同盟司法局ビルの地下駐車場に車を停めたカウラがそのままエレベータへ向かうと、入り口近くの喫煙所でタバコを吸う嵯峨の姿を三人は見つけた。 「おう」 そう言って軽く左手を上げた嵯峨の表情。明らかにその視線は疲労の色を帯びているのが誠にも分かった。いつものようによれよれのトレンチコートにハンチング帽をかぶり、めんどくさそうに火のついたタバコを備え付けの灰皿に押し付けている。 「隊長、お疲れのようですが」 「おい、ベルガー。それは俺の台詞だよ」 そこまで言って嵯峨が大きくため息をついた。そしてそのまま誠に向ける瞳にはいつものにごった嵯峨の視線が戻っていた。 「茜のとこの会議。俺も出ていいかな?」 それでも明らかに余裕を感じさせない嵯峨の態度に誠は苦笑いで答えた。それを見ていつもなら噛み付いてみせる要も苦笑いを浮かべながらカウラを見上げる。 「私達にそれを拒否する権限はありません。茜さんに聞いてください」 そう言って敬礼をしてそのまま横を通り過ぎようとするカウラを見て呆然と口を開けていた嵯峨が慌てたように三人の後についてくる。エレベータが開き乗り込むときも妙に卑近な笑みを浮かべながら嵯峨はおとなしく付き従っていた。 「今回はマジでごめんな。俺も完全に裏をかかれたよ」 そう言って帽子を手にして苦笑いを浮かべる嵯峨。その弱弱しい笑みを見て誠は嵯峨が珍しく本音を吐いたと直感した。 「いつも人の裏ばかりかいているからじゃないですか?」 振り返って嵯峨を見つめるカウラの鋭い視線に嵯峨は目をそらした。エレベータが減速を始め、止まり、そして扉が開く。すでに定時を過ぎたとは言え、法術犯罪の発生により同盟司法局のフロアーには煌々と明かりがともされていた。端末に向かい怒鳴りつけるオペレーター。防弾チョッキを着込んで出動を待つ機動隊の隊員。 「あちらさんも大変みたいだ」 嵯峨が指差す先では遼南軍の制服の兵士達が仮設の端末の前で囁きあっている。 「裏をかかれたのはライラの姉貴のところも同じだってことだろ?」 黙っていた要はそう言いながら先を振り向かずに司法局長室に続く廊下へと向かった。次第に背後の喧騒から解放された誠達の前に調整本部長でもある明石が自室から出てきた姿が目に入った。 「あれ?おやっさん」 不思議そうな表情で嵯峨に敬礼する明石を見て、部屋の置くから茜が顔を出した。 「お父様、何しにいらしたのかしら?」 「おいおい、ひでえ歓迎だな。俺がいるのがそんなに不服か?」 苦笑いの嵯峨。トイレに行くのだろう、そのまま明石は廊下を誠達が来た道を戻る方向に素早く歩き始める。 「おう!雁首そろえての密会に俺を誘ってくれないとは……つれないねえ」 「隊長。暇なんですか?」 嵯峨の言葉にやり返すランだが、隣にはうつむいているサラの姿があるのを見て全身に緊張が走るのを誠は感じていた。暗い表情のサラの隣、応接用のソファーの一番奥に島田が頭を掻きながら座っている。その右手には血で染まった包帯が巻かれていた。 「ちょっと手を切っただけですよ。もう……ほら!」 血で固まってなかなか解けない左腕の包帯を無理に引き剥がしてかざして見せる。そこにはそれまで白い包帯にこびりついていた血がどこから流れ出たのか分からないほどのいつもどおりの島田の手があった。 「やっぱりオメーも仙なんだな」 ようやく明石の部屋の応接ソファーに身を投げて足の長さが足りないのでぶらぶらさせているランが島田に目を向ける。その言葉に島田は引っかかるような笑みを浮かべて再びソファーにもたれかかった。 「面倒なものだよなあ、擦り傷から心臓や額に穴をあけられても自然に治っちまう」 嵯峨の言葉に愛想笑いを浮かべる島田。 「でも……私……」 そんな島田の手を見て震えるサラ。 「気持ち悪いだろ?隊長の言うとおりなんだ。俺は簡単には死ねないんだ。細胞の劣化もほとんど無くただ生き続けるより他に仕方が無い、そんな存在なんだ」 「え?便利じゃねえか。アタシみたいに身体を使い捨てに出来るサイボーグだって脳の中枢と脊髄の一部は替えがきかねえんだぞ」 要の言葉に力なく笑う島田。