「どうも!いらっしゃい」 風呂から上がった要が突然背中から声をかけられて驚く。テレビを見ていたカウラがそれを見て笑っている。闖入者は誠の父、神前誠一。珍しく定時に帰ってきた工業高校の剣道部の顧問である父にテレビから目を離してそのいかつい姿を見上げる誠。 「なんだかこんなに女の子がいると……華やかだな」 「そう言うのは本人達を目の前にして言わないほうがいいよ」 誠の言葉よりも早くアイシャが反応していた。そのまま何事も無いように要のところまで行くといつもの要の黒いシャツの前の部分を引っ張って中を覗きこむ。 「はい、ノーブラ」 そう言った所で要の平手がアイシャに飛んだ。 「お前等……」 またテレビから目を離して呆れたような表情を浮かべるカウラ。 突然の出来事。誠には慣れていることだがさすがに父には理解できないらしい。そのまま首をひねり黙って階段を上っていく。 「貴様等なじみすぎだぞ」 「カウラちゃんがよそよそしいのよ。ねえ、要ちゃん!」 「うるせえ!」 要はそう言うと三人が泊まる予定の客間に向かう廊下を歩いていく。 「無愛想ね」 「それ以前の問題だ」 一言そう言ってテレビの野球中継を眺めているカウラ。自分にかまってくれないのが不服なのか、アイシャはしばらく誠を見て手を打つ。そしてじりじりと間合いをつめてくるアイシャに誠は嫌な予感しかしなかった。 「じゃあ誠ちゃん、一緒にお風呂に入らない?」 「え?」 誠はしばらくアイシャの言葉の意味がわからずにいた。そしてじりじり近づいてくるアイシャだが、すぐにその後頭部にスリッパが投げつけられた。 「くだらねえ事はやめろ!」 投げたのは要。アイシャは振り向きながら表情を変える。そのいかにもうれしそうな顔に要は驚いたように一歩下がる。 「へえ……そう言っておいて実は要ちゃんが一緒に入ろうとか?二度風呂?のぼせるわよ」 「そんなこと無い!馬鹿も休み休み言え!」 そうして今度こそ客間に向かう要。そこに台所にいた薫が顔を出した。 「誠!ちょっと揚げ物やるから手伝ってよ」 「あ、私もやりますよ」 誠を制するように言ったアイシャだが、薫は優しく首を横に振った。 「お客さんですものねえ」 その表情はアイシャがたぶん役に立たないだろうと悟ったようなところがあった。アイシャはしょんぼりとそのままカウラの隣に座る。 「今日はてんぷらですから」 そう二人に言うと誠は張り切って台所へと向かった。 「今日はアナゴと海老。それにお芋があるわね……衣をつけるから揚げてね」 母の言葉に衣にまぶされた芋を暖められた油に投じる。 「揚げものって良いわよねなんだか」 いつの間にか背中に引っ付いていたアイシャに驚いて振り向いた弾みに油の入った鍋を覗きに来た要に油が飛んだ。 「痛え!」 すぐ要がアイシャをにらみつける。二人がにらみ合うのを笑顔で眺める薫。 「まあ、二人とも。お客さんだから静かにしてね」 さすがに余裕の笑みでごぼうとにんじんの入ったボールをかき混ぜている薫にそう言われると仕方なく二人はカウラがじっとテレビを見ている居間に向かった。 「二人とも料理はできないんでしょ?」 「はあ……そうだね」 小声で聞いてきた母に誠は苦笑いでそう言った。 「母さん、新聞は?」 降りてきた誠一が叫ぶ。すぐに居間のカウラが立ち上がり誠一に新聞を手渡そうとした。 「いや、読んでいるならいいですよ。終わったら教えてください」 いつもの父とは違う照れたような調子を聞きながら誠はこんがりと揚がった芋を油から上げていく。 「お父さん、大根をおろすのお願いできない?」 「ああ、任せておけ」 着流し姿の誠一はそのままテーブルに置かれた大根の切れ端をおろし始める。 「私も……」 「クラウゼさんいいですよ。誠!揚がったのはあるだろ?先に食べてもらっていたらどうだ?」 