「おい、アイシャ」 「なに?要ちゃん」 さすがに今の状態で誠はアイシャを弁護することはできなかった。彼女はすでに両手に袋を下げていた。そして中身はどうやら自分でなくカウラにプレゼントする目的で買ったらしいということもわかっている。 右の袋の中には服が入っていた。アイシャはそれを選ぶときもカウラのサイズを事前に調べておいたらしく、徹底的に注文をつけた。生地にもこだわり、デザインも店員を泣かせるようなこだわりを見せる。ただしそのこだわりをカウラが歓迎するのはその中身がメイド服でなかったらと言うことになるだろう。 『自分でもらったらうれしいものをプレゼントする。これが大事なのよ』 誠の実家を出ていつに無く張り切っているアイシャの言葉に、要も同意してうなづかなければならなかったが、ここに来てもう要は呆れて口を開くのをやめた。 そしてそのままおもちゃ屋に直行。フィギュアを真剣な目で吟味してその中でも最近人気のファンタジーノベルのヒロインのそれを嘗め回すように見た後、店員を呼んでプレゼント用に包ませた。 「誠ちゃんはどうして買わないの?好きでしょ?」 店を出るアイシャに誠は言葉が無かった。 「オメエなあ、あいつの趣味くらい分かれよ。伊達に二年も付き合いがあるわけじゃねえだろ?」 まったく今の心境としてはこの要の言葉に全面的に賛成するしかなかった。だが、誠は自分の方をアイシャがじっと見つめていることに気づいて動揺する。 「うるさいのは無視して……じゃあ、聞くけど。誠ちゃんは何を買うの?」 そんな一言に誠は正直虚を突かれた。カウラと言えば仕事。次が部活動の野球。そして車。 まず仕事に役に立ちそうなものが思いつかなかった。万年筆などはありきたりと言う以前にカウラはあまり無用のものを持ち歩かない主義だ。そうなると文房具の類は没となる。グローブやスパイクだが先週誠と新しいグローブとスパイクを買いに行った以上、ただ邪魔になるだけとすぐにわかる。 車はとても手が出ない。それにワックスやオイルを誕生日にプレゼントするなどと言う話は聞いたことが無かった。アクセサリーなどカウラがつけて喜ばないことは何度と無くシャムと吉田が怪しげなお守りを土産に渡すもののすぐにゴミ箱に捨てる行動からも理解できる。 「なんだよ、仕方ねえなあ。アタシが見本を見せてやるからついて来い」 そう言うと要は目の前にある巨大な百貨店のビルへと歩き始めた。慣れた足取り、悠々と肩で風を切って歩く自信。確かに誠は要に期待をかけた。だが一点、周りの人々が奇異の目で要を見ていたのには理由があった。 寒空の中いつもの黒のタンクトップにジーンズ。彼女が極地での奇襲作戦にも対応可能な軍用義体の持ち主であることを知らない通行人にはその姿は罰ゲームか何かのようにしか見えなかった。 「要ちゃん。コート」 アイシャはそう言って要の手に握られている先ほどおもちゃ屋の前で邪魔だと言って脱いだコートを指差す。それを見て気がついた要はばつが悪そうに誠を見るとすばやくそれを羽織った。 暖かそうなコートを羽織って本来のお姫様的な物腰を取り戻した要は、そのままデパートの回転扉を開いた。誠もアイシャも高級感を感じる店内に少しばかり居心地の悪さを感じながら左右を見回す。アイシャはその中で奮発して買ったときに誠に見せに来た化粧品のブランドを見つけて、そちらの方に足を向けようとするが、要はまるで反対のほうに足を向ける。 宝飾品売り場。しかもどれも地球ブランドの高級品ばかりが展示されているのがわかる。アイシャは値段を見て一生懸命指を折る。誠はまるで場違いで頭を掻きながら要の後に続いた。 「あの……お客様?」 