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作品名:遼州戦記 保安隊日乗 4 作者:橋本 直

第12回   魔物の街 12
「おう、遅えーじゃねーか」 
 朝と呼ぶには少しばかり遅い時間だった。事実、出勤の隊員は食堂には一人もいなかった。そしてテーブルには小型のサブマシンガンを組み立てているランが一人、そして奥の席でコーヒーを飲んでいる要がいるだけだった。
「すいません。で、他の方は?」 
 誠の言葉に手にしていたサブマシンガンの組み立ての手を休めたランは上を指差した。そのあたりにはこの寮のエロが詰まっている『図書館』と呼ばれる部屋があった。ダウンロード販売のビデオやゲームをダウンロードするために、アイシャが持っていた最新の通信端末が装備されていることは使ったことのある誠は知っていた。
「昨日の同盟がらみの情報収集ですか?」 
「まーそう言うことだ」 
 そう言うと銃を叩いて組み立てを完了したランはサブマシンガンのマガジンに装填用の専用器具で弾丸を装填していく。
「ああ、それにカウラはシャワーでも浴びてるみたいだぞ。なんなら覗きに行くか?」 
 要の言葉がいつもと同じ明るいものに変わっているのに気づいて誠はそのまま厨房に向かった。味噌汁と鮭の切り身、そして春菊の胡麻和えが残っている。それに冷えかけた白米を茶碗に盛りトレーに乗せて要の前の席に陣取る。仕方なく厨房に向かう誠。
 いつものように味噌汁の鍋の火は落ちていた。だが要が火を入れていたようで味噌汁は少し暖かい。誠はそれをおわんに盛り、冷たくなった鮭の切り身や春菊などの野菜をトレーにのせる。
「そう言えば今日からはお二人で動くんですよね」 
 すぐさま要の正面に腰掛け、一番に味噌汁を口に運びながら要を見上げた。要はコーヒーを飲みながら手に新聞を持って座っている。彼女はネットでリアルタイムの情報を得ることが出来るのだが、『多角的に物事は見ねえと駄目だろ』と誠に言っているように新聞の社説に目を通していた。
「まあな。アタシも足が欲しかったからな。良い機会だ」 
「は?」 
 誠は突然の要の言葉の意味が分からなかった。こういう時は要に聞いても無駄なのでランに目を向ける。
「ああ、こいつ車買ったんだと」 
 あっさりとランは答えた。
「車買うって……」 
 そこまで誠が言いかけたときに背中に気配を感じて振り返る。
「なんだ。まだ食事中か?」 
 そこにはすでに外出用の私服のつもりと言うような紺色のワンピース、そして色がどう見ても合わない茶色のダウンジャケットに着替え終わったカウラが立っていた。そのまま食事を口に運ぶ誠を見ながらカウラはその隣の席に座った。
「車を買っただと?相変わらず金遣いが荒いな」 
「余計なお世話だ」 
 要の言葉を聞くと笑みを浮かべながらカウラは小型の携帯端末を取り出す。そしてカーディーラーのサイトにアクセスすると画面を誠に見せた。ガソリンエンジン仕様の銀色の高級スポーツカーが写っている。
「即金でこれを買った……ってうらやましい限りだな」 
 その値段は誠の年収の8年分程の値段である。そのまま硬直した誠は要を見つめる。
「ああ、やっぱり馬力だけは譲れなかったからな」 
 平然と要はそう言い放ってコーヒーを啜る。確かにスペックでは負けているがそれを見てもカウラは呆れた表情を浮かべていた。助けを求めるように視線をランに走らせるが、ランは小型のバッグにサブマシンガンと予備マガジンをどうやって入れるかを考えていると言う格好で誠に言葉をかけるつもりは無いような顔をしていた。
「で、私達はどうすればいいんですか」 
 カウラの一声にサブマシンガンをポーチに入れる作業の手を休めてランが振り向く。
「所轄のお巡りさんが動いてくれないとなるとこれを使うしかねーな」 
 そう言って自分の足を叩くラン。当然彼女の足は床に届いていない。それを見て噴出しそうになる誠だが、どうにかそれは我慢できた。
「しかし広大な湾岸地区を二人で調べるなんて無理があるんじゃないですか?」 
 カウラの言葉に頷きながら誠もランを見つめる。
「研究組織の末端の壊滅を目指すならそれは当然のそうなるわけだ。アタシもまったくその通りだと思うよ。だがよー、とりあえず実験施設の機能停止を目指すんなら別に人数はいらねーな。これまでは誰も口を出さないから摘発のリスクが低い状態で研究を続けられたわけだが、今度はアタシ等がそれを邪魔しに入る。さらに場合によっては同盟司法局の直接介入すら考えられる状況で同じペースでの研究をする度胸がこの組織の上層部にあるかどうかはかなり疑問だろ?」 
 そうランに言われてみれば確かにその通りだった。人権意識の高い地球諸国の後押しで法術に関する調査には何重もの規制の法律が制定され、その技術開発の管理は厳重なものになっていた。
「でもずいぶんと消極的な話じゃねえか。相手の顔色を見ながらの捜査って気に入らねえな」 
 コーヒーを飲み終えた要がつぶやく。
「しかたねーだろ。もし……と言うかほぼ確定状況だが同盟のどこかの機関の偉い人が一枚かんでるかもしれないんだ。安城のところの非正規部隊を動かせば間違いなくそのお偉いさんの顔の効く実力行使部隊が対抗処置として動くことになる」 
 そう言って頭を掻くラン。呆然と二人を見比べる誠。
「ああ、神前は知らないかも知れないが軍以外にも実力行使部隊はいるからな。厚生局対薬物捜査機関、関税検疫局実働部隊なんかが動き出したらかなりまずいことになるからな。装備、練度、どちらも東和でも屈指のレベルだ。まあどちらも強引な作戦ばかり展開しているから評判はかなり悪いがな」 
 フォローのつもりのカウラの言葉に誠はさらに疑問を深める。
「特に厚生局の薬物捜査部ってのは薬物流通を手がけてるシンジケートに強制捜査を行うための部隊だ。全員が遼南レンジャーの資格持ちの猛者ばかりで構成されている部隊ということになってる。急襲作戦、要人略取、ストーキング技術。どれも東和軍のレンジャーや警察の機動部隊がうらやましがる装備と実績がある部隊だ」 
 要の口からレンジャー資格持ちと言う言葉を聞いた時点で誠もようやく話が飲み込めた。薬物流通に関しては東都戦争の頃には胡州や地球諸国が関与していたと言う噂もある。その非正規部隊とやりあってきた猛者、そしてレンジャー経験者を揃える事で生産地への奇襲をこなしてきた部隊。それが動き出せば状況が複雑になるのは間違いないことは理解できた。
「じゃあ……」 
「旗でも掲げて歩き回れば良いんじゃねえのか?『私達は法術の悪用に反対します!』とでも書いた旗持って厚生局の前をデモ行進したら悔い改めてくれるかもしれねえしな」 
「その冗談はもう先人がいるんだ。一昨日の朝刊を見とくといいぞ。まあとりあえずアタシ等は出るからな。今日行って貰う施設はオメー等の端末に送っといたから」
 そう言って立ち上がるラン。要も新聞をたたんで部屋の隅の書棚に投げ込むと立ち上がった。
「神前。早く食べろ」 
 カウラにせかされながら味噌汁を啜る誠を眺めながらランと要は食堂を後にしていった。


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