20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:遼州戦記 墓守の少女 作者:橋本 直

第15回   従軍記者の日記 15
 静かに着地する嵯峨の四式とシャムのクローム・ナイト。
「シャム。そのまま待機していろ」 
「了解!」 
 わざとらしく敬礼する少女にクリスの頬は緩んだ。
「すいません、ホプキンスさん。右側のラックにヘルメットが入っているでしょ?」 
 嵯峨は帽垂つきの戦闘帽を脱いで操縦棹に引っ掛けると振り向いてきた。クリスはそこに奇妙なヘルメットがあるのを見つけた。頭と顔の上半分を隠すようなヘルメット。そして手を伸ばして持ち上げると、その重さは明らかに鉛ででも出来ているような感じだった。
「なんですか?これは」 
 クリスからそれを受け取るとにやりと笑ってそれを被る。
「まあ、これからの茶番に必要な小道具ですわ」 
 そう言うと嵯峨は愛刀兼光を手にコックピットを開いた。こちらに駆けて来る兵士達を見つめる嵯峨。
「嵯峨惟基!投降の目的を……」 
 いかつい下士官の言葉にヘルメットをかぶった嵯峨が腰の刀のつばを手で撫でながら応える。
「誰が投降したって?あっちの連中と目的は同じだ。話し合いに来たんだよ。あそこの難民の引き取りだ!」 
 嵯峨はそう言うとそのまま四式の右手を伝って地面に降り立つ。包囲の兵士達が次々と司令部らしき建物から吐き出され、それぞれ手にした銃にマガジンを叩き込んでは薬室に装弾する動作をして銃口を嵯峨達に突きつける。
「おいおい、熱烈歓迎と言ったところか?あんた等の同盟国の文屋さんも乗ってるんだ。下手なこと書かれたくなければ銃は降ろした方が得策だな」 
 クリスはハワードに選んでもらったハンディーカメラを兵士達に向ける。
「写真は撮るんじゃない!貴様は……」 
「ああ、報道管制?あの騒ぎの写真は上から撮ってたんだ。共和軍の非人道的な……」 
 嵯峨の言葉に兵士達に動揺が走る。
「わかった。ではその刀を置いてもらおう。それに身体検査をさせてもらうからそのふざけた仮面を外してもらう」 
 嵯峨が笑い始めた。彼の真似をして四式の右手に飛び移っていたクリスはその突然の行動を見つめていた。
「なにが可笑しい!」 
「いやあ共和軍の皆さんは勇敢だなあと思ってね。こいつを外して身の安全が図れると思ってるんだ。まあ、知らないってことは人を勇ましくする物だってのは歴史の教えるところでもあるがね」 
 嵯峨はそう言いながら歩み寄ってきた兵士に兼光を手渡した。
「そいつは慎重に扱ってくれよ。一応、胡州の国宝だ。傷一つで駆逐艦一隻ぐらいの価値が落ちるからな」 
 そんな嵯峨の言葉に兵士は顔を青ざめて恐る恐る刀を受け取る。
「ほんじゃあ基地の隊長にご挨拶でも……」 
「動くんじゃない!」 
 防衛隊の隊長と思われる佐官が部下の兵を盾に怒鳴りつける。
「なんすか?そんなに怖い顔しないでくださいよ。気が弱いんだから」 
 嵯峨がポケットに手をやると、兵士が銃剣を突きつけてくる。
「タバコも吸えないんですか?」 
「タバコか、誰か」 
 佐官は兵を見回す。一人予備役上がりと思われる小柄な兵士がタバコを取り出した。
「遼南のタバコはまずいんだよなあ」 
「贅沢を言うな!」 
「へいへい」 
 嵯峨はタバコをくわえる。兵士の差し出したライターで火を点すと再び口元に笑みを浮かべながら話し始めた。
「あそこのお客さんは何しに来たんですか?」 
 兵士達が振り返る。同じように三機のシャレードは取り囲まれたままじっと周りの守備隊の動向を窺っていた。佐官は一瞬躊躇したが、嵯峨ののんびりとした態度に安心してかようやく盾代わりの部下をどかせて堂々と嵯峨の前に立つと口を開いた。
「難民の兼陽への避難の為の安全を確保しろと言うことを申し出て来ているんだ。なんなら……」 
 嵯峨はそれを聞くと大きく息を吸ってタバコの煙で輪を作って見せた。
