「もうすぐ着くぞ!起きろ」 島田の声で誠は目を覚ました。 西東都東和陸軍基地祭で軍の装備目当てで来たミリタリーファンの視線を奪い取って、注目度で圧倒した誠の痛い05式。説明や記念写真。まるでスターにでもなったようだとはいえるが、生ぬるい東和陸軍の兵士達の視線を浴びるのに疲れて、搭載作業が終わると誠はトレーラーの後部座席で熟睡してしまっていた。 「ああ……」 「大丈夫か?かなり疲れていたみたいだが」 隣に寄り添っていたカウラに気づいて誠は起き上がった。街灯の明かりがその緑色のポニーテールをオレンジ色の混じった微妙な色に染め上げている。 「ああ、大丈夫ですよ。それより西園寺さんは?」 「ああ、要か……」 がっかりしたような表情でカウラが前の椅子に目をやる。手が軽く振られてそこに要が座っているのが分かった。トレーラーが止まった。島田が助手席から顔を出して叫んでいる。外を見ると見慣れた保安隊の基地のコンクリートの壁が見える。 再びトレーラーはゆっくりと走り出す。誠は起き上がり、乱れていた作業服の襟元を整える。 「ああ、今日は再起動はしない予定だからな。俺が隊長に報告しておくから誠は帰っていいぞ」 島田の言葉がぼんやりとした頭の中に響く。不安そうに誠の顔を覗き込むカウラ。トレーラーはそのままハンガーへと進んでいく。 「到着!お疲れ!」 そう言ってドアを外から叩くのはアイシャだった。もうすでに日はとっぷりと暮れていた。定時はとっくに過ぎていた。 「お前暇なのか?」 ドアを開けて飛び降りる要。誠も彼女に続きゆったりとした足取りで慣れた雰囲気のハンガーに降り立つ。 「失礼ね!さっきお姉さんの付き添いで東都の同盟機構軍用艦船艦船幹部会議から帰ったところよ……誠ちゃん眠そうね」 相変わらず紺色の長い髪をなびかせながら、珍しいものを見るような視線を誠に向けるアイシャ。島田はすでに待機していた部下達に指示書を渡して点検作業に取り掛かろうとしていた。 「ああ、カウラちゃん」 「寮まで送れってことか?まあ私達は今日はすることも無いからな」 そう言うとカウラは奥の更衣室に向かう階段を登り始めた。誠、要も彼女に続く。ハンガーを臨む管理部の部屋の明かりは煌々と輝き。中では管理部部長の高梨に説教されている菰田の姿が見えた。 誠はわざと中を見ないようにと心がけながら実働部隊の部屋の扉に手をかけた。 「おう、帰ってきたか」 実働部隊隊長の椅子には足をぶらぶらさせているランが座って難しい顔で端末の画面を眺めていた。 「おう、姐御……ってやっぱりこれかよ」 部屋に飛び込んでランの後ろに回りこんだ要はがっかりしたように額に右手を当てる。部屋の明かりはランの上の一つを除いて落とされている。静かな室内に誠達の足音だけが響く。 「オメー等も知ってたか。でもなー」 再びランはため息をつく。画面にはランの専用機として配備予定の『ホーン・オブ・ルージュ』の画像が映っていた。 パーソナルカラーの赤と黒で塗装された機体。特徴的な額の角のように見える法術監視型レーダー。画像に映っているのは宇宙での模擬戦闘の様子だった。東和の前世代型のアサルト・モジュールである自動操縦の89式や97式が次々と撃破されていく様は、さすがに本当の意味でアサルト・モジュールと呼べる特機と言わしめた威力を知らしめるものだった。 「結構動くもんだねえ。そう言えば波動パルスエンジンが09式に搭載する奴のボアアップしたバージョンを搭載しているんだって話だよな」 「まあな。出力的には10パーセント増しくらいだが吹き上がりが全然違うからな。さもなきゃこんな機動は取れねーよ」 赤い機体の圧倒的な勝利に終わる模擬戦闘訓練を見ながらランは浮かない顔で誠達を見上げてきた。 「なんだよ、ずいぶん乗り気じゃないみてえじゃねえか。何かあったのか?」 要の言葉を聞くと彼女の顔を見上げる。そしてランは目をそらして大きなため息をついた。その挑戦的な態度に拳を握り締める要を押しのけるとカウラはランの目の前の書類を手に取った。 「『新装備関連予算計上に関する報告』?やっぱり予算がらみの話ですか」 乾いた笑いを浮かべるカウラの言葉に静かにランは頷いた。 嵯峨の『カネミツ』、シャムの『クロームナイト』、ランの『ホーン・オブ・ルージュ』どれも軍の規格を適用すれば確実に失格とされることは間違いない機体だった。開発コストや生産コストがもし半分以下だったとしても採用に踏み切る軍は存在しないと言われる価格。要求される予備部品の精度とそれで発生するロスの多さは改修を依頼されていた菱川重工のトップもためらうほどのものだった。そしてそれを運用状態に持ち込むまでにかかる作業量は想像を絶するもので、それがもたらす仕事環境の変化を予想して島田などはすでに頭を抱えているように見えた。 「返品したらいいんじゃないですか?」 アイシャの言葉に一瞬光明を見出したような明るい表情で顔を上げるランだが、すぐに落ち込んで下を向いてしまう。 「それができりゃー苦労はしねーんだよ……はあー」 再びランは大きくため息をついた。 「中佐殿!」 突然直立不動の姿勢をとり叫ぶアイシャ。 「お?おい……うむ……なんだ?」 アイシャの言葉に怯みつつ恐る恐るその表情をうかがうラン。