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作品名:遼州戦記 墓守の少女 作者:橋本 直

第33回   従軍記者の日記 33
『誘いをかけるのはわかる。だがなぜ支援を呼ばない。一機で十分とでも言うつもりか?』 
 吉田は水中で機体を沈めたまま状況を監視していた。自軍の自走ホバーをハッキングしての攻撃をクロームナイトは楽に凌いでいた。しかも明らかに誘っているような後退を続けている。
『馬鹿だという情報だが、そうでもないみたいだな』 
 東和の偵察機の映像でクロームナイトに対する攻撃の精度はもう5,6回は致命傷を与えることができる精度で行われていた。だが攻撃を仕掛けてもすべて回避される。
『そう言えば七騎士の展開するフィールドの中では時間軸さえゆがめることができると言うが、まさかそんなことは……』 
 その時クロームナイトは動いた。すぐさま吉田は『キュマイラ』を上昇させる。水面が爆風に飲まれる。 
『そんなことができるなら、俺はとっくに落とされている。それとも!』 
 そのまま相手の目を水面に釘付けにするために、友軍のホバーをハッキングして掃射を仕掛ける。




「どこにいるの!」 
 シャムは飛び出してきた重装甲ホバーを撃ち抜いて叫んだ。
「酷い奴だな。味方を盾にしている」 
 クリスはそう言いながらクロームナイトが着陸した地点で炎上しているホバーを覗き見た。脱出しようとした指揮官の背中が炎に包まれて痙攣している。
「シャム。相手は血も涙も無い傭兵だ。情けをかける必要なんて無いんだ」 
 そんなクリスの言葉にシャムは首を振った。
「違うよ!悲しい人なんだよ。戦うことしかできない悲しい人。アタシは森の中で暮らしていて戦い以外のことがあるのを知ってたけど、この人は戦いしか知らないんだ。そんなの悲しすぎるよ!」 
 レールガンの掃射を軽々とよけるシャム。
「同情はやめた方がいい。君が死ぬことになる」 
 そう言うクリスのことばにシャムは振り向いた。シャムは泣いていた。口元が悲しみのあまり震えている。
「同情じゃないよ!この戦いを終わらせるのに必要なことだよ!」 
 そう言うと再び正面を向いて機体を加速させる。角の特徴的なホーンシリーズの灰色の機体がジャンプして逃げ去る様が目に入った。
「見つけた!」 
 そう言うとシャムはレールガンを投げ捨て、サーベルへのエネルギー供給を増やした。



「まずい!格闘戦に持ち込まれたら!」 
 吉田は背後に岩盤が露出した崖に押し付けられていく機体を持ち直そうとした。その時、銀色の鏡のようなものが展開してそこからの一撃が敵機を貫く。その一撃は『キュマイラ』のパルスエンジンに強烈なダメージを感じた。
「伏兵だと!」 
 そしてそのまま『キュマイラ』は岩盤に押し付けられた。




「これで!」 
 崖にめり込んだキュマイラをにらみつけるシャム。そう言うとサーベルを腹部の動力ケーブルが集中している部分に突き立てた。キュマイラは右手を振り下ろそうとするが、腹部を破壊されたことによる動力ユニットの不調で軽く払ったクロームナイトの腕の一撃に敵のキュマイラはサーベルを落とした。シャムは左腕で頭部を握り締め、センサーを完全に破壊する。
 そこまでしてシャムは突然クリスを振り返った。その表情は穏やかで、非常に落ち着いていた。
「危ないけど付き合ってね」 
 そう言うとシャムは装甲版を上げて、コックピットを開いた。




