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作品名:遼州戦記 保安隊日乗 4 作者:橋本 直

第7回   魔物の街 7
 会議室の扉の中ではすでにアイシャと島田、そしてサラが茜の説明を受けているところだった。
「ああ、いらっしゃいましたのね。ラーナさん。説明をお願いするわ」 
 そう言うと茜は再びアイシャ達に説明を始める。
「じゃあ、よろしいですか?クバルカ中佐」 
「おー始めてくれ」 
 ランはすぐに携帯端末を開く。誠とカウラもすぐにポケットから手のひらサイズの携帯端末を開き、その上方に浮かぶ港湾地区の地図に目をやった。要はいつものように脳内と直結させて情報を仕入れているようだった。
「今回の捜査ですが、茜警視正と私、それにクラウゼ少佐、グリファン少尉、島田准尉のチームとクバルカ中佐、ベルガー大尉、西園寺大尉、神前曹長のチームに分かれます」 
「残念……と言うか要ちゃん!誠ちゃんに変なことしたら承知しないわよ!」 
「誰がだ!」 
 アイシャの茶々に怒鳴り返す要。それを無視してランはせかすような視線をラーナに向ける。
「港湾地区のエリアですが、私達は主に陸地側と租界ラインから内側の地域を担当、クバルカ中佐達はそれより租界側と租界内部の調査をお願いします」 
 ラーナの言葉が当然と言うように頷く要。
「西園寺、テメーの人脈はどうなんだ?使えるか?」 
 小さなランの頭が要に向き直る。
「あてには出来ねえな。実際、三年前の同盟軍の治安出動でやばい連中はほとんど店じまいしたって聞くしな。それに叩けば埃が出る連中がこんな堅物をつれて回ったら何にもしゃべるわけがねえよ……てか肝心のこの研究のスポンサー連中の捜査はどうすんだよ。今聞いた限りじゃ末端の研究施設を見つければ御の字みたいな口ぶりじゃねえか」 
 そう言って隣のカウラを見る。誠も私服を着ててもどこか軍人じみたところがあるカウラを見て苦笑いを浮かべた。
「愚痴るなよ。アタシだってそうしてーのは山々なんだが……物事には順序があるだろ?お偉いさんに証拠もなしに噛み付いたらアタシ等の首だけじゃすまなくなるぞ」
 明らかに不機嫌な調子のラン。彼女も要の言うことは十分分かっているが組織人としての経験が要の無謀な行動に釘を刺して見せた。
「じゃあ捜査のチーム分けはそうするとチームは必然的にアタシと西園寺。ベルガーと神前の組み合わせになるな」 
 ランの言葉にカウラをにらむ要だが、すぐに何かを思いついたように黙り込んだ。
「でもどう調べれば良いのですか?人体実験を行うプラントなどなら警察や諜報機関が察知していても良いはずなのに……そちらの情報は無いんですよね」 
 確認するようにカウラがラーナにたずねると、彼女はその視線を要に向けた。
「まあ諜報機関はあてにならねえな。あいつ等は上層部の意向で動いている連中だからトップが情報を出してもOKが出ない限り口は開かねえ。一方地理には詳しいだろう東都警察の方は湾岸地区はお手の物だが手が届かない租界内部に本拠があるなら権限がとどかねえしな。ただでさえ沿岸の再開発地区の広すぎる地域をカバーするだけの警察ですら人手が足りないくらいなんだ。アタシ等に分ける人員などゼロだろうな。まあ叔父貴から正式な要請があれば動くだろうが……ローラー作戦意外考えつかねえ連中だ、当てにできねえよ」 
 要はそう言うとランを見つめる。
「それにだ。非合法とは言え明らかに先進的な法術覚醒や運用の技術を持ってる連中が相手とすれば、その情報を欲しがっている国の庇護を受けている可能性もある。そうなれば相手はチンピラじゃなくて非正規部隊だ。お巡りさんの手に負える相手じゃねーよ」 
 そんなランの言葉に誠は握り締めていた手に力が入る。
「でもそれなら僕達でなんとか出来るんですか?」 
 誠の顔を見てランが不敵に笑う。
「上はそれだけのオメーを評価しているってことだ。ラーナ、とりあえず捜査方針とかは後でアタシのデータに落としといてくれ。行くぞ!こんなところでくっちゃべったところで仕事にならねーだろ?」 
 そう言って椅子から降りるラン。誠はそのかわいらしいしぐさに萌えを感じてしまう。
「ロリ!ペド!」 
 要はランに目をやる誠の頭を軽く叩くと会議室の扉に手をかけるランの後ろに続いた。
 まさにチョコチョコと先頭を歩いて進むランを誠は萌える瞳で見つめていた。
「おい、さっきから目つきが怪しいぞ」 
 今度はわき腹を突く要。カウラは呆れたようにため息をつく。
「おう!ちょっと任務で出かけてくる!しばらくは連絡や報告は携帯端末にしてくれ」 
 実働部隊の部屋に顔を突っ込んでランが叫ぶ。明らかに青ざめた顔の楓以外が敬礼を返すのが見えた。そしてその隣では先ほどの虫を頬張っているシャムがいる。
「シャムもしつこいねえ。また楓に喰わせたな、ゾウムシの幼虫。でも本当にアイツは苛めたくなるよな!」 
 うっとりとした表情で吐き気に耐えている楓を見つめる要。その怪しげなタレ目の輝きに思わず誠は一歩下がる。
「貴様のせいなんじゃないのか?あいつがいじめられて喜ぶようになった原因は」
 ニヤニヤしながらランに続いて進む要にカウラが呆れたと言うようにそう言った。管理部の部屋では一人、背広姿で外のラン達を見つめている部長の高梨渉参事が見える。その調子はどこかランの一行がまた予算を無駄に使うと思って警戒しているようにも見えた。