だがその隣にいつの間にか座っていたカウラは手に端末を持って隣でそれを覗き込んでいる茜と小声で囁きあっていた。 「なんだ、ベルガーのとこの襲撃者もお手紙をよこしたのか?」 ランがテーブルに置かれていた自分の端末を覗きこんでつぶやく。その様子を立ったままで嵯峨が見下ろしていた。 「ああ、隊長!座っといてくださいよ!」 帰ってきた明石を見て嵯峨は仕方が無いと言うように端末のキーボードを叩いているラーナの隣の椅子を引っ張って、誠達の座るソファーの前の応接用のテーブルに持ってきて腰掛けた。 「状況は悪いな……と言うか……」 そんな嵯峨の一言に奥で茜が唇をかみ締めているのが見えた。 「茜、お前を責めてるわけじゃないんだ。俺達が動けるのは何かがあった後の話だ。今回、法術の違法研究の証拠が出てきてからようやくお前さんのところにも捜査の依頼があったわけで、その頃にはすでに手遅れになってたのかも知れないしな」 沈黙が部屋に漂う。 「とりあえず証拠の完全隠滅だけは阻止したんやから。ええ仕事したと思うとるでワシは。後はそのさきどう落とし前をつけるかだけ」 明石の声に静かに要が頷いた。 「良いこと言うねえタコ。なあベルガー……幾つか収穫はあったんだよ」 嵯峨の言葉で二人きりで話を進めているカウラと茜のほうに一同の目が向いた。 「とりあえずこれを見ていただけますかしら?」 そう言って茜は手にした端末を操作する。明石の机の上に大きめな画像が展開し、表が映し出された。 「なんだ……こりゃ?」 嵯峨がこめかみを押さえながらつぶやく。それを一瞥した後、カウラが立ち上がった。 「これは北博士の指揮による工程表です。彼らは同盟厚生局から得たデータを元に実戦投入可能な法術師を三名調整していたと思われます。彼らに施す手術や投薬、訓練に関するデータがここに記されています」 「厚生局?その表情じゃー任意で引っ張るのも難しいくらいのデータしか無かったって顔だな」 緊張している茜に声をかけるラン。幼い見た目に関わらず実戦を潜り抜けた猛者であるランの言葉には余裕すら感じられて、誠には不安げな茜の表情が少しだけ和らいで見えた。 「残念ながらその通りですわ。この工程表の原本はたぶん厚生局の監修によるものと推測されます。ですけどあくまでそれは推測。あの三人の研究には無い技術が使用されているというだけで役所を一つ敵に回すのは……」 「そのデータは後でヨハンに送っておけ。で?」 嵯峨の目が鋭く光って娘の茜を捕らえる。ようやくペースがつかめたというように茜は画面を切り替えた。 「さっき言いましたけど、最初からこの計画では三人の法術師の養成が目的とされていたのは先ほどの工程表から判明いたしました。ですが、それなら私達がこの事件に気づくきっかけになった明らかに失敗としか思えない法術暴走の犠牲者や同盟本部ビルを襲った少女達はなぜ作られたか……」 そう言って茜は島田を見つめた。やりきれない思いのようなものを感じてか、目をそらした茜は大きく深呼吸をして画面に動画を映し出す。 その中央には肉の塊が浮かんでいた。ぼこりぼこりとその床に付く面からはオレンジ色の部屋の照明に照らされながらなんとも知れない液体が流れている。 「なんだよ、これは」 嵯峨ですらその光景に目を丸くしていた。茜の言いたいことは誠にも分かった。それが法術師の成れの果てだということ。そしてそれが一人の法術師のものでないことは何本かの突起が人の腕や足であることが見えたところで分かってきた。 それに完全密閉の防護服を着た技師が巨大な注射器のようなものを突き立てる。表面の膜をうごめかせながらそれを受け入れるかつて人であったもの。 「こんなのを作ろうとしたわけか?」 嵯峨の言葉にカウラが頷く。 「片桐博士のデータによると、工程表にある『α波遮断型血清254』と言うのを製造するために作られた生体プラントだそうです。