そう言われてすぐに立ち上がったのは要だった。無言で食卓に置かれた椅子を手に取るとすとんと座ってしまう。 「手伝うとかそういう発想は無いの?汁作りますよ」 アイシャはそう言うとなぜか手馴れた調子で冷蔵庫を開いて麺汁とミネラルウォーターを取り出す。 「なんでそんなにあっさり見つけるんだ?」 「要ちゃんと違って色々見ているわけ。さっき水を飲みに来た時見たんだから」 そう言うとアイシャはガラスの容器に麺汁とミネラルウォーターを注ぐ。 「ごめんなさいね。誠!次はこれをお願い」 薫はそう言うと粘り気のある衣にまみれたごぼうとにんじんのかき揚げを手渡した。 「じゃあレンジしますね」 アイシャは大根をすっている誠一に一声かけると汁を温め始めた。 「なんだか・・・これが家族なのか?」 うれしいようなどこか入っていけないような複雑な表情のカウラが居間から台所を覗き込んでいる。要はもうテーブルに置かれていた芋を手に取るとそのまま塩をかけて食べ始めていた。 「要ちゃん。ビールを取ってくるとかすることあるんじゃないの?」 「分かったよ」 渋々要が立ち上がる。それを見てカウラも戸棚に向かって行って皿やグラスをテーブルに並べ始めた。 「ごめんなさいベルガーさん。ご飯が炊けたと思うから盛ってくれない?」 薫の言葉に目を輝かせるカウラ。そのまま茶碗を手に取るとすぐに炊飯器に向かっていった。 「どう?」 かき揚げが揚がったのを皿においていく息子に声をかける薫。 「これで終わり。次はアナゴですね」 「汁は温まりました!お父様、大根はいかがでしょうか?」 「え?……もうすぐだけど」 突然アイシャにお父様と呼ばれて困惑しながら誠一はすり終えた大根をアイシャに渡した。 「汁の濃さは自分で調節してね」 そう言うとテーブルに汁を置くアイシャ。要はすぐに飛びついてそれを自分の皿に注ぐ。 「食べるだけなのね、要ちゃんは」 「余計なお世話だ」 そう言いながら要はアイシャをにらみ続ける。誠は目の前のアナゴの色がついてくるのを見ながらそれを皿に盛り始めた。 「薫さん。ご飯……普通でいいですか?」 「ええ、皆さん結構食べるみたいですから」 不器用にご飯を茶碗に盛るカウラを見ながら薫はにこやかにそう答えた。 「アナゴできましたよ」 皿に盛ったアナゴを見るとすでに食べる体勢に入ったアイシャが満面の笑みで迎え入れる。 「じゃあ僕はビールでも飲もうかな……母さん、誠。先にやっているからな」 誠一はそう言うと要が持ってきた缶ビールのふたを開けた。ご飯を盛り終わったカウラもその隣の席に座る。 「誠。もういいわよ、あなたも食べなさい」 薫が海老に衣を着け終わるとそう言ったので誠はテーブルに移った。すでにカウラとアイシャはアナゴに取り付いている。誠もビールを明けてグラスに注いだ。 「うまいなこれ」 要はそう言いながらサツマイモのてんぷらをおかずにご飯を食べる。 「炭水化物の取りすぎだな」 そう言いながらカウラがじっくりと楽しむようにアナゴのてんぷらを口にしていた。 「海老も揚がったわよ」 薫はそれぞれのお皿にこんがりと色づいた海老を並べていく。それを見ながら誠は油の処理をするために立ち上がった。 「本当においしいわね。やっぱりしいたけもほしかったかも」 「ごめんなさいね。ちょっと買い忘れちゃって」 火を止めて油を固める薬を混ぜている誠の後ろで和やかな食事の光景が続いていた。 「でもおいしいですよこのかき揚げ」 カウラの満足そうな顔を食卓の椅子に戻って誠は眺めていた。 「ビールもたまにはいいもんだな」 要はそう言うと自分の手前の最後の海老に手を伸ばした。 「ちょっと要ちゃん早すぎよ」 「貴様が遅いんだ」 アイシャに口を出されて気分が悪いというように自分の最後の海老を口の中に放りこむ要。 