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作品名:遼州戦記 墓守の少女 作者:橋本 直

第4回   従軍記者の日記 4
「ホプキンスさん!」 
 会議室からそのままハワードの居るハンガーへ向かうクリスが本部の軋む階段を降りようとしたところに駆けつけたのはつなぎを着た整備員キーラだった。
 振り向いたクリスの顔を見て立ち止まった彼女の顔がさびしそうな色をにじませた。
 クリスにはどこと無く彼女達人造人間を恐れているような気持ちがあるのを自覚していた。そんな心の奥底の意識が顔を引きつらせるのだろう。またキーラもどこと無く慣れていないようにどう話しかければいいのか戸惑っているように見えた。
「君か」
 そう言ってクリスに向き合うように立つキーラを見つめる。そして見詰め合うとなぜかクリスは彼女に興味を引かれている自分に気付いた。それは神に挑戦するにも等しい『人間の創造』を行ったゲルパルトの技術者に対する興味とは違う何かだ。そう自分に言い聞かせるクリス。
「珍しいですよね、『ラストバタリオン』の整備員なんて」 
 そう言うとキーラはさわやかに笑った。自分の考えが半分ばかり見透かされたことにクリスは驚くとともに当然だと思えた。少なくとも彼女はこうして生きている。それだけは誰も否定が出来ない。白い耳にかかるかどうかという辺りで切りそろえられた髪がさわやかな北兼山地の風になびく。同じように赤いくりくりとした目がどこかしら愛嬌があるように見えた。
 好意的に見ることができるのにも関わらずクリスはどうしても彼女を正視することが出来ずにその瞳は廊下のあちこちをさまよう。
「二式についてはいろいろ聞きたいことがあってね」 
 自分の戸惑いを見透かされまいとそう言うと立ち尽くすキーラを置いて再び格納庫に向かうべく階段を下り始めた。
「開発背景とかあまり政治向きの話は答えられないですよ。嵯峨中佐が開発目的のすり合わせとかで政治的に動いてたって噂くらいしか知りませんから。それに整備班に転向してから日が浅いんで、細かいところは後で許中尉に確認してください」 
 キーラの澄んだ声が背中で響く。そのおおらかな言葉の響きにクリスは好感を持とうとした。木製の階段を一段一段下りるたびに響く足音。キーラはクリスのあとを黙ってつけながらハンガーの入り口まで付いてきていた。
 入り口でフィルムの交換をしていたハワードが二人の存在に気付いて顔を上げる。クリスを見たハワードだったが、彼にはいつも通りのぶっきらぼうな表情を見せるが後ろにキーラを見つけると歳とは不相応な崩れたようでいてどこと無く人懐っこい笑顔がそのアフリカ系の男の顔に浮かんでいた。
「あ、ジャコビン曹長。いいところに来ましたね。ちょっと村を撮りたいんだけど……」 
 ハワードにそんな風に言わせたのはキーラのまとう雰囲気なのだろうとクリスは思いながら柔らかな表情を浮かべるキーラを振り返る。
「ああ、良いですよ。なんなら整備の手のすいたのを見繕ってドライバーにつけましょうか?」 
「お願いできるんですか?それはいいや!」 
 ハワードがカメラを持って立ち上がると大きな口横に引いて滑稽な表情を作って見せた。それが面白いのか、キーラのささやかな笑い声がクリスの耳にも届く。それでも彼は二人の間に入れずに窓から見える高地の風景を見ていた。まだ日は高い。案内が同行するとなれば写真を撮り始めると満足するまで動かなくなる歯ワードでも日暮れまでには帰るのだろう。キーラは通信端末に何かを入力しながらハンガーの入り口で小声でハワードと談笑していた。
 先程の作戦会議の北兼軍閥側の切り札的機動兵器『二式』が静かに出番を待っている。遅かれ早かれ北兼台地の攻防戦が始まろうとしているだけのことはあり、格納庫のアサルト・モジュール群には火が入れられているようで、静かに震えるようなエンジンの稼動音が響いている。
「四式も準備中か。戦力はこれだけじゃないんだろ?」 
