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作品名:遼州戦記 墓守の少女 作者:橋本 直

第31回   従軍記者の日記 31
 東和の偵察機の映像を傍受していた吉田はその意味を理解していた。それは電子信号に過ぎないが彼には映像化してそれを認識する必要は無かった。二進法のコードが脳髄に達すればそれだけで状況を把握するには十分だった。
「突っ込んできたクロームナイトのパイロット。ナンバルゲニア・シャムラードって言ったか?馬鹿じゃねえみたいだな。それとも遼南の七騎士の記憶が蘇ったか?」 
 自然と吉田の頬が緩む。東和の偵察機にはダミーの情報を流して、まだ吉田達の三機のアサルト・モジュールは基地にへばりついていると偽装している。
「さあ、それなりに楽しめるお客さんだ!金の分だけは仕事をしろよ!」 
 吉田は僚機に声をかけた。しかし、吉田は彼等を当てにしてはいない。
『遼南の七騎士か……噂どおりならあんた等には勝ち目はねえよ』 
 傭兵達は闇に消えていく。それを笑みを浮かべて吉田は見送った。




「ここでしばらく様子を見るんだ。あの基地には波状攻撃をかけるほどの戦力は無い。今までのは基地の初期戦力だ。吉田少佐が指揮を取っているからには、彼直属のアサルト・モジュールを投入してくる。それを待ち伏せる。わかったね?」 
 クリスの言葉にシャムは頷いた。確かに彼の命がシャムの双肩にかかっていると言うことでかけた言葉ではあるが、それ以上にこの少女の死を恐れている自分がいることに気付いてクリスは思わず笑みを漏らした。それを嬉しそうに覗き見て、再びシャムは尾根伝いに南下を続けた。
 突然、シャムは機体を伏せさせた。その真上を火線が走る。
「見つかった!」 
 そう言うクリスにあわせるようにシャムはモニタを望遠に切り替えていた。重装甲ホバー車の長いレールガンの銃身が尾根の反対側に消えていく。
「待ち伏せ?」 
 シャムはそう言うと機体を立て直す。
「当然だろう。ここは共和軍の勢力圏だ。それなりの戦力を用意しているはずだから注意……!」 
 今度は川の方からの火線がクロームナイトの肩を掠める。しかし、クリスにはそれが敵の砲手が引き金を引く前にシャムの機動によって避けられたものであることがわかっていた。
『この娘は読んでいるのか?それとも瞬時に反応している?』 
 クリスは目を凝らす。さらに三発の火線が四方からクロームナイトを狙うが、すべて紙一重で外れる。
「避けているのかい?」 
 恐る恐る尋ねるクリスにシャムは軽く頷いた。おそらくはシャムもなぜそう機体を動かしていたのかの説明は出来ないことだろう。
「大丈夫いけるよ!」 
 クリスの問いに答えずにそう言ってシャムは機体をジャンプさせた。クリスは止めようと手を伸ばしたが、シャムの頭に手が届くこともなかった。シャムのクロームナイトのレールガンは、正確に重装甲ホバーの上面装甲を撃ち抜いていく。
「まだいるよ。今度はおっきいの!」 
 着地してすぐにシャムは機体を崖の下に進めた。すぐさま彼女が着地した地点に火砲が集中しているのが見える。
「見つけた!」 
 シャムはかすかに光る森の中の一群に地対地ミサイルを撃ち込んだ。そしてすぐに移動を開始する。崖に沿って続く舗装の壊れかけた道を進んでいたかと思うと、次の瞬間には河原に機体を着地させる。今度は移動する敵からの掃射を浴びるが、そのことは想定しているように対岸の森に機体を進めている。
「アサルト・モジュールだ!」 
 クリスの声を受けて振り向くシャムは大きく頷いた。
「こっちだってやられてばかりじゃないんだ!」 
 そう言うとM5の改良型と思われる機体にレールガンを撃ち込む。しかし、敵の動きは早くむなしく火線は森の中に消えていく。
「動きが早い、吉田の手持ち部隊か?」 
 クリスの言葉を待つまでもなく、シャムは相手の機体の速度に合わせて森の中を抜け、河原を越えて対岸の道路にたどり着く。敵のパイロットもそれを読んでいたようにレールガンを放つが、シャムが微妙に速度を先ほどよりも上げていたのでそれは渓谷の街道の路肩をえぐるだけだった。
「もう一機の気配がするんだけど……」 
 シャムは周りを見渡す。夜間対応のコックピットのモニターが緑色に染まった周囲の森を浮かび上がらせる。彼女をつけまわしていた機体は河原に降りてシャムを誘っているように見える。シャムはそれに乗せられず、そのままそれを無視して再び対岸を目指した。
「そこ!」 
 誘いをかけている機体の火線軸上に隠れていたM5の上半身が、シャムの抜き切りのサーベルの一撃で両断された。そのまま炎に包まれる敵から、誘いをかけていた敵機に目を向けるシャム。その姿に怯えたように後退する敵機にシャムはパルスエンジンをふかして急接近した。
「これで終わり!」 
 そう叫んだシャムの言葉の通り、クロームナイトのサーベルがM5のコックピットに突きたてられた。


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