすべて吉田の作った簡易3Dシミュレータを使うと言うことで、その場面やデータの入力の為に吉田とアイシャ、それに運行部の数名が引き抜かれて徹夜で作業をするということだった。当然副長のランが飽きれた顔で部隊長の嵯峨へシミュレータの搬入と施設の使用許可を上申する光景を想像すると誠もデザインとして一枚噛んでいるだけに申し訳ない気持ちで一杯になり自然とビールに手が伸びる。 そしてアイシャの暴走に不満たらたらの要を取り込むため、アイシャは小夏に連絡を取って『あまさき屋』のたこ焼き定食と大瓶のビール二本で手を打つように仕向けた。いろいろ言いながら、要はさらに自腹でアンコウ肝とレバニラ炒めを頼んだ上に、キープしてあるウォッカをあおりながら誠の隣に座っている。 「しかし今回はセットとかはどうするんだ?去年のようなドキュメンタリーじゃ無いんだろ?」 カウラはご飯に豚玉のお好み焼きを乗せた特製その名も『カウラ丼』を口に運ぶ。誠はそんな彼女をいつものように珍しい生き物を見るような視線で見つめていた。同じくどんぶりを口に運ぶカウラに驚いた表情を浮かべる要は思い直したように咳払いをすると説明をはじめた。 「前のあれがドキュメンタリーだったかどうかは別としてだ。まあ説明するとだな。まず場景を立体画像データとして設定するわけだ。たとえば家の台所とかのまあセットみたいなものをコンピュータに認識させるわけ。そしてその中にデータ化された役者を投入する」 「そこが分からないんだ。どうやってするんだ?」 あまり部隊の任務以外に関心を示さないカウラが珍しく要の言葉に聞き入っているのを誠は微笑みながら見つめていた。 「まあ、ここ数年の精神感応系の技術の向上はすごいからな。まあヘッドギアを役者……っつうか素人だからそう呼ぶのも気が引けるけど、アタシ等がつけてコンピュータ内部に入り込んだような状態で中で台詞を読んだり動いたりするわけだ。わかるか?」 そこまで言うと要はレバニラ炒めを口に掻き込んでそのままビールで胃に流し込む。特性のカウラ丼を頬張りながらまだ納得できないと言うようにカウラが首をひねっている。 「でもそれじゃあ棒読みとかだとつまらないんじゃないのか?」 納得できないと言うようにそう言うとカウラはソースと豚肉、それにお好み焼きを混ぜ合わせたものをどんぶりの中でかき混ぜた。 「それは吉田の技術で解消するつもりだろ?あいつの合成や音声操作とかで棒読みだろうが声が裏声になろうがすべて修正してプロが演じているようにするくらい楽勝だって言ってたぞ」 たこ焼きを口に放り込もうとする要の姿を腕組みして感心しながら見入るカウラ。 「吉田さんらしいと言うか……さすがだな」 「別に感心することじゃないだろ?楽器屋に行ったら廉価版のビデオクリップ作成ソフトとかで同じようなことができるはずだからな。まあ、画像の質とか修正の自由度なんかは吉田が使っているソフトがはるかに上なのは間違いないけど」 誠は珍しく穏やかに話し合う要とカウラの姿を見て安心しながらビールを飲み干した。 「ああ、神前。ビールだな」 カウラがビールの瓶を手にする。普段ならここで要の妨害が始まるはずだが、珍しく要はそれが当然だというように自分のグラスに酒を注いで杯を掲げた。 そんなリラックスしていた三人は突然厨房から声が聞こえてそちらに視線を向けた。 「ジャーン!マジックプリンセス、キラットシャム!」 「同じく!キラットサマー……」 小夏の名乗りに素に戻ったシャムが声をかける。 「小夏ちゃん!元気を出して!……それじゃあ!」 「オメエ等、何しに来た?」 ポーズをとるシャムと小夏に冷めた視線を送る要。シャムと小夏は誠がデザインし、運行部で製作した衣装を着込んで立っている。 「いっそのことそのままその格好で暮らしてみたらどうだ?」 呆れたようにカウラがつぶやく。二人の冷めた反応にうつむくシャム。誠は仕方なく拍手をすることにした。 「馬鹿!