20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:遼州戦記 保安隊日乗 4 作者:橋本 直

第9回   魔物の街 9
 誠は周りの景色を見て、以前誘拐された時の記憶がよぎるのを感じていた。
 実行犯はすべて射殺された。彼等が所属する暴力団組織の幹部は調べに対し誘拐の指示とヨーロッパ系のシンジケートに売り渡そうとしていたことは認めたがそれ以上の証言は取れなかった。そして肝心のシンジケートからは証言らしいものは引き出すことができず、捜査は中座していると茜からは聞かされていた。
 見回す町並み。ビルは多くが廃墟となり、瓦礫を運ぶ大型車がひっきりなしに行きかう。
「カウラ、そこを右だ」 
 要の声にしたがって大通りから路地へ入る。そこは地震の一つでもあれば倒壊しそうなアパートが並んでいる。ベランダには洗濯物がはためいてそこに人が暮らしていることを知らせていた。道で遊んでいた子供達はこの街には似合わないカウラのスポーツカーを見ると逃げ出した。階段に腰掛けていた老人も、珍しい赤い高級車を見て興味を感じるのではなく、何か怪しげな闖入者が来たとでも言うように屋内に消えた。
「ここ、本当に東和ですか?」 
 誠の声に要が冷ややかな笑みを浮かべていた。
「まあこんなところに新車のスポーツカーに乗ってやってくるのは借金取りくらいだろうからな。それとも何か?オメエは歓迎してくれるとでも思ったのかよ」 
 皮肉を口にして笑う要。まだ人が住んでいると言うのに半分壊されたアパート、その隣の一杯飲み屋には寒空の中、昼間から酒を煽る男達が見える。酒を片手ににごった視線を投げてくるこの街の住人達は要の言うようにこの町の人々は誠達を歓迎すると言うより敵視しているように見えた。
「東都のエアポケットって奴だ。政府はここの再開発の予算をつけたいらしいが見ての通り開発の前に治安をどうにかしないとまずいってところだな」 
 ランは目をつぶったままじっとしている。
「おい、そこのパチンコ屋の看板の角で車を止めろ。アイスでも食いたいだろ?」 
 突然の要の言葉に誠は絶句した。
「あの、もう冬ですよ!アイスなんか……」 
「いいから止めろ」 
 要の真剣な目にカウラも要の指定した場所で車を止める。
「アタシと中佐殿で行くからな」 
「なんでアタシなんだ?」 
「駄菓子屋と言えば餓鬼だろうが」 
 そんなやり取りに誠は助手席から降りながらいつものようにランが要を叱り飛ばすと思ったが、ランはなぜか黙って要とともに降りると駄菓子屋に向かった。
「こんなところなら非合法な研究を堂々としていても誰も気にしないと言うことか」 
 カウラはそう言いながら周りを見た。シャッターを半分閉めて閉店しているかと思っていたパチンコ屋から疲れたような表情の客が出て行く。誠もこの界隈が普通の東和、発展する東都から見捨てられた街であることが理解できた。
「しかし……あれを見ろ」 
 そう言うカウラの顔が微笑んでいるのを見て、誠は彼女が指差す駄菓子屋を見た。どう見ても小さな女の子にしか見えないランが要に店の菓子を指差して買ってくれとせがんで要のジャケットのすそを引っ張っている光景が見える。
「芝居が過ぎるな」 
 カウラの微笑む顔を見て誠も頬を緩めた。要はランの頭をはたいた後、店番の老婆に話しかける。老婆はそのまま奥に消え、しばらくして袋を持ってでてそれを要に渡した。要は財布から金を出して支払いを済ませるとそのまま誠達のところに歩いてきた。
「待たせたな」 
 誠が助手席を持ち上げて後部座席に座ろうとする要とランを迎え入れる。要は袋からアイスキャンディーを取り出すとカウラと誠に渡した。
「なんだ?ずいぶんと毒々しい色だな」 
 カウラは袋を開けて出てきた真っ青なキャンディーに顔をしかめる。誠もその着色料と甘味料を混ぜて固めたようなアイスを口に運んだ。
「こんなものになんで札で勘定を済ませたんですか?」 
 口の中に合成甘味料の甘さが広がる。そして吐き出された誠の言葉に、要は袋の中から一枚のマイクロディスクを取り出して見せた。
「買ったのはそっちの方でこちらはダミーか」 
 カウラはそう言うとバックミラーを使って自分の青く染まった舌を確かめた。
「当たりめーだろ。何のためにアタシが芝居をしたと思ってんだ」 
