「しかし混むなあ、高速じゃねえよ。これ低速」 「そんな誰でも考え付くようなことを言って楽しいか?」 要の言葉に運転中のカウラが突っ込みを入れる。 誠の実家は東都の東側、東都東区浅草寺界隈である。東都の西に広がる台地にある都市、豊川市にある保安隊の寮からでは東都の都心を横切るように進まなければならない。 都心部に入ってからはほとんど車はつながった状態で、さらに高速道路の出口があと3キロというところにきて車の動きは完全に止まった。 「すいませんねえ、朝食の準備までしていただいたのに……ええ、たぶんあと一時間くらいかかりそうなんです」 携帯端末で母の薫とアイシャが話しているのをちらりと見ながら、助手席で誠は伸びをしながらじっと目の前のタンクローリーの内容物を見ていた。危険物積載の表示。少しばかり心配しながらじっとしている。 「シャム達は仕事か……こんなことなら出勤のほうが楽だわ」 要がそう言ってようやく話を終えて端末を閉じたアイシャをにらみつける。 「なによ」 アイシャに言われて口笛を吹いてごまかす要。 「シャムと言えば……今頃はクロームナイトの方のエンジンの試験が始まったころだな」 そんなカウラのつぶやきに顔をしかめるアイシャ。そして大きく一つため息をつくと緊張した面持ちでカウラに食って掛かる。 「駄目よ!カウラちゃん。私達はオフなの、休日なの、バカンスなの」 「バカンス?馬鹿も休み休み言えよ……あれ?バカがかぶって面白いギャグが言えそう……えーと」 「要ちゃんは黙って!」 駄洒落を考えていた要を怒鳴りつけるアイシャ。その気合の入り方にカウラも少しばかりおとなしくアイシャの言うことを聞くつもりのようにちらりと振り向く。 「要するに仕事の話はするな。そう言いたい訳だろ?」 なだめるようにカウラがそう言うと納得したようにうなづくアイシャ。 「そう、わかっているならちゃんと運転する!前!動いたわよ」 タンクローリーが動き出したのを見てのアイシャの一言。仕方なくカウラは車を動かす。 周りを見ると都心部のオフィスビルは姿を消し、中小の町工場やマンションが立ち並ぶ街が見える。 「あとどんだけかかる?」 明らかに要がいらだっているのを見て誠は心配になってナビを見てみた。 「ああ、この先100メートルの事故が原因の渋滞ですから。そこを抜ければすぐですよ」 そんな誠の言葉通り、東都警察のパトカーのランプが回転しているのが目に入る。 「なるほどねえ、安全運転で行きましょうか」 窓に張り付いている要に大きくため息をつくと、カウラはそのまま事故車両と道路整理のためのパトロールカーの脇を抜け目の前に見える高速道路の出口に向けて車を進めた。 「懐かしいだろ、誠!」 「そんなに懐かしいほど離れていません。先月だって画材取りに戻ったし」 高速から降りて下町の風景を見るといつも要はハイになる。あちこち眺めている要をめんどくさそうに見つめるアイシャ。 確かに新興住宅街が多い豊川とはまるで街の様子が違った。車はそれなりに走っているが歩いている人も多く、屋根瓦の二階家や柳の植えられた街路樹など、下町の雰囲気を漂わせる光景が要には珍しいのだろうと思っていた。 「でもいいわよね、こういう街。豊川はおんなじ規格の家ばかりで道を覚えるのが面倒で……」 「どうでもいいが覚えてくれ」 カウラに突っ込まれてアイシャが舌を出す。要は完全におのぼりさんのように左右を見回して笑顔を振りまいている。 「胡州の帝都の下町も似たようなものじゃないのか?」 大理石の正門が光る工業高校の前の信号を左折させながらカウラが話題を振った。 「あそこはどちらかというと湾岸地区みたいなところだったぜ。もっとぎすぎすしてて餓鬼のころは近づくと怒られたもんだ」 要の言葉に誠は納得した。彼女は一応は胡州一の名家のお姫様である。何度かテレビでも見た彼女が育った屋敷町はこのような庶民的な顔の無い街だった。 湾岸地区や東都租界のような無法地帯は陸軍士官の任務として潜入工作隊員としてもぐりこんだことがあっても、こういう下町の雰囲気は体験する機会は無かったのだろう。 「おい!駄菓子屋があるぞ。寄って行くか?」 要の言葉に誠は見慣れた古い店構えを見ていた。昔の懐かしい記憶が再生される。小学生時代から良く通っていた駄菓子屋。子供相手ということで今ぐらいの時間に登校する子供達を目当てに店を開け、彼等がいなくなると店を閉めるという変わったおばあさんがやっている店だった。 「子供じゃないんだから……それにもうすぐ着くんでしょ?」 アイシャの言葉に頬を膨らましてにらみつける要。車はそのまま駄菓子屋を通り過ぎると狭い路地に向かって走っていく。 「でも……ここの一方通行はややこしいな」 カウラはそういいながら今度は車を左折させた。歩けば二三分の距離だが、路地は狭く車がすれ違えないので一方通行になっている。 まだ店を開けていない八百屋の角を曲がり、金型工場の横を入ってようやく誠の実家の道場の門が目に入ってきた。 「おい……あれ」 要が指をさすまでも無く門のところで箒を使っている和服の女性が目に入る。 「ああ、皆さん!」 気がついて手を振るのは誠の母、神前薫だった
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