「じゃあ、あんた等にレールガンの雨を降らしに来た訳じゃないんだからさ。とりあえず降ろしてやったらどうです?」 
 そう言って煙を佐官に吹きかける嵯峨。その態度に明らかに機嫌を損ねたように佐官が嵯峨に顔を寄せる。
「貴様に指図されるいわれは無い!」 
 そう言うと佐官は拳銃を抜いた。
「怖いねえ。シャム。ちょっと脅してやるから管制塔にでもレールガンを向けろ!」 
 佐官の顔を見ながらにやにや笑う嵯峨。
『了解!』 
 拡声器で響くシャムの声。クロームナイトが手にしたレールガンを管制塔に向ける。
「わかった!司令官に上申するからそこで待つように!」 
 それを見て佐官は待機していた四輪駆動車に乗り込んで本部らしき建物に向かった。
「さてと、偉いさんもいなくなったわけだ。ちょっとは肩の力抜いた方が良いんじゃないですか」 
 嵯峨の言葉に戸惑う兵士達。彼らの顔を見ながら嵯峨は満足げにタバコをくゆらせた。
「あのー」 
 一人の若い下士官が微笑みながら顔を覗き込んでくる嵯峨の独特な雰囲気に耐え切れずに声をかけてきた。
「はい、何でしょう」 
 嵯峨はそう言うとくわえていたタバコを、ズボンのポケットに入れていた携帯灰皿に放り込む。
「あなたは本当に嵯峨中佐なんですか?」 
 彼の指摘ももっともなことだとクリスは思った。北兼軍閥の指導者として多くのメディアに流布されている重要人物がほとんど手ぶらで敵陣にやってくるなど考えられないことだ。
「ああ、仮面はしてますが本人ですよ」 
 そう言うとまたタバコを取り出し火をつける。
「ああ、なんで俺が自分で出てきたかって聞きたいんでしょ?まあ、アサルト・モジュールでの敵中突破、それにその後の交渉ごととか、任せられる人物がいなくってねえ。どこも人手不足ってことですよ」 
 そう言いながら笑う嵯峨。兵士達はお互い顔を見合わせた。
「しかし、我々がここであなたの身柄の拘束をするとか……」 
「ああ、それは無理」 
 中年の兵士の言葉をすぐさま嵯峨はさえぎった。
「なんでこのヘルメットしてると思います?」 
 後ろのヘルメットの隙間から見える嵯峨の口元が笑っている。こういうときの子供のような目つきを思い出してクリスは危うく噴出すところだった。
「趣味ですか?」 
 下卑た笑いを浮かべる無精髭の古参兵。その表情に嵯峨は笑みで返した。
「あのねえ、コイツは思念波遮断の効果のあるヘルメットでしてね。たとえば人間の心臓の動脈はどれくらいの太さがあると思いますか?」 
 謎をかけるように嵯峨は兵士達を見回した。
「まあ、答えはどうでも良いんですがね。噂には聞いてるんじゃないですか?遼州王家の血を引くものに地球人には考えられない力を持つものがあるってこと……その力で頚動脈をキュッてやると当然血管は機能しなくなって瞬く間に脳は酸欠。そのまま昇天と相成るわけですな。他にも心臓、肺、大腿部の血管、それに……」 
 嵯峨はそれだけ言うとまたタバコをふかす。彼の狙いはみごとに決まっていた。人間の心臓の動脈、王家の力。
 一つの都市伝説として知られる『王家の力』。それは透視、空間干渉、思念介入と言った超能力者の部類に入るような力を持った存在がいるらしいというものだった。遼南王家は一切その件には沈黙を守っていただけに真実味がある。兵士達の顔が不安に包まれる。
「安心していいっすよ。俺は今のところそんな力を使う気は無いですから」 
「じゃああなたは力が使えるんですか!」 
 幼く見える少年兵士が叫んだ。
「どうでしょうねえ。否定も肯定もできませんね、使えるかもしれない……あるかもしれない。そんなところでしょうか?不気味でしょ?それが俺の切り札でね」 
 そう言うと嵯峨はヘルメットの下から見える頬を緩めた。
「しかし、何ですかねえ。あちらさんもにらみ合いは疲れたでしょうに」 
 嵯峨はようやくコックピットから降りようとしている三派連合の隊長機を見つめていた。