「あれが芝居か?」 
 ランの言葉に苦笑いを浮かべながら要は後頭部からコードを伸ばして携帯端末に直結してデータディスクを差し込んだ。
「オメー等も端末出しとけ」 
 ランの言葉にカウラもアイスを外に捨てた。誠はもったいないので最後まで食べる。
「ちょっと待てよ。プロテクトを解除する……よし」 
 要の言葉が途切れると誠の端末からも数字が並んでいる表を見ることが出来た。
「あのう……」 
 それは奇妙に過ぎる表だった。端末に写っているのは臓器の名前と個数。心臓、肝臓、腎臓、網膜。その種類と摘出者の年齢、血液型、抗体など。延々とスクロールしても尽きない表が続いていた。
「司法警察に持ち込めば警察総監賞ものだ。もっともこのデータを買ってくれる親切な人のところに持ってった方が金になるだろうが」 
 ランがそう言うのも当然だった。
「でもこれって……」 
「租界に流れ込む難民の数と、出て行く難民の数。発表されて無いだろ?人間の使い道がこの土地じゃあ他とは違うんだ」 
 要の言葉に誠は悟った。臓器売買のうわさは大学時代から野球部と漫画研究会の二束のわらじで忙しい誠の耳にも届いてきていた。当時は臓器売買だけでなく薬物や武器までこの租界とその近辺を流れているという噂もあった。そして誠が軍に入ると治安の維持権限の隙を突いて生まれたあらゆる非合法品の輸入ルートと言う利権をめぐり他国の工作部隊が投入されていると言う情報が事実だとわかった。そして同盟軍の治安維持部隊も賄賂を取ってそれを見逃しているという別の噂を耳にすることになった。
 武器の輸出規制が強まり薬物の末端での取締りが強化されるようになって、それでも上納金を求める暴力団や賄賂を待つ治安維持部隊に貢ぐ資金を搾り出すために行われるといわれる人身売買。都市伝説と思っていたものが事実であると示すような一覧が手元にあった。
「そんなに驚くこともねえよ。胡州だってこの租界に派遣されているのは三流の部隊だ。地獄の沙汰もなんとやら、要するに見て通りのことが行われているってことだ」 
 要の言葉を聞きながら誠はただ呆然と画面をスクロールさせる。
「でも法術師の研究とは関係ないんじゃないですか?」 
「他の画面も見てみろ……って時間ももったいねえしここじゃあ場所が悪いな。カウラ、車を出せ」 
 ランが端末のモニターをにらみながら指示を出す。車はそのまま路地を走り出した。
「このまま租界に入るぞ。検問の同盟軍の駐留地まで行け」 
 そのまま画面をスクロールさせていく誠。ようやく一番下まで来ると次の画面に移るためのカーソルが開いた。次の画面はさらに誠の顔をしかめさせるものだった。それはこれまでの文字だけの世界とは違うリストが表示されていた。
 それはまるでペットか何かのように子供の写真と値段が表示される画面。
「おっと二ページ目か。まあ見ての通りだ。人身売買で特に血統重視。遼州系の人間ほど高い値がついている。これでアタシが何を探してきたか分かったろ?」 
 思わず吐き気に口を押さえた誠を冷ややかに突き放すようなランの一言。車内の空気はよどんだ。
「カウラ。とりあえず窓を開けてやれよ」 
 淡々と要はそう言うとデータを読み終えてコードを首から外した。
 巨大な障害物で半分ふさがれた道。その脇では黒い街宣車が大音量で租界の中に暮らしている遼南難民の罵倒を続けていた。カウラの車はすぐに胡州陸軍の制服を着た兵士に止められる。ヘルメットに自動小銃と言うお決まりのスタイルの兵士は大音量を垂れ流すバスの群れに目をやりながら停止したカウラの車の窓を叩いた。
「通行証は?」 
 そう言う兵士にカウラは保安隊の身分証を見せた。二人の兵士は顔を見合わせた後、後部座席を覗き込む。
「同盟司法局がなんの用ですか?」 
「バーカ。捜査に決まってるだろ?」 
 ランの顔を見てにらみつける兵士だが、すぐに彼女が身分証を取り出して階級を見せ付けると明らかに負けたというように一人はゲートを管理している兵士達に向かって駆け出した。
「ああ、別に中に入るのが目的じゃねーんだ。部隊長の顔を拝みたくてね」 
 そんな言葉を吐く幼女を引きつった顔で見つめる兵士はそのまま無線に何事かをつぶやいた。
「とりあえず警備本部もゲートの奥ですから」 