「ほう、面白れえ餓鬼だな」 
 センサー系はほぼ一部の通信機能以外は停止していた。エンジンは無事だが動力の制御機能が停止、完全に負けは決まっていた。
「まあ、挨拶ぐらいはしておくかな」 
 そう言うと吉田はコックピットを開いた。目の前に少女がいる。その後ろの座席に乗っているのはアメリカ人のジャーナリスト。
『確か、クリストファー・ホプキンスとか言ったな。コイツを人質に……』 
「負けが決まったんだ。いまさらつまらねえこと考えないほうがいいんじゃないの?」 
 不意に拡声器で叫ばれて吉田は驚いて振り返った。漆黒のアサルト・モジュールがそこにそびえていた。肩の笹に竜胆の家紋。そして武悪面。
「嵯峨惟基?何でコイツが……」 
 吉田は驚愕しながらサーベルを構える黒いカネミツに目を奪われていた。
「驚いてもらって光栄だね。吉田さんよ。ネットを流れる情報だけがすべてじゃないんだ。たとえば今のようにね」 
 そのまま嵯峨はキュマイラの上半身を叩き落とした。
「隊長!」 
 クリスの目の前でシャムが涙を浮かべて叫ぶ。
「一応、コイツも一流の傭兵だ。加減をするだけ失礼だろ?」 
 そう言うと躊躇することもなく、嵯峨はキュマイラのコックピット周りの装甲を引き剥がした。クリスは開いたコックピットから吉田の姿を見た。固定された下半身がもげて、そこからどす黒い血が流れている。そのまま被っていたサイボーグ向けのヘルメットを外し、吉田のにやけた面が朝日に照らされた。
「駄目だよ!」 
 シャムはそう言うとそのままシートベルトを外してクロームナイトを降りる。そのまま無様に転がっているキュマイラの上半身に駆け寄るシャム。クリスもその後に続いた。手を差し伸べるシャムに、弱弱しい笑みを浮かべる吉田。
「止めでも刺そうってか?」 
 そう言う吉田の余裕の表情をクリスは不審に思って、いつでもシャムを抱えて逃げれる心構えで吉田に近づいた。
「違うよ。違うんだよ」 
 シャムの目に涙が浮かぶ。吉田はそれが理解できないとでも言うように眺めている。
「吉田の。これで二回目か?俺に関わるとお前さんもろくな目にあわないな」 
 いつの間にかカネミツを降りていた嵯峨が吉田に声をかけた。
「もう二十年ですか。あの時……青白い幼年皇帝だったあんたの命を取り損なったのが今の無様な負け方の原因と言うところですか?」 
 自由にならない体を嵯峨に向けた吉田。『北兼崩れ』と呼ばれる動乱。この皇帝として独立を願い立ち上がった少年皇帝の前に傭兵として頭角を現そうとしていた目の前のサイボーグが立ちはだかっていたとしても不思議ではないとクリスは思った。
「そうですねえ。あの青っ白い餓鬼一人の命すら取れなかったあんただ。相性って奴があるんじゃないですか?」 
 そう言うと嵯峨はタバコに火をつけた。
「お前さんについてはいろいろ調べたよ。しかし東和の軍事会社の名簿。東和の戸籍。遼南の入国記録。すべてが明らかに改ざんされたデータだったよ」 
「ほう、あの成田と言う情報将校以外にもルートがあるんですか。これじゃあ勝てないはずだよ」 
 そう言って口元から流れるどす黒い血を拭う吉田。
「情報の有益性は外務武官でも憲兵隊でも実戦部隊でも立場によって変わったりはしねえよ。使い方次第で目的に近づく効果的な手段となるもんだ」 
 そう言うと嵯峨は口からタバコの煙を吐いた。
「お前さんに情報って奴の重要性なんて説教するには、俺じゃあ役不足なのはわかっているがね。だが、ネットの海で拾った情報の信憑性を論議するより、手っ取り早く足を使う。それが真実に近づく一番の方策だって言うのが俺の主義なんでね」 
 嵯峨はそう言いながら吉田にタバコを差し出す。
「ああ、僕はタバコはやりませんよ。健康の為にね」 
 下半身を失いながらも、吉田はにやりと笑いながらそう言った。
「今頃、東モスレム三派の部隊が北兼台地南部基地になだれ込んでいる頃合だなあ」 
 とぼけたようにつぶやいた嵯峨の言葉に、一瞬吉田の表情が驚愕のそれに変わった。そして次の瞬間にはまるで火の付いたような爆笑に変わる。
「つまり俺はアンタの掌で踊っていたわけですか」 
 そう言い終わる吉田の瞳に光るものがあるのをクリスは見逃さなかった。そんな吉田を心配そうに見つめるシャム。
「面白れえよ、あんた。久しぶりに楽しめる仕事だったよここの仕事は。だが、しばらくは休みが取りたいもんだね」 
「でも……」 
 シャムがつぶやくと、吉田はシャムとクリスを見上げた。
「そこのチビも結構面白れえ顔してんな」 
「酷いよ!!面白い顔なんかじゃないもん!」 
 シャムはそう言うと頬を膨らませる。
「褒めてるんだぜ、俺は。世の中面白いかつまらないか。その二つ以外は信用ができない。信用するつもりも無い。アンタ等についていけば面白いことになりそう……」 
 突然、吉田の体が痙攣を始めた。
「……時間切れか。また会うときはよろしくな」 
 嵯峨はそう言うと痙攣している吉田の胸元に日本刀を突き立てた。吉田はにんまりと笑った後、そのまま目をつぶって動きを止めた。
「死んだんですか?」 
 クリスのその言葉に首を振る嵯峨。
「これはただの端末ですよ。本体は……まあそれはいいや」 
 それだけ言うと嵯峨は刀を吉田から抜いて振るった。鮮血が大地を濡らす。
『隊長!敵勢力はほぼ壊滅!指示を願います!』 
 スピーカーから響くセニアの声。
「さてと、三派のお偉いさんに挨拶でもしに行きますか」 
 そう言うと嵯峨はカネミツに乗りこむ。シャムも頷くとそのままクロームナイトを始動させた。


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