「もう終わりか……確かに早すぎるな」 「お茶でも入れましょうか?」 「いいですよ、気にしないで」 薫の一言を断った後に立ち上がって給湯器に向かう要。 「自分でやるんだな、いいことだ」 カウラの皮肉に振り返りにんまりと要は笑った。 「本当においしいわね。アナゴがふかふかで……」 満足そうに茶碗を置くアイシャ。戻ってきた要が茶をすすっている。 「でもよく食べたな」 誠並みに五本もえびを食べたカウラを要が冷やかすような視線で眺めている。そう言われてもわざわざニヤニヤ笑って喧嘩を買う準備中の要を無視して湯飲みに手を伸ばすカウラ。 「そう言えば父さんは明日から合宿でしたっけ」 そんな誠の言葉に誠一は大きくうなづいた。要もカウラもアイシャも誠一に目をやった。親子といえばなんとなく目も鼻も眉も口も似ているようにも見える。だがそれらの配置が微妙に違う。それに気づけば誠のどちらかといえば臆病な性格が見て取れる。そして誠一はまるで正反対の強気な性格なのだろうと予想がついた。 「まあな。正月明けまでは稽古三昧だ……どうする?誠も来るか」 すぐにアイシャと要に殺気にも近いオーラが漂っているのが誠からも見えた。 「全力でお断りします」 二人のの射るような視線に誠はそう言うほか無かった。いつものように薫は笑顔を振りまいている。カウラは薫と誠を見比べた。実に微妙だがこれも親子らしく印象というか存在感が似ていることにカウラは満足して手にした湯飲みから茶をすする。 「今頃は隊は大変だろうな」 カウラの一言にアイシャが大きくため息をつく。 「そんなだから駄目なのよ。ともかく仕事は忘れなさいよ。思い出すのは定時連絡のときだけで十分でしょ?」 そう言って薫から渡された湯飲みに手を伸ばすアイシャ。だがまじめ一本のカウラが呆れたように向かいでため息をついているのには気づかないふりをしていた。 「本当にお世話になって……でも本当に誠が迷惑かけてないかしら?」 そんな母の言葉に黙り込む誠。 「そんなお母様、大丈夫ですよ。誠ちゃんはちゃんと仕事していますから」 「時々浚われたり襲撃されたりするがな」 アイシャのフォローを潰してみせる要。そんな要を見て薫はカウラに目を向ける。カウラはゆっくりと茶をすすって薫を向き直った。 「よくやってくれていると思いますよ。神前曹長の活躍無くして語れないのが我が隊の実情ですから。これまでも何度危機を救われたかわかりません」 にこやかにフォローするカウラ。だが薫はまだ納得していないようだった。 「でも……気が弱いでしょ」 その言葉にすぐに要が噴出した。アイシャも隣で大きくうなづいている。 「笑いすぎですよ。西園寺さん」 誠は少しばかり不機嫌になりながらタレ目で自分を見上げてくる要にそう言った。 「誠ちゃんは確かに気が弱いわよねえ。野球の練習試合の時だってランナーがでるとすぐ目があっちこっち向いて。守っていてもそれが気になってしかたないもの」 アイシャはまたにんまりと笑って誠を見つめてくる。そんな彼女の視線をうっとおしく感じながら誠は最後に残った芋のてんぷらを口に運ぶ。 「蛮勇で作戦を台無しにする誰かよりはずいぶんと楽だな、指揮する側にすればだがな」 たまらずに繰り出されたカウラの一言。要の笑みがすぐに冷たい好戦的な表情へ切り替わる。 「おい。それは誰のことだ?」 「自分の行動を理解していないのか?さらに致命的だな」 カウラの嘲笑にも近い表情に立ち上がろうとした要の前に薫が手を伸ばした。突然視界をふさがれて驚く要。 「食事中でしょ?静かにしましょうね」 相変わらず笑顔の薫だが、要は明らかにそのすばやい動きに動揺していた。そんなやり取りを傍から眺めていた誠はさすがと母を感心しながらゆっくりとお茶を飲み干した。 「ご馳走様。