 ハワードになにやらメモを渡して送り出したキーラ。彼女を入り口の扉の向こうに見つけた三号機の肩の辺りで談笑していた整備員から敬礼されているキーラに尋ねた。
「まあ、あとはホバーが二十三機、それに装甲トレーラーが六台、200ミリ榴弾自走砲が十二門。兵員輸送車が33両ありますよ」 
「結構な戦力ですね」 
 そう言うとクリスは二式を眺めた。親米的姿勢を見せる南都軍閥の依頼で出動しているアメリカ軍は共和政府と距離をとる南都軍閥を率いるブルゴーニュ家に配慮して、最新式のアサルト・モジュールの投入を行うつもりはないことは知っていた。アメリカ国内でも今回の出兵に異論が出ている。しかし、負ければ次の選挙は野党に傾くのは確実とされており、最新鋭機の試験的投入による戦局の一気逆転を狙っていると言う噂は彼の耳にも届いていた。
「そう言えば、ジャコビン曹長。君は『魔女機甲隊』の出身かな?」 
 ひきつけられるようにハンガーの中に鎮座するアサルト・モジュール達の足元まで来たクリスは何気なく尋ねた。振り向いたキーラはしばらく黙ったままクリスを見つめた。
 先の大戦で遼北のプロパガンダの一翼を担った周香麗大佐率いる『魔女機甲隊』。戦後は、ゲルパルトによる人造兵士計画『ラストバタリオン計画』とそのプラントを接収した遼北軍は二千万人と言う女性人造兵士を軍に編入した。そしてその中でも優秀な成績を残した兵士を周大佐の貴下に編入し、その後も内戦の続く各地を転戦した。
 現在の北兼の総兵力9万のうち、一割程度は周大佐に呼応して亡命した『ラストバタリオン』であることは公にされている事実だった。そんなことを考えていたクリスの顔をキーラは聞き飽きたと言う表情で悲しげな笑みを浮かべながら頷いた。
 質問に言葉で答えないキーラを見てクリスはつまらないことを言ったと思い返した。しかし同様の質問にうんざりとした表情は一瞬のことで、彼女の顔にはすぐ笑みが浮かんだ。
「別に不思議なことは無いですよ、セニアさんやレムなんかもそうですから。特にレムなんてちょっと変わってるでしょ?まるで普通の人間みたいじゃないですか」 
 そう言ったキーラの口元に浮かぶ笑み。自分の偏見が抜けきらないことに恥じながらクリスは言葉を続けた。
「私から見たら君も立派なレディーだよ」 
「何言ってるんですか!」 
 そう言って叩いたキーラの一撃で、クリスは少しよろめいた。さすがに筋組織のつくりが違う人造人間に殴られれば大柄なクリスもよろめく。
「すいません!大丈夫ですか?」 
 キーラが傾いたクリスを起こした。苦笑いのクリスはハンガーを走り回るキーラの部下達を見ながら言葉を続けた。
「それにしても本当に一個旅団規模で北兼台地を制圧するつもりなのかねあの人は」
 技官に過ぎない彼女にそんなことを聞くのは無駄だと思いながらもそう呟いていた。北兼台地を遮断されれば西モスレムとの国境線付近で北兼軍自慢の魔女軍団と対決しているアメリカ軍は退路を絶たれることになる。そうなれば一時的な占領は可能でも全戦力を挙げて奪還に動くアメリカ軍と呼応して北上するであろう南都軍閥に挟まれたこれっぽっちの兵力では対抗できるものではないことくらい誰にでも分かった。 
「十分その素地は出来たって言ってましたよ、隊長が」 
 上官の考えに同調するのはそう作られたからなのかとクリスは思った。戦力差はあまりに大きい。ゲリラの支援を受けたとしてもとても対抗できる実力があるようには思えない。
「直接君が聞いたのかい?」 
 また余計なことを言った。クリスはそう思いながらキーラを見つめる。
「ええ、隊長はよくそこの喫煙所の隣で七輪でスルメとか焼いて飲んだくれていることがありますから……まあ時々どう見てもそこで言うのはおかしいと思うようなことまで手の空いた隊員に話していますよ」 
 クリスは意外に思った。
