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作品名:遼州戦記 保安隊日乗 4 作者:橋本 直

第29回   魔物の街 29
 寮に誠達が着いたときはすでに日付が変わっていた。小さいくせにやたらとタフなランとサイボーグの要以外はさすがに疲れて口を開く気力もなかった。誠は黙って部屋に戻ると着替えもせずにそのまま布団を敷いて眠ってしまった。
 眠ったはずの誠の視界が開かれた。保安隊が誇る人型兵器『アサルト・モジュール』05式特戦乙型。誠の全身にアニメやギャルゲーの登場人物の描かれた灰色の機体のコックピットの中。パイロットスーツに身を包んだ誠は惑星胡州の外周に存在するアステロイドベルトでの戦闘に参加していた。
 模擬戦の時と同じくテロリストの使用する地球製の旧型アサルト・モジュールM5に輸出仕様のM7が数機デブリを徘徊しているのを発見する。
『神前!焦るんじゃねえぞ!』 
『そう言いながら最初に発砲するな!』 
 戦闘でレールガンを乱射する要機。押さえにかかるのを諦めたように誠の機体の先導に移るカウラ機。
『神前、乙種出動だ。サーベルだけで何とかしろ!』 
 カウラの通信に頷いた誠はサーベルを抜いて法術を発動。干渉空間を展開した。
 だがそんないつもシミュレータでやっていた動作に違和感が走った。全身から一度は吸い取られたような法術の力が逆流して腕から先が膨らんでいくのが見える。誠はそのまま操縦棹から手を離し手袋を見つめる。
 そのケプラーと合成ゴムの複合素材の手袋が紙袋のように簡単に千切れる。それに合わせて腕、太もも、そして胸までのパイロットスーツがちぎれとんだ。
『どうしたっ……て!なんだ!神前!』 
「力が!力が……!」 
 膨れていく自分の体。モニターに映っているのは思わずヘルメットを外して手を伸ばそうとする要、驚きで口元に手を当てているカウラ。
「うわー!」 
 自分の体が際限なく膨らんでいく不安と苦痛。そして額に当たったモニターの一部分がもたらす痛み。
 そして……。

「痛み?」 
 誠は目を覚ました。布団から転がり出ていつも漫画を描いている机の脚に額がぶつかっている。そして足元に人の気配がしたのでそちらを寝ぼけた視線で見つめた。
「大丈夫か?そんな格好でいたら風邪を引くぞ」 
 緑の髪の女性に視線を合わせる。ドアから顔をのぞかせたカウラがそのまま上体を持ち上げようとする誠のそばに座った。
「ああ、カウラさん。おはようございます」 
「とっとと顔を洗え。それと鍵は閉めておくものだぞ」 
 そう言ってカウラはドアの外に消えていく。それを呆然と見守りながら誠は先ほどの夢を思い出していた。
 昨日の同盟本部ビルの前で画面の向こう側で膨張した肉片と化した少女。恐らくは嵯峨やシャム、ランそして島田が持っている法術再生能力の暴走がその原因であることは理解していた。本来は意識でコントロールしている体組織の安定が損なわれた結果であり、誠には無い能力だった。
「でもなあ!」 
 自分にはありえない事故だとしても、もしかして……。そう思うと夢の中の体が崩壊していく感覚を思い出す。誠はそのまま布団の上にドスンと体を投げた。
 カウラが去ったドアを見ながらしばらく呆然と部屋を見渡す誠。額を流れる脂汗。寒い部屋とは思えないその量を見て苦笑いを浮かべるとそのまま二度寝に入る。
「なによ、まだ寝てるの?」 
 意識が消えかけたところで今度はアイシャの声が耳元でした。飛び起きる誠。そんな誠をジャージ姿で見守っているアイシャはシャワーを浴びたばかりのようで石鹸の香りがやわらかく誠を包み込んでいた。
「起きてますよ」 
 そう言って再び体を起こす誠。アイシャはタオルで巻いた紺色の長い髪に手をやりながら誠の机の上の書きかけのイラストに目をやる。
「ああ、今回のコミケは私達はお手伝いはしなくていいんだったわね」 
 突然そんなことを言いながら今度は本棚に向かうアイシャ。そこには堂々と18禁同人誌が並んでいるが、同じものをコンプリートしているアイシャはさっと見ただけでそのままドアに向かう。
「なんだか寝ぼけた顔ね、シャワー浴びた方が良いんじゃないの?今なら空いてるわよ」 
 そう言ってアイシャが何事も無かったかのように部屋から消える。目が冴えてきた誠は立ち上がると押入れの中の収納ボックスから下着を取り出した。
「おい!元気か……って。寒いからって爺さんみたいに腰を曲げやがって!」 
 今度は朝から要の高いテンションの声が響く。下着とタオルを手にして誠が立ち上がった。
「おう、シャワーか?今なら空いてるぞ」 
「知ってます」 
 そう言うとそのまま誠はドアに向かう。
「なんだよ、妙に暗いじゃねえか」 
 廊下に出ても要は珍しく誠に張り付いている。不安な部下に対するというより元気の無い弟を見守るような表情で階段を下りる誠についてくる要。
「あのー」 
 シャワー室の前の廊下で誠が振り返ると要は真っ赤な顔をしていた。
「分かってるよ!早く飯食わねえと置いてくぞ!それが言いたかっただけだからな!」 
 そう言って食堂に向かう要。誠は彼女がちらちらと振り向いているのを確認した後シャワー室に入った。服を脱ぎ終えてシャワーを浴びる誠。まだ夢の続きのように全身に力が入らないような気分が続いていた。
「おう、お前がいたのか」 
 島田の声がしたので振り向いたが、すでに島田は隣のシャワーに入っていた。
 彼の声で島田が嵯峨達と同じ法術再生能力の持ち主であることを思い出してはっとする誠。それがわかっても誠にどう島田に声をかけるべきかと言う考えは浮かばなかった。
 シャワーの音だけが響く。沈黙が続いた。誠は耐えられずに頭のシャンプーを流し終わるとすぐにタオルで体を拭いて出て行こうとした。
「今日からが正念場だな」 
 シャワー室から出ようとする誠に島田の声。誠は大きく頷くとドアを開ける。そしてそこでドアに顔面を強打して倒れている要とアイシャ、そしてサラの姿にため息をついた。


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