誠と同い年くらいの多少派手に見える化粧の店員が、参考展示品のティアラを眺めている要に声をかけるが、まったくそのタレ目は冷酷に値踏みするような表情を浮かべるだけだった。 「駄目だな」 そう言い残して要は立ち去ろうとする。その気まぐれな動きに店員も誠達もただ呆れていた。 「おい、どうした!行くぞ」 ティアラを見つけたときとまるで別人のようないつもの兵士の姿の要がそこにいる。 「どうしたのよ。もしかしてあんな高いの買おうとしたの?ティアラなんてそんな……」 心配そうに声をかけるアイシャにいつもの挑発するような要のタレ目の視線が飛ぶ。 「アタシの上官をやってるんだ。どんな事情でお高く留まった連中の誘いを受けるかもしれねえだろ?その時の準備として恩を売っとこうと思っただけだが……あれじゃあねえ」 そう言って要はデパートを出てしまう。 「あんなちんけなもんを飾っとくとは……今度、東都銀座に行くからそん時買おう」 誠はアイシャと顔を見あわせた。そんな誠の肩を要が叩く。 「おい、オメエはどうすんだ?指輪でも買うか?それとも……」 そう言ってにんまりと笑う要。この界隈の最高級の万年筆を買ったとしてもインパクトで要にかなうわけが無かった。 「おい!もうすぐ昼だぞ。薫さんとカウラと東都金町駅前で待ち合わせじゃなかったか?」 そう言って一人先に歩き出す要。アイシャはそれを見ると誠の耳に口を寄せる。 「あの子インパクトで誠ちゃんのプレゼントの印象を潰すつもりよ。贈り物のインパクトで押したって駄目!何か考えて」 アイシャの珍しく正確な助言に誠はうなづくがいい考えが思いつかなかった。 「おい!早くしろよ!」 完全に仕切る気満々の要。だが誠はこのまま要のペースに飲まれるのはまずいと思っていた。アイシャも要に仕切られるのは気分が悪いと言うのが明らかにわかる表情を浮かべている。 「まだ30分以上あるじゃないの!」 せっかちな要に怒鳴り返すアイシャ。彼女の持っていたおもちゃ屋の袋の萌え系美少女の絵が動いて見えた。緑色の長髪。このグループのマスコットの少女である。そしてそのエメラルドグリーンのキャラクターの髪の色は必然的にカウラの髪の色を思い起こさせるものだった。 その時、誠にひらめきが走った。 「もう一度戻りますよ!」 誠はそう言うともと来た道を進んでデパートへと歩き始めた。突然の誠の行動に要もアイシャも驚いたような表情を浮かべる。 「なんだ?何かあるのかよ」 要はそう言って駆け寄ってくる。アイシャはしばらく誠を見つめた後、走りよってきてにんまりと笑みを浮かべた。 「何か考え付いたのね」 その問いに誠は黙ってうなづいた。 とりあえず中に入り、そのままエレベータに向かう。 「6階か」 誠の言葉に要とアイシャはその階の店の一覧に目をやる。その隙にエレベータのボタンを押して黙ってランプを見る誠。 「カルチャーフロアー?」 そう言ってしばらく頭をひねる要。しばらくその様子とそのフロアーに出展している店の名前を見比べていたアイシャだが、ひらめいたように満面の笑みで誠を見つめた。 「これは考えたわね」 アイシャの問いに黙ってうなづく誠。その二人の様子にしばらく呆然としていた要。 エレベータが止まる。地下の食料品売り場から流れてきた客が吐き出されるのと同時に三人は中に納まった。 「どう言う事だよ!二人だけなんだかわかったような顔しやがって」 不機嫌な要にアイシャは自分の買い物袋に書かれたキャラクターを指差した。しばらくその絵に目を向けた後不思議そうに要は首をかしげた。 「は?それはその店のキャラクターだろ?……すると何か?あいつにそのちびのコスプレでもさせるのか?」 要の言葉にあきらめたような大きなため息をつくアイシャ。