こいつが図に乗るだろ?」 要の言葉通りすぐに復活したシャムが小走りで厨房に戻る。そして彼女は袋を持って誠の前に立った。 「はい、これ誠ちゃんの分!」 無垢な目を向けるシャムを誠は後悔の念に駆られながら見上げた。 「はい、神前。それ着て踊れ」 ざまあ見ろと言うような笑みを浮かべながら今度はウォッカの隣に置かれたラム酒をグラスに注ぐ要。カウラも自業自得だというような視線を誠に送ってくる。 「ナンバルゲニア中尉、ちょっと僕は……」 「私もあのデザインは無いと思うのよねえ」 立ち上がった誠の背後からの声に翻ってみればそこには小夏の母、家村春子がいつものように紫の小紋の留袖を着て立っていた。今回の作品で恐怖薔薇女と言った怪物役に勝手に決められた春子がため息をつく。 「あれは……その。アイシャさんが……」 「良いわよ、言ってみただけ。小夏もシャムちゃん暴れないで着替えてきなさい」 そう二人のワンパクに声をかけて厨房に消える春子。 「だから言ったんだよ。暴れるなって」 一人口の中の甘い酒を楽しむ要。そんな彼女にシャムが頬を膨らませた。 「そんなこと一言も言ってないよねー!」 誠に問いかけてくるシャムに頷いた誠の背中に要とカウラの視線を感じる。 「いいから着替えて来い」 「了解!」 いつものように要には反発してもカウラの言葉には素直に従う二人。明らかに気分を害したというように要は灰皿を隣のテーブルから取ってくるとタバコに火をつけた。 「少しは周りを気にしたらどうだ?」 タバコの煙に眉をひそめるカウラの表情に機嫌を直す要。誠も要といれば受動喫煙になることを知っているが口が出せないでいた。 「でも、春子さんもよく引き受けたものだな、あのような役」 カウラの独り言を聞いた要がカウラの頭を引っ張る。抗議しようとしたカウラににんまりと笑った要は口を開いた。 「叔父貴の奥さん役ってのが良いんじゃねえの?」 カウラと誠は要の言葉に顔を見合わせた。 「それは無いんじゃないかな?確か二人の付き合いは『東都戦争』のころからって聞いてるけど、見ていてリアナお姉さんみたいな兆候もなにも……」 「鈍いねえ小隊長殿は」 首をひねるカウラを笑いながら酒を飲む要。だが、そんな要の表情が不意に険しくなった。 「オメエ等、黙ってろ」 そう言うと要は忍び足で外に暖簾のはためくガラスの引き戸へ向かう。 「要、何やってるの?」 着替えてきたシャムに静かにするように人差し指を立てる要。いつもなら突込みを入れる猫耳セーラー服姿のシャムをちらっとだけ見て頭を抱えた後、そのまま扉に手をかける。 急に開いた引き戸。暖簾の下で一瞬、男女の影が映った。そのまま飛び出して追っていく要。 「まったく何がしたいんだ、あいつは」 そう言いながら自分の空の烏龍茶のコップにラム酒を注ぐカウラ。明らかに間違えている彼女の行動を注意しようとする誠だが、入り口付近で騒ぐ声に気を引かれて黙り込んでしまった。 「ごめんなさい!ごめんなさい!」 気の小さい技術部の技師、レベッカ・シンプソン中尉が謝っている姿が誠達の目に飛び込んでくる。 「良いじゃないですか!僕達がどこで食事しようが!」 同じく技術部整備班の最年少である西高志兵長が口を尖らせて襟をつかんでいる要に抗議していた。 「色気付きやがってこの熟女マニア!何か?19で酒飲んでいいのか?ここは胡州じゃないぞ、東和だぞ。お酒は二十歳になってからだぞ!」 要の声にしゅんとなる西。眼鏡をいじりながら身なりを整えたレベッカは一瞬だけ勇気を出して要をにらみつけようとするが、威圧感では隊でも屈指の要の眼光に押されておずおずと視線を落とす。 「そんな……僕達はまじめにお付き合いを……」 「西。オメエ19だろ?で、レベッカが28……そんなに胸がでかい女が好きなのか?」 意味ありげな瞳を向ける要の後頭部をシャムが蹴飛ばした。 「だめだよ!要ちゃん。愛に決まりなんて無いの!