誠は嫌な予感に包まれながら突然の真剣な表情のアイシャを見つめた。カウラも要も同じような考えが浮かんだらしく、カウラは呆れて、要はニヤニヤ笑いながらランとアイシャを見つめていた。 「実は今の中佐殿の姿に萌えてしまいました。抱きしめる許可を頂きたいのですが!」 「馬鹿野郎!」 誠の予想したとおりの言葉を発するアイシャを怒鳴りつけて真っ赤になって目の前の予算関係の書類を手に取るラン。 「もうっ!本当にかわいいんだからランちゃんは!」 「おい、クラウゼ。一遍死ぬか?いや死んだ方がいい、なんなら殺してやろうか?」 「まあっ!ランちゃんたら怖い!」 そう言って弾力がありそうなランの頬を突こうとするアイシャだがランはその指を叩き落した。少し残念そうな顔でランを見るアイシャ。 「帰っちまえ!お前等とっとと!」 「そう言うことなら……なあ」 ランにどやされると笑いながら要はアイシャとカウラに目をやる。 「それでは失礼します!」 そう言い切ってカウラは敬礼をしてドアに向かう。 「おお!失礼しろ!とっとと帰れ!」 やけになったランの声が響く。要は腕を頭の後ろに回してそのままカウラの後に続く。アイシャは妖しい笑みを浮かべながらちらちらとランを覗き見るがランが握りこぶしを固めているのを見て足早に廊下に出る。 「じゃあ隊長殿のお言葉通り着替えて帰るぞ」 要はそう言うと更衣室に向かう。法術特捜の仮本部。コンピュータルーム、通称冷蔵庫。どちらからも光が漏れている。 この数日で明らかに隊の雰囲気は緊張していた。新型機、それも運用自体のサンプルが取れない高品位機体を受け入れると言うことでピリピリした空気が流れるようになっていた。 「お仕事ご苦労様だねえ」 着いたままの電灯の光を見て皮肉めいた笑みを浮かべてタレ目の持ち主が振り返る。要らしいと思いながら誠は男子更衣室に入った。電気をつける。誰もいないのに安心した誠。だが、後ろに気配を感じて振り返る。 「西園寺さん!」 「はい、着替えろ。とっとと……」 「出てってください」 要の笑顔が仏頂面に変わる。しばらくにらみ合いを続けるが諦めたように要は出て行った。 「なに考えてるのかなあ」 独り言を言いながら誠は作業服のボタンに手をかけた。 着替えながら誠はぼんやりと考えていた。新型機の導入。それによる部隊の変化。誠の配属以来、人の出入りならかなりあった保安隊も、ようやくメンバーが固定できてきて本格稼動状態にあると彼にも思えていた。 だが『カネミツ』導入の知らせの後の部隊には妙な緊張感が漂っていた。 「おい!まだか?」 更衣室の外で要が叫んでいる。彼女はただ作業着を脱いでジーンズを履くだけなので着替えは早い。戦闘用義体は酷寒状況下でも戦闘が続行できるように出来ている以上、要は年中黒いタンクトップで過ごすことも出来た。さすがに人の目が気になるようで、出かけるときはダウンジャケットを着込むこともあるが、たぶん外ではそれを抱えながらニヤニヤと笑っていることだろう。 短気な彼女を待たせまいと誠は急いで作業服のズボンを脱いで私服のジーンズを履こうとする。 「どうした?手伝おうか?」 上機嫌で要が叫ぶ声が聞こえる。誠は焦って上着のボタンを掛け違えていることに気づいてやり直す。 「早くしろよ!」 今度は更衣室のドアを叩き始めた。周りには隣の女子更衣室にいるカウラとアイシャの他に人の気配が無い。そうなれば要の暴走を止める人は誰もいないということになった。さらに焦ってジャケットがハンガーに引っかかっているのに引っ張ったせいで弓のように力を溜め込んだハンガーの一撃が誠の顔面に直撃する。 「なに?誠ちゃんまだなの?」 アイシャの声が聞こえる。たぶん要を煽ろうと悪い笑顔を浮かべている様が誠にも想像できる。上着がちぎれたハンガーの針金に引っかかっている。誠は焦りながらどうにか外そうとする。 「いやらしいことでもしてるんじゃないか?」 「貴様じゃあるまいし」 今度聞こえたのはカウラの声だった。三人の年上に見える女性に着替えを待たれる。これは誠にとっては大変なプレッシャーになっていた。とりあえず深呼吸。そして針金を凝視して上着の裏地に引っかかっている部分に手を伸ばした。 「遅いぞ!」 ついに要が叫ぶとドアを開いて入ってくる。 「デリカシーが無いのかしらね」 「私に聞かれても困るんだが」 ドアの外で微笑んでいるアイシャ。それを見て頭を抱えるカウラ。 「何してんだよ……ああ、引っかかったんだ」 そう言うと要は誠からジャケットを奪い取り力任せに引っ張る。 『あ……』 誠と要。二人の言葉がシンクロした。ジャケットの裏の生地が真っ二つに裂けている。 「やっちゃった……」 うれしそうにつぶやくアイシャ。要はしばらくじっと手にある破れた誠のジャケットを凝視していた。 「コートがあるから大丈夫だろ?どうせ西園寺ならそのくらい楽に弁償できるだろうからな」 そう言うとカウラは腰につけたポーチから車の鍵を取り出して歩いていく。 「要さん……」 誠は泣きそうな顔で上司である要を見上げることしか出来なかった。
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