「人の心配をしている場合じゃ……!!」 
 剣を預かっていた若い兵卒が急に剣を落としそうになった。傷がつけば駆逐艦一隻分の金額を請求されると思っていた彼が無理に手を伸ばしたのが悪かった。剣は地面に転げ落ちると誰もが思っていた。
 しかし、剣は滑るように地面を飛んで嵯峨の手に握られた。
「危なかったなあ。ちゃんと持っといてくれないと」 
 嵯峨の言葉を最後まで聞くだけの度胸のある兵士はいなかった。彼らはそのまま蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「なんだよ。人のものが傷つくかもしれなかったって言うのにな」 
「嵯峨中佐!」 
 クリスのその言葉に嵯峨は振り向いた。仮面の下ではいつもの困ったような顔をあるに違いない。
「見ました?」 
 嵯峨はそう言うとポケットを漁る。 
「釣り糸、忘れたなあ」 
「そうじゃないでしょ!今のはなんなんですか!」 
 確かに今の動きは嵯峨が剣を操っているとしか思えなかった。当然すべてを見ていたクリスにはこの芸当が手品などで無いことは分かっている。
「ちょっとしたお座敷芸。と言うことでどうです?」 
 嵯峨はそう言うと今度は自分の軍服のポケットからタバコを取り出して火をつける。
「それがちょっとしたお座敷芸?それなら……」 
「ああ、なんならアメリカ陸軍に問い合わせてくださいよ。俺が知っている以上にあちらさんは俺のことを良く知っていますから」 
 嵯峨はそう言うと剣を腰の金具に取り付けた。本部のビルと思われるところで逃げ出した兵士が上官に何かを訴えているのが良く見える。
「まあ、初めて見る人には刺激が強すぎたかねえ」 
 タバコの煙が目にしみたクリスの表情を察して、嵯峨はタバコを携帯灰皿に放り込むと、四輪駆動車でこちらに向かってくる士官を待っているように直立不動の姿勢をとった。
「こいつはどうも」 
 降りてきた基地の幹部に嵯峨は敬礼をする。初老の共和軍の中佐は怪訝そうな視線を嵯峨に送る。
「嵯峨惟基中佐。難民の件で話をしたいとのことだが……」 
「やっぱり基地司令は出てきませんか。それじゃあこっちから出向きましょう」 
 そう言って歩き出そうとする嵯峨の前に運転してきた士官が立ちはだかる。
「貴官の要求は基地司令に聞かせる!このまま帰りたまえ!」 
「このまま帰れだ?なんなら帰るついでにここを血の池地獄に変えても良いんだぜ」 
 これまでと明らかに違うどすの利いた恐喝染みた口調の嵯峨。一同は明らかに怯んでいる。嵯峨はさらに追い討ちをかける。
「あんた等は状況がわかってるのかよ。あちらの三派の機体。そして俺とあの白い機体。現状じゃあこの基地を攻撃できる機動部隊は二つはあるってこと。それにあの難民の群れだ。ここの基地の鉄条網が破られたら乱入してきた難民になぶり殺しにされることくらい考えが回るんじゃないの?」 
 仮面の下だが、クリスはその口調から嵯峨が下卑た笑いを浮かべていることが想像できた。
「ならなぜこれまで攻撃してこなかった!」 
 白いものの混じる髭を直しながら、どうにか体勢を持ち直した少佐がそう叫んだのは無理も無いことだった。
「あのねえ、ここを攻撃するのは簡単ですよ、それは。だけどねえ、北兼台地の入り口であるここを維持するのは俺も難しいと思いますよ。うちが何機のアサルト・モジュールを持っているかは言うまでも無くそちらさんでつかんでいるでしょうが、もしここをすぐに北兼台地制圧の拠点にしようと思えば、この馬鹿みたいに目立つ台地の上、さらに街道の周りには障害物は何も無い。南部に見える山岳地帯の稜線沿いに砲台を並べりゃこの基地は良い的だ。本気でここを守るにはざっと見てあと三倍のアサルト・モジュールが必要になる」 
 そう言うと嵯峨は再びタバコに火をつける。