それに要ちゃんも28で誠ちゃんが23でしょ?大して変わらないじゃないの!」 頭をさすりながらシャムに目を向ける要。その目は明らかに泳いでいた。 「な、何馬鹿なこと言ってるんだ?アタシがあのオタクが好き?そ、そんなわけ無いだろうが!」 あまりにも空々しい否定。声がひっくり返っての弁明。その姿に一同はただ生暖かい視線を向けた。 「はい、はい、はい。ご馳走様ですねえ、外道。お母さん!お客さんだよ!」 シャムとそろいの猫耳セーラー服にエプロンをつけた姿の小夏が厨房に消えていく。レベッカと西も愛想笑いを浮かべながらシャムに引っ張られて誠達の隣のテーブルに向かい合って座った。 「酒は……やめておけよ」 カウラが一語一語確かめるようにして口にするのを見た誠と要は、空だったはずの烏龍茶のコップになみなみと琥珀色の液体が満たされているのに気づいた。 「おい!お前、勝手に人の酒飲むんじゃねえよ!」 そう叫ぶ要をとろんとした目で見つめるカウラ。その様子に気づいてレベッカと西もカウラに目を向ける。 「大丈夫なんですか?アイシャさんもそうですけど『ラストバタリオン』の人ってあんまり飲めないんじゃ……」 そう言う西をじっと見つめるカウラ。だが、すぐにその瞳はレベッカの豊満な胸へと集中していった。 「……なんで私は……」 うつむくカウラ。誠も要もどう彼女が動くのかを戦慄しながら見つめていた。 「あら、西君。また来たの……って要さん!」 春子が明らかにおかしいカウラを見るとすぐに圧迫するような感じで要に目を向けた。 「アタシじゃねえよ!こいつが勝手に飲んだんだよ!」 そこまで要が言ったところでカウラは急に立ち上がった。 全員の視線を受けてよたよたと歩き出すカウラ。彼女はそのまま春子が持っていた盆を引っ張って取り上げるとそのまままっすぐにレベッカと西のテーブルにやってくる。 「おきゃくひゃん。つきだしですよ?」 そう言って震える手で二人の前に突き出しを置く。 「……どうも……」 そう言ったレベッカを今度は急に涙目で見つめるカウラがいた。 「どうも……ですか。すいましぇんねー。わたひは……」 そのまま数歩奥の座敷に向かう通路を歩いた後、そこに置かれていたスリッパに躓いて転んだ。思わず立ち上がった誠はカウラのところに駆け寄っていた。 「大丈夫ですか!」 「誠……このまま……」 そこまでカウラが言ったところで要が立ち上がる。誠は殺気を感じてそのままカウラを二階へあがる階段のところに座らせる。 「おい!神前、帰るぞ」 そう言うと要は携帯端末をいじり始めた。 「でも運転は……」 「だから今こうして代行を頼んでるんだろ?……はい、運転代行を頼みたいんですが……」 あっさりと帰ろうと言い出した要のおかげで惨事にならずに済んだということで胸をなでおろす春子。そして彼女にたこ焼きを注文する西。 誠はただ呆然と彼等を眺めた後、カウラに目を向けた。彼女の目はじっと誠に向けられている。エメラルドグリーンの瞳。そして流れるライトグリーンのポニーテールの髪に包まれた端正な顔立ちが静かな笑みを浮かべていた。 「おい!もうすぐ到着するらしいから行くぞ!それとカウラはアタシが背負うからな」 有無を言わせぬ勢いで近づいてきた要はカウラを介抱している誠を引き剥がすと、無理やりカウラを背負った。 「なにするのら!はなすのら!」 暴れるカウラ。女性としては大柄なカウラだが、サイボーグである要の腕力に逆らえずに抱え上げられる。 「じゃあ、女将さん!勘定はアイシャの奴につけといてくれよ!」 そう言うと、突き出しをつつきながら談笑しているレベッカと西を一瞥してそのまま店を出て行く要。誠は一瞬何が起きたのか分からないと言うように立ち尽くしていたがすぐに要のあとを追った。 「別に急がなくても良いじゃないですか。それにカウラさんかなり飲んでるみたいですよ。すぐに動かして大丈夫なんですか?」 