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作品名:遼州戦記 墓守の少女 作者:橋本 直

第14回   従軍記者の日記 14
 嵯峨の言葉の意味をしばらく考え、そのある意味的を得ているところと受け入れられないことを考えてみるクリス。だが彼はどこまで行っても傍観者に過ぎない自分の立場を再認識するだけだった。嵯峨は崩れるような笑みを浮かべるとそのまま加えていたタバコを手に取った。
「じゃあ行きますか」 
 そう言うと吸いかけのタバコを灰皿でもみ消す嵯峨。そのまま立ち上がると彼は書類に埋まっていた電話を掘り出した。
「ああ、俺だ。ジャコビンはいるか?」 
 クリスもすぐに立ち上がる。それを制すると嵯峨は受話器を持ち直す。
「ああ、そうだ。じゃあすぐに向かうから起動準備よろしく。それとシャムにも昨日言っといた作戦始めるからって伝えてくれ」 
 そう言うと嵯峨は受話器を置く。嵯峨はそのまま壁に掛けられた軍刀を手にする。彼が胡州軍人の誇りなどにこだわっていないことはわかりきっていた。だがそのつややかな朱の漆に染め上げられた刀を手にしている姿は実に自然に見える。
「どうもコイツがないと落ち着かなくてね」 
 そう言いながら腰に刀を帯びる。『人斬り新三』と呼ばれて憲兵隊長時代に何人と無く人を殺めてきた嵯峨の狂気を示すダンビラ。
「縁起を担いでいるんですか?」 
「まあそんなところですよ」 
 そう言って嵯峨は隊長室を出た。
 胡州浪人は別として、あまり彼は部下には畏怖の念は持たれていない。むしろいつも七厘でシャムからもらった干し肉をあぶっていたり、昼間から酒を飲んでいたりする嵯峨の態度は部下に親しまれると言うより舐められているようなところがあった。そんな作戦部の隊員は笑顔で嵯峨を送り出す。そして嵯峨は軽く敬礼をしながらエレベータにまでたどり着いた。
「作戦部の隊員に伝えたんですか?」 
「ああ、これは俺の独断専行だから。そんなわけでこれは俺と家臣のシャムが勝手にやったことにしといた方が後々意味が出てくるんでね」 
 そう言うと嵯峨は開いたエレベータの扉に入り込んでにんまりといつもの人の悪そうな笑みを浮かべた。
「ですが、アサルト・モジュール二機でやれるんですか?おそらく北兼台地の入り口には共和軍の防衛ラインがあるはずですよ。そこで足止めを食らっている難民に活路を作るなんて……」 
 逡巡するクリスを心底面白いと言うような目で見つめている嵯峨。
「酔狂だとは俺も思いますよ。だがね、ホプキンスさん。俺にも意気地と言うものがある。俺の名前を聞いて頼ってくる連中を見殺しにするほど俺の根性は腐っちゃあいないんでね」 
 もう一度悪党の笑顔を浮かべると一階に到着したエレベータから降りた。そこにはいつもの民族衣装を着たシャムが敬礼をしながら待ち受けていた。
「陛下!」 
「陛下は止めてくれ、マジで」 
 シャムの言葉にそう言うと嵯峨はそのまま歩き出す。その後ろをちょこまかと民族衣装のシャムが付いて回る。懲罰兵達が新しい軍服に袖を通している脇を通り抜けようとするが奇妙な光景に懲罰兵達の視線が二人とその後ろに続くクリスに集まる。 
「隊長!何をするんですか?」 
 伊藤から声をかけられた嵯峨は一度天を仰いだ後にこう言った。
「ああ、偽善者ごっこ」 
 煮え切らない顔の伊藤を置いたまま嵯峨は歩き続ける。広場に生えた草を食べていた熊太郎も、シャムが歩き出したことを知って彼女に寄り添うように歩く。
「バスさんに伝えなくて良いんですか?」 
「ああ、別に困ることは無いでしょう」 
 クリスは振り向いた嵯峨にそう返した。ハワードのほうを見れば、懲罰部隊の兵士達と談笑をしているのがわかる。
 クリス達がたどり着いた格納庫はまだ完成していなかったが、くみ上げられたクレーンの台座の下、嵯峨の黒い四式と白いシャムのアサルト・モジュールが鎮座していた。
「おい!ジャコビン!」 
 嵯峨は四式のコックピットに頭を突っ込んでいるキーラに声をかけた。白い好けるような後ろ髪が嵯峨を見返してくる。
「隊長!ばっちりですよ。シャムちゃんの機体も隊長の指示通りのセッティングにしておきましたから」 
 キーラの額に汗がにじんでいるのがわかる。周りの隊員たちは、交換した部品の再利用が可能かどうかのチェックをしている。戦場での応急処置を機体に施す整備班員独特の緊張感が漂っていた。
「シャム、一応言っておくがエンジンは10パーセント以下の出力で回せよ。そうしないと各関節部のアクチュエーターが持たないからな」 