 兵士の言葉を聞くとカウラはそのままバリケードが派手な入り口を通り過ぎてゲートをくぐる。ゲートの周りは脱走者を防止するために完全に見晴らしの効いた場所になっており、ゲート脇の塔には狙撃銃を構える兵士、ゲートの脇の土嚢の中には重機関銃を構えている兵士が見える。カウラはそのまま塔の隣に立てられた警備本部の前に車を止めた。
「さてと、わらしべ長者を目指してがんばるか」 
 要はそう言うと端末から先ほど手にしたディスクを取り出した。誠はその言葉の意味が分からずにランに後頭部を突かれて仕方なく車から降りる。
「しかし殺伐とした場所だねえ」 
 彼女の言葉も当然だった。もし暴動が起きればゲート脇の土嚢から重機関銃の掃射が始まり、武装した難民がいたとしても装甲を張り巡らせた鉄塔の上からの狙撃で簡単に制圧されることは間違いなかった。さらに明らかに過剰防衛を行いかねないと言うような感じで本部の裏を見る。さすがに機体は配備されてはいないようだがそこにはアサルト・モジュール用のハンガーまで用意されていた。
「物々しいというより過剰防衛の気配があるな」 
 呆れる誠の肩を叩きながらカウラが本部へ向かう要とランについていくように誠に知らせる。
「あのー、わらしべ長者って?」 
 誠の声に呆れたような顔の要が振り向く。ランはそのまま警備本部の入り口のドアにたどり着いた。
「早くしろよ!」 
 そう急かされて早足になる誠。それを見たランはそのまま本部に入った。誠が遅れて建物に入ると怪訝な表情の胡州陸軍勤務服の兵士達が入り口に目を向けた。
「保安隊の方ですね!」 
 その中で一人の将校がさわやかな笑顔を撒き散らしながらランに近づいてくる。
「広報担当か……気に食わねーな」 
 ぼそりとつぶやくランに表情を崩すことなくその中尉は闖入してきた誠達を迎えた。
「司法局管轄の人間だからってそんなに構えることねーだろ?」 
 にこやかに笑う広報の腕章の士官を覚めた目で見つめているラン。その状況で誠はこの警備本部が非常に胡散臭いものに感じられてきた。同盟内部でも軍事機構と司法局の関係はギクシャクとしたものだった。特に保安隊のように軍事機構の権限に抵触する部隊には明らかに敵意をむき出しにする軍人も多い。一方で停戦監視任務や民兵の武装解除などを行っている場合になると軍事機構の側の人間の反応が変わるという話を先輩の島田からは聞いていた。
 一つは明らかに仕事を押し付けてくる場合である。停戦合意ができた以上、危ない橋を渡る必要は無いと、武装解除作業を保安隊に押し付けて隊員は街にでも飲みに繰り出す。昨年春の東モスレムでのイスラム教徒と仏教徒の衝突が突然の和平合意で遼南陸軍の監督に向かったときには露骨に仕事を押し付けられたと島田は愚痴った。
 そしてもう一つのパターン。それが目の前のケースだった。
『明らかに邪魔者だから消えてくれって感じだな』 
 広報の士官のにこやかな笑顔が誠の神経を逆なでする。ランは広報の士官を見上げながら明らかにいらだっているように要の脇を突いた。
「構えてなどいませんよ。それに本部長は外出中ですので……君!お茶を入れて差し上げて!さあ、こちらにどうぞ」 
 地図とにらめっこしていた女性下士官がそのまま立ち上がるのを見ると要はデータチップを手にした。
「別に挨拶に来たわけじゃねえんだ。これ、ちょっと手に入れたんだけど見てもらえるか?」 
 広報の士官の態度が明らかに硬くなる。その表情でランと要は半分満足したようにそのまま広報の士官が立ち止まるのに合わせて通路の脇の端末を勝手に起動させる。
「ちょっと!困りますよ」 
「なにが困るんだ?こっちから良い仕事のネタを提供してやろうって言うんだから……ほい、出た」 
 要はすぐに人身売買や非合法の臓器取引のデータがスクロールするように設定して警備本部の広報中尉にそれを見せる。
「……これがどうしたと?」 
 その反応の薄さに要はにやりと笑った。
「ほう、こんな卑劣な犯罪を見逃す警備軍じゃありません……そう言いたいわけか?これはフィクションで実在の警備部隊とは関係ありません……とでも?」 
「ありえないですよ。どこで手に入れられたか分かりませんが、租界における人権問題の重要性は同盟内部でも常に第一の課題として……」 
 そこまで中尉が言ったところで要が右腕を端末の乗っている机に思い切り振り下ろした。机はそのサイボーグの強靭な腕の一撃でひしゃげる。そして広報の中尉はおびえたように飛び上がった。