それじゃあ僕は……」 誠が立ち上がるのを見るとアイシャも手を合わせる。予想していたことだが少しばかりあせる誠。 「ご馳走様です。おいしかったわね。それじゃあ、私も誠ちゃんの部屋に……」 「なんで貴様が行くんだ?」 カウラの言葉にただ黙って笑みを浮かべてアイシャが立ち上がる。その様子を見てそれまで薫の動きに目を向けていた要も思い出したような笑みを浮かべる。 「じゃあアタシもご馳走様で」 「貴様等は何を考えてるんだ?つまらないことなら張り倒すからな」 誠達の行き先が彼の部屋であることを悟ったカウラが見上げてくるのを楽しそうに見つめる要。 「ちょっと時間がねえんだよな、のんびりと説明しているような」 そう言って立ち上がろうとする要を追おうとするカウラを薫が抑えた。 「なにか三人にも考えがあるんじゃないの。待ったほうが良いわよ、誠達が教えてくれるまでは」 カウラは薫の言葉に仕方がないというように腰掛けて誠達を見送った。 「なあ、悟られてるんじゃねえのか?」 階段を先頭で歩いていた要が振り向く。 「そんなの決まってるじゃないの。誠ちゃんが画材を買ったことはカウラちゃんも知ってるのよ。問題はその絵のインパクトよ」 そう言ってアイシャは誠の肩を叩いた。 「なんでお二人がついてくるんですか?」 さすがの誠も自分の部屋のドアを前にして振り返って二人の上官を見据える。 「それは助言をしようと思って」 「だよな」 あっさりと答えるアイシャと要。おそらく邪魔にしかならないのはわかっているが、何を言っても二人には無駄なのはわかっているので誠はあきらめて自分の部屋のドアを開いた。 「なんだ変な匂いだな、おい」 「エナメル系の塗料の匂いよ。何に使ったのかしら」 部屋を眺めている二人を置いて誠は買ってきた画材が置いてある自分の机を見つめた。とりあえず椅子においてあった画材を机に並べる誠。 「あ!こんなところに原型が」 幸いなことにアイシャは以前誠が作ったフィギュアの原型に目をやっている。誠はその隙にと買って来た並べた画材見回すと紙を取り出す。 「しかし……凄い量の漫画だな」 本棚を見つめている要を無視して机に紙を固定する。誠は昔から漫画を書いていたので机はそれに向いたつくりとなっていた。手元でなく漫画に要の視線が向いているのが誠の気を楽にした。 そして紙を見て、しばらく誠は考えた。 相手はカウラである。媚を売ったポーズなら明らかに軽蔑したような視線が飛んでくるのは間違いが無かった。胸を増量したいところだが、それも結果は同じに決まっていた。 目をつぶって考えている誠の肩をアイシャが叩く。 「やっぱりすぐに煮詰まってるわね」 そんな言葉に自然と誠はうなづいていた。それまで本棚を見ていた要もうれしそうに誠に視線を向けてくる。 「まあ、アタシ等の方が奴との付き合いが長いからな」 「そうよね。あの娘が何を期待しているかは誠ちゃんより私達のほうが良く知っているはずよね」 自信満々に答えるアイシャに嫌な予感がしていた。完全に冗談を連発するときの二人の表情がそこにある。そしてそれに突っ込んでいるだけで描く気がうせるのは避けたかった。 「じゃあ、どういうシチュエーションが良いんですか?」 誠は恐る恐るにんまりと笑う二人の女性士官に声をかけた。 「まず、ああ見えてカウラは自分がお堅いと言われるのが嫌いなんだぜ。知ってるか?」 「ええ、まあ」 はじめの要の一言は誠も知っているきわめて常識的な一言だった。アイシャは例外としてもそれなりになじんだ日常を送っている人造人間達に憧れを抱いているように見えることもある。特にサラのなじんだ様子には時々羨望のまなざしを向けるカウラを見ることができた。 「それに衣装もあんまり薄着のものは駄目よ。あの娘のコンプレックスは知ってるでしょ?」 アイシャの指摘。