「青銅騎士団ねえ。ムジャンタ王朝末期のムジャンタ・ラスバ女皇の親衛隊だな。じゃあナンバルゲニア団長。君の仕える主は誰だ?騎士なら主君がいるだろう?」 タバコをくわえたままニヤニヤしながら嵯峨は少女に近づいていく。 「アタシの主はただ一人。ムジャンタ・ラスコー陛下だ!」 少女がそう言いきると嵯峨は腹を抱えて笑い始めた。クリスは一瞬なにが起きたのかわからないでいたが、少女の主の名前を何度か頭の中で再生すると、その言葉の意味と嵯峨の笑いがつながってきた。 「おう、そうか。で、そのムジャンタ・ラスコー陛下はどこに居られますか?騎士殿」 笑いを飲み込んだ嵯峨はそう言うとさらに少女に近づいていく。 重機関銃を載せた四輪駆動車が到着した、そこから下りた明華とキーラは歩兵部隊を下がらせて一人、笑顔で歩いている嵯峨を見つけた。彼は白い見たことも無いアサルト・モジュールのコックピットに立つ少女に向けてニヤニヤと笑いながら近づいていく。二人ともいつもの嵯峨の悪い癖を見たとでも言うように半分呆れながら状況を観察していた。 「それは……わからない!」 「威張れることじゃねえが俺は知ってるよ。その青っ白い陛下の成れの果てが何してるか」 嵯峨はそう言うと再び笑いそうになるのに耐えていた。少女は不思議に思いながら歩いてくる嵯峨の前に降り立った。彼女も恐る恐る嵯峨に近づく。 「意外にそいつはお前さんの近くに居たりするんだなあ」 嵯峨はここまで言うと耐え切れずに爆笑を始めた。取り巻く彼の部下達は半分は呆れ、半分は笑いをこらえていた。ハワードは先ほどからシャッターを切っている。彼なりにこの光景が一つの歴史の転換点になると思っているのだろう。クリスはただ嵯峨の言葉がどこに着地するのかを見守っていた。 「ムジャンタ・ラスコー。前の遼南帝国の最後の皇帝。父、ムジャンタ・ムスガを抑えて皇帝の座に着くも不満を抱えた部下に押されて挙兵した父と遼南の影響力を危惧した遼北の周喬夷将軍に追われて追放の憂き目に会う。そしてそのまま北兼王として兼州に拠るって譜代の家臣に担がれるが、戦い敗れて東和を経て胡州帝国西園寺家の養子に迎えられた」 そこまで言うと嵯峨は吸っていたタバコを放り投げもみ消した。 「西園寺家では、三男、西園寺新三郎と名乗り、胡州陸軍に入り外務武官として東和に赴任。その後エリーゼ・フォン・シュトルベルグと結婚。二人の子を設けるがエリーゼは胡州帰国の際にテロによって死去。西園寺家の看板が死を招いたとして四大公で絶家になっていた嵯峨家を継ぐことになる」 少女は嵯峨の言葉を一語も漏らすまいと聞き耳を立てている。 「嬢ちゃん。その嵯峨とか言う軍人が今どこで何しているか、知りたいだろ?」 「うん……」 少女は静かに頷いた。 「今な、そいつはお前さんの目の前で身の上話をしているんだ」 嵯峨のその言葉に少女はただ呆然として腰の短刀の柄から力なく手を離した。 にらみ合う二人。少女はしばらく嵯峨の言葉の意味が分からないと言う顔をしていた。しばらくして嵯峨が言った事が自分がその主君であると言う意味だと理解すると口を尖らせて嵯峨に歩み寄った。 「嘘つき!こんなひねくれものじゃないよ、ラスコー陛下は」 「いやあ、本当なんだよな……なあ!」 嵯峨が声をかけると包囲している兵士達は一様に頷く。 「本当だって……本当なら!血の誓いが出来るでしょ!」 からかわれているとでも思ったのか、少女はむきになってそう叫んだ。嵯峨はその言葉を聞くとそのまま少女に歩み寄る。 「血の誓いか。ムジャンタ王室に伝わる眠れる騎士を部下に迎える時の儀式。まあ俺の祖母さんの時は儀礼として行われていたそうだが……やりましょ」 そう言うと嵯峨は腰の兼光を抜いた。そのまま彼は右手の親指に傷をつけ、少女の前に差し出した。一礼をすると少女は嵯峨の血を舐める。その時クリスは奇妙な光を見た。日は落ちかけていた。紺色に染め上げられようとしている空の下、少女の体が薄い緑色の光に包まれていった。クリスは驚きつつも冷静を保つべく周りを観察する。 誰もがその光景を見て呆然としていた。 「何?何が起こっているの?」 明華がそうつぶやいた。 「騎士、シャムラードはここに誓う。我は汝の剣にして盾、矛にして槍。我ここに汝の臣として久遠の時を生き汝を守らん」 少女の声は凛としてクリスの耳の奥に届いた。薄緑色の光は次第に弱まり、そのまま少女は倒れこんだ。 