 非情冷徹な典型的胡州軍人と言う嵯峨のイメージがここで本人に出会うまではあった。だが初めて見た時の子供と遊ぶ指揮官の姿、そしてキーラの口からそんな言葉を聞くと改めて嵯峨と言う人物の全体像がわからなくなり始めた。そんな彼の隣にいたキーラを二式の足元で装甲版をはがした脚部の調整をしていた技官が手招きしている。
「すいません、ちょっと仕事なんで」
 そう言って立ち去るキーラ。ハンガーで作業するキーラ達整備員達を眺めながらクリスは二式の機体に張り付いて作業を続けている整備兵に身振りを交えて説明するキーラを見つめていた。ふと横を見ればハンガーの入り口には嵯峨がよくつまみを焼くと言う七輪がある。暇に任せてそれに近づいてみれば七輪はかなり使い込んでいるようで、あちこちにひび割れが出来ていた。
「壊さないでくださいよ。あの人泣きますから」 
 そう言いながら今度はコックピットの調整に手間取っている部下のところに這い上がろうとするキーラが叫んだ。その表情は相変わらず笑っていた。なぜ人の過ちが生んだ忌むべき存在が笑うのか……。そんな宗教的な心持がクリスに生まれる。だが明らかにキーラはそこに居て白い髪を揺らしながら笑っていた。
「しかし、君は良く笑うね」 
 クリスの言葉にキーラが頬を赤らめる。周りで作業をしていた整備兵がそれを見て一斉に笑い声を上げる。
「そうですか?戦争の道具として生み出された私がここでは自分で自分の人生が決めれるんですから。いろいろ大変だってセニアは言いますけど、私はそれなりに幸せですよ」 
 またキーラに笑みが浮かぶ。クリスは嵯峨の七輪から離れて格納庫を一望した。殺伐とした北天の人民軍の格納庫とはかなり違っていた。又聞きになるが、北天周辺のアサルト・モジュール基地ではあちこちに政治将校と彼等の部下が監視していて、時には雑談を聞かれて連行されていく兵士もいるとクリスは聞いていた。だがここにはそのような雰囲気は無かった。
 一仕事終え談笑する整備員達。オペレーターの女性隊員もその中に混じっている。よく見れば伊藤の部下である政治局員の袖章をつけた兵士も大きな手振りで彼らの笑いに花を添えている。
「ずいぶん違うものですね、人民軍の本隊とは」 
 そう言いながらクリスはようやく部下に指示を出し終えて戻ってきたキーラに向き直った。
「まあ隊長の個性というところじゃないですか?」 
 そう言うとキーラはまた笑みを浮かべた。それを見てクリスは何事も急ぐべきではないと言うことを察した。二式の情報は北兼軍閥の最高機密である。今キーラを問い詰めても彼女は誰でもなく自分の意思で何も話さないだろう。クリスは直接の質問をあきらめて自分の身の回りを片付けようと思った。
「そう言えば私達の荷物は?」 
「ああ、裏の宿舎の326号室に置いておきました」 
 そう言うとキーラはクリスと一緒に立っているハンガーの入り口まで駆け足でやってきた少年兵から渡された仕様書に目を向ける。
「ありがとう。ならしばらく休ませてもらうよ」 
 クリスはそれだけ言うと、話し足りなそうなキーラを置いて自分の仮住まいへと向かった。
 彼はこの部隊でこれほどの笑顔が見れるとはクリスは思っていなかった。
 正直この仕事を請けるまでの人民軍に対する印象は悪かった。自由の敵。母国アメリカではこの遼南の紛争をその敵に対する聖戦だという世論まであった。クリスもこれまでは遼北による勢力拡大のための戦争と言うイメージでこの内戦を見ていた。そしてある意味それは正解だった。北天では脱走兵が広場などに集められ機銃で処刑される光景も見た。政治将校が徴兵されたばかりの新兵を殴りつけている様などは日常のものだった。
 だが、この北兼軍ではそのような雰囲気はまるで無かった。綱紀粛正を主任務とする憲兵隊出身の嵯峨が全権を握っていると言うのに、どの兵士達の目にも自分で選んでここにいるとでも言うような雰囲気が見て取れた。
 そう思った時、自然と自分にもキーラの笑みがうつっていることに気づいてクリスは苦笑いを浮かべた。


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