「丸腰で歩けと?」 別所の言葉に黙って赤松は頷いた。赤松の私邸に集められた別所晋一などの腹心達は苦しそうにシンパの公務以外での銃刀の携帯を自主的にやめると言う言葉に耳を疑った。 「元はといえば波多野首相暗殺を行なった官派の連中が悪いんじゃないですか?なんだって急に……」 広間の下座から立ち上がって赤松の前にどっかりと腰を下ろした魚住の言葉に明石も頷いた。 「昨日、清原准将が襲われたんやて。犯人は海軍の将校や言うとった」 「やるなら首を取るところまで行くべきだな。中途半端だからこういうことになる」 魚住について上座に上がりこんできた黒田はそう言うと腰のベルトから拳銃の入ったホルスターに手を伸ばす。 「今は微妙な時期だ。波多野首相の後任は……さすがにもう西園寺卿も逃げられないだろうしな……」 赤松のそばに座っている別所と明石も仕方なく腰のベルトに手を伸ばす。それを見て第三艦隊を中心とする赤松恩顧の士官達も渋々腰のホルスターや軍刀に手を伸ばした。 「ですが……このまま済むと思いますか?」 別所が銃と太刀を目の前の畳の上に並べながらつぶやくと赤松の表情はさらに渋いものに変わった。 「大の男がぐちぐち言うべきでは無いんではなくて?」 庭園に面した下座の廊下から聞こえる声に将校達は振り返った。赤松の妻、貴子が家人を連れて酒席の準備のためにそこに立っていた。清原の右腕とされる安東貞盛大佐の姉に当たる彼女の言葉に士官達の顔の表情は冴えない。特に気の短い魚住ははずした太刀に手を伸ばしていた。 そんなぴりぴりとした空気をものともせず、質素な小紋の留袖を振りながら彼らの間を悠々と歩いて夫の前までやってきた貴子はその冷たい感じのする面差しを急な武装解除命令に冴えない表情を浮かべている若者達の前に向けた。 「軍に奉職している以上、常に危険はつき物。死は覚悟している皆さんがなぜそんなに拳銃や刀を持てないくらいで悩むのですか?それに今回の話は私的な会合などでの武装を禁止するだけの話じゃないですか。東和や大麗では勤務時以外の武装は禁止されてますわよ。これまでの胡州が異常だったんではなくて?」 貴子の言葉に誰も文句をつけるものは無かった。それぞれの前に酒と肴が置かれていく。その様を見ながら少し満足げに妻を見上げる赤松。 「そう言う事や。こちらから仕掛けて反乱分子の汚名を買うてもしゃあないやろ?今はひたすら我慢比べや。西園寺卿もさすがにここまできたらいつまでも裏方と言うわけにいかんくらいの分別はあるやろし、烏丸はんの手のものも次にワシや醍醐はんが襲われたらよそさんに顔向けできへんようになることくらいわかっとるやろ」 そう言うと赤松は静かに杯を手にする。微笑んだ貴子は静かに家人から徳利を受け取ると赤松の杯に酒を注いだ。 「次はどう出るか……」 別所はつぶやきながら静かに女中からの酒を受け取る。明石もその様子に安堵しながら同じように杯を手に掲げた。
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