「アタシの情報がでたらめって言うんだな?」 
 腕を机にめり込ませたまま要が怯えている将校を見上げる。
「でたらめ……いえ、マスコミの捏造記事じゃあるまいし……」 
「火の無いところに煙が……って奴だ。邪魔したな」 
 そう言うと要は机にめり込んだ腕を引き抜き、振り返る。ランもせせら笑うような笑みを浮かべてそれに続く。誠とカウラはただ二人が何をしたかったのかを考えながら警備本部から出ることにした。
「面白いものが見れたろ?」 
 そう言うと要は満面の笑みを浮かべながらタバコを取り出した。本部にはいつの間にか中から武装した兵士が出てきて入り口を固めている。それを面白そうに眺めた要はそのままタバコに火をつけて歩き始めた。
「ディスクは置いてきたが良いのか?」 
 カウラの言葉に要とランは目を合わせて笑顔を浮かべる。
「だからわらしべ長者なんだって。あのデータはあそこの検問の外ではそれなりの意味を持つが、あそこをくぐって租界の中に入ってしまえば麦わら一本以下の価値しかない。証拠性が消滅するんだよアイツ等の手に渡るとな。奴等は狼少年だからな、何を言っても誰も信用してくれない。賄賂を取って国に家でも建てれば別だが。とりあえず現金は稼ぎましたという現実は間違いなくその豪邸が証拠として残るからな」 
 そう言って要はタバコをくわえたままカウラの赤いスポーツカーの屋根に寄りかかって話はじめる。同盟軍組織の一部、こう言う二線級部隊の腐敗はどこにでもあると言うように、要は時折振り返って兵士達に笑顔を振りまく。
「じゃあ何の意味が?」 
 そうたずねた誠に手にした端末の画面を要は見せた。次々と画面がスクロールしていく。良く見つめればそれはある端末から次々に送信されているデータを示したものだった。
「あいつらでも多少はコイツの存在が気になるんだ。さっそくあのリストと出所と思われるところに連絡を入れて事実関係を確認中ってところかな。後はあの連中が連絡をつけた糸をたどっていけばどこかに昨日見た連中の製造工場があるだろうって話だ」 
 そう言うと要はタバコを投げ捨てる。検問の兵士ににらみつけられるが要は平然とドアを開けてそのままランと組んで車に体を押し込む。
「それじゃあ今日はこれで終わりですか?」 
 助手席の椅子を戻して乗り込む誠を要とランが呆れたような目で見つめる。
「馬鹿だな。オメエ等がこの租界の流儀を知らねーのは分かってんだ。とりあえず入門編のレクチャーをアタシ等が担当してやるよ」 
 そう言うとランは端末のデータを車のナビに転送した。
「このルートで走れって事ですか?」 
 カウラは租界の外周を回るような順路を見た後そのまま車を出した。
 外の湾岸再開発地区よりも租界の中は秩序があるように見えた。しかし、それが良く見れば危うい均衡の上にあることは誠にもすぐに分かった。四つ角には必ず重武装の警備兵が立っている。見かける羽振りのよさそうな背広の男の数人に一人は左の胸のポケットの中に何かを入れていた。それが恐らく拳銃であることは私服での警備任務を数回経験した誠にも分かる。
「今でこの有様だったら東都戦争のときはどうなってたんですか?」 
 思わずそんな言葉を吐いた誠を大きなため息をついた要がにらむ。
「なに、もっと静かだったよ。街もきれいなものでごみ一つ落ちて無かったな。なんといっても外に出たらどこからか狙撃されるんだから」 
 そう言って笑う要。確かに今見ている街には人の気配が満ちていた。大通りを走るカウラの車から外の路地を見ると必ず人影を目にした。子供、老人、女性。あまり青年男性の姿を見ないのは港湾の拡張工事などに人手が出ているからだろうか。
「空気の悪いのは昔からか?」 
 ランが要を見つめる。
「そりゃあしょうがねえだろ。こんな狭いところに50万人の人間が閉じ込められているんだ。呼吸だけで十分空気が二酸化炭素に染まるもんだ。もっともアタシはここの空気は嫌いじゃないがね」 
 そんなことを良いながら外を眺める要だが、その表情が懐かしい場所に帰ってきたような柔らかい笑顔に覆われていることに誠は不思議な気持ちになった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 63