たしかに平らな胸を常に要にいじられているのを見ても、誠も最初から水着姿などは避けるつもりでいた。 「あと、露出が多いのも避けるべきだな。あいつはああ見えて恥ずかしがり屋でもあるからな。太ももや腹が露出している女剣士とかは避けろよ」 そんな的確に指摘していく要を誠は真顔で覗き見た。一年以上の相棒として付き合ってきただけに要の言葉には重みを感じた。確かに先日海に行ったときも肌をあまり晒すような水着は着ていなかった。ここで誠はファンタジー系のイラストはあきらめることにした。 「それならお二人は何が……」 『メイド服』 二人の声があわさって響く。それと同時に誠は耐え難い疲労感に襲われた。 「要ちゃんまねしないでよね!それにメイド服なら……」 「着せてそれを参考にして描けばいいじゃねえか。それに誠……」 ニヤニヤと笑いながら近づいてくる要に愛想笑いで答える誠。そのうれしそうな表情に思わず身構える誠。 「考えにはあったんだろ?メイドコスのカウラに萌えーとか」 心理を読むのはさすが嵯峨の姪である。誠は思わず頭を掻いていた。 「ええ、まあ一応」 そんな誠の言葉に満足げにうなづくタレ目の要。だが突然真剣な、いつも漫画を読むときの厳しい表情になったアイシャがいつもどおりに誠に声をかける。 「まあ冗談はさておいて、何が良いかしら」 「冗談だったのか?」 要の言葉。彼女が本気だったのは間違いないが、それに大きなため息で返すアイシャ。そんな彼女をにらみつける要。いつもどおりの光景がそこにあった。 「当たり前でしょ?メイド服は私のプレゼントだけで十分。他のバリエーションも考えなきゃ」 自信満々に答えるアイシャ。要は不満げに彼女を見上げる。 「そこまで言うんだ、何か案はあるのか?」 もはや絵を描くのが誠だということを忘れたかのような二人の言動に突っ込む気持ちも萎えた誠は椅子に座ってじっと二人を見上げていた。 「一応案はあるんだけど……誠ちゃんも少しはこういうことを考えてもらいたい時期だから」 神妙な顔のアイシャ。 「何の時期なんだよ!」 突っ込む要。だが、アイシャのうれしそうな瞳に誠は知恵を絞らざるを得なかった。 「そうですね……野球のユニフォーム姿とか」 誠はとりあえずそう言ってみた。アンダースローの精密コントロールのピッチャーとして実業団でのカウラの評判は高かった。勝負強さと度胸からドラフト候補にも挙がったアイシャを別格とすれば注目度は左の技巧派として知られる誠の次に評価が高い。 「なるほどねえ……」 サイボーグであるため大の野球好きでありながらプレーができずに監督として参加している要が大きくうなづいた。 「でも、意外と個性が出ないわよね。ユニフォームと背番号に目が行くだろうし」 アイシャの指摘は的確だった。アンダースローで保安隊のユニフォームを着て背番号が18。そうなればカウラとはすぐわかるがそれゆえに面白みにかけると誠も思っていた。 「それにカウラちゃんのきれいな緑の髪が帽子で見えないじゃない。それは却下」 そんな一言に少しへこむ誠。 「そう言えば時代行列の時の写真があっただろ?あれを使うってのはどうだ?」 手を打つ要。豊川八幡宮での節分のイベントに去年から加わった時代行列。源平絵巻を再現した武者行列の担当が保安隊だった。鎧兜に身を固めたカウラや要の姿は誠の徒歩武者向けの鎧を発注するときに見せてもらっていた。凛とした女武者姿の二人。明らかに時代を間違って当世具足を身につけているアイシャの姿に爆笑したことも思い出された。 「あの娘、馬に乗れないわよね。大鎧で歩いているところを描く訳?それとも無理して馬に乗せてみせる?」 アイシャの言葉にまた誠の予定していたデザインが却下された。鉢巻に太刀を構えたカウラの構図が浮かんだだけに誠の落ち込みはさらにひどくなる。 