抗議するように話す誠を無視するように要はカウラのスポーツカーが止まっている駐車場を目指す。 「こいつなら大丈夫だろ?生身とはいえ戦闘用の人造人間だ。頑丈にできてるはずだな」 「うるはいのら!はなすのら!」 ばたばたと暴れて要の腕から降りたカウラはそのままよたよたと駐車場の中を歩き回る。 「まったく酔っ払いが……」 要はそう言うと頭を掻きながらカウラを見ていた。 「こいつもな、もう少しアタシのことを気にせずにいてくれると良いんだけどな」 ポツリとつぶやく要。繁華街に突然現れたと言うような空き地を利用したコイン駐車場。真っ赤なカウラのスポーツカーが一際目に付く。 「要さん?」 「なんでもねえよ!……すぐ来るって話だったけど遅いな!」 間が持たないというように腕の時計をにらみながら要がそう言ったところで運転代行の白いセダンが駐車場の入り口に止まった。 「誠、そいつから鍵を取り上げろ」 要の言葉に従って、歩道との境目に生えた枯れ草を引き抜いているカウラに誠は近づいていった。じっと雑草を抜いてはそれを観察しているカウラ。そんな彼女に鍵を渡してくれと頼もうと近づく誠が彼女の手が口に伸びるのを見つけた。 「カウラさん!そんなの食べないでください!」 そのまま駆け寄ってカウラの手にあるぺんぺん草を叩き落す。突然の行為にびっくりしたように誠を見つけたカウラはそのまま誠の胸に抱きついた。 「まことー!まことー」 叫びながら強く抱きしめるカウラ。彼女は力の加減を忘れたように思い切り誠を抱きしめる。まるでサバ折りを食らったように背骨を締め上げるカウラの抱擁に誠は息もからがら、代行業者の金髪の青年と並んでやってきた要に助けを求めるように見上げた。 「いいご身分だな、神前」 そう言って笑うと、要はカウラを止めもせずにカウラのジャケットのポケットに手を突っ込んで車の鍵を探り当てる。 「じゃあ、オメエ等そこでいちゃついてろ。アタシは帰るから」 そのまま立ち去ろうとする要。彼女なら本当にこのまま帰りかねないと知った誠はしがみつくカウラを引き剥がそうとした。 「いやなのら!はなれないのら!」 暴れるカウラ。彼女が今のように本当に酔っ払うと幼児退行することは知っていたが、今日のそれは一段とひどいと思いながらなだめにかかる誠。 「おい!乗るのか乗らないのかはっきりしろよ!」 カウラのスポーツカーの助手席から顔を出す要。 「そんなこと言って……」 その一言を最後に急にカウラの抱擁の力が抜けていく。見下ろす誠の腕の中でカウラは寝息を立てていた。 「ったく便利な奴だ。神前、とりあえず運んで来い」 苦笑いを浮かべる要に言われて誠はカウラを抱き上げた。細身の彼女を抱えてそのまま車の助手席に向かう。 「本当に寝てるな、こいつ」 渋い表情の要が助手席のシートを持ち上げて後部座席に眠るカウラを運び込んだ。 「お前が隣にいてやれよ」 そう言って要は誠も後部座席に押し込んだ。そしてそのまま有無を言わせず助手席に座る要。 「運ちゃん頼むわ」 そう言って金髪の青年に声をかける。その声が沈うつな調子なのが気になる誠だがどうすることもできなかった。カウラは寝息を立てている。引き締まった太ももが誠の足に押し付けられる。助手席で外を見つめている要の横顔が誠にも見えた。時々、彼女が見せる憂鬱そうな面差し。何も言えずに誠はそれを見つめていた。 「大丈夫なんですか、あの方は?」 さすがに気になったのか金髪の運転手が誠に尋ねてくる。 「ええ、いつもこうですから……」 そう答える誠にあわせるように頷く要。だが、いつもならここでマシンガントークでカウラをこき下ろす要がそのまま外を流れていく町並みに目を向けて黙り込んでしまう。気まずい雰囲気に金髪の運転手の顔に不安が見て取れて誠はひたすら申し訳ないような気持ちで早く寮に着くことだけを祈っていた。
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