「やはり他の隊員にも秘密なんですね」 
 誠の言葉に真剣な表情でランが振り向く。
「例のかつて人間だったものを公開するわけか?パニックが起きるだけだな」 
 そう切り捨ててそのまま階段を下りるカウラ。
「お出かけですか?島田班長に用があるんですけど」 
 降りてきたランに整備の若手のホープである西高志兵長が声をかけてくる。
「ああ、追加資材の発注だろ?権限は現状ではシンプソン中尉に委譲中だ。島田は別任務で動く」 
「はあ、そうですか」 
 ランの言葉に西はそのまま建物の奥の技術部の倉庫に走っていく。
「でもどうするんだ?明華の姐御が帰ってくるまでデカ乳が現場を仕切れるとは思えねえんだけどな」 
 そう言って要が笑う。技術部にアメリカ海軍から出向してきているレベッカ・シンプソン中尉と言えばその豊かな胸で知られていた。それにどちらかと言えば打たれ弱く、パニックに陥っているイメージが誠にもあって要の言葉ももっともなように聞こえた。
「一応仕事なんだからさ。たまには将校らしく毅然とした態度をとってもらわねーとアタシも困るんだよ」 
 ランはそのまま整備員達から敬礼される中を進んでグラウンドに出た。
「それと明日の日曜の練習は中止になるかな」 
 誠の顔を見ながらランがそう言った。保安隊野球部。ランの先任の明石清海中佐が部長を務めていた。
 秋の大会でもダークホースと呼ばれ、誠の左腕で都市対抗を目指していた部活動だが、部長の明石が去り、以前のように練習することは少なくなった。異動により明石がこの基地のある豊川に来れるのは本部勤務が無い土曜日と日曜日。だが最近は今日のように婚約中の保安隊技術部部長の許明華大佐と結婚関連の打ち合わせで練習が出来ない日も続いていた。
「まあ仕方ないな」 
 グラウンドを眺めてカウラがそうつぶやく。ハンガーを出て山から吹き降ろす北風に身が凍えるのを感じながら誠はランに続いて正門へと向かった。
 そこにある鉄柱には鎖がつながっていてその先にはシャムの友達であるコンロンオオヒグマの子供、グレゴリウス13世がいた。
「飯はねえぞ」 
 一言要がそう言ったのを見て怒ったようにうなり声を上げる。
「西園寺。熊と同レベルで喧嘩してどーすんだよ!」 
 思わず笑みをこぼしながらランはカウラが遠隔キーであけたスポーツカーの助手席のドアを開き、助手席を倒して後部座席に身を沈めた。
 ランに続いて要が後ろの席に座り、運転席にはカウラ、誠は助手席に座ることになった。
「ベルガー。出る前にちょっといいか?」 
 ランの言葉にハンドルから手を離して振り向くカウラ。誠もそれに合わせてランを見つめる。
「疎開はアタシと要が担当する。神前のお守りは頼むぞ」 
「なんだってこんな餓鬼の……」  
 普段は本当に小学校低学年の少女にしか見えないランだが、その元々にらんでいるような目つきが鈍く光を発したときには、中佐と言う肩書きが伊達ではないというような凄みがあるのは誠も知っていた。
「租界じゃ名の知れた山犬がうろちょろするんだ。恨みなら山ほど買ったんだろ?東都戦争のときに。そんなところに素人を送り込めるかよ」 
 ランの口元の笑みが浮かぶ。要はちらりと誠を見てそのままそっぽを向いた。東都警察も匙を投げたシンジケートや利権を持つ国々の非正規部隊の抗争劇『東都戦争』の舞台となった東都租界と言えばすぐに『胡州の山犬』として知られたエージェントの要が幅を利かせるのは当然のことだった。
「カウラ、気をつけとけよ。現在も潜伏している工作員もいるだろうからな。それに今回の超能力者製造計画をたくらむ悪の組織……」 
「ふざけるなよ、バーカ」 
 誠の特撮への愛を知っている要のリップサービスにその頭をはたくラン。
「まあトラブルになる可能性はアタシ等の方が大きいんだからな。お前らはとりあえず予定した調査ポイントでアタシの指示通りに動いてくれりゃあそれでいい」 
 まるで期待をしていないようなランの言葉を不快に思ったのかカウラはそのまま正面を向き直り車のエンジンをかける。
「そう気を悪くするなよ。相手は法術師を擁している可能性が高けーし、正直神前はあてにならねーし……」 
「そうだな、コイツはあてにならねえな」 
 要にまでそう言われるとさすがに堪えて誠も椅子に座りなおしてシートベルトをした。
「いじけるなよ。即戦力としては期待はしてねーけど将来は期待してるんだぜ」 
 ランのとってつけたような世辞に頭を掻く誠。カウラはそのまま乱暴に車を発進させる。
「姐御、カウラは結構根にもつから注意したほうが良いですよ」 
「そうなのか?」 
 囁きあう要とランをバックミラー越しに見ながらカウラはそのまま車を正門ゲートへと向かわせる。
 いつものようにゲートには警備部の歩哨はいなかった。カウラはクラクションを派手に鳴らす。それに反応してスキンヘッドの大男が飛び出してくる。
「緊張感が足りないんじゃないのか?」 
 いつもなら淡々と出て行くカウラにそう言われて面食らう大男。
「すいません……出来ればシュバーキナ少佐には内密に」 
 手を合わせるスキンヘッドを見下すような笑みで見つめた後、開いたゲートから車を急発進させるカウラ。
「確かになあ。根に持ってるわ」 
 ランは呆れたように車を急発進させるカウラを眺めていた。


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