「あとねえ……なんだろうな。パイロットスーツ姿は胸が……。巫女さんなんて言うのはちょっとあいつとは違う感じだろ?」 「巫女さん萌えなんだ、要ちゃん」 満面の笑みのアイシャ。 「ちげえよ馬鹿!」 ののしりあう二人を置いて誠は頭をひねる。だが、どちらかといえば最近はアイシャの企画を絵にすることが多いこともあってなかなか形になる姿が想像できずにいた。 要も首をひねって考えている。隣で余裕の表情のアイシャを見れば、いつもの要ならすぐにむきになって手が出るところだが、いい案をひねり出そうとして思案にくれている。 「黙ってねえで考えろ」 そう言う要だが案が思いつきそうに無いのはすぐにわかる。 「じゃあ……胡州風に十二単とか水干直垂とか……駄目ですね。わかりました」 闇雲に言ってみてもただアイシャが首を横に振るばかりだった。その余裕の表情が気に入らないのか口元を引きつらせる要。 「もらってうれしいイラストじゃないと。驚いて終わりの一発芸的なものはすべて不可。当たり前の話じゃない」 「白拍子や舞妓さんやおいらん道中も不可ということだな」 要の発想に呆れたような顔をした後にうなづくアイシャ。それを聞くと要はそのままどっかりと部屋の中央に座り込んだ。部屋の天井の木の板を見上げてうなりながら考える要。 「西洋甲冑……くの一……アラビアンナイト……全部駄目だよな」 アイシャを見上げる要。アイシャは無情にも首を横に振る。 「ヒント……出す?」 「いいです」 誠は完全にからかうような調子のアイシャにそう言うと紙と向かい合う。だがこういう時のアイシャは妥協という言葉を知らない。誠はペンを口の周りで動かしながら考え続ける。カウラの性格を踏まえたうえで彼女が喜びそうなシチュエーションのワンカットを考えてみる。基本的に日常とかけ離れたものは呆れて終わりになる。それは誠にもわかった。 「いっそのこと礼服で良いんじゃないですか?東和陸軍の」 やけになった誠の一言にアイシャが肩を叩いた。 「そうね、カウラちゃんの嗜好と反しないアイディア。これで誠ちゃんも一人前よ。堅物のカウラちゃんにぴったりだし。よく見てるじゃないのカウラちゃんのこと」 満面の笑みで誠を見つめるアイシャ。しかしここで突込みが要から入ると思って誠は紙に向かおうとする。 「それで誰が堅物なんだ?」 突然響く第三者の声。アイシャが恐る恐る声の方を振り向くとカウラが表情を殺したような様子で立っていた。 「あれ?来てたの」 「鍵が無いんだ、それに私がいても問題の無い話をしていたんだろ?」 そう言って畳に座っている要の頭に手を載せる。要はカウラの手を振り払うとそのまま一人廊下に飛び出していった。 カウラはじっと誠に視線を向けてきた。 「プレゼントは絵か」 「ええ、まあ……」 そう言う誠に微笑んでみせるカウラ。 「とりえがあるのは悪いことじゃない」 そう言うとカウラは誠から目を離して珍しいものを見るように誠の部屋を眺め回した。 「漫画が多いな。もう少し社会勉強になるようなものを読んだほうが良いな」 誠もアイシャも歩き回るカウラを制するつもりも無かった。どこかしらうれしそうなそんな雰囲気をカウラはかもし出していた。 「気にしないで作業を続けてくれ。神前は本当に絵がうまいのは知っている話だからな」 そう言うと棚の一隅にあった高校時代の練習用の野球のボールを手にするカウラ。 「カウラちゃんあのね……」 アイシャがようやく言葉を搾り出す。その声に振り向いたカウラ。引きつっているアイシャの顔に不思議そうな視線を投げかけてくる。 「あれでしょ?もらったときに見たほうが楽しみが増えたりするでしょ?」 「そう言うものなのか?クラウゼのふざけた意見を取り入れた絵だったりしたら怒りが倍増するのは確実かもしれないが」 今度はその視線を誠に向けてくるカウラ。