「一方、俺がここを攻めたとして近隣地域制圧のために必要な歩兵部隊、治安維持に必要な憲兵部隊、それに右派民兵の奇襲に備えての機動部隊。必要になるものばかりですわ。とてもじゃないが、今はこの基地は落とせないっすよ。今はね」 
 『今は』と言うことを強調する嵯峨。共和軍の少佐は言いたいことが山ほどあると言う表情で嵯峨をにらみつける。
「怖い顔しないでくださいよ。俺はシャイなんでね。だからこんな仮面をつけないと……」 
「ふざけるな!」 
「そうですか」 
 聞き分けの無い子供をあやすような声を漏らした後、嵯峨はヘルメットに手を当てた。将校が、しまったと言う顔で嵯峨に手を伸ばす。だが、嵯峨は何事も無かったようにヘルメットを脱いだ。悪戯を咎められた子供のような視線が共和軍の士官達を射抜いた。
「まあ、何度も言ってますが、喧嘩しに来たわけじゃないですからね」 
 足元に手にしていたヘルメットを放り投げる嵯峨。
 共和軍の士官の顔が青ざめた。目の前にいるのはニュース映像でもよく出てくる北兼軍閥の首魁、嵯峨惟基のそれだった。
 なぜ彼が奇妙なヘルメットを被っていたのかは、先ほど逃げ出した兵士から聞かされていたようでその足はがたがたと震えている。
「なんすか?取って食うわけじゃ無いんですから。いい加減、司令官殿にお目通りをお願いできませんかねえ」 
 クリスは一向に嵯峨がヘルメットを拾いそうにないと見てそれをまた持ち上げた。今度は嵯峨は彼に見向きもしない。その視線は共和軍の初老の佐官に送られている。
「それでは少し待ちたまえ」 
 そう言うと佐官は車の中の兵士に目配せした。
「あと、あそこの勇者も仲間に入れてやったほうが良いんじゃないですか?」 
 嵯峨はタバコの煙の行く先で押し問答を続けている東モスレム三派の英雄、アブドゥール・シャー・シン中尉の機体に目を向ける。
「わかった。これから調整する」 
 佐官はそのまま無線機に小声でささやいている。嵯峨はそれを満足げに眺めながらタバコをくゆらせる。
「まだっすか?」 
 嵯峨特有の自虐的な笑みがこぼれる。画像通信でもないのに頭を下げる佐官を見てクリスも噴出すのを我慢するのが精一杯だった。
「嵯峨中佐。来たまえ。それと記者の方は……」 
「茶ぐらい出してやんなよ。わざわざ地球のアメリカからいらっしゃってるんだからさ」 
 『アメリカ』と言う言葉を強調して見せる嵯峨。そして隣に寄せられた四輪駆動車の後部座席に乗り込んですぐに腕組みをしながらクリスに目をやる。その緩んだ表情にクリスは呆然としていた。
「それじゃあ、君。記者の方を案内してくれ」 
 苛立っている佐官と目が合った小柄な下士官がクリスの案内役に指定された。嵯峨を乗せた車が本部のビルへと向かう。義務感からか恐怖からか黙っている共和軍の伍長のあとに続いて歩くクリス。視線をシンのほうに向ければ、パイロットスーツ姿のシンが同じように基地警備兵に囲まれながら本部に向かって歩き出していた。
「地球……アメリカからとはずいぶん遠くからいらっしゃいましたね」 
 皮肉の効いた言葉を言ったつもりだろうか、クリスは頬を引きつらせる伍長を見ながらそう思った。彼らの同盟軍であるアメリカの記者が敵である北兼軍閥の首魁と行動を共にしている。この伍長でなくても面白くは無いだろう。カービン銃を背負っている彼は時々不安そうな視線を基地の隣の検問所に向けている。今のところ難民も警備兵も動くようには見えない。だが、クリスは何度と無く同じような光景を目にしてきた経験から、その沈黙が日没まで持つものではないことはわかっていた。
 共和軍支持の右翼民兵組織と人民軍が組織した解放同盟。そして、北兼軍閥の息の入った王党派ゲリラ。彼らがこの混乱を利用しないほうがおかしい。嵯峨の余裕のある態度も、基地守備隊の将校たちの暗い表情も、彼らが次の状況をどう読んでいるかという証明になった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 5446