その様子がさらに要をいらだたせているのがわかる。だが誠には迷いが無かった。 ささやかなメロディーが流れドアが開いた。誠は慣れた足取りでエレベータの前の書店を素通りする。その確固たる足取りに少しばかり驚いたような表情を浮かべる要。そしてアイシャもそんな要を興味深そうな視線で観察している。 文具店がある。その前でも誠は迷うことなく素通りを決める。さすがにこの時は要の表情は驚きを超えて不思議そうなものを見つけたシャムのそれと変わらなくなっていった。 「ここまで来てわからないの?」 アイシャの挑発の言葉。だが、要は素直にうなづいてしまう。 「あ!」 突然要が叫ぶ。そして手を打つ。その視線の前には画材屋があった。 「そうか、絵を描くのか……なるほど。それは考えたな、神前にしては」 少しばかり声が震えている。アイシャはニコニコ笑いながら早速アクリル絵具を物色し始めた誠を覗き込んだ。 「ずいぶん慣れた足取りだったけど……この店は?」 とりあえず店内をざっと見回す誠に声をかけたアイシャに微笑が浮かぶ。 「昔から良く来ていますから」 誠はそう言ってアクリル絵具が並ぶコーナーを見つけて緑色の絵具を一つ一つ手に取った。 手に取る絵具をしげしげと見つめていた誠に要がかごを持ってきた。 「使えよ」 いかにもぶっきらぼうにかごを差し出す要。そう言われて誠は黙ってかごを受け取る。手にしているのは誠が一目見たときから惹かれていたつやのあるエメラルドグリーンの絵具。そして肌を再現しようと白の様々なバリエーションを確かめる誠。 「結構本格的に描くのね。縁側にでも座ってもらって、そこで直接カウラちゃんのスケッチでもするの?」 アイシャの言葉に誠は首を振った。 「そんなモデルにするなんて言ったら……」 「アタシが殺す」 断言する要に愛想笑いを浮かべながら絵具を選んでいく誠。 「確か筆とかはあったはずだから……」 そう言って今度は白い紙を手に取る。 「もしかして誠ちゃんの描く萌えキャラ系にするわけ?」 「まあ少しその辺は後で考えますよ」 次々と必要なものを迷わず選んでいく誠にしばらくアイシャと要は見入っていた。店員はかつて大学時代にここに通っていたときとは変わっていた。メガネの小柄な女子高生がバイトでやっていると言う感じの店員は誠が迷わずに画材を選んでいく様をただ感心したように眺めている。 「じゃあ、これでお願いします」 かなりの量になる。その時誠は少しばかり寮に画材を送りすぎたことを思い出して後悔した。 「へえ、いいなあ。アタシも描いてくれないかな」 小声でつぶやいた要。そこに顔を近づけるのは予想通りのアイシャの反応だった。 「なに?要ちゃんも描いてほしかったの?ふーん」 「な……なんだよ。気持ち悪りいな」 一歩下がってにやけた表情のアイシャをにらみつける要。 「ちなみに私は4月2日だから」 「なんだよ!テメエが描いてほしいんじゃないか!」 要の突っ込みを無視するとアイシャはそのまま絵具のコーナーに向かう。誠は苦笑いを浮かべながら必死にレジの作業をしている店員を見下ろしていた。 「えーと。二万八千円です」 店員の言葉に財布を取り出す誠。そしてその隣にはいつの間にかアイシャが紺色の絵具をいくつか持って並んだ。 「あのーお客さん。そちらもですか?」 「ああ、いいわよ私が別に払うから」 財布を手にしたまま誠はアイシャを引きつった笑顔で見つめた。 「なにやってんだかなあ。急げよ!待ち合わせの時間まですぐだぞ」 要はそう言いながら複雑な表情で二人を見つめていた。
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