「おい、誓うだけ誓ってお寝んねはねえだろ」 そう言うと嵯峨は少女を抱き起こした。 「陛下……」 「ああ、そうらしいな。それよりお前の名前何とかならんか?ナンバルゲニア・シャムラード。一々面倒くさくていけねえ」 嵯峨はそう言うと少女が自分で立てるのを確認するとタバコを取り出した。 「シャム。シャムでいいよ」 少女が明るくそう答えた。それまでのどこか怯えたような目の色は消え、好奇心が透けて見える元気そうな瞳がその埃で汚れた顔の中に浮かんでいる。 「じゃあ、シャムって呼ぶ……ってお前等何してんの?」 白いアサルト・モジュールのコックピットに取り付いていた兵士達が転がり落ちる。嵯峨は火をつけたタバコをくゆらせながら声をかけた。 「熊です!熊がコックピットの中に!」 コックピットから現れたのは二メートルはあろうかと言う巨大な熊だった。 「なんだ。コンロンオオヒグマの子供じゃねえか。銃なんてしまえ。おい、シャム。あれはお前の連れか?」 嵯峨はそのまま熊に向かって歩き出しながらシャムに尋ねた。 「そうだよ。アタシの一番のお友達!」 元気に答えるシャムを見ながら嵯峨はコックピットから降りようとしている熊のそばまで歩いていった。 「元気で賢そうな熊だな。おい、シャム。コイツの名前はなんだ?」 嵯峨のその言葉にシャムは元気よく答えた。 「クマだよ!」 その言葉に嵯峨は呆れたように天を見上げた。 「熊なのは見ればわかるんだ。そうじゃなくて名前のこと聞いてるんだがね」 シャムは首をひねる。しばらく考えるが、答えが出てこないと言う様に嵯峨の顔を見つめている。 「もしかして無いのか?」 「無いと困るの?」 再びシャムは不思議そうに嵯峨の顔を覗き込んだ。 「そりゃあそうだろう。他の熊と混じった時とか区別つけなきゃいけないわけだから」 『他の熊と区別をつけるっ……』 クリスは嵯峨の言葉に思わず噴出していた。 「じゃあ無い」 あっさりとそう言い切るシャム。さすがの嵯峨も呆れたように頭に手を当てた。しばらくの沈黙。嵯峨は擦り寄ってくる熊の頭を撫でながらひらめいたように話し出した。 「じゃあ熊太郎。熊太郎でいいだろ?強そうで」 明らかにとってつけたような名前。しらけた雰囲気が場を包む。 「うん!それがいいね!熊太郎、こっちにおいで」 熊太郎と名づけられた熊はそのままシャムのところにやってくる。 「隊長。そんないい加減に決めちゃって良いんですか?」 シャムの隣に立って熊太郎の頭を撫でている明華がそう言うのは当然のことだとクリスは思っていた。 「いいじゃん。なんか本人も気に入っているみたいだし。ああ、この場合は本熊か?」 「馬鹿なこと言わないでくださいよ。もしかしたら熊太郎ちゃんは女の子かも知れないのに。シャム、この子は男の子?女の子?」 「女の子だよ!」 全員の視線が嵯峨の方に向く。嵯峨はごまかすようにタバコをくゆらせながら白いアサルト・モジュールのコックピットを眺めている。 「ああ、これはちょっと掃除した方がいいなあ……」 「掃除なら隊長の機体のほうをお願いしたいですね。キーラ!この子達を本部に連れてってシャワーを浴びさせてあげて」 「了解しました。シャムちゃん。車に乗ったことある?」 シャムはキーラが指差す車を不思議そうに眺めている。 「ジャコビン曹長、私も同乗させてもらっていいかな?」 クリスはそう言うとキーラに軽く頭を下げた。キーラは笑顔で頷くとシャムを後ろのハッチから乗り込ませた。 「隊長!俺のことは何とか言わないんですか!」 柴崎が御子神に支えられながら歩いてくる。その足首が反対方向に曲がっていることから見て骨折していることは誰の目にも明らかだった。 「ああ、早速負傷者一か、面倒だねえ。ああ、そうだ。ホプキンスさん。俺、五機は敵機落としましたよねえ!」 嵯峨の叫び声に四輪駆動車の助手席に乗り込むところだったクリスは頷いた。 「スコアーお前にやるわ。これでお前もエースだから入院しても個室に入れるぞ」 「ああ、そうですか。ありがとうございます」 柴崎はいまいち納得できないような顔をして到着したばかりの四輪駆動車から下りてきた衛生兵の抱える担架に乗せられていた。 「それじゃあ行きますよ、ホプキンスさん」 キーラはそう言うと急いでドアを閉めたクリスを乗せて本部への道を走りはじめた。
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