「でもパルス推進機関は出力上げても良いんでしょ?」 
 珍しくシャムがパイロットらしい口を利いているのにクリスは少し驚いた。
「まあ、リミッターかけてるからな。それでもあんまり出力をかけるなよ。お前さんのクローム・ナイトはエンジン出力が大きすぎるんだ。経年劣化でぶっ壊れてたお前の馬車馬の反重力系推進器を取り外したから今積んでいるのは二式のお古のパルス推進機関だ。出来るだけ抑え気味で頼むぜ」 
 そう言うと嵯峨はコックピットに伸びるはしごを上り始めた。クリスもまたその後に続く。
「歩兵の支援も無しにどうやって難民の逃走路を確保するんですか?」 
 そう尋ねたクリスににやりと笑う嵯峨の顔が飛び込んできた。
「それはね……企業秘密って奴ですよ」 
 そう言うと嵯峨はコックピットの上に立った。クリスはせかされるようにして多少ましになった四式の後部座席に身を埋めた。
「そんじゃあ各部チェックでも始めますか」 
 コックピットに座った嵯峨が計器をいじり始める。油まみれのつなぎの整備員の合図でコックピットカバーと装甲板が下ろされた。
「前部装甲に増加装甲をつけたんですか?」 
 微妙な前面のイメージの変化を思い出しクリスが尋ねた。
「まあね。今回の出撃は予想できた範囲内の出来事でしてね。ジャコビン!ちゃんと不瑕疵金属装甲つけたんだろうな?」 
「ばっちりですよ。これならM5のレールガンの直撃の二、三発くらいならびくともしませんよ!」 
 開いたウィンドウの中のキーラが叫ぶ。
「二、三発ねえ、まあその程度は食らうのも作戦のうちか」 
 そう独り言を言うと、嵯峨はエンジンの出力を上げてみた。独特の細かい振動がコックピットを襲う。
「シャム。何度も言うが抑えて行けよ。一応、OS関係はリミッター装備で出力は上がらないことになっちゃあいるが、感応式操縦システムにはOSに依存しないシステムが組まれてるからな。あくまで抑えていけ」 
「うん!わかった!」 
 クローム・ナイトのウィンドウにシャムの姿が映っている。当然と言うようにその後ろには熊太郎の顔も入り込んでいた。
「熊と一緒ねえ。まあ良いか。そんじゃあ出しますよ」 
 嵯峨はそう言うと四式を立ち上がらせた。各部に設置されていた機器がパージされる。そのまま横に置かれた220ミリレールガンを握って格納庫前で照準機器の接続を行う。クリスが全周囲モニターでシャムのクローム・ナイトを見た。白銀のその機体は初めての使用にもかかわらず同形の220ミリレールガンを使い慣れているように手持ち、嵯峨の四式に続いた。
「シャム。とりあえず低空を飛行して敵駐屯地まで進出する。あくまで今回は人道的処置が目的だ。出来るだけ敵さんには構うな」 
 嵯峨はそう言うとそのまま格納庫前に立つ誘導員の指示の下、パルス推進機関の出力を静かに上げて行った。
「大丈夫なんですか?彼女は」 
 クリスが尋ねるが、嵯峨はただ笑みを浮かべるだけだった。クローム・ナイトは隣で同じようにエンジンの出力をパルス推進機関に送っている。
「何度も言うけどエンジン出力には気をつけろよ」 
 そう言うと嵯峨はそのまま機体を浮上させた。続いて浮上するクローム・ナイト。
「それじゃあ偽善者ごっこ開始!」 
 そう言うと嵯峨は北兼台地に向けて進路を取った。振り向けばあっという間に本部のあったビルは点のようにしか見えなくなっている。機体の周りを白く染める空気。音速は軽く超えているようだった。そして基地を出て5分と経たなかった時だった。ノイズの混じった通信がコックピットに響く。
『……繰り返す!北兼軍閥の機体に告ぐ!この空域は飛行禁止空域に辺り……』 
 上空から現れた東和空軍の攻撃機が押さえ込むように降下してくる。
「ちょっと、はしゃぎすぎたかね」 
 先日の戦闘で飛行禁止条約を踏みにじられた東和空軍は神経質になっているようだった。嵯峨は高度を森の木ぎりぎりまで落とす。クリスが振り返れば、シャムも同じ高度で進行を続けている。
「ちゃんと降りましたよ」 
 そう言うと嵯峨は通信ウィンドウを開いていた東和軍のパイロットににんまりと笑いかけた。不愉快だと言うように通信が途切れる。
「大丈夫ですか?今の通信が共和軍に……」 
「それが狙いですよ。難民から注意を逸らすのも今回の作戦の目的ですから」 
 淡々とそう言うと、北兼台地へ続く渓谷を進む嵯峨。時折ロックオンゲージが点灯する。
「歩兵の対空ミサイルか。ずいぶんと時代錯誤なものを使ってるんだねえ」 
 嵯峨はそう言いながらさらに機体を加速させる。重力制御式コックピットは、そんな急加速にもかかわらず対Gスーツを着ていない嵯峨とクリスにも快適な飛行を保障していた。
「あと、五分で見えてきますよ」 
 嵯峨はそう言うとタバコに火をつけた。地上近くということもあり、亜音速で飛ぶ四式のコックピット。いくらクリスがタバコが嫌いだからと言って換気をするわけにもいかない。思わず振り向くが、シャムの白銀の機体はぴったりと嵯峨の四式を追尾している。そこで警告が鳴り、レーダーのモニターが何かを捉えたことを知らせる。
「邀撃機、三機か。シャムこちらからは撃つんじゃねえぞ」 
「わかってるよ!」 
 通信画面の中でいつもにない真剣な表情のシャムの姿が映っている。
「M5?おいおい、機種転換訓練もろくにしていないで。もったいねえことするねえ」 
 嵯峨はそう言うと目の前に現れた共和軍のM5に突進した。
「それじゃあ戦闘になるじゃないですか!」 
 クリスの叫びの通り、怯えたM5のパイロットはミサイルを乱射した。嵯峨はそのまま機体を上昇させる。誘導ミサイルは二発が樹に当たり爆発するが、残りの四発が嵯峨の四式を追尾してくる。
「めんどくさいねえ」 
 嵯峨はそう言うとチャフをばら撒き、指向性ECMをかけた。ミサイルは急に目的を失ったようにばらばらに飛び始め、地面に激突して爆発する。
「間合いがありすぎるんだよ」 
 嵯峨は再び機体を急降下させる。
「隊長!」 
「シャム。弱いもの虐めは止めとけよ。どうせ突破できるんだから」 
 嵯峨はそう言うとレールガンを乱射するM5の脇をすり抜けた。
「火器の照準調整もしていないのに出撃とは、まったくご愁傷様だな」 
 そのまま嵯峨は三機の共和軍のM5を突破して共和軍の基地の上空に達した。
 共和軍の基地上空。嵯峨は機体を旋回させた。クリスが身を乗り出すと共和軍の基地はすでに三機のフランス製のアサルトモジュールが着陸しているのが見て取れた。基地の防衛隊の兵士が十重二十重の包囲網をそれらの部外者の機体相手に敷いているのが上空からでも見える。
「先客がいたか。ありゃあ東モスレム解放同盟の機体だな」 
 嵯峨は下を見やりながら頭を掻いた。フランスを中心とした軍事企業体の輸出向けアサルト・モジュール『シャレード』。アラブ連盟加盟国をはじめとした国に輸出され成功を収めた機体とされている。その褐色の機体が三機、共和軍のM5に取り囲まれていた。
「ほう、あの隊長機は『ベンガル・タイガー』だな」 
 嵯峨がゆっくりと旋回しつつ高度を落としながら隊長機の画面を拡大して、その肩に描かれた虎のマーキングを見てつぶやいた。
「アブドゥール・シャー・シン。解放同盟のエースじゃないですか」 
 クリスは目を見張った。
 アブドゥール・シャー・シン。西モスレム国防軍を除隊して東モスレム解放運動に身を投じた志士。ゴンザレス政権との対立を続ける東モスレム三派の兵には『ベンガル・タイガー』の二つ名で敬愛される猛将である。
「こりゃあ繋がっても話にならんかなあ」 
 そう言いながらさらに高度を下げ、基地の上空で旋回を続ける嵯峨。クリスは基地よりもその隣を流れる河に沿った街道に設けられた検問所を見ていた。黒くその北兼台地側に見えるのはすべて人間の頭だった。高度が下がるに従って、難民達が検問所の兵士達と問答を続けている様が見て取れる。
「早く出ろってんだよ馬鹿野郎」 
 嵯峨が独り言を言う。振り向けばシャムも同じように旋回を続けていた。追跡してきた邀撃機は、基地上空での戦闘を嫌って近くの森に着陸してレールガンを構えている。
「北兼軍閥所属機に告ぐ!現在、我々は……」 
「うるせえバーカ!とっとと降ろさせろ!そこのアラブ人と目的は同じだ!喧嘩するつもりはねえよ!バーカ!」 
 嵯峨がいきなり怒鳴りつけたので、オペレーターの女性士官は驚いたような顔をした。そして、その話している相手が北兼軍閥の首領、嵯峨惟基中佐であることに気づき、立ち上がって画面から消えた。
「臨機応変。戦場じゃあ何が起きるかわからねえんだ。少しは頭を使えっての」 
 そう言うと嵯峨はまたタバコに手を伸ばすが、クリスの表情が視界に入ったのか、その手を止めた。
「嵯峨惟基中佐。それでは第三滑走路に着陸していただけますでしょうか?」 
 管制部長と思われる恰幅の良い佐官の指示を聞くと、嵯峨はM5四機が待機している滑走路に着陸した。シャムのクローム・ナイトはそれに続いて静かに着陸を済ませた。


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