確かに先ほどの意見のいくつかを彼女に見せれば冷酷な表情で破り捨てかねないと思って愛想笑いを浮かべる。 「なるほど、内緒にしたいのか。それなら別にかまわないが……西園寺!」 カウラの強い口調に廊下で様子を伺っていた要が顔を覗かせる。 「こちらは二人に任せるが貴様の明日の都心での買い物。私もついて行かせてもらうからな」 「なんでだよ。アタシも秘密にしておいて……」 そこまで言ったところで先ほどとはまるで違う厳しい表情のカウラがそこにいた。 「まあ数千円の買い物ならそれでもかまわないが貴様は……」 呆れたように要を見つめるカウラ。誠も昨日要が気に入らないと買うのをやめたティアラの値段が数百万だったことを思い出しニヤニヤ笑っている要に目を向けた。 「なんだよ、実用に足るものを買ってやろうとしただけだぜ。アタシの上官が貧相な宝飾品をつけてそれなりの舞台に立ったなんてことになったらアタシの面子が丸つぶれだ」 そう言うと立ち上がり、自分より一回り大柄なカウラを見上げる要。だがカウラもひるむところが無かった。 「身につけているもので人の価値が変わるという世界に貴様がいたのは知っている。だが、私にまでそんな価値観を押し付けられても迷惑なだけだ」 カウラの言葉がとげのように突き刺さったようで要は眼光鋭くカウラをにらみつけた。 「そんなに難しく考えるなよ。要するにだ。アタシの満足できる格好でそう言う舞台に出てくれりゃあいい。それだけの話だ」 そこで話を切り上げようとする要だが、カウラはそのつもりは毛頭無かった。 「貴様の身勝手に付き合うのはごめんだな。それならアイシャにも買ってやる必要があるんじゃないのか?」 カウラの言葉に手を打つ要。そんな要をまばゆい光をまとっているような目で見つめるアイシャ。 「ああ、そうだな。オメエいるか?」 嫌そうな顔の要。だが目の前には満面の笑みで紺色の髪を掻きあげるアイシャの姿がある。 「断る理由が無いじゃないのよ……お・ひ・め・さ・ま!」 「気持ち悪りい!」 しなだれかかるアイシャを振り払う要。だが、その状況でカウラは要に高額な宝飾品を断る理由が無くなった。 「でもあまり派手なのは……」 そんなカウラの肩に自信を持っている要が手を乗せる。 「わかってるよ。アタシの目を信じな」 自信がみなぎっている要。そんな表情は模擬戦の最中にしか見れないものだった。隣のアイシャもうれしそうに妄想を繰り広げている。 「じゃあ私の目にもかなうもので頼む」 明らかに要のペースに飲まれていると不安げに誠に目をやりながら引き下がろうとするカウラ。だが、この状況で要が彼女を巻き込まないはずが無かった。 「あれ?ついてくるって言わなかったか?」 目じりを下げる要。おどおどと戸惑うカウラ。アイシャはまだ妄想を続けていた。 「安心しろよ。アタシが行く店は信用が置けるところばかりだからな。つまらないものはアタシが文句を言って下げさせて見せるぞ」 胸を張る要。それをさらに心配性な表情で見つめるカウラ。 「つまらないところで揉めないでくれよ」 すっかり四人で中心街に向かうことになってため息を漏らす誠だった。 「で……僕の絵は?」 「楽しみにしている。西園寺の贈り物よりはな」 カウラはそう言って出て行った。 「結構な出費になりそうね」 にやけたアイシャだが、要は別のそれを気にする様子は無かった。 「まあ、何とかなるだろ。あんまり根はつめるなよ」 そう言うと要は右手を上げてそのまま出て行く。それにつられて興味を失ったようにアイシャも続いた。 誠はようやく独りになって礼服姿のカウラを想像しながら下書きに取り掛かろうとした。
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