この組織に送られた法術適正者はこれを製造するために使用されたことが工藤博士の手記からも裏付けられています」 「その過程で生体プラントに使用できない法術師を廃棄処分にしようとして逃げられたのが……」 要が唇をかみ締めている。その怒りを溜め込んでいるような視線に誠は思わず目をそらしていた。 「これが人間のやること……なんですかね」 震える声で島田がつぶやく。その隣には画面の不気味な塊に恐れをなして彼の腕を掴んでいるサラの姿もある。 「つまりコイツの移動さえ出来れば、後の施設はどうとでもなると……まあ他の必要な資材は三人の博士の全面協力と……」 「厚生局をはじめとするシンパの公的機関と大学、病院、研究機関からの補給ですぐに復活が出来るってわけか」 嵯峨の震える声を強い調子で受け継ぐラン。 「そして三人の調整済みの法術師の試験運用が例の同盟本部ビル襲撃事件……」 「つながりましたね」 そう言って茜を見るラーナだが、茜の表情は暗いままだった。 「ラーナ。それじゃあその三人の納品先はどこなのかしら?そして仕事が済んだ三人の博士を襲撃したのは誰なの?」 「それは……」 ラーナが口をつぐむ。そこで嵯峨は懐からディスクを取り出して自分のよれよれのコートのポケットから取り出した端末のスロットに差し込んだ。 「まあこれはオフレコでね」 そして映し出される三人の隠し撮りされた男の写真。誠も必然的にそれに目を向けた。その一人、アロハシャツでにやけた笑いを浮かべているのが北川公平だということが分かったが、角刈りの着流し姿の男と長髪の厳しい視線の男には見覚えが無かった。 「北川公平がカウラのところにいらっしゃったのね。そしてわたくしのところには桐野孫四郎……」 茜の顔が曇る。 「桐野孫四郎?」 「元隊長の部下だった男だ。敗戦直後の胡州で高級士官の連続斬殺事件で指名手配中だ。先の大戦でアサルト・モジュール部隊が壊滅してから敗走の際にゲリラや遼北兵を隊長と一緒に日本刀で惨殺して恐れられた男だ。付いたあだ名は……『人斬り孫四郎』」 カウラの言葉を聞いて着流し姿の男に誠の目は集中した。その瞳にはまるで光が無い。口元の固まったような笑みも見ていて恐怖を感じさせるところがあった。 「そしてこのロン毛か……。俺も探しているところなんだよね」 そんな反射で出てしまったという言葉に自分ではっとする嵯峨。当然ランは聞き逃したりはしない。 「推測でいいですよ。今のところはね」 ランの言葉に嵯峨は諦めたようにうなだれた。 「まあなんだ。仙の存在は……できるだけ隠しておきたかったのがどこの政府でも思っていたことさ。不死身の化けもの。それだけでもいろんな利害のある連中が食いつくねたにはなるんだ」 そう言うと嵯峨はタバコを取り出す。 「ああ、いいですよ。吸っても」 明石はそう言うと戸棚からガラスの灰皿を取り出して嵯峨の前に置いた。 「そこでそのロン毛がねえ……」 そう言うと映像が切り替わる。それは中国古代王朝を思わせる遼南朝廷の皇族の衣装に身を包んだ男の姿だった。そしてその表情の見ているものを憂鬱にさせるような重苦しい雰囲気に一同は息を呑んだ。 「お前等も知ってるだろ?遼南王朝初代皇帝ムジャンタ・カオラ。カオラが王宮を出た後、帝位には次男のジェルバが付き、惣領のシンバは王朝を追われたその息子がこいつ、廃帝ハド」 「その廃帝の写真ですか。なるほど、仙なら年を食わないというのも当然か……おっと自分で言うのもなんだろーなー……」 ランはそう言いながらソファーの下に足を伸ばす。小さな彼女では当然足は宙でぶらぶらとするだけだった。 「ちょっと待って下さいよ!でもこの人達は法術師でしょ?それがどうして……あんな仲間を実験材料にする連中と手を組んだんですか?」 ためらうような誠の声に一同の視線が嵯峨に集まる。 嵯峨は頭を掻きながら画面を消した。 「まあお前さん達の気持ちも分かるよ。こんな正気の沙汰とも思えない計画を誰が考え、そしてそこで生み出された化け物を誰が囲おうとしている奴がだれか。それがはっきりしなけりゃ今回の研究を潰したところで同じことがまた繰り返される……と。厚生局はあくまで生産方法のノウハウを得るための手段として使われたってとこだろうな。すでにこの三人の法術師を手にした連中は新しいプラントの着工のイベントでもやってる最中かもしれねえ」 タバコをくわえていた嵯峨が火をつけるために一服する。だが誠達の視線はそんな落ち着いた様子の嵯峨を見ても厳しさを和らげることは無かった。 「ここからは俺の推測だってことをあらかじめ断っておくよ。まあ推測だから断定しない言い方をするからって責めないでくれってわけで……」 そう言うと嵯峨は天井に向けてタバコの煙を吐いた。 「今回の事件には三つの勢力の意図が関係している。そう俺はにらんでいるんだ。一つはお前さん達がこれから潰しにいく研究開発を行っていた同盟厚生局の内部組織……と言うかその研究成果そのものがその組織の価値と同じ意味を持つわけだがね」 あいまいな言葉遣いに誠は首をひねった。 「素質のある素体をいかにして自分の望む能力を持った法術師にするかと言うノウハウだ。遼州同盟厚生局がそれを独占しようとしているみてーだがまず無理だな。流出してるぜ。そして三人の法術師をオーダーした出資者。たぶんゲルパルトのネオナチの残党だろーな。近藤事件のとき以来ちょろちょろアタシ等を嗅ぎまわっていたからな連中は」 ランはそう言って誠を見つめた。 「そして流通した技術を見て遼州人を便利な道具か何かと考える思想が生まれる。丁度、私達の存在が兵器でしかないのと同じように」 カウラの声が冷たい。 「私達の髪の色が自然な地球人のそれと違うのは、私達が人間じゃなくて戦争の道具だっていうゲルパルトの地球人至上主義勢力の思惑だしねえ」 「アイシャさん」 アイシャの言葉で誠は嵯峨が後手を踏んだという意味を理解した。 『近藤事件』以後、東和政府は国民に法術適正検査を実施した。そして遼州人で潜在的に法術適正を持っている割合が4パーセントであるという事実も知った。そしてすでに法術適正をめぐる差別や対立がネットの世界を駆け巡っている事実も知ることが出来る位置にいた。 「必然的に同盟は割れる。力のあるものだけが生き残る世界に……」 導かれる結論として誠の口からはそんな言葉が漏れた。 「だからこいつ等は……ムジャンタ・ハドは動いたわけだ。第三勢力。既存の後ろ盾の無い、だが自らの力に自信のある連中の王国でもおっ建てるために……」 嵯峨の言葉に頷くランを見ながら誠は手を上げる。 「質問ね。なんで差別される側の遼州人が動いたかって言うんだろ?なあに昔からこういう時はどっちが先かなんてことは問題じゃないんだ。どちらにしろ『違う』ってことがあればそれで奴らにゃあ力を振るって相手をぶん殴るには十分な理由なんだ」 誠は手を下ろして周りを見る。要が生ぬるい笑顔を浮かべている。思わず視線を落とした。 「で、問題は三体の法術師。『人工』をつけたほうがいいか?」 そう言いながら嵯峨が再び画面を変える。そこには黒を貴重としたゲルパルト風の軍服を着た初老の男の姿があった。 「これって……」 「ゲルパルト秘密警察。階級からして大佐だな」 カウラの言葉で誠も悪名高いゲルパルト秘密警察のことを思い出していた。反体制組織討伐にあらゆる手段を尽くした彼等の行動は永久指名手配と言う形で保安隊の掲示板にもその顔写真が残されていた。 「ルドルフ・カーン元大佐。今は……」 「ゲルパルト国民党の残党で、その互助会の名目で数十の公然組織で多額の資金を運用している方ですわ。例のバルキスタンのカント将軍の裏帳簿を漁った件では資金運用の助言と言う名目で相当な金額がカント将軍からこの老人の手元に振り込まれていますの」 茜の口元が緩む。その姿を見て誠は彼女嵯峨の娘であることがこれ以上ないくらい良く分かった。 「実はとある筋……まあぶっちゃけアメリカがらみの諜報機関なんだけどな、カーンの公然組織からこの数日で大金が引き出されているっていう話が来てさ」 「その金が寄り合い所帯の法術研究機関に振り込まれたってわけか」 要の言葉に頭を掻く嵯峨。 「タイミング的にはぴったりだが……裏づけが無い。疑いだしたらそもそも情報の出所すべてが怪しい話だからな」 「人を道具として使うことに慣れたゲルパルトの大佐殿か。厄介な話だだなー。で、隊長のお話は終わりっすか?」 ランが口を開くと少し飛ぶようにしてソファーから降りる。そのままちょこまかと明石が寄りかかっている執務机の脇の固定式端末を操作し始めた。 「まあアタシ等が今できること。例の生体プラントの確保ってことになるわけだが……」 そう言いながら操作した画面でデータのIDやパスワードの入力画面が表示されては消える。この場にはいないもののそのような芸当を得意としているのは吉田俊平少佐がネットでこの状況を監視しているということを示していた。 「そいつは色々探し回ったんだがねえ……できるだけ俺等が目をつけそうに無くてなおかつそれなりの規模の研究を行なっても秘密が漏れないところ……病院や厚生局の外郭団体の研究施設も当たったがぴんと来なくてさ。そこで発想の転換で吉田の馬鹿をけしかけたら以外にあっさり見つかってね」 最終プロテクトが解除された。それを見て誠はあんぐりと口をあけた。 画面の地図には東都の官庁街を示している。そしてその×印をつけられた地点は間違いなくこの同盟司法局ビルから見える範囲の新しいビルを指していた。 「遼州同盟政治機構第三合同庁舎……」 カウラも目を見開いてその×印を見つめていた。 「やってくれるなあ、厚生局の手元にあったのかよ。いくら探しても見つからねえわけだ」 そう言ってタバコを取り出す要。いつもなら隣のタバコを吸わないラーナは逃げるはずだが彼女は呆然と画面に見入って隣の要の行動など見ていなかった。 「これがカウラ達が身柄を押さえに行った片桐博士のディスクの中身だ」 「コイツは……御大将。この連中だけじゃ無理なんとちゃいますか?恐らく厚生局の麻薬対策部隊が待ち構えていると考えんと」 思わず明石がタバコの煙を吐き出す嵯峨に声をかけた。嵯峨は灰が伸びているタバコに気づいてそれを灰皿でもみ消すとニヤリと笑って明石を上目がちに見上げる。 「ああ、協力はするつもりでマリアはすでに動いてるよ。それと安城さんの機動部隊が待機している。事が始まればすぐに主要道路の閉鎖と部外者の避難誘導のシミュレーションも済んでる」 そう答えると嵯峨は誠を振り返った。 「でもなあ。これだけじゃ不安なんだよな。もし例の三体の法術師やシンバの手のものが動けば被害範囲は確実にでかくなる。それに例の化け物が自己防衛の為に動き出したりしたら……」 嵯峨は頭を掻きながら相変わらず誠を見つめていた。 「僕が……何か?」 「お前さあ、パイロットだよな」 「は?」 誠は嵯峨の言葉の意味が分からなかった。しかし薄ら笑いを浮かべながら誠を見てくる嵯峨の目が真剣でもう一度誠はまじまじとその顔を見つめた。 「こんな市街地で05式を起動させるんですか?」 ありえないだろうと言う微笑を浮かべてそう答えた誠に、大きく頭を縦に振る嵯峨の姿があった。 「もう裏の駐車場に用意してあって明華が待ちくたびれているところだ。俺等の仕事は最悪の事態に備えることだからな。出動命令はさっき同盟本部の幹部会議にねじ込んで通したところだ」 そう言って嵯峨はタバコをもみ消した。誠が周りを見るとすでにランは携帯端末の画面を開いてカウラと要を両脇にすえて小声で打ち合わせを始めているところだった。 「当たり前だが指揮官はつけるよ。カウラが指揮を担当でバックアップは要だ。文句は無いよな?」 嵯峨の言葉にまだ誠は納得できずに呆然と立ち尽くしていた。 「確かに第二小隊の編成ならそうでしょうけど……」 ためらう誠の肩に嵯峨が手を置いた。 「一応隊長命令だ。よろしく頼むぞ」 嵯峨はそのままソファーに身体を沈める。 「じゃあ行くぞ」 打ち合わせが終わった要に引きずられるようにして